奇妙な要望
【あらためまして、こんにちは。私はダンジョンマスターです。壁から突き出た棒に話かけて頂ければ私に声が聞こえます。直接対面してお話できないことをお許し下さい】
ここは地下二階の階段前広場である。つい先ほど、エリシー達の部屋にあるボードと同じものを設置したのだ。
5人も始めは面食らっていた様だが、すぐにマイクに向かって話しかけてきた。
ちなみに、マイクは初めからONである。もちろんダミーだが……。
「ご丁寧にありがとうございます。私はこのダンジョンから北にあるモンモンデルという町から来ました、エリザと申します」
町の名前自体は既に知っていた。此処に来る冒険者達の話を聞いたのからだ。
名前にはどんな意味が込められているのだろう?
「私はそこの冒険者ギルド支部に所属しております。この度は、ダンジョンマスター様との交渉役としてパーティを率いて参りました。
メンバーは、ダンジョンを発見した三名と同僚の職員1名です。こちらが町の有力商会のご息女であらせられるサラ・ハーディング様、そして専属護衛のマリーナとナデアです。彼は元冒険者で、現在はギルド内でも荒事関係の処理を主に行っている者でアークと言います」
エリザが一人一人紹介してくれた。
アークは荒事専門とのことだが、先ほどの会話を聞く限り唯の護衛ということはありえないだろう。
まあそれはこの後の話し合いで分かるはずだ。
【ご紹介ありがとうございます。私には名前が無いのでどうぞ呼びやすいように呼んでください。それでは早速、本日はどのようなご用件でいらしたのでしょうか?】
「それではダンジョンマスター様と呼ばせていただきます。先にこのダンジョンを取り巻く環境とコレまでギルドとして取ってきた方針について説明させていただきます」
そこで一旦言葉を切り、サラ達三人に視線をやってから再び話し始めた。
「まず始めに、彼女達三人がダンジョン発見の知らせをギルドに持ち込みました。人間に積極的に関わろうとするダンジョンなど今までに報告されたことが無いことから、重要な情報と判断した彼女達はギルドの上層部に直接報告したのです。当ギルドは王都に本部がありまして、そちらのギルドマスター、領主様、国王陛下、一部の有力貴族による協議の結果、ダンジョンマスター様とは友好的な関係を築いていきたいと結論がでました」
ここまではほぼ予想通りだ。やはり地方領主や王族にまで隠すわけには行かなかったのだろう。
それで問題が起こったらモンモンデルのギルド支部にどれほどの責任がのしかかるのか想像もできない。
「そこでギルドとしては、ダンジョンの存在を一部の信用できる冒険者以外には秘匿することにしました。ここは町から一日ほど歩いた場所に位置しているため、周囲の探索のための拠点としては申し分ありません。夜を安全に過ごすことの出来る拠点は新人冒険者の安全を守る上でも有用だったのです。
これまではダンジョンマスター様と接触する手段が無かったので一先ずは我々に敵対の意思が無いということを知って頂く意味でも、問題を起こさないことと、ダンジョン内の張り紙の指示に反した行動をしないように注意していました。
暫くして安全に休憩できる鍵つきの個室を設置していただけたので、ギルド側が接触を急がなくとも有益な関係を築ける……という意見が通り易かったのも、ギルドが現状維持を続けた理由です」
実は結構失礼なことを言われている気もするが、嘘を言っている雰囲気ではない。
ただ、奴隷云々や安全性のテストについての話はない。他にも何か思惑を隠しているのかも知れないが、人間側の負の部分をあえてさらす必要はないと判断したのだろう。
「そして、最近になって人を襲わないスケルトンが居ると報告を受けまして、ダンジョンマスター様とコンタクトを取ることが出来るのではないかと判断したのです」
伝令なんて札をぶら下げたスケルトンだ。僕とつながっていると考えるのも妥当だろう。
「それでは本題に入ります。二度めになってしまいますが、我々の目的はダンジョンマスター様との友好的な関係を築くことです。そして可能であれば、互いに利益のある関係を持ちたいと考えています」
いきなり利益とくるとは思っていなかった。そういう性格なのか、ある程度腹を割って話す事で信用を得ようという目論見か……。まあ、僕は駆け引きとかは苦手だからズバズバ言ってくれる方がわかりやすくてありがたい。
【それは願ってもない申し出です。ですがギルドにとっての、あるいは人間にとっての利益とはどのようなものが挙げられるのですか?】
