クラスチェンジ
エリシー達はパンツを手に入れた。
というかそれ以外の肌着や部屋着も手に入れた。
昨日エリザ達が帰る前に置いていったのだ。
彼女達が下着を欲しがっていることは知っていた。
しかし僕には女性用の下着を作るのは難しかったし、そもそも会った事もない相手から下着を渡されて素直に穿いてくれるのかという危惧も合った。
なぜ下着を欲しがっていると知っているのかと問われれば答えに困ってしまうし……。
彼女達にはカイン達の荷物から衣類も渡してあるが、男物の、それも冒険者の服を再利用して下着を作るのにも抵抗があったようだ。風呂で洗えば衛生面はある程度問題ないと思うが、そういう問題でもないのだろう。
一応これまでは、清潔な布を創造して自由に使う様にといって渡してあったのだが、今度は上等に見える生地にハサミや針を通すことに抵抗を示し、なぜかそのまま巻き付けるようにして下着代わりとしていた。
その光景を見た訳ではないが、いや見ていないからこそ脳裏には彼女達のその滑稽な姿が思い浮かんでしまう。
まさかの褌メイドである。
この地域には褌というものが無いのか、それとも一般的なのかは不明だが、彼女達は特に抵抗がないようだった。皆で風呂に入った時も特に変だと言われることはなかったし、どちらかと言うと毎日同じものを使いまわしている事が問題視されるくらいだった。一応風呂で洗ってはいるようだし、日光浴等で外に出ることで老廃物は魔力に還元されている。後者の理由は知らないことなのだから仕方ないが、毎日洗って駄目ならどうすれば良いというのだろうか。気持ちの問題と片付けられたらそれまでだし、分からなくもないが。
ちなみに彼女達が渡された下着は、体にピッタリとフィットするタイプではなく薄手の生地で出来た短パンのようなものだった。裾に紐が通してあり、それを結んで太ももに密着させることでゴミや埃の進入を防ぐようだ。
これで漸くまともな格好をさせられる、と思ったのだが……。
「チヤ、折角サラさんが持ってきてくれたのにどうして穿かないの?」
「……なんか変なの。わかんないけど、良くない?」
「もう、前は似たのを使ってたじゃない。何が不満なのか言ってくれないと」
「……こっちがいい」
そういってチヤはいつも使っている布の方を指す。
チコはというと『訳が分からない』といった風にため息をつく。結局このまま説得しきれずにチヤが押し切った形で終わったが、チコのことだからサラに申し訳なく思っているのかもしれない。
こんな具合で、約一名が褌状態(あくまで想像)の者が残ってしまった。チヤが何を求めているかは本人にも良く分かっていないようだから様子見するしかないが、このままではあまり良くない。……気がする。
女性の肌や下着に詳しくないから分からないが、生地が合わなかったり着心地が気に入らなかったりという理由なら無理に着せるのも良くないかもしれない。
余裕がある時に女性用下着について研究することになるかもしれない。
――気が乗らないことこの上ないが。妙な噂がたっても困るし。
ある日のこと。
「そういやよぉ。あいつらの作業着はどうやって調達したんだ? 外に出る時に着替えて来るのは上等な服を汚さないためかとも思ったが、結局作業着として使ってるし。あんな服が手に入る割には部屋着とか持ってなかったらしいじゃねぇか」
いつものように、アークが筆談ボードに向かって話しかけてくる。今日はアレンも一緒だ。この暇人共めと言ってやりたいところだが、ここが退屈な場所なのは僕のせいでもある。余計なことは言うと面倒な頼まれごとをされかねない。
【あれは私が作った仕事着ですが、ダンジョン外に持ち出さないように言ってあるため外出時は普通の副を着ているのでしょう。】
「あぁ? あんなものまで作れるのか? それなら下着とか他の服も出してやればいいじゃねえか。……趣味か?」
彼が言うことも尤もだが、趣味だなどと言われるのは心外だ。
サラが持ってきたような下着は思いつかなかったのだ。ブリーフみたいな物なら作れないこともないが、結局サイズの問題が出てくる。
加えて、僕は下着や肌着の生地というものはきめ細かく滑らかなものを想像していた。するとメイド服同様に、というかそれ以上にオーバーテクノロジー気味になってコストが跳ね上がってしまう。絹や羊毛のような天然繊維よりも合成繊維のほうがイメージしやすかったため余計にだ。それらの生地のイメージが正しいのかも不明だし。
