テストプレイ⑥
やっと返事をしてくれたDNSサーバー。
どうしたの? 今まで上手くやってきたじゃない?
「お、ようやく来たな。随分時間がかかっ……ずぶ濡れではないか。怪我はないのか?」
既に『骨の防衛線』の攻略を終えて、ボス部屋で待っていたマリーナの言葉だ。
そう、ボス部屋で待っていたのだ。幾らドア付近は索敵範囲外とはいえ、もう少し警戒心があっても良さそうなものだが……リビングアーマー程度は警戒するまでもないということか。
「問題ありません。油断して半魚人に水をかけられてしまいました」
「ほう。まあそちらの様子は後で聞かせてもらうとしよう。こちらはやはりスケルトンとの連戦だった。障害物の陰からスケルトンの弓が飛んできたり、木剣をもったスケルトンがいたりしたが、特に目新しいことはなかった」
「遠距離で撃ち合えるか、矢を回避なり防御なりでやり過ごせる冒険者がいるパーティなら問題なく攻略できるでしょうね」
マリーナとナデアの報告にエリザが一つ頷いたところで、アークが入ってきた。
「お、そっちも終わってたか」
「なぜ別行動を……いやそれよりなぜお前は濡れていない」
「後で着替えるのは面倒だからな。風で弾いた」
「……言いたいことはいろいろ有るが、いい。いつまでもエリザを濡れ鼠にしとくわけにはいかないからな。詳しいことは戻ってからにしよう」
「申し訳ありません。それで、その奥にいる鎧が最後の敵ですか?」
エリザはあんな状況でもドアの張り紙をしっかり読んだようだ。
部屋の中央、ボス部屋らしく少しだけ装飾のある柱に囲まれたエリアがリビングアーマーの索敵範囲だ。一度範囲に入るなり遠距離攻撃をするなりすると、部屋全体が索敵および行動範囲となる。
武器は刃の部分が肉厚で幅広な大剣……を意識したクッションでグルグル巻きになった棒である。もしこれを鉄で作ったとしたら少なくとも地球の人類には持ち上げることすら困難な代物になることだろう。
ちなみにボスを倒さなければ次へは進めない。
「そのようだ。あの巨大な武器、素材は分らんがかなりの重量があるのは間違いない。あれを扱えるというのならかなりのパワーファイターのはずだ」
「鎧にも隙間が殆どありませんし、射撃、投擲武器では牽制が精精でしょう。魔術的な防御の気配は感じられませんので、高威力の魔術なら有効打になる可能性が高いと思います」
マリーナとナデアがそれぞれの見解を言う。遠くから見ただけでそこまで分るものなのか……。
ここまでのスケルトンは遠距離攻撃が有効だったし、サンドゴーレムは持久戦でジワジワ攻めれば問題ない……と思う。だから逆にボスはそういう戦法が効きにくい敵をと考えて設定した。
鎧の中身は空っぽだ。手足を切り離しても倒すことはできず、背中の魔方陣的な紋様を破壊するしかない。色々と弄繰り回している内に最適化されてなぜか六芒星になったが、この辺りは地球とは一切関係ないのだろうか?
