表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/69

一応成功、先行き不安

「はぁ、はぁ、もっもう泡はいいからね? やっぱりくすぐったいだけで気持ちよくなんてないわ。面白いけど」


「そうですか? 疲れが取れる気がしません?」


「しない。けど楽しい」


「とにかく、少しゆったりしましょう。のぼせちゃうわ」


 ジェットバスの評価は……子供達の視点だからよく分らないな。冒険者達の感想を聞いてみるしかないだろう。


「きゃっ、冷たっ!」


「どうしたんですか?」


「なにか上から降ってきたわ。たぶん水だと思うけど」


 それも後で改善しておこう。雫が流れるように天井に傾斜を付けたりすれば大丈夫だろう。


「……」


「……」


「……気持ちいい。やっぱりマスターは凄いです」


「マスターは凄い」


「……今日エリシーさんがさ、ダンジョンからの給料が……って話をしてたんだけどさ、二人はお給料が出たらなにか欲しいものとかあるの?」


 バンロールの話を受けて、サラも探りを入れているのだろうか。何気なく僕を賞賛する言葉を受けて思うところがあるのかもしれない。


「欲しいものですか? そうですねぇ……。お料理の本とか、挿絵付きの植物図鑑とか鳥の図鑑とか欲しいです」


「本が欲しいの? なんか意外だわ」


「食材はギルドから貰えますけど、自分達で料理しないといけませんし、ダンジョンの周りには食べられそうな野草もありますから。詳しくなっておいた方がいいかなって思うんです」


 それに支給される食料の種類も決して豊富という訳ではない。これまでも彼女達は僕の言いつけで一日に一度はダンジョン外に出るようにしており、そのついでに食べられる木の実や植物を採集してきていた。僕には秘密にしているようだが。得られる食材のバリエーションを増やしたいということだろう。

 この、動物の種族区分がいい加減な世界に図鑑なんてものが出回っているのかは疑問だが。


「……じゃ、じゃあ鳥類図鑑が欲しいってのは? 」


「ダンジョンの通路とかには色々な鳥が止まってるじゃないですか? ここを訪れる冒険者さん達からあの鳥は何処に生息してるのか……とかよく聞かれるんです。だから答えてあげられるように勉強しようかなって」


 本当に頑張り屋さんだ。ダンジョンに愛着を持ってくれるのは嬉しい。


「そ、そう」


「本ってどのくらいお金あれば買えるんでしょう?」


「料理本なんかならそんなに高くないと思うけど、それでも銅500はするんじゃないかしら」


「や、やっぱり高いですね。それだと……あと一年近く働かないと買えないです」


 この世界ではお金に単位は存在しない。硬貨の形が違っても必要な重量あればいい制度だから先に材質を言ってから重量を示すのだろう。あるいは翻訳に失敗しているか。

 銅貨の種類は何種類もあるが、最も価値の小さい通貨である銅棒を1として計算しているのだ。つまり銅棒500本があれば銅500の料理本を買えるが、より額面が大きな銅貨でも代用できる。小判サイズの平銅2枚と一円玉サイズの小銅貨2枚でも銅500となる……確かそうなるはずだ。この通貨を使って日常生活を送ることができる人は実はすごく頭がいい気がするが、観察した限りだと一般人が主に使うのは銅棒と小銅貨のみであり、二種類だけなら複雑な計算も必要ない。

 ……大金を持ち歩くということは大量の金属を持ち歩くということであって、もの凄く非効率な気がする。


「え? いくら貰えるのか教えてくれたの?」


「さっき鉄貨といっしょにお小遣いを貰ったんですよ。銅50もです。毎月貰えるみたいなんですけど、マスターの収入によって増えたり減ったりするそうですよ」


「50……もう、貰ってたんだ」


 冒険者達の収入を参考にしてみたのだが……少なかっただろうか。もちろんエリシーとアレンにはもっと支給している。下の二人はまだ小さいからお小遣いレベルだ。


「奴隷になっちゃったのにこんなに貰えるなんてビックリです! 二人で銅100にもなるんですよ? 今までこんなに持ったことないですよ」


 このように本人達は喜んでいる。ひょっとしたら奴隷ということを抜きにしても衣食住を保障された住み込みの仕事と考えれば多い方と言えるのだろうか。


「……え? もしかしてチヤも貰ってるの?」


「うん。お菓子を買うの」


 こっちは欲しいものも子供らしい。歳相応でいいと思う。


「そう、なんだぁ。……お菓子か~。砂糖を使ったやつがすごく美味しいわよ。果物とは違った甘さがいいのよね~」


 少し引き気味だったサラだが、気を取り直したように明るい声で答えた。


「マスターがご飯食べてくれない。お菓子なら食べるかも」


 この世界のお菓子には興味はある。チコたちが来てからは必要も無いのに自分用に食料を確保することはしてこなかったことだし。それにしても、食べなくても生きていけるという事実だけで少し精神的にくるものがあるな。


