バンロールの考察
ちょっと忙しいで済ませられるレベルの停滞ではありませんね。
ごめんなさい。
「お嬢様、ひょっとしたら大手柄やも知れませんぞ」
「え……と、なにが?」
場所は商会ダンジョン支店の奥の個室。今夜サラとナデアが泊まる部屋だ。今はいるのはサラとバンロールだが。
「ダンジョン内での出店を願い出たことです。上手く立ち回ればハーディング商会に莫大な利益をもたらすことでしょう」
「そんなに凄い事なのかしら。新しいお金っていうのは」
「個人が勝手に鉄製の新しい硬貨を作ったところでその様な物に価値などありません。しかし今回だけは違います。お嬢様は、このダンジョン専用鉄貨の最大の特徴が何だか分りますか?」
バンロールはそう言って鉄貨の一つを取って見せた。
「ん~、買い物が出来ない?」
「確かに、通貨本来の存在意義とはかけ離れたあり方ではありますな。ですが恐らく、それは今だけでしょう。ダンジョンマスターも運用を始めれば直ぐに気付くはずです。例えダンジョンマスターの考えが変わらずとも、ダンジョンを訪れる者達は勝手に交換媒体としての利用を始めてしまうでしょうな。勿論我々も率先して利用します。ですのでこの特殊性は自然と失われてしまうものです。私が着目したのはそこではありません」
考えが甘かったのだろうか。ある程度は管理できると思っていたのだが。まあ害が出ない限りはそれ程気にする問題でもないだろう。
「じゃあそうね……。字か書いてあるとか」
「あれ程の文字数が精巧に刻み込まれた貨幣は珍しいですが、残念ながらそれもハズレです。文字や装飾がただ彫ってあるだけでは商会の利益にはあまり繋がり難いですな。しかし、私は別の面であの説明文には着目しています。その辺りはまた後でお話しましょう」
「そう、もう分らないわ。降参。教えてよ」
「モノの価値を見極め、考える力を養うことも重要ですぞ。良い機会です」
「うぅ。分ったわよ……。なら、全部の鉄貨に違う番号がついてるってのは凄いんじゃない? あっ! バンロールが気にしてるのってこれでしょ!」
どうだと言わんばかりのドヤ顔である。
「ハズレですな。偽造が非常に困難になるのは間違いありませんので、いずれは信用度の高い通貨へと成長することでしょうが、それが利益に繋がるのは何年も何十年も先のこととなるでしょう。その頃にはダンジョンの様相も相当変わっていることでしょうし、現段階では何とも言えない部分です」
「え? 偽造って偽物の事よね? なんでできないのよ?」
偽通貨って当たり前に存在しているのか? こちらの通貨制度では特定の金属限定で重量と価値が等しい。誰が作ろうと銅貨は銅貨……偽造など無意味なのかもしれない。一応は天秤を使って混ぜ物は検知できる様だけど殆どやっていない。
「大抵の場合、硬貨は鋳造によって作られるのですが、一つの鋳型からは製造番号が全て同じものしか作れないのです。同時に二枚以上取引しようとすれば直ちに偽造は発覚しますし、例え一枚ずつ小出しにして複数人に売ったとしても偽造硬貨が幾つか見つかれば出所の特定は比較的容易でしょうな。捕まえることが出来なくとも、その人物はそれ以降ダンジョンには来られなくなります。他所では使えない硬貨の鋳型に価値などほぼありませんし、そのようなことではとても採算が合わないでしょう」
「ふーん。なるほど。なら鋳型を沢山作ったら? 番号を変えて……あ、結局それじゃあ儲けが出ないのかぁ」
「その通りです。鉄貨の価値が途方もなく高まれば偽造の旨みもあるやも知れませんが、その辺りは我々とダンジョンマスターと相談して決められますからな」
「なんで価値を自由に決められるみたいなことになってるの?」
「鉄貨の価値を決める要素は流通量と有料施設とやらの有用性です。これは分りますな? 鉄貨を作れるのはダンジョンマスターのみで、流通量もダンジョンマスターと我々しだいです。そして有料施設もダンジョンマスターが作っているのです。ギルドや商会がダンジョンマスターに協力的である限り、来訪者達の需要を正確に把握してそれに答える施設作りをすることは十分可能でしょう。……そうですな、鉄貨は通貨としてよりも、我々の独占状態にある商品として見た方が分りわかりやすいでしょうか? がこれで回答になりますかな?」
インサイダー取引? いや少し違う?
