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やすらぎの迷宮  作者: 魔法使い候補生
序章 ダンジョンとして
2/69

水攻め

 階段を降りたらまた先ほどと同じ様な部屋があった。石造りで、明るく、壁際には掲示板がある。


「掲示板によると地下二階からダンジョンのはずだが……、とてもそうは見えないな。」


「また手分けして部屋を調べてみましょう。ダンジョンのことが分かるかも知れません」


 さすがにダンジョンマスターが自分のダンジョンの事をばらす様なことは無いだろう。と早くも諦めムードで探索を始めたのだった。




 ……ネタバレはあった。

 このダンジョンは小部屋がたくさん連なったような構造になっていて、各部屋に入るとドアに鍵がかかるらしい。鍵は部屋の中で条件を満たすことで解除されるとの事だ。そして一部屋に入れる人数は5人程度を推奨していて、どんな無茶をしても脱出不可能になることはないらしい。

 あとはここで引き返して地下一階でゆっくりして行ってから帰ってくれという内容の張り紙が多かった。ここまで地下一階の探索をさせたがるということなのだから、やはり罠が仕掛けてあるのかもしれない。

 

 これらを完全に信じることは出来ないが、方針を考える情報ぐらいにはなるだろう。



 皆で集まって話あったが結局方針は変わらず、いつでも逃げられる心構えをして部屋の奥にある木製のドアを開けた。





 一つ目の部屋に最後尾のトッドが入ると直ぐにカチャリと音がして、ドアノブが動かなくなった。

 やはり石造りの部屋で、中央の床に赤い出っ張りがあるのみだった。

 

「トッド。アレについてどう思う?」


 アレとはもちろん赤い突起物のことだ。


「怪しいですね。他には何もないのでアレをどうにかすることで部屋のロックが外れるのでしょうけど、逆にそう思わせて冒険者を足止めするためのものかも知れません。」


「あるいは鍵を開ける条件は別にあって分かりやすい罠をしこんであるという可能性もあるな」


「まずは部屋を丁寧に調べて他に何もないのかを調べるべきですね。」


「ああ。俺達はダンジョン探索は初めてだ。注意に注意を重ねて……」


 トッドとの話がまとまりつつある丁度その時。



 カチャリ

 


 こんな音が前方と後方から聞こえてきた。

 何事かと思い周囲を確認すると、レックスが赤い突起物を地面に踏みつけていた。


「お! 開いたみたいだな。次に進もうぜ」


 ………

 ………

 ………


 俺がこめかみを引くつかせながら睨んでいることに気づいたレックスは、


「こんな分かりやすいのがあったら普通押すだろ。話長いし、これまでずっと結論は『良く分からない』なんだしさ。上手くいったんだからいいじゃないか」


 これでは慎重に進もうなんて考えてた自分が馬鹿みたいだ。レックスはたまにこういう先走った行動をするため俺達が振り回されることもまあある事ではあった。

 今まではそれで何故か上手くいってしまっていたので、どうにも強く注意できないのだ。


「それは結果論じゃないですか。ダンジョンは初めてなんですからもっと慎重に進みましょうよ」


トッドの注意にも適当に、


「わかったわかったって。次はなんかする前に相談するよ」


と返すだけだった。





 二つ目の部屋も同じ様な造りのようだ。今度は部屋の中央にあるのは木製の看板があり、


【マテ】


と書いてあるだけだ。丁寧に調べたが他には何もわからない。

 さらに、壁と床の境目辺りに10cm四方程度の穴が一つだけ開いていて、淡い水色の光が漏れてきていた。この穴の奥を覗いてみると、数mほど先には蒼いクリスタルが見えた。水のエレメントである。エレメントとはダンジョンのみに存在する属性を司る八面体のクリスタルで、火を無限に放ち続けたり周囲の水を吸い尽くしたりと様々な効果を示すものだ。

 このエレメントを発見した直後、全員に余計なものに触らないように注意の声を掛けてある。もしエレメントから部屋に水が流れ出して来たら溺れてしまうかもしれない。


「よし、何も起こらないな。全員このまま一歩も動くなよ。看板の指示通り一先ず待機・・・」


 言い終わるまさにその時、突然壁の穴から水が流れ込んできた!


「なんだ! 誰か何か触ったか!?」


「何もしてねーよ!今何か禁句を言ったんじゃねーのか!?」


「落ち着いてください! それよりも脱出法を探すほうが先です。レックスとダルトンはドアを調べてください。僕とカインで水を何とかしてみます」


「それでいくぞ!」


「おう!」


「分かった」


 やはりトッドは頭が切れる。この緊急事態での判断力には何度も助けられてきたのだ。

 レックスとダルトンの二人は直ぐにドアに向かい、怒鳴りつけながら押したり引いたりしている。…やはり開かないようだ。

 こっちは水路に荷物の中の衣類を突っ込んでみるが直ぐに押し出されてしまった。また入り口付近やエレメントの様子を確認しても、解決の糸口は見つからない。

 

 そうこうしているうちに水位はどんどん上がり、すでに膝が浸かりつつある。俺達はもはや水の出口をどうこうできなくなってきているし、ドアへ向かった二人は半狂乱になりながらドアに剣を突き立てている。


「クソォッ! 傷一つ付きやしねぇ……」


 レックスは諦めたのか、ドアに背中で寄りかかってこちらに向いた。


「……それで? どうすんだ? 溺れるのを待つか?」


 正直お手上げだ。ダルトンはまだドアノブを握り締めて色々試しているようだが、どうにも覇気が感じられないところを見ると半ば諦めているのかもしれない。レックスの問いに答えられないでいると、突然トッドが声を上げた。


「見てください。膝を越えたあたりから水位が上がっていません。これが最大なのかもしれません」


 確かに水位の上昇は止まっているようだ。


「そうみたいだな。一先ず溺れ死ぬことはなさそうだ。」


「だが根本的な解決にはならねーぞ? ドアも壁も壊せそうにないし、さっきの部屋みたいにスイッチもない。」


「手分けして調べるしかないだろう。それこそドアの木目から石壁の石の隙間まで隅々をな」


「…はあ。また調べ物かよ。丁度4人だし、一人が壁一面を調べることにしようぜ。4人で全部を見てまわるなんて御免だからな。気が狂っちまう」


「賛成です。早速取り掛かりましょう」


 レックスの意見が採用され、二人はそれぞれ別の壁に向かった。

 しかしダルトンが動こうとしない。冷水に浸って具合が悪くなったのかと聞いてみたが思わぬ答えが返ってきた。


「……こんな状況じゃ関係ないかも知れないがな、実は俺……泳げないんだ。また水が増えたりしたらと思うと足が竦んじまって……」


 確かに泳げたところで何とかなる状況ではないが、泳げない人間にとっては水に浸かるというだけでも大きなストレスになるのかもしれない。いつもポジティブなダルトンの意外な一面に笑ってしまいそうになったが、なんとか堪えた自分に賞賛を送りたいものだ。さすがに笑ってはいけない場面であるということはわかる。


「トッドが言ってた通りこれ以上水は増えないだろう。ダンジョンには即死や死亡確定の罠はなぜか殆どないらしいし、階段前の掲示板をみる限りここのダンジョンマスターは好戦的ではなさそうだ。脱出条件も必ず用意してあるだろう」


 そういうと、ダルトンは多少は元気付けられたのか、泳げないことは内緒だぞと顔に似合わず可愛らしいことを言って壁まで歩いていった。




 一時間ほど掛けて丁寧に調べたが、結局収穫はゼロ。冷水と緩やかな水流に体力を奪われるだけに終わった。


「これ以上いくら調べても無意味でしょう。あと試してないことは一つだけですね」


 皆が意気消沈しているなか、トッドが声を上げた。


「試してないことって何だよ。こんな何もない部屋じゃ試せることも限られてるだろ。」


 レックスの疑問も尤もだ。俺にはあと出来ることなんてこれっぽっちも思いつかない。ダルトンに至っては発言する元気も無いようだ。


「待つことですよ。看板に書いてあったじゃないですか。皆で看板の前に立って、一歩も動かず、会話もせず、何にも触らないでひたすら待つんです」


「待つってどれ位だよ。もし他の条件だったら死ぬまで待ち続けることになるんだぞ」


「時間は分かりません。ですが僕達がいくら考えたって他の案は出そうにないですし、新しい発見もないと思います。これ以上無駄に体力を消耗する前に取り掛からないと、鍵を解除できても体力切れで進むことも戻ることも出来なくなってしまいます」


