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彼女の望むもの2

四月の二週に一度投稿したのですが、気に食わなくって3分で削除した話を加筆修正したものです。

消してしまったその話を見てしまった人はどうか忘れてください。いないと想いますが。

そして絶対に探さないで下さい。PCに詳しい人なら見れてしまうのかもしれないので……。

 ギルド事務室。アークを除いたギルドの面々が事務仕事に勤しんでいた。エリザがいる今だからこそ捗ることもあるようだ。事務室の机は向かい合うように配置されているが、書類やらなにやらが山積みで職員同士では顔も見れないことだろう。

 

 無言の室内ではカリカリパラパラと書類を片付ける音がやけに大きく響いていた。

 エリザが紙束をトントンっと整える。


「ふぅ……物流を完全に止めてしまったのは間違いでしたね。キリがありません」


 今回のテストプレイのために冒険者や物資の移動を制限したためにダンジョン支部側の作業は停滞し、町側にはダンジョンに回す仕事とダンジョンから帰ってこない仕事とが溜まりに溜まっていたというわけだ。ダンジョンへの人の出入りが多くなってきたため仕事量も増えてきてしまった。今必死になってダンジョンと町との情報交換及び遅れの埋め合わせをしているところである。


「現場を見なければ分らないこともありますね。この状況でよく仕事が追いついていたものです。言ってくれれば増員を急いだものを」


「だっ、大丈夫ですよ! 増員なんて居なくたって問題なしです!」


 焦ったように拒否するキャス。


「私は別に怒っている訳ではありませんよ? いずれは必要になることの時期を見誤っただけですし、寧ろ悪いのは私の方でしょう。また今回の様なことが有るならば町との定期便の様なものも必要でしょうね」


「で、でもですね……その、そう! 急に人が増えるのも問題といいますか……。もう少しじっくりゆっくりというのは……」


「どうしたのです? 歯切れが悪いですね。もっとも、急ぎすぎな感があるのは否定しませんが……お上の意向というものも無下にできないので」


「どうもしませんって! 本当に、まだまだやれますから! そもそも今回はとっ、特別な状況じゃぁないですか!」


「次は受付の増員をと考えていたのですが……本当に必要ありませんか? 貴女の負担も随分軽減できると思ったのですが」


「うっ受付! 絶対ダメで……あ、だ、大丈夫ですからっ! 私っ! まだ本気じゃありませんし、なんなら三人分くらい余裕で働けますし! だから今のままで十分です!」


「……貴女がそうやって意地を張るのは大抵は隠事をして一人で無理している時です。それかアーク絡みですね。今まで大事に至ったことがないのである程度は目を瞑って来ましたが今回は別です。やましい事がないなら話してみなさい」