頭部は攻撃しないように設定してあるが、当たり所が悪ければ命に関わる可能性もある攻撃力だ。多少危険度は高いがマリーナなら大丈夫だろう。
「私が行こう。スケルトン共は歯応えが無かったが、最後の敵なのだから少しは楽しめるだろう」
彼女は普通に戦うのが好きな人だったのか。
「あまり楽しんでもらっても困るのですが……」
「申し訳ありませんエリザさん。ああいう性格なもので……ただ仕事はしっかりするのでご安心を」
マリーナが剣を抜き放ってゆっくりと正面から歩いて近づく。
索敵範囲に踏み込むと同時、リビングアーマーもまた一歩前に出て大剣を居合い抜きのような構えを取った。ガシャリと鎧が音を経てる。
「ほう。鎧の中は空っぽか。さて、どう攻めるか」
そうか、彼女達にはこの鎧がリビングアーマーだとは分らないのか。いやそれよりも、今の一瞬でなぜバレた……。
両者の距離が三メートルを切ったとき、リビングアーマーの横薙ぎが空を切る。マリーナはスッと身を引き回避したのだ。胴体直撃コースだったのだが、しかし彼女の方はというと不敵な笑みを浮かべた。
「そう来なくてはな! それでこそ張り合いもあるというものだ!」
……今まで見てきた中で一番イキイキしている。どうやら今までの戦いはお気に召さなかったようだ。彼女からしたらどちらも雑魚だと思うのだが。
ナデアは一人、小さく頭を抱えているが何も言わなかった。
リビングアーマーは更に前に出ながら大剣を左右から大振りに振り回した。頭部への攻撃が禁止だから振り下ろす動作に繋げ難いようだ。
何度目かの薙ぎ払いの時、その出始めにマリーナが急接近する。しかし折角そこまで近づいたのに彼女は剣を盾にした防御姿勢をとった。ボスンと布団をバットで殴ったような衝突音。しかしマリーナは確りと地面を踏みしめて踏みとどまった。体格差的になんだかチグハグな光景だ。
「やはりパワーは有るようだな。柄のギリギリにここまで力を乗せられるとは」
追撃はせずに飛びずさってから、そう言った。確かに剣先よりもかかる力は少ないだろうが、それで受け止められるものなのだろうか。マリーナがとんでも人間であるに一票入れたい。
次の攻撃は、今度は一番力の乗る切っ先を敢えてガードした。流石に堪え切れなかったのか、あるいはわざとか、彼女は力を逃がすように横にスライドした。ザザザッと靴の裏が擦れる音がする。
「ふむ。まあ死にはしないか……」
不安だが今は信じるしかない。どうせ今は命令を書き換えられないし。
次に彼女は自身の剣を振るうことすら難しそうな距離にまで肉薄する。リビングアーマーは刃の部分での攻撃は諦めて柄で殴りかかった。
さすがにこれには焦る。柄は布でガードしていない金属製だ。そんなもので殴ったらただではすまない。……マリーナは難無く防いだりかわしたりしているが、いきなり一般開放しなくて本当に良かった。危うく新人冒険者に大怪我させるところだ。すぐに改善しよう。
ある程度手の内を見た彼女は、今度は距離を維持しつつリビングアーマーの周りを回りながら剣でカンカンと殴リ始めた。ダメージを与える気はないようだ。
リビングアーマーの方はと言うとすっかり翻弄されていて、どんな攻撃を繰り出しても届く頃には彼女はその場にいない。
「六芒星の陣?」
ナデアがポツリともらす。
「背中のアレですね。ご存知なのですか?」
「……傀儡の術陣に良く似ています。数度しか見たことは有りませんし、詳しいことまでは分りませんが、人形等に専用の言語……というか紋章と共に刻むことでその紋章で示された命令だけを守る戦士を作り上げるというものだったはずです。
形が少し違いますし、命令文も記されていませんが……」
「そのような術があったのですね。随分便利だと思うのですが、なぜ普及していないのですか?」
「おそらくは、非常に単純な命令しか出来ないからだと思います。命令を書き込むための紋章については様々な形が試されたのでしょうが、意味を成す命令文は殆ど発見されなかったようですし、戦士としての能力など新米冒険者以下だったはずです。実用レベルまで研究が進む前に跡継ぎが現れずに廃れてしまったのでしょう」
「ではあの鎧はいったい……」
「分りません。命令文がないにも関わらずその動きは……マリーナが楽しそうに戦える位には優秀です。見る人によってはあの陣は非常に興味深いものでしょうね。簡素な術陣で高性能な戦士を量産できる可能性も有りますし……」
「その辺りの情報をどう扱うかも考えなければならないようですね」
……なんだか話が大きくなってしまっているが、大した問題にはならないだろう。
仮説だが、リビングアーマーに複雑な戦闘行為ができるのはダンジョンマスターの命令があるからだ。これが紋章による命令の代わりをしているのだろう。あの六芒星の術陣は『自立行動する鎧』をローコストに存在させるためだけのものであり、アレだけではなんの意思も持たずに自らも行動しない普通の鎧と変わらない……ということだと思う。