「それについては幾つかあります。まずギルドが最も危惧しているのは、ダンジョンマスター様が力を蓄えて強力な軍勢を従えるようになった時、外の人間を攻撃するために打って出るようにならないか? という点です。魔石は人間社会になくてはならない物となっているためダンジョンを訪れる冒険者をゼロにする事はできませんし、彼らをどうしようとギルドは何も言いません。ですが、友好関係を築くことでダンジョン外の町や旅人の被害をなくしたいとは考えているのです。我々の最終目的は、外の人間が被害を受けない様にすることです」
まあ、ある意味当たり前のことだろう。付け加えるなら、ダンジョンマスターと関係を持つ事で危険性を常に監視できる体制を整えることにも繋がる。といったところだろう。
国内にいつ爆発するかわからない爆弾を抱えるよりは、爆弾を常にモニタリングしておくことで爆発を事前に察知できるように準備するということだ。
「二つ目の目的としては、新米の冒険者の訓練や探索拠点として利用したいというのがあります。このダンジョンのすぐ近くには広大な森林地帯がありまして、深部には貴重な植物の群生地が確認されています。まだまだ未開のエリアが多く、ギルドにもそのような植物の採取依頼が寄せられてくるのです。しかし、現在のところ森から得られる旨みはそれだけで、数日かけて得られる収入としては少なめになってしまうため、中級以上の冒険者は他の割の良い仕事に行ってしまっているのが現状です。
幸い、危険な生物は確認されていないので、経験の浅い冒険者にも任せられる仕事ではあるのですが、大抵の場合、彼らは野営の経験が少なくそれで危険な目にあってしまう場合もあるのです」
例えば悪徳奴隷商人や山賊の餌食になったり……というのも含まれるのだろう。そのあたりは伏せられているが。
「ここは街道にも森にも近い位置にあり、さらにダンジョンマスター様のおかげで安全に夜を過ごせる良い拠点なのです。今後も中継拠点として部屋をお借りできればと考えています」
【その点については問題ありません。節度を守って頂ける分には部屋も風呂も自由に利用して頂いて構いません。要望があれば拡張することも考えています。】
ここまで書いて、一つ目の目的について返事をしていない事を思い出した。むしろそちらの方が相手には大事だろう。
【もちろん、外の人々に危害を加える意思もありませんよ。】
「ありがとうございます。そう言って頂けるとギルドとしても非常に助かります。……人間側からの目的や要望ばかり先に伝える事になってしまっていますが、先に全て話させて頂いてもよろしいでしょうか?」
どうやら話の腰を折ってしまったようだ。
【どうぞ】
「ありがとうございます。次に、このような申し出をするのは大変心苦しいのですが、少しずつでいいので魔石を供給して頂けないでしょうか。先程も申しましたように、もはや魔石は人間社会になくてはならない物となっているのです。そして、ダンジョンから得られる利益としては最も分かりやすいものでもありまして……。勿論、見合う対価を何らかの形で用意させていただきます。
それと魔石を狙ってダンジョンのモンスターやダンジョンマスター様に危害を加えようとする者が現れるかもしれません。ギルドとしても目を光らせておきますが、万が一を考えて防衛力の強化も進めておいて頂けますと幸いです」
本当に友好関係を築きたいのか疑ってしまうような申し出だ。友達になりたいと言う一方で刺客が行くかもしれないと言っているのだから。
魔石の供給とは……まぁ税金みたいに考えておけば良いだろうか。利益が見込めないようなら不必要とでも言わんばかりだ。
だけど、おそらくこれは彼女の上司やその上の人間が欲をだした結果だろう。
搾り取れるだけ搾り取ってしまおうとでも考えているのだろうし、その位は妥協しないと、過激派(?)を黙らせられなかったのかもしれない。魔石が得られないダンジョンはお偉いさん方の懐を温める役にはたたないのだから。
【分かりました。魔石については直ぐには難しいですが、後日で話し合いましょう。他に何はありますか?】
「……それでは、これは重要度がそれ程高くないので断って頂いても構わないのですが」
そう前置きして、エリザは続けた。
「しばらくの間、ダンジョンの小部屋にアークを住まわせて頂きたいのです」
アークは複雑そうな顔をしながらも、特に口を挟みはしなかった。