「あうぅ……で、でもぉ……」


 キャスがそのまま黙り込んでしまい、事務室を静寂が包んだ。

 が、耐え切れなくなったのかキャスの方から口を開いた。


「私にとって……私にとってアーク様は憧れの、そう、憧れの人なんです!」


「……後者でしたか」


 エリザは一瞬で後悔の色を浮かべてボソリと呟いたが、キャスの耳には届かない。

 というかキャスよ……やましい理由だとは欠片も思ってないのか。


「アーク様に助けていただいたあの日から私は、私は、私は私は……はうぅぁぅ。アーク様は本当に格好良くて。新米受付嬢として働き始めた初日に酔った冒険者に絡まれていた時もアーク様は颯爽と助けてくださいました。ギルドで、同じ職場で再会できたのはきっと運命だったんです絶対なんですよ! 私はこの人と結ばれるために生まれたんだってわかったんです。それからも幾度となく狼藉者達を追い払ってくださいました。ギルドの皆はアーク様は良くないとかやめた方がいいとか怠け者だとか悪い噂がとか女癖がどうとか極悪人とか女の敵とかっ!好き勝手言いたい放題ですけど皆さんアーク様を誤解しているのです!同僚や先輩方には美人な方も多いのに浮いた話は全然聞きませんでしたし確かに普段は戯けた態度を取ったりしていますけど本当に困った時に助けてくれるのはいつもアーク様ですしそれで恩着せがましく女性に迫るようなこともありませんでしたし!どんな悪漢がやって来ても『敵じゃない!』みたいなところも本当に鎧袖一触でどんな大男も打ちのめしてしまうところも最っ高ですよね!エリザさんもそう思いませんか!? あぁでもたとえエリザさんでもアーク様はダメですからね! 私の運命なんですよ? 町に居た時は部署も違ったのであんまりお会いする機会もありませんでしたし私の印象なんて殆ど残っていなかったのかも知れませんけど……おかしいですよね。同じ建物内で働いていたのに。私の想いばかりが募っていって。でもそれでも良かったんです! 一方的にしつこく言い寄る女なんて面倒くさいと思われてしまうかも知れませんし然るべき時まで秘密にしておいてアーク様に想いが通じるのを、アーク様に求められるのを待っていたんです。……ですがダンジョンで働くようになってアーク様と毎日お話できるようになって冒険者の女性達が沢山来るようになって私には一つの疑念が浮かぶ様になってきてしまったんです。私がアーク様を疑うなんてそんな日が来るなんて思ってもいませんでしたし真実であったとしてもアーク様に失望したり軽蔑したりなんて事はありえないんですけど、そもそも私にはそんな資格ありませんけどそれでもやっぱり気になってしまうんです! アーク様はっ! アーク様は皆さんが言うように本当に女性が大好きなのではないのかとっ! だってアーク様はこちらに来てからというもの冒険者の女性達と頻繁にお話してますし朝まで帰ってこないことすらあるんです!そういう日は朝からお風呂に入ってますし、私はもうそんなこと考えただけで考えただけで考えただけで敗北感というか寂寥感というか、心がガリガリ削れて頭の中がグルグル回って寧ろもうムラムラしますよぉ! なんで私を抱いて下ざらないんですか!? 放置プレイは私の望むところではないですよぉ!こんなに……ぐずっ、こんなにお慕いしているのに……私そんなに魅力ないでしょうか。もちろん人に誇れるような容姿でないのは重々承知していますが一つ屋根の下で寝食を共にしていて壁一枚隔てた隣同士の部屋に住んでいるのにですよ? 鍵もかけないで毎夜お待ちしているんですよ? 三日に一度はお部屋のお掃除に伺って、ふとした時に私を想っていただけるようにとお布団に私の匂いを擦り付けるようにしていますし、お食事には精が付くようにとギュクゥニの肝とかニークンの球根とかをこっそり混ぜていますし、畳んでおいた洗濯物に私の物も間違えて混ぜてみたり、他にも色々やってるんですよ。なのに全然求めて下さらないですし、ダンジョンマスターやエリシーさん達と話している時間の方が多いんです。挙句に何人もの冒険者と如何わしい関係になってる可能性まで出てきて……あくまで可能性ですよ? 確証は無いんです。無いんですから。それに英雄色を好むなんていいますし、それならそれでいいのです。ある意味仕方が無い部分なのかも知れませんし女の私には分らないことなのかも知れません。でもなぜ私はダメなんですか? 私以上にアーク様を想っている女なんて居ないって確信してますし、一番近くに居るのも間違いなく私なんです。私なんですよ? 何がいけないと言うんですか……。もっとお話したいですよ。もっと触れ合いたいですよ。私が一番近くに居るのに。……え? もしかして私避けられてたりするんでしょうか。嫌っ、嫌われてたり、とか? そんな、いえそんなはずない、ないはずです。嫌われるようなことしてませんし、そもそもアーク様は嫌いな人には喧嘩腰に接する方ですし! 私は嫌われてません! そうですとも! なんたって運命ですからっ! そうですよね、エリザさん! ……エリザさん? どうしたのですか? ずっと黙ってしまって」


