テストプレイ④ 休憩室にて
皆さんこんな言葉を知っていますか?
豚もおだてりゃ木に登る
「あれでも相当加減したのだがな……魔力強化もしなかったのだが」
「大体、この面子で初心者の視点とか今更ありえないんだよ。エリシーやアレンを連れて来るんだったな」
「二人はもはやダンジョン側の人間です。ダンジョンマスターからの依頼に起用する訳にはいきません」
それはギルドに威信にかけてか……、それとも対等に対話するためか……。
「そこまで気にするお方でしょうか? エリシーさん達とも直接会ったりしたことは無いようですし、ある程度のところで線引きはしているように感じますが……」
「俺もそう思う。エリシーやチヤ辺りは会って話がしたいみたいな事を前々から言ってるが実現する気配はない。たぶんあのダンジョンマスターは一生誰とも会わないつもりだぞ?」
そういうとられ方もあるのか。確かに、彼女達とは意図して距離をとっている部分もあるし、誰とも会うつもりはないが……。そうか、その線引きを疎外感のように感じてしまうこともあるのか。
「それなら余計にこちらの仕事を手伝わせる訳にはいかないのではないか? アレンはともかく、今はあの三人をダンジョンマスターから引き離す要因になりうることはすべきではない」
「同感です。彼女達は我々とダンジョンマスターとを繋ぐ大切な架け橋なのです。私としては、もう少し彼女達への身内意識を強く持って貰いたい位ですし、強い絆を築いて欲しいところです」
「……言っておくが、首輪の外し方が分ったらエリシー達は解放させてもらう。その後の三人の身の振り方は本人達に任せるが、それがギルドに不利益になるものでも私は彼女達に味方する」
「分っています。それまでにギルドとしてもダンジョンマスターとの関係強化に努めますので、ご安心を」
マリーナはエリシーのためならギルドを敵に回す可能性もあるのか。一応覚えておこう。
「まあまあ、丁度調査も行き詰ってしまいましたし、まだまだ先のことでしょう? 今はダンジョンマスターからの依頼に集中しましょう。これに関しては双方にとって達成すべき差し迫った課題ですよ」
「……そうだな。スープが出きるまで、ここまでをおさらいしておこう」
「はい。先ほどの張り紙では丁度中間地点だとありましたし、忘れないうちに要点をまとめておきたいです」
彼女達はいま休憩室で一息ついている。この部屋にはベンチや机、焚き火用のかまどやコンロ、そして鍋やフライパンなどの調理器具を備え付けておいた。洗い物用にスイッチ式の水道と流し台もある。間違いなくこの初級ダンジョンでもっとも魔力を使った部屋だ。
勿論飲み水ではないことを注意書きしてあるし、ギルドからも冒険者に伝えてもらうが。
一行は別に疲れてはいないようだが、有るのだから一応使ってみるという感じで調味料だけで味付けする具のないスープを作っているのだ。短時間で済ませるようにと……。
ちなみに休憩室は覗かず、音だけに切り替えた。
「といっても大部屋一つと折り返す通路一本だけだがな。確かに短い」
「ですが、あまり大きすぎてもギルドが把握しきれなくなってしまいます。ダンジョンマスターにもギルドにも慣らしの期間が必要でしょうし、一先ずはこの程度でも問題ないはずです」
「初級ダンジョンと銘打っているくらいですから、増築の構想は既にあるのかも知れませんね」
「モンスターは少し強めかもしれんが穴も多く危険度はかなり低い。遠距離からの攻撃に対してはあまり対策をしていないようだし難易度もそれほどではないだろう」
「ダンジョンが増築されてもモンスターの殺傷能力が高まらなければ良いのですが……」
「ある程度は仕方ないだろう。冒険者として生活する以上、依頼には常に命の危険が付きまとうものだ。それを排除した訓練や経験では実地で簡単に死ぬぞ?」
「強力な魔物を安全に倒せるということも重要です。良質な魔石を安全に得られてこそ、冒険者や国に対してダンジョンの有用性を示せるのです。若い冒険者の育成の場としては不十分になってしまうかもしれませんが、先ずはなによりも人を集め納得させる必要があるのです」
「確かに、多くの冒険者達の目的は強くなることではなくお金を稼ぐことですものね。少ない危険でのスキルアップよりも安全に稼げるということの方が多くの人に支持され易いでしょう」
「なるほどな。増築があるとしても安全性は保持しつつ高品質な魔石が得られるような設計が理想というわけか」
「勿論訓練所としての活用も考えていますし冒険者の力の底上げが出きるなら素晴らしいことですが……。もしダンジョンマスターから次の増築の話があったなら、安全確保と魔石品質の向上に重点をおいて貰える様に頼むつもりです」
「ですが、それはつまり高価なものを安く寄越せと言っていることになってしまうのではないでしょうか? 魔石の等級が上がるほど入手には危険がつきものです。その関係を崩すお願いは図々しいと取られませんでしょうか?」
「それは分りません。ですが魔石に対する価値観は人間社会においてのものですから、ダンジョンマスターの利益が危険度とは関係ない部分にあれば問題ないはずです。それを探りつつの交渉になることでしょう」
「ふむ……まあ、そうかもしれんな。その辺りの交渉は任せるが……くれぐれもダンジョンマスターとの関係を崩すようなことには」
「マリーナ。それはエリザさんも良く分っていることでしょう。さあ、そろそろスープもできます。何も入ってませんけど、これを飲んで続きに戻りましょう」
ナデアのその言葉で、一行は空気を切り替えて談笑しながら食事(?)を始めた。
危険度と利益はある程度関係している。冒険者の殺害こそがもっとも大量の魔力を得られる方法であるのは間違いないのだから。しかし危険であることと苦労することはイコールではない。魔石に見合った労力をかけてくれれさえすれば生命の安全を確保しつつ魔石を提供できるのだ。
この辺りの仕組みを誤魔化しつつ冒険者の体力を消耗させるなら、訓練所として利用して貰った方が都合がいい。
ただ魔石を提供するだけなら一切動かないモンスターに大量の魔力を込めて殺させればいいのだ。たとえ安全でも、あえて強敵と戦闘をしなければならない理由付けとしては『訓練だから』が一番だ。
鍋は直ぐに空になったようだ。
以外に美味しいのだろうか。今度その調味料を手に入れてみよう。
「それでは、折角洗い場があることですし使ってみましょうか」
そういってナデアが鍋と人数分のコップを運ぶ。
「それにしてもこの休憩室は随分と設備が整っていますね。ベッドはありませんが冒険者の泊まっている部屋よりも色々そろっています」
「ここに住みたいなんて言い出す輩もでてくるかもしれんな」
「その時はアークが排除します」
「俺かよ」
「当たり前です。冒険者が起こす問題を解決するためにここに居るのですから」
「ま、いいけどよ。こんな通り道に住みたがる奴そうはいないだろうからな」
「そう言えば、ここでも水を飲むなと注意書きがありますね。これはどういう意味なのでしょうか」
「分りません。ギルドの記録を振り返って見ましたがそれらしい情報は有りませんでした。そもそもダンジョンにある水を飲もうと考える者は居なかったでしょうし、飲んだところでそんなことまで報告しなかったのでしょう」
「詳しく調べても毒物は見つからなかったのだろう? 今まで通り使う分には問題ないのではないか?」
「そうですね。他の場面でも危険に繋がりうることは事細かく注意してくれていますし、人間かダンジョンマスターか……どちらかに不都合があるのでしょう」
「理由は教えて貰えなかったのですか?」
「はい、隠していることを追求しすぎると空気が悪くなる可能性も有りますし……現状では問題も起こっていません。時間をかけて探った方が良いでしょう」
ダンジョン産の水の害はまだ確認できていない。僕は人間達に極力誠実に対応しているつもりだが、水に関してだけは命に関わる可能性を隠している。なんとか人体への影響を調べられないものか……。
