新しい掃除屋達
不憫なスケルトンさんを見てられなかったので、掃除中のエリシー達を見て和むことにした。
「エリシーさん。全部の部屋の回収終わりました」
チコがそう言って両手に持った籠を持ち上げた。中には数匹のハムスターが大人しく丸まっている。
これらはダンジョンに進入した虫類や冒険者達の食べ零しを掃除させるために創造したものだ。宿泊用の部屋の場合は、空室の時だけハムスターを放し飼いにするようにとエリシー達に預けておいた。
「ちゃんと全部いる?」
「大丈夫です。チヤと何回も確認しましたので」
「……完璧」
自信満々のチヤ。始めは鼠みたいな外見から触るのを躊躇っていたが、別に汚くないし大人しいと分ると直ぐに抵抗がなくなったようだ。
今ではペットのように可愛がっている。懐いたりしないし、寝てばかりいるのだが……やはりこんな所にずっと住んでいると寂しかったりするのだろう。そのあたりのケアも考えないとな。
「ご苦労様。さ、次は浴場よ。きっと皆が帰ってきたら入るはずだから」
そうして三人は歩き出す。
「エリザさん達が今日行ったのはダンジョンなんですよね……危なくないんですか?」
「まあ、これだけ時間をかけてギルドとか商会を引き込んでおいて、それをこんなところで滅茶苦茶にしちゃうなんてことは無いと思うけど……。それにもし何かあったとしてもマリーナさん達なら切り抜けられるわ。凄い冒険者なの……知ってるでしょ?」
「そうですけど、やっぱりダンジョンなんて危ないですよ」
「心配性ねぇ。というかね……今いるここだってダンジョンの一部なのよ? 忘れちゃってた?」
エリシーが茶化すように笑うとチコは一瞬ビックリしたような表情をしたが、「そうでした」と恥ずかしげに笑うのだった。
「それにしても、季節柄か最近虫が増えてきたわね。ハムスターとか鳥のおかげで助かってるけど、掃除はこまめにしないと。ここの評判が下がるってことは、私達の生活が不安定になるってことだし……今はまだ良いけど、もっとダンジョンの規模が大きくなるなら人手が足りなくなっちゃうかも」
「そうですね。廊下は鳥さん達のお陰で虫すっかり虫が減りましたけど、部屋の中はいつの間にか虫が潜んでたりしますし」
その虫は恐らく視線感知対策に配置した虫達も含まれている。今は殆ど撤去してあるが。
前にマリーナの視線感知の対策として虫をばら撒いたのは、壁や天井の角度からの視線を誤魔化せることとローコストで量産できるという利点があったからなのだが、やはりそれではイメージが悪いので幾つか可愛らしい動物をピックアップして試しているのだ。元々ハムスターはその過程で生まれたものの一つであり、視点偽装のついでに掃除屋としての機能を持たせたのだが、現在はこちらの方がメインで役に立っている。
他にも、今も話しに出たが共用の通路などには野鳥タイプの捕食者も配置している。ハムスターは冒険者達には賛否両論な感があるが、野鳥に関しては好評だった。見た目も綺麗で清潔感があるものを採用したからだろう。
「でもエリシーさん。人手が足りないって言っても、ダンジョンでお掃除の仕事をしたがる人なんていないんじゃないですか?」
「あら? チコは掃除は嫌?」
「そ、そうじゃなくてですね。町から遠いですし、お料理やさんみたいなご飯は食べられないですし、あとは……お給金とか。って違うんです! そういう不満があるんじゃなくて、あくまでいっぱっ、一般論でですね……ええとぉ……」
エリシーはクスクスと笑いながら迷走するチコを眺めている。僕としては笑い事ではないし改善しなければならない点だが、彼女達にはそれほど切実ではないのだろうか。
「別に責めてる訳じゃないわよ。でもそうね。労働環境としてはそれほど良くは無いのかもしれないわ。ギルド経由で依頼を出すのも良いかと思ったけど、依頼料も払えないか……その辺りはマスターも考えてるかも知れないし、相談してみましょう」
「は、はい。そうですね。今はまだ大丈夫ですけど。ここもどんどん広くなって……あの、エリシーさん? ダンジョンまで掃除しないと駄目なんですか?」
チコ。そんなに怯えなくてもそこまでしろなんて言ったりしない。
ダンジョンなんだし多少汚くてもいいかと考えていたが、場合によっては何か考えなければならないかもしれないな。