「うーん。じゃあさ。例えば誰かが鉄貨一枚で肩を揉む商売をはじめて、それがもの凄い人気になって行列が出来るような程になったら、鉄貨の価値は上がるんじゃない? 集めた鉄貨を商会に売れば大儲けよ。 あ、肩揉みは例えよ?」
そんなこと考えもしなかった。鉄貨の利用法は必ずしも僕だけが握っているわけではないと……。
「……いやはや、お嬢様には驚かされますな。素晴らしい着眼点です。ですが、それでも流通量の増減を我々が握っている以上、市場を荒らすほどの事態は防ぐことが出来るでしょう。ある程度そのような商売が発達することは、むしろ好ましくもあります」
「むー。難しい。細かいことを考えるのは苦手だわ」
「ふむ。そろそろわかって来ませんかな? 少しだけヒントも出ていたのですが」
「えぇ? そんなの気付かなかったわよぉ。えーとえーとっ、鉄で出来てる!」
「今更ですな。ハズレです」
「じゃあ変なマーク! 実は悪魔の紋章とか」
「違いますな。発想はなかなか面白いですが。今重要なのは外見ではありませんぞ?」
そんなに変な模様だろうか、温泉記号。
この世界にも悪魔と言う概念が存在するらしい。まさか実在が確認されているのだろうか。魔術なんてものが存在する世界だ。神や悪魔もいるかもしれない。
「むぅ」
「そうですな……ではもう一つヒントを。この鉄貨をよく御覧になってみると宜しいでしょう」
「たった今外見じゃないって言ってたじゃない!」
「材質や形では無いのです。隅々まで観察すれば、それだけで答えは分るでしょう」
「分ったわよ! もう!」
サラは差し出された硬貨をひったくると、穴が開きそうなほど睨めつけ始めた。だんだんイライラしてきている。
「むー。…………あのさ、もしかして外に持ち出したら消えるってのじゃないわよね?」
しかしバンロールは満足そうに微笑んだ。
「大正解です。良くぞ御見抜きになりましたな」
「書いてあるじゃないの! そのまんまじゃないのよ!」
「着目すべきは『消えること』ではなく『持ち出せないこと』ですな」
「ねえ、話聞いてる? ……それで、何の違いがあるのよ?」
「では次はそれを考えてみるとしましょう」
「もういいからっ! お願いだから話進めて! 朝になっちゃう!」
「ふむ……そうですな。またの機会としましょうか。さて、お嬢様。私達は今鉄貨を持っていますが、町の金庫まで持ち帰ることは出来ません。どうしたら良いと思いますかな?」
「ここに保管すればいいじゃないの。折角支店を置かせてもらってるんだし、ダンジョンの鍵は正しい方法じゃないと解けないんでしょ?」
「その通りです。我々は安全な保管場所を確保しています。では冒険者達はどうでしょう。鉄貨を持ったままでは外にいけません。しかし仕事で森へ出たり町へ帰ったりと、外へ出るのは当然の事であり避けてはいられません」
「そりゃ誰かに預けるなり売るなりするんじゃないの? それを私たちが買う? でも余らないんじゃないかしら、ダンジョンマスターが特別に作ったお風呂なのよ? 今ある浴場だってすごいのに……あ、バンロールはまだ入ってないもんね。着いてすぐ会議だったし」
「現状で鉄貨が余るかどうかは暫く様子を見なければなんとも言えないでしょうな。しかし問題はありません。先ほども言いましたが鉄貨の価値は操作可能なのですから」
「……もうその辺は任せるわよー。私には分らないわ。で、なんでそれが利益になるの?」
「そうやってすぐに思考を放棄して人に任せてしまうのは感心しませんぞ。しかし今は良いとしましょうか。お嬢様には少々早かったかもしれませんな」
「また子ども扱いする……」
「確かに同世代と比べればとても賢く、大人びた思考力をお持ちですな。旦那様も誇りに思っておいででしょう。ですが私共からすればまだまだ子供なのですよ。