「もう、チヤったらまだ諦めてなかったんだ」


「どういうこと?」


「私達がここに住むようになった所為でマスターが食べ物を食べられなくなっちゃったって思ってるみたいなんです。マスターは以前は冒険者にパンとかを貰って食べてたみたいなんですけど、その時の蓄えは私達に渡してくれたみたいで……。それ以降は下の階に食料を運んでるのなんて見たことありませんし。それでチヤはマスターにもご飯を食べて欲しくて良く一緒にって誘ってるんですけど、いつも断られてるんです」


「そういえば始めの頃はそうだったわね。なんで断るのかしら。何か聞いてる?」


「それが、お腹は減ってないって。食べなくても平気だからって」


「平気?……それだと食べ物を集めてたのは初めから誰かにあげるため? 人間をダンジョンに引き入れる計画が最初からあったってこと……ちょ、チヤ、違う嘘だから! 私の勘違いだからそんな目で見ないでよ」


 サラがとんでもなく危険な勘違いをしている。考えを纏めるうちにぼそぼそと声に漏れていたのだが、チヤたちにも確りと聞こえていたようだ。この誤解もさり気なく解かないといけないな。放って置くとマリーナ辺りが攻め込んで来そうだ。

 そしてその独り言が僕を貶める可能性のある発言だと理解できたチヤはやっぱり賢い娘だ。 


「チヤ、やめなさい。サラさんも、そういう冗談はやめてくださいね」


「う、ごめん。悪気とか悪意とかがあった訳じゃないのよ?」


「はい、分ってます。マスターがとってもいい人だってことはサラさんも知ってますよね?」


「も、勿論よ。支店を置きたいって急に頼んだのに受け入れてくれたし、鉄貨のことも優遇してくれてるみたいだし」


「……まあ、いいですけど。ほらチヤ、サラさんもちゃんと分ってくれてるから。ね?」


「うん。ごめんなさい」


「私もごめんね。ダンジョンマスターにはとっても感謝してるわ」


 少し気まずそうな沈黙。それを振り払うように話を再開したのはサラだ。


「……そう! お菓子の話だったわね。お菓子も色々あるけど、やっぱり砂糖を沢山使ったあっま~いのが美味しいわ。すごく高けど」


「白い芋を蒸かしたやつも甘くて美味しいですよ。昔食べさせてもらったことがあるだけなので、値段は分りませんけど。そんなに高くないんじゃないですか?」


 話に乗るのはチコのほうだった。


「白い芋? 少し北に行った地方で沢山作ってるはずだけど、そんなお菓子は聞いたこと無いわ」


「その時のおばさんは他所では食べられないって言ってました。とれたてじゃないと甘くないとか」


「ふぅん。お父様に話してみよう」


「あとお菓子じゃなくて保存食ですけど、煎餅なんかも美味しいですよ。安物だと味がしないですけど、焚き火で炙って食べると芳ばしくて」


 煎餅……材料は米系か小麦粉系か。米があるなら久しぶりに食べたいな。腹が減らなくても口寂しくなることはあるから。

 それにしても煎餅は保存食なのか。冒険者達が食べているところは見たこと無いが。


「それならマリーナ達と食べたことあるわ。香草を練りこんだり、砂糖を塗したりしたのもあってね」


「わぁ。美味しそうですね。いつか食べてみたいです」


「今度どこで買ったのか聞いといてあげる。あと他にお菓子といえば……」


「ねぇ。結局どのくらいあれば買えるの?」


 少し焦れったそうにチヤが言葉を遮った。


「あ、あはは。ごめんね。勝手に盛り上がっちゃって。そうね、砂糖で甘くしてるお菓子だと小さくて安いのでも銅100は必要だと思うけど」


 息を呑む音が聞こえる。冒険者たちの収入や食事情と照らし合わせるととんでもなく高価だ。


「高い……ですね」


「それでマスターは喜ぶ?」


「うーん。量も少ないし、難しいかも。銅1000位かければ贈り物としての体裁はそれなりに整うと思う……かなぁ?」


「……2年も待てないよ」


「……あのさ? さっきも思ったんだけど、二人は計算とかできたっけ?」


「え、あの、間違ってましたか?」