「ダンジョン? ああ、初級ダンジョンの方ね。んー流石にそっちまではやらなくていいと思うんだけどね……もしそうなったらアレンにお願いしましょ」
「えと……いいんでしょうか?」
「いいのいいの。最近戦ってないから鈍ってそうだって言ってたし、アレンなら襲われても切り抜けられるんじゃないの? なんにしても、二人を行かせるような事態にはしないわ」
「……その、ごめんなさい」
「ああもうっ。子供なんだからそんなこと気にしないでいいの! 危ないことは年長者に任せなさい。ほらほら、この話題はもう終わり」
チコはどこか納得いかないようではあるが、それでも申し訳なさそうにするだけで言い返すことは無かった。聞き分けの良い子である。
「そうそう、ハムスターで思い出したんだけど」
エリシーが突然切り出した。少々強引な話題転換だが。
「チコはさ、前にナデアさんにハムスターのこと聞いてたじゃない? あの時はどんなことを話してたの?」
「あれはですね、ここに野鳥とかハムスターが出るようになった時にナデアさんがすごく不思議そうな顔をしてたんです。気になって聞いてみてたんですよ」
「へえ。それで、なんだって?」
「鳥達はいくつか種類がいますけど、中にはこの辺りには住んでいないのもいるんだそうです。南の海の近くとか、北の岩場にいるのとか、色々です」
「そうだったんだ。道理で見たことないのも多いわけだわ。てことはナデアさんはハムスターも知ってたのね。私はこんなの見たこと無いけど」
「はい。ナデアさんもずっとずぅっと東の方の荒野の奥地で見ただけで、現地の人も『こんなネズミは見たことない』って言ってたんだそうです。遠くの土地に住んでいる、誰も見たことがないかもしれないような珍しい生き物がなんでこんな所にいるのかが不思議だったんだそうです」
この件に関しては本当に失敗したと思う。また妙な勘ぐりをされる材料を与えてしまったのだから。
「あと、ハムスターて言うちゃんとした名前が付いてる事にも驚いてました。ここに来る人は皆、最初はネズミとしか思ってなかったみたいですし……」
この世界では、あるいはこの地方限定かも知れないが、生物の分類や呼び方が酷くいい加減だ。外見の特徴がある程度似ていればそれらは纏めて一種類の生物に括られてしまう。たとえ目が四つあろうと尾が二本あろうとそれらは個性であり誤差の範囲として判断されている。
例えば、ギルドに森狼の駆除依頼があったとする。森狼とはこの辺りに生息している狼の内、森林を住処とする者達らしい。ここで重要なのは、指定された森に住んでいる狼ならばどんな『個性』を有するものでも良いのだ。それこそ、犬歯がノコギリ状であろうと全長5メートルであろうと、狼の形状をしているならば受理される。……まあ大抵は僕でも納得がいくレベルの一般的な狼が狩られてくるわけだが。
はじめはそのいい加減さにはかなり違和感と不安感があったのだが、ダンジョンのモンスターを創造している内に考えが変わってきた。ちなみに野鳥やハムスターも括りとしてはモンスターだ。
この世界には空想が実像を成す場所が存在する。ダンジョンのことだ。
そもそも僕がダンジョンの魔物を創造するときは、まず始めに元の世界の動物や空想の生物を原型として想像する。しかしそれらは違う世界の理に属するものであるから創造コストが高かったり創造不可能であったりする場合が殆どだ。そこで次に、生物学的な部分は一先ず放置して、あちこち弄り回しながらコストが下がる傾向を探るのだ。後はその流れに任せて大雑把に最適化していくと、この世界……というか地上に住む生物に近いものが出来上がるのだ。内臓などは結構適当で、各器官の具体的な仕事や情報伝達の仕組みまでは考えていない。大まかにこんな感じにするとコストが下がる、ということが分っているだけだ。僕以外のダンジョンマスターがどんな感じかは知らないが、少なくともモンスターの生物的な仕組みの全てを正しく理解しているということは無いだろう。そういうものなのだと受け入れることにした。結局は空想の産物なわけだし。
このことは、裏を返せばコスト無視できるならば、どんな変異種も新種も生み出せる可能性があるということだ。おそらく、異なる二つのダンジョンに『狼』が配置されているとしても、それらを比較すると少しずつ違いがあることだろう。『個性』だ。