……冒険者達は鉄貨の売り時を選べません。ダンジョンに長居できないからです。売値が安いからと値が上がるまで持っていられないわけですな。しかし価値が高い時に売る者は少ないでしょう。価値を高めているのは……つまり施設に魅力を感じる人間の大多数は冒険者達本人なのですからな。我々は自然と安く買い高く売れる環境にあるのです」
「えー、なんか話が旨過ぎない?」
「嘘はついていませんぞ。欲を出さず、冷静に慎重に商売すれば我々の勝ちはそうそう揺るぎません」
「勝つって誰によ? ダンジョンマスター?」
「ダンジョンマスターは敵ではありませんぞ。敵に回したら最後、勝負になりません。さて、現状で我々の商売敵となりうる相手は誰かわかりますかな?」
「ギルドでしょ? 鉄貨が高くなるまで保管しておけるもんね」
「その通りです。我々とギルドとで価格競争が起こることも十分ありえますな」
「でも勝つつもりなんだ」
「鉄貨に関しては我々はダンジョンマスターの協力を得られますからな。唯一直接取引ができるのも絶大なアドバンテージです。価格や流通量の動きを予め知っていれば、更に言えばそれをコントロールできるとなれば選択肢の幅が圧倒的です」
「ダンジョンマスターがギルドにも同じこと言っちゃうかもよ。話し合いにはギルドの会議室を借りないとだし」
「ならば商会のみと取引をするなどと言い出すのは不可解です。ダンジョンマスターは通貨の運用法に明確な指針がなくて不安なのでしょうな。複数の組織の思惑を抱え込んで纏め上げるのは難しいことです。一つの組織と互いに利益を求めあったほうが動き易い。その相手に我々が選ばれた理由については想像するしかありませんが、選んだ以上は鉄貨に関する話は我々に最初に来るでしょう」
そ、そうだったのか……支店設置の旨みを増やしてあげたいといった程度であまり深く考えてないつもりだったが……。言われてみればそうなのかもしれない。エリザとバンロールを纏めて納得させるような自分の姿は想像できない。
「ちなみに保管場所を持っているという意味では従業員の方々もですな」
「え……まぁそうね」
「ですがそれを危惧するのは大分先でしょうし、大規模には出来ないでしょう。そこまで気にする必要はないかと」
「ふーん。じゃあダンジョンマスターが自分の儲けばっかり優先したら?」
「……その可能性は低いでしょう。そもそもダンジョンマスターは金に執着していません。金を稼ぐ意思も希薄です」
何故そうなった。
「どうしてよ?」
「現在レンタルの防具を扱っていますが、そこからダンジョンマスターが得た収入など微々たるものです。唯でさえ少ない売り上げのほとんどは商会が受け取れる契約となっていますし、外貨獲得はメインの目的ではないのでしょう」
「うーん、そうなのかしら? え? じゃあエリシーさん達にお給金を……とかいう話はどうなの?」
「……それが分らないのです。鉄貨の導入はダンジョンマスター本人には旨みの大きいことではあるのですが、従業員を締め付けることになりかねません」
どういうことだ。
「どういうこと?」
「ダンジョン側の人物の王国通貨利用を制限することになりかねないのです。例えば、これほど精巧な通貨を生み出せるダンジョンマスターが銅貨を作れないはずはありません。何れは誰かが気付くことですが、ダンジョンマスターの創造能力を用いた銅貨偽造の可能性に気付き易くなるのは確実でしょう。鉄貨が……延いてはダンジョンマスターが十分な信用を得る前にこの認識が広まってしまえば、ダンジョンマスターやエリシー様方が持つ王国通貨は信用を失います。取引した銅貨がダンジョン外で消えてしまうかもしれないためです。あるいは、本物であっても『消えてしまった』とダンジョンに難癖を付ける輩が現れるやも知れません。そうなってしまえば、従業員への給金など無意味なのです。アレン殿は町にいけるので、町まで買い物に行ってもらうなどの方法もありますが不便であることは間違いありませんな」