 一気に捲くし立てるその様には呆然とするしかなかった。きっとエリザもだろう。


「いえ……色々と思うところはありましたが、そうですね、貴女は嫌われてはいないと思いますよ。それで結局何故意地を張っているのかにはどう繋がるのですか?」


 げんなりしながらも、どうやらしっかり聞いてはいたようだ。殆どスルーしているが。


「…………でぇっすよねー! そうなんです。嫌われてるはず無いんですよぉ。全く私ったらなに弱気になってるんでしょうね!」


「ええ、そうでしょうね。それでなぜ意地を張っていたるのですか?」


 何処か対応が雑だ。やっぱり聞いていなかったかもしれない。


「あー、えーとですね。その、新しい娘が来るとするじゃないですか? それでもしその娘とアーク様がそんな関係になってしまったらなんて考えたら、もう私いてもたっても居られなくて……立ち直れなくなってしまいます。せめてもう少しだけアーク様との仲が進展したら……なんて思ってたんですけど想像以上に人の出入りが多くなるのが速くて私も焦ってたんです。仕事も多くなってきましたし、ダンジョンにいる顔ぶれがころころ変わるからアーク様を誘惑する不埒な輩に目を光らせるのが精一杯で、それすら間に合わなくて。アーク様は会議室でなにやら話しこんでいる時間も多いのですが、ダンジョンマスターとの話を私が遮るようなことは出来ませんし、結局一緒にはいられないんですよねー。ボードが階段の前に有った頃はエリシーさんに邪魔されることも多かったみたいなのですが、エリシーさんは会議室までは滅多に入ってくることもありませんし、じっくり話せるところも気に入ってるみたいですね。……そういえばエリシーさんは事あるごとにアーク様に突っかかっていきますし、箒やハタキで殴りつけたりなんてこともしょっちゅうですけど、不思議とアーク様がやり返したりはしないんですよね。エリシーさんの攻撃がアーク様を害することなどあるはず有りませんが、普段あんなことされたらアーク様なら女だろうと貴族だろうと問答無用で叩き潰しそうなものですけど……いくらダンジョン側の人間とは言えエリシーさんに対してはどうも甘いというか、むしろ友好的なのです。私もあんなふうに冗談交じりに少し嫌そうに笑いかけて欲しいです。からかって欲しいです。エリシーさんは否定するでしょうけど、イチャイチャしているようにしか見えないんです。あぁ、ダンジョンやチコちゃん達のために頑張っているエリシーさんをそんな風に見てしまうなんて、私ったら本当にダメです。こんなだからアーク様も私の事を相手にしてくれないのでしょうか。私も箒を持って追いかけたほうが良いのでしょうか? いえ違いますよね。そういう問題じゃないんです。そんなことして嫌われちゃったりしたら……ってちがいます。そういうことじゃないんです。つまりはエリシーさんが羨ましいんですっ! じゃなくて! ああもう訳分らなくなって――」


「キャス。少し落ち着きなさい。ここでのアークの仕事は治安維持に加えてダンジョン陣営との友好な関係構築があります。エリシーさんが多少攻撃的な態度をとったとしても反撃などしないでしょう。エリシーさんが一見アークと仲良く見えるのは、彼女がアークに対して欠片も恋愛感情を抱いておらず、今後もその可能性がありえないとアークが理解しているからでしょう」


「あの、良く分りません。なんで自分を好きじゃない人なら仲良くなるんですか?」


 少し間が空く。


「貴女には残酷かも知れませんが真実を言いましょう。アークは昔から複数の女性と関係を持っています。皆知っています。そもそもダンジョンに派遣された経緯にも女性関係のいざこざが多少なりとも関わっている位ですし。ですがアークは身近な人間には決して手を出しませんでした。アークを盲信してギルド外での彼を見ようとしなかったのなら、気付けるチャンスは少なかったかもしれませんね。それでも冒険者を口説いている姿は何度か見かけてはいましたが……。とにかく、そこにどのような意図があるのかは分りませんがアークは近しい人間とは距離を置き、縁遠い人間と広く浅く関わることを好んでいるように思います」


「えーと?」


「察しが悪いですね。つまりアークがダンジョンマスターやエリシーと親しげに接しているのは、それだけ縁遠い存在でありアークの嫌がる部分まで踏み込んで行くことがないからでしょう。もちろん、アークは興味の無い相手と親しく接するような殊勝な人間ではありませんから、彼自身が好ましいと思って付き合っているのは確かでしょうが」


「つまりアーク様とエリシーさんがその、どうこうなるようなことは……」


「ありえません。ですから安心して、むしろ二人が『友人として』親交を深める手伝いをしてください。ギルドのためにもなりますし、アークがこの場所を居心地良く感じることは貴女にとってもプラスに働くでしょう」


「わかり、ました。羨ましいというのは変わりませんが、その先に恋愛がないのなら羨むのも違いますし。ですが……ということは、アーク様の一番近くにいる私は一番可能性が……ない?」


「逆に考えるのです。貴女を敬遠してるということは貴女は近しい人間であると認められているということです。アークとの恋愛を望むならば先ずはその立ち位置を得ることが必須なのです。貴女は既にスタートラインに立っているということなのですよ」


「なっなるほど! ……でも敬遠されてるのは事実なんですね。エリザさんもそう思ってたんですね。ショックです。これからどうやって仲良くなればいいのでしょう」


「そこまでは分りません。私が知る限りあの男が本気で女性に入れ込んでいる姿は見たことありませんし。しかし私の見たところ貴女もまた特別ではあるように感じます」


「特別……ですか?」


「そうです。あの男は嫌いな人間に気を遣えるような人間ではありません。あなたは町にいた頃から妙に距離を置かれていましたが、同時に特に気にかけられている人物でもありました。恋愛感情とは違うかも知れませんが、周りにいるどんな女性とも対応が異なります。貴女は間違いなく特別です」


「そう……なんですか? 私、特別……?」


「特別です。だからこれからも適度に誘惑してあげてください」


「はっ、はい! 分りました!」


「では増員の件は問題ありませんね。貴女と親交の深かった者を何人かピックアップしておきます」


「もっちろんですよ! なんたって運命で特別ですからね! さっそくテリセア叔母様に男を落とす手練手管を伝授して頂かないと。そうだエリザさん。今から手紙書きますから、町の教会まで届けていただけませんか? 叔母様には昔からとってもお世話になっていてですね、今もたまに相談に乗ってくれたり近況報告しあったりする仲なのですが、手紙ってやっぱりお金が掛かりますし……叔母様が代金を持ってくれることが多いですけど、やっぱり悪いですし。町に帰るついでに持って行ってくれませんか? その分、アーク様篭絡のために頑張りますから!」


「……まあ良いでしょう。ただし、くれぐれも機密に関わることは書かないでください。テリセアさんは信頼できる方ですが、公私は分けるように。それと手紙を書くのは仕事が終わってからです」


「う……はーい。うふふ。待っててくださいねアーク様ぁ」


 いつの間にかキャスが丸め込まれた。だが一応まとまったようでよかった。


「……全く、私は一体何をしているんでしょうね」


 エリザは最後にボソリと呟いてこれで話は終わりだとばかりに次の書類を手に取る。

 

 ニコニコニヤニヤしながら書類整理をするキャスは少々不気味というか不穏だが、ある意味いつも通りな気もする。ダンジョンには愚痴ったり相談したり出来る相手が居なくてストレスがたまっていたのかもしれない。エリシー達は親しい冒険者もいるようだが、キャスにとって冒険者は仕事の相手だし恋のライバルも多いのだから。

 これを機に、彼女の生活環境が改善されることを願うとしよう。




 ちなみに、この部屋にはもう一人の事務員であるザネン爺さんもいたりする。影が薄い寡黙な人だがキャスが表に出ている間にその他の仕事を一手に引き受けている中々優秀な人だ。

 ……アークは滅多に机に向かうことは無い。

 そんな彼は突然の恋愛相談開始に逃げ出す時間などあるはずも無く。仕方なく書類の山に隠れて寝たふりをしたのだった。

 今頃どうやって狸寝入りを解除するのか考えていることだろう。

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