リセットボタン
昼食を終えた彼女達は再び仕事に戻った。
エリシーの掃除担当場所は主に入り口付近や地下二階広間となっている。
これは、万が一掃除中に好戦的な冒険者が来た時に、まだ幼い2人では安全地帯まで逃げ切れないかも知れないからだ。
ちなみに僕から提案するまでも無く、彼女たちが話し合って決めたことだ。
三人で手入れするにはこのダンジョンは少々広かったようだが、日によって少しずつ場所をずらす事で、二日から三日ほどで一通り掃除が行き届くようなサイクルで仕事にあたってくれている。
それほど人が来る訳でもないので、最近では毎日掃除をする必要がないほど汚れは少ない。
それでも掃除の手を抜く気は無いようで、丁寧な仕事には好感が持てた。
今後も良い関係が続くことを祈るばかりである。
夕方からは基本的に自由時間である。
町からの距離的にこの時間は来客の可能性が高い。そのため自由とは言え従業員スペースに引きこもって小物を作ったり、数日前に設置したコンロモドキを使って新メニュー開発をしたりしている。
しかしその前に、画面リセット機能のお披露目に移らせてもらうとしよう。
【ボード枠の右下にボタンがあります。コレを押すとボードの文字が消えます。試しにこの文章を消してみて下さい。】
彼女達が部屋に戻る前には既にこのメッセージを書いておいた。
「……ああ。確かに文字が消せないのは問題よね。気付かなかったわ」
「エリシーさん? なんて書いてあるんですか?」
エリシーとしては独り言のように思わずこぼれた言葉だったのだろう。しかしチコはボードの内容に興味があるようで、エリシーに質問を投げかけた。
「ん? いえね、このボタンを押せば文字を消せるらしいの。字が消せないとせっかく作ったボードも使い捨てになっちゃうでしょ? 私はそのことまで気が回らなかったから、それでね……」
「言われてみればそうですね。でもこんなボタンありましたっけ?」
「……たぶん無かったと思うけど、自信はないわ。さっき説明し忘れただけかもしれないし。まあそんなことはどうでもいいわ」
そういってエリシーは何気ない動作でボタンを押して見せた。
「「あっ」」
普段は口数のすくないチヤまで声をあげた。どうやら興味自体はもってくれていたらしい。
「ほんとに消えた……。よかったんですか?」
「ええ。さっきの文章の最後にボタンを試してみるように書いてあったのよ」
………。
おそらく三人の中で僕との関係に最も慎重なのはチコだろう。
これまでの生活の中でも、色々と気の付く性格の彼女は事あるごとに『それが安全であるか?』や『ダンジョンマスターの怒りを買わないか?』を気にした発言をしている。
しかし僕に対する不審の表れというわけではなさそうだ。
ひょっとしたらダンジョンを出る破目になることを恐れているのかもしれない。方針が決まらないまま外に出ても平穏な暮らしは待っていないのだから……。
「じゃ、あとは自由時間ね。それと……そろそろ外と積極的に関わるようになると思うわ。場合によっては突然此処を出ないといけなくなるかもしれないから、心の準備をしておいてね」
エリシーは明るく言うように努めはしたのだろう。
残念ながらあまり成功とはいえず、少々こわばった口調になってしまっていたが。
エリシーはさっさと自分のベッドの脇まで行って、装備の手入れを始めた。
冒険者達と戦闘になる可能性も考えているのだろう。
チコは少し早いが夕飯の準備を始めるようだ。彼女がいくら考えたところで将来の不安を拭うことはできないだろう。今は手を動かすことで気を紛らわしたいのかも知れない。
一方チヤは、ボードをジッと見つめ続けている。
チヤは決して頭は悪くない。ボーっと見ているわけではなく、何か思うところがあるのだろう。
時折エリシーやチコの方に視線移したり、悩んでいるようなそぶりをするが、何か行動に移すわけでもない。
暫くそんなチヤのことを観察していると、意を決したのか「うんっ」と気合を入れてからエリシーをよんだ。
「……エリシーさん。あの、こっち来て」
するとエリシーは顔をあげ、何の用かと首をかしげながらもボード前までやってきた。
「どうしたの? 何か気になることでもあった?」
エリシーの問いに対して、チヤはボードを指して続けた。
「文字読めないから、読んで欲しいの」
エリシーにも僕にも、チヤの意図するところが分からない。ボードには何も書いてないのだから。
エリシーの返事は聞かずにチヤはマイクのスイッチを入れて、大きく息をすってからこう言った。
「ダンジョンマスターさん、私チヤです。お、お名前教えてくだ……くれませんか?」
早く新キャラ出したいのですが、残念ながら2~3話先になりそうです。