「でもよ……」


「いや、トッドの案に賭けてみよう。このままでは脱出法は見つからないだろうし、部屋で一番怪しいのはあの掲示板だ。書いてあることを実践してみるべきだろう。」


 レックスの反論を遮ってトッドに賛同すると、反論は上がらなかった。


「それで、会話まで制限するのか?」


「はい。ダンジョンマスターにとっての『待つ』範囲が分からない以上、不確定要素は可能な限り排除するべきです。壁に触ったり会話をしたりするのは控えたほうが良いでしょう。もっとも、待つ以外の解決法を思いついたら試してみるべきでしょうけど…。」


「わかった。これから会話も移動も禁止だ。何時間でも待つ覚悟で行く」



 こうして、なにも出来ない苦痛の時間が始まった。忍耐力に欠けるレックスが心配だった。








 時間の感覚がよく分からないが、もう随分と『待った』ことだろう。冷たい水に膝まで浸かりジッとしているのは意外と辛いのだと初めて知った。今はまだ大したことはないが、長時間このような状態が続けば体温と共に体力も気力もあっという間に尽きてしまうだろう。

 もっとも、レックスは早くもイラついているのか体が左右に揺れている。重心を乗せる足を変えて気を紛らわせているのだろう。ダルトンのほうは微動だにしていない。一見落ち着いているようだが、泳げない彼の精神は誰よりも疲弊しているはずだ。

 ……この様子では何時間も待つまでも無く我慢の限界がくるかもしれないな。



 しかし天は俺達を見捨てなかったようだ。あるいはダンジョンマスターが情けをかけてくれたのかも知れない。

 何の前触れもなくいきなり水が引き出したのだ。全員がびくりと体を動かしたが、再び水攻めにあう危険は冒したくなかったのか、『マテ』の命令を忠実にこなし続けた。それでも終わりが見えた達成感に安堵の表情が浮かぶ。

 そして水が完全に引ききると前後のドアから開錠の音が響いた。



「ふぅ……。これ以上長く続いたら暴れまわるとこだったぜ!」


「よかった。……本当に……助かった」


 レックスとダルトンが声を漏らす。


「いやー安心しました。こんな提案をしておいてハズレだったらどうしようかと、気が気でなかったですよ」


 どうやらトッドもいっぱいいっぱいだったようだ。


「いやいや今回はかなりヤバかった。トッド様様だな。さてと、どうする? 進むか、戻るか」


 こういうときに真っ先に答えるのはレックスだ。


「ここまでされて引き下がれるかっての! なんとしてもダンジョンマスターをぶった切ってやる!」


 剣の柄をトントンッとたたきながら頼もしいことを言ってくれた。


「ですがこの部屋ではかなり体力を消耗しましたし、ここは一旦帰った方が良くないですか? この先もどんな罠が待ち受けているか分かりませんし…」


「罠っつっても命に関わるモノは無いんだろ。さっきのだって天井まで水を入れられたら終わりだったんだから、罠じゃなくて謎解きって方が近いだろ。こっちにはトッド大先生が付いてるんだから問題なしだ」


 意外とそれっぽいことを言って反論するレックスに、トッドはどう返して良いのか悩んでいるようだったが、さらにダルトンまでが追い討ちをかける。


「確かにここまで来て諦めるのは勿体無いな。この部屋の仕掛けは作動したらかなり長い時間拘束されちまう。帰ってる間に誰かが先に攻略を始めちまったら、この部屋に足止めされて前の組を追い抜くことはまず無理だろう。一番のりを目指すならこのまま進むべきだ。」


 しかもかなり理にかなった理由付けだ。さっきまで青い顔をしてたとは思えないな。


「うぅ……ですが……。カインからも言ってやってくださいよー。」


「こうなったらもう止められないだろ。いつでも逃げ帰れるように注意しながら進もう。ダルトンの言ったことは、そのまま俺達が追い抜かれる事はないって意味でもある。焦らず慎重に進む余裕ができたわけだ」


「カインまで……。分かりましたよ! 慎重にですよ、慎重に!」


 こうして四人の意思は統一された。


「さぁっ、次の部屋に行くぞ。慎重にな」


「おうとも! 慎重にだろ。分かってるって」


「ふざけてないでくださいよ……。大切なことなんですよ……」


 

 トッドの不満の声にも何処か深刻さが無いように感じる。

 ゆっくりと体温を取り戻しているのに合わせて気分が高揚していくのが分かった。

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