たとえベースが同じ……つまり極限まで最適化された場合その姿が同じ種のモンスターであっても、実際に創造されるモンスター達にはそのダンジョン特有の『個性』が表れているはずである。例えばゲームや小説的なダンジョンとして、『ゴブリンキング(?)がダンジョンマスターをしている洞窟』を想像してみる。この洞窟に現れる彼の配下のゴブリン達は完全に同じ外見と能力をもつ最適解達だけだろうか? 少なくとも僕ならそんなことはしない。武具や戦略、性や身体的特徴の差は必ずつけるだろう。嗜好も影響するはずだ。心情的にも実用面でもその方がいいと思う。
結局何が言いたいかというと、ダンジョンの数だけ変種が存在しうる世界において、目や尾の数などの些細な事で種の分類を始めてしまうと数が膨大になりすぎてとても把握しきれなくなってしまうということだ。
そのため、あえて細かい分類はせず、ベースとなる形を決めてそれらを一括して一つの種として扱うことになったのではないだろうか。
どうしても必要な場合は、『○○に住む××と△△が特徴的な狼』などと表現するしかないが、今のところそんな言い回しをしている場面には出会わなかった。
あくまで僕の空想ではあるが……それなりに自信がある説だ。
ちなみに、薬草や野菜などの生活に密接に関わってくるものや分類が必要不可欠なものならある程度しっかりと分けて考えられているようではある。
「そうだったの。確かにハムスターを見て、ネズミじゃないと思う方が変よね。私もそう思うし。やっぱり普通のダンジョンマスターと違って特別な方なのね。お風呂の事もそうだし、本当に色々知っていて不思議だわ」
僕だってハムスターはネズミの一種だと考えている。ただ彼女達には名前が違うことと別種であることはほぼ等しいことなのだ。『ネズミ』である時点でさらに分類してそれぞれに名前をつけるという発想はないらしい。
「でも当たり前の事なのに知らないことも沢山ありますよね。パンは知ってるのにデマモメの実は知らなかったりとか」
デマモメの実とは、パンの材料であり地球でいうところの小麦である。ただし形状は大きく異なる。まず、木の実である。外見は鈴なりな落花生とでも言うべきか。地球には該当する植物が思いつかない。
なぜこんなチグハグな矛盾が生まれたのかというと、僕に与えられた翻訳能力が原因の一端を担っている。勿論こちらの常識が欠如しているのもあるが。
僕の翻訳能力は外見的特長や性質と僕の元からある知識とが深く関わっている。この世界のパンは、外見も味も地球のパンと殆ど同じであるのに対し、原料は小麦とは全く異なる外見をしている。この時、パンは『パン』として翻訳され、デマモメは翻訳不可能なため現地語が当てはめられているのだ。傾向としては、完成品の名前は対応し易いが原材料は現地語がそのまま適用されやすい。地球に無かったり、空想もされていない生物の名前も同様だ。
『小麦』という言葉は、少なくともエリシーには通じなかった。この場合、小麦に該当する植物が存在しないか、存在はするがエリシーが知らないかのどちらかだろう。
また、この世界には『ハムスター』に該当する動物はいるが、該当する言葉がない。僕にとってハムスターとネズミは同一ではないので、僕が発した『ハムスター』という言葉は『ネズミ』には変換されず、そのまま受け入れられたのだろう。
これまではそれほど大きな問題も起こっていないが、そのうち妙な誤解が生まれてしまうかもしれないから翻訳能力に対する理解を深めることも非常に重要ではある。同時に現地の常識の吸収もだ。
「その辺りも謎よね。いつだったか、アークも訝しんでたことがあったし……まあ、結局放置してる訳だし、大して重要でもないんじゃないかしら」
「それもそうですね。今はもっと考えなきゃいけないこと沢山ありますし」
例えば、身の振り方や生活面の充実についてだろうか。
「あんまりしつこく聞いて、嫌われたりしたら大変だしね。それに、知らなくて良いことだって世の中結構あるものよ。今は忘れときなさい」
「はい」
そうこうしている内に浴場についた。
「じゃあ、いつもより念入りにね。そんなに汚いところはないと思うけど。一応気をつけといて」
それぞれの持ち場に付く。
さて、掃除の様子を眺めていてもいいのだが、マリーナ達も動き出したようだ。
あちらに戻るとするか。