「いや合ってるけど。だからこその疑問?」


「えーとですね。マスターが教えてくれてるんです。ある程度読み書きができるようになったので……簡単な四則演算もできるようになった方がいいって」


「掛け算は簡単」


「ふふっ。チヤったら私よりも暗算速いんですよ……」


 この世界は10ヶ月で1年となり、1ヶ月は40日だ。一日の長さを地球基準で測ったことが無いが、一日は20区分されている。

 貨幣の繰り上がり方はバラバラなのに、その読み方や時間については0~9に対応する記号を用いた十進法を採用しているようだったので、試しに算術も教えてみることにしたのだ。二人とも目覚しい成長を見せるのでエリシーが秘かに落ち込んでいたりする。


「しそく……演算?」


「あれ? 外ではそう言わないんですね。足し算と、掛け算と、引き算と、割り算の4っつの計算方法を一纏めにした言い方って教わりましたけど」


「ちっ、ちなみに今の計算はどうやったの?」


「……100の中に10が10個あって、10の中に5が2個ある。掛けるだけ」


「えーと?」


「え? 私に振るんですか? えー、あー、一ヶ月に銅50貰えるなら1000÷50をすれば何ヶ月で銅1000が貯まるかわかりますよね? それで、たぶんチヤはまず両方を10で割って扱う数を小さくして、えーと、チヤの頭には5×2=10が入っているから、100÷10と10÷5の答えを掛け合わせればいいって分ったんだと思います。あとの計算は簡単なので」


「え……えぇぇ。なんでダンジョン住まいでそんな計算できるようになっちゃってるの? 私できるようになるまで結構苦労したわよ?」


「でもまだ0と1以外の数字が沢山入ってると分らなくなっちゃうんです。私達なんてまだまだですよ。あ! でも今度、そういう時の計算方法も教えてくれるって言ってました」


「……本当にうちで働かない? 現時点でこれだけ出来るなら将来有望だし給金弾むわよ」


 そろそろ筆算や分数を教えてみようと思っていたのだが、それ以上は教えないほうがいいのだろうか。三角関数まではともかく、一次方程式くらいまでなら日常の中でも役立つだろうに。その辺りも様子を見ながらだ

 それにこのような会話をやり取りすることで僕の翻訳能力の限界やズレを探ることもできる。


「やだ」


「うわ……あーあぁ、またフられたわ」


「あの、別にチヤはサラさんや商会に不満がある訳じゃないんです」


「わかってるってば。でも折角だからしっかり勉強しとくといいわ。いざという時のためにね」


「……いざという時」


「ま、すぐにどうこうって事にはならないと思うし急ぐ必要は……」


 サラが言いかけたとき、浴室入り口の上に設置された鐘が『チーン』と鳴り響いた。時眼切れを知らせる合図だ。


「あらら、もう終わりなのね。でも長湯するのも良くないらしいし、こんなものなのかしら」


「それでも順番待ちとかになっちゃうかもですね。すっごい贅沢ですもん」


 その辺りは僕も懸念している部分だったりする。この風呂が魅力的であっても人が殺到して全員が入れないようであれば鉄貨は売るしかなくなり買う人はいなくなる。それでは商会が損をするだけとなってしまうのだ。

 最悪、鉄貨の買取はしばらく停止してもらうかオープンを延期することにして、次の有料施設設置を急ぐ必要があるかもしれない。次も癒し空間的な方向性の娯楽施設を考えていたのが、もっと鉄貨の消費量の多い施設を優先するか。例えばカジノとか競馬のような……。治安悪化が懸念されるから特に慎重に行動する必要があるが。


「そのあたりは暫く様子を見るしか無いわね。さぁもう上がりましょう?」


 結局、『様子見』するしかないのだ。


 三人の気配が更衣室へ移動するのが感じ取れる。この後はサラの部屋で花油を試したりするのだろう。取りあえず、子供達には好評だった。一通りの設備も十分に機能を果たしたことだし一先ずは安心しておこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