だから研究しても徒労に終わる可能性が高い。
その命令文とやらを書き込めば更にローコストに出来るかも知れないが。
まあそれはそれとして、マリーナの方は一通り動きを観察して満足したのか、鎧の両手首を切り落として武器を失った場合の動きを見ている。
鋼鉄の鎧を切る時点で意味不明だが、なんだか慣れてしまった。
「マリーナ! 背中の陣を破壊すれば動かなくなるはずですよ!」
「もう倒してしまっていいのか? 魔術でも攻撃してみたほうが良いと思うのだが?」
「……失念していました。それもそうですね」
ナデアがサラサラと指を走らせると、今度は人の頭ほどの岩が飛び出した。
マリーナがスッと身を引くとその岩はリビングアーマーの胸に当たって大きく陥没させる。少しよろめいたが大したダメージにはならないようだ。
リビングアーマーはナデアの方に向き直るが直後にはマリーナが立ちふさがり注意を引く。その隙に次の魔術が完成したようで、今度はビー玉位の大きさの赤い粒が無数に発射された。20個位だろうか? それらがリビングアーマーに当たるとその部分を融かすようにして小さな穴が開く。正に『蜂の巣にする』という比喩を再現したような出で立ちになってしまっているが、それでも動き続けるようだ。
「やはり陣を破壊しなければ機能停止にまで追い込めないようですね。魔術に対する抵抗力はほぼ無いようです。……マリーナ、もういいですよ」
ナデアの呼びかけに反応し、早速ササッと背後に回って陣の表面に剣先で引っかき傷を入れた。薄く一筋入れただけでは倒せなかったようだが、何度も傷つけるうちに動きが止まり、魔石を残して消えてしまった。
「なるほど。中々面白い敵だったな。しかし弱点は明確だ。2、3人で挑めば背後を取るのは容易だろう」
「今までと比べて随分攻撃的なようでしたけど、新人が相手をしても問題ないでしょうか?」
「ふむ。少し厳しいかもな。しかしパーティで挑んでこの位の敵を倒せるようになれなければ長くは続かないということは間違いない。急所だけは狙われなかったことだしな。最初の壁として申し分ないのではないか?」
どうやら強さは丁度良かったかもしれない。柄にもクッションを付けて、あとはそのまま実装で問題ないだろう。
「この魔石を見てください。おそらく六等級は有ります。この品質のものを安全に得られるとなれば冒険者にも旨みは十分あるのではないでしょうか?」
エリザが二人に問う。
「まあそうだな。これだけで生計を立てていけるわけではないが……それにここに来る全員がありつけるということもないだろうし、あくまで臨時収入の範疇だろう」
「マリーナの言う通りでしょうね。魅力的であることは間違いありませんが、この初級ダンジョンを主収入源にできるほどの実力のある冒険者ならば他の手段で日々の糧を得たほうが効率的かもしれません」
なかなかに手厳しい。確かにこの初級ダンジョンに冒険者が押し寄せたとしてもリビングアーマーの再配置に時間が掛かりすぎて全員を満足させるほどの収入とはならないかもしれない。
「そうですか……では今後、さらに魔石品質が高いダンジョンができるまでは探索拠点としての活用の方がメインとなるのでしょうね」
「ですが探索を早く切り上げたり到着後などの程よく時間が空いている時ならばダンジョンに潜る者はそこそこ居るかもしれません。最後のこの鎧を倒すならそれなりに準備も必要でしょうが、途中までならそれほど苦労もないはずです。案外、軽い気持ちで小遣い稼ぎに勤しむかもしれませんよ?」
「初級ダンジョンを有効活用するためにはギルドとしても何か考えなければならないかも知れませんね」
ボス部屋で早速込み入った話を始める女性陣だったか、そこに水を差すものもいた。勿論、今まで風術師だけにすっかり空気と化していたアークである。機会が有ったらこのネタで弄ってみたいものだ。
「あのよぉ、もう終わったみたいだし、戻っていいか?」
一緒に戻ろうとは欠片も思っていないようだ。それでも許可を取ろうとするだけマシと言えるか?
「……そうだな。一端戻ろう。エリザは着替えてから……いや、先に風呂に入るとしよう」
「分りました。お二方の通ったルートについては後ほどお聞かせください」
「じゃ、俺は帰るぞ」
そういって出口のドアに向かうアーク。
しかし、ふと思い立ったように立ち止まると、
「ああそうだった。ほら、草と魚のだ」
そう言って懐から二つの魔石取り出して放り投げた。
マリーナが受け止めるのを確認する前に既に歩き始めている。「あーあ良く働いた」などと独り言を零しながら。
「あの男は……」
どこか批難するようなエリザの呟きに続く心の声は、残念ながら僕にはうかがい知ることは出来なかった。
次話とのつながりを考えた結果、テストプレイ編はもう少し続くことになってしまいました。
現在割り算の勉強中のため更新が遅れています。
(半分は冗談ですよ。ただの怠慢です。ごめんなさい。)