「なにそれ。ダンジョンマスターはチコ達を騙してるの?」
サラの言葉に怒気を感じる。本気であの子達を心配してくれているのだ。
「そうとは言い切れませんが、これほど短期間で人間の通貨制度をある程度理解し、取り入れようとする知性を持っていてそのリスクに気付かないというのは……考え難いでしょうな。そもそも自分の力なわけですし。なにか考えがあるのか」
全く気付かなかった。もとから持っていた中途半端な知識を見よう見真似でやろうとしたのが不味かったか。
「チコ達に教えないと」
「お嬢様から言ってはなりません」
「どうしてよ! だってチコ達が!」
「勿論伝える必要はあります。放置すれば必ず煩わしい問題に発展してしまいますので。ですがそれは私からやっておきましょう。ダンジョンマスターの機嫌を損ねることだけは回避しなければならないのです」
「あの子達よりも儲けを優先するってこと!?」
バンロールはなにか考え込むように目を閉じた。
僕はどうするべきか。バンロールから話が行く前に給料を渡す方がいいだろう。出来ることなら今すぐ。二人のこの会話の直後にというのも問題がありそうだが、今ならまだタイムラグも少ないし偶然ということで誤魔化せるかもしれない。プライベートルームの監視やマイク無しで会話まで拾えることは知られて欲しくない。特に後者は致命的だ。信用ガタ落ち確定である。
もう少しまとまった額が貯まってからと考えていたが、背に腹は変えられない。
バンロールは溜息とともに目を開いた。
「……お話いたしましょう。旦那様と相談する前にお嬢様にお伝えするのも問題なのですが、不用意に暴走していただくのは更に問題ですからな」
「なによ、人を考え無し扱いしないで」
「そうではありませんが、非常に繊細な問題なのです」
それは考え無し呼ばわりの否定ではない。
「我々は今まで以上にダンジョンマスターとの付き合い方……距離感に注意を払わなければならなくなりました。最終的な判断は旦那様がなされますが……私は絶対に敵対せず、かといって身内になる訳ではない。『信用できる取引相手』以上でも以下でもない関係を目指すべきではないと考えています」
「仲良くなった方がお得じゃないの? 前は身内扱いされるような関係がいいって言ってたような」
「事情が変わったのです。私は先ほど、鉄貨に書いてある説明文が気になると言いましたな?」
「え? ああそういえば言ってたわね」
別に妙なことは書いてないはずだが。
「恐らくギルドも気付いていない事でしょう。お嬢様、ナデアさんや商会内の従業員にも秘密ですぞ」
「わ、分ったわよ。誰にも言わないって」
急に威圧感を増したバンロールにサラは必要もないのに姿勢を正した。
さて、どんな重大な問題が飛び出してくるのやら。修正するにしても一度鉄貨を回収しなければならない。タイミングも考えないと。
「……これは、ただの文字ではありません。神々の祝福を受けし文字。神啓文字なのです」
……とんでもない事になりそうだ。
最近執筆の時間が取り難いのでストーリーの妄想ばかりしています。
するとどうでしょう、それで満足してしまって筆が止まってしまうのです。次に妄想するときはまた少し内容が変わったり追加されたりしてテンテコ舞い。
この話はサクッと終わらせる予定だったのが中々の文章量に。おまけに次話に持ち越しという。
バンロールめ、キサマの出番は次で最後にしてやるからな!