「そうでしたか……一番長くいるエリシーさん達が不調を訴えていないのですから、確かに無理に聞き出そうとする程ではないのかも知れませんね」
「……例えばだ、そうやって危険を知らせて友好的な風を装いつつ、本当に隠したい危険な部分は表に出さない……というのはどうだ。気付かない内に取り返しの付かない状況になっているかもしれない」
鋭い。そして困った考えだ。
「その可能性は捨てきれないでしょう。しかしそれは人間同士でも同じことです。真に分かり合える間柄では取引も駆け引きも必要ありませんし、ダンジョンマスターにその気があっても人間側が完全に信頼を置ける日が来ることは無いかもしれません。上の方の会議でもその辺りの議論は随分と白熱したと聞いています。それでもダンジョンマスターと友好的にやっていこうと決まったのです。ならば我々は確たる証拠もなしにダンジョンマスターを危険視する訳にはいきません。……目を光らせておく必要はありますが」
「そうか。出すぎたことを言ったな。すまない」
「いえ、かまいません。ちなみにマリーナさんはダンジョンマスターをどう思っているのですか? 参考までに」
「それなりに信用しているぞ? 例えばダンジョン内では監視としてコウモリなどが飛んでいたようだが、この部屋では監視を感じない。風呂や寝室内も同じだな。随分と人に配慮しているとは思う。あとは、個人的にはエリシー達を拾ってくれたことにも感謝している」
「相変わらず気持ち悪いレベルの自意識過剰能力だな。便利なもんだ……」
「お前は相変わらず失礼な奴だ」
「マリーナのそれのお陰で、女二人のパーティがここまで駆け上がってきたのです。悪く言うのはやめていただけませんか」
「冗談だ。別にバカにしてる訳じゃねーよ。僻みだとでも思ってくれ」
「よく言う。風術での探査能力ならお前の方が化け物だろうに」
「おう、便利だぞ。その気になれば下着の刺繍だって調べて見せるぜ? 色はわからな……おいおい怖い顔するなよ。そんなことしねーって」
おそらく風を使って地形や凹凸を調べることができるのだろう。エリシー達の下着もこの方法で知ったのではと疑ってしまうが……。
まあ日常的に使っているのではないのならどうこういうつもりはない。
「……どうも貴女方はアークと馬が合いませんね。まあその気持ちも分らなくありません。本気で嫌いあっている訳ではないと分ってはいますが、もう少し何とかなりませんか」
「まあ無理だな。この通り、こいつは人をからかうのが大好きなやつだ。私とは根本的な部分で合わん」
「そうか? おれは結構好きだぜ?」
「……こういう奴だ」
「……分りました。もういいです。ですがダンジョンマスターの前では喧嘩しないで下さい」
「子供じゃないんだ。そのくらい分っている。こいつだって空気ぐらい読めるやつだ」
「風術師だけにな。任せろ」
「……」
「……」
「……」
「では、そろそろ進みましょうか。と言ってもここからは二股に分かれるようですが」
「『浸水回廊』と『骨の防衛線』か……恐らく扉の先の様子を示しているのだろう。両方見るのか?」
扉の上のプレートに書いてある文字だ。
「片方だけという訳にはいかないでしょう」
「ではどうしましょう? 二手に分かれますか?」
「……二手?」
「……」
「……」
「……なんだよ。文句があるなら言ってみろって」
三人の視線が何処で交わっているか、見なくても分ってしまった。
沢山の感想・応援の言葉に感動して調子に乗って一話書き上げてしまいました。
今回はあえて会話文ばかりの話にしてみました。
どれが誰の台詞か分ってもらえるなら、キャラクター達の個性を少しずつ出せるようになってきたと自信が持てるところです。
わかりにくいところは教えて欲しいですが、別に分らなくても違和感無く通じるなら問題ないでしょう。この小説の本質とも一致しますし。
さて、次の更新はいつかな?