脱衣所に常備してあるタオルはそれほど造りこんだものではないから低コストにすんでいるにすぎないのだ。
しかしこのあたりの裏事情をアークに話すわけにもいかない。かと言ってアレンの視線にもなにか咎めるような成分が含まれている気がするし、何かしらの言い訳は必要だが。
【そこまでは気が回りませんでした。服を毎日取り替えるという発想がなくて。】
白を切ることにした。
僕の事は、性別も年齢も容姿も、ほとんどの情報を流出していない。
推測できるのは、筆談可能であることから精密に動かせる細長い器官を持っていて、人間の言葉と文化をある程度理解しているということだけだ。あとはひょっとしたら男性的な思考回路だとバレている可能性がある程度だろう。
ならばいっそのこと、『結局は人間ではない』『こちらの常識が通じないのも仕方ない』と認識してくれていた方が楽だ。どうせ会うつもりも無いことだし。
『なら殺しても問題ない』などという考えに行き着かないとも限らないが……。
「ふーん。まあそんなもんか? で、作ったのはあんただとしてデザインは誰がしたんだ。あんな下着も見たことないし、風呂とかのアイデアもそうそう出てくるもんじゃねぇだろ? いったい……」
「待ってください。なぜ貴方がエリシー達の下着について知っているような口ぶりなんですか?」
褌的なあれはこの辺りでは見ないのだろうか? 本人達や周りの女性達は気にした様子はなかったというのに。
それにしてもアークがかなり鋭い、それでいて返答に困る質問を投げかけてきてギョッとしたが、それを遮るようにアレンが口を挟んだ。ナイスだ。
【私も聞きたいところです。何故貴方が下着まで知っているのですか?】
「ん? そりゃあ服の上から見りゃわかるだろ?」
さも当たり前とでも言うように、アークは言い放った。
「なっ、何ですかそれは!? ……いえ、嘘ですね。あの服は腰周りがゆったりしています。服の上から分かるはずありません」
僕もアレンと同意権なのだが、少なくともアークは風呂を覗いたことはない。
「嘘じゃねえよ。流石に鎧の上からは無理だがな。注意力が足りないんじゃないか?」
「そんな注意力は必要ありません。というか、エリシーをそんな目で見てたんですか。やはりここに住まわせてもらうように頼んだのは正解でした!」
「アホか。そんなに飢えてねぇよ。初めて見るタイプの下着だったからちょっと気になっただけだ。大体、覗きなんぞしてダンジョンマスターの不評を買ったりしたら首だぞ。下手したら牢屋行きだ。逃げ切る自信はあるが、場合によっては指名手配される可能性もあるからな。面倒ごとは御免だ」
どうやら僕の機嫌を損ねた人間は指名手配になる可能性すらあるらしい。それなりに重要人物として認識されているようで一先ず安心した。
しかし僕の前でそれを言ってしまっていいのだろうか?
「それでも女性に会うたびに下着を見透かそうとする人間であることにかわりありません。……まさかマリーナさん達もそんな目で見てたんですか!?」
「そこまで命知らずじゃねーよ。マリーナはなんでか視線に異常に鋭いからな。ああ、エリザとかは笑えたぞ? あの清まし顔でじ……」
「そんな報告はいりません! やはり貴方は信用に値する人物ではありませんね。」
「別にお前に信用して貰うつもりは無いんだが……。それに一応言っとくが、会う女片っ端から確認してるわけじゃないからな」
二人は僕のことを放置して言い合い(?)を始めてしまった。
こうなるとボードを見て貰えないから会話に入ることはできない。こういうところが不便であるが、今回は利用させてもらおう。
【それでは私は失礼します。】
丁度良くアークからの追求をウヤムヤにすることができた。このまま気付かれない内に会話から離脱してしまおう。
質問中もアークはどうでも良さげな態度だったし、それほど重要視してはいなかったのだろう。
アークがこのまま忘れてしまうことを祈りつつ、今後似たようなことを聞かれた時のためにダミーの返事を考えておくとする。
最悪、『秘密だ』と言ってもいいわけだが。
そのうち、下着の見方を聞き出して対策した方がいいのかもしれない。




