今後は
汚れと疲れを落として帰路に着くお客様一号御一行は、それはそれは美しく、色っぽく見えた。
……もちろん、お嬢様にエロを求めている訳でも感じているわけでもない。
生贄もといナデアさんは、一回目は気を張りすぎで堪能できなかったと二回も入っていたし、後の2人も十分満足してくれたようだ。
彼女達の報告によって、攻略ではなく風呂目当ての来訪者が増えることを祈るとしよう。
帰るときも、ご丁寧にクレイゴーレムを吹き飛ばしてくれた彼女達だったが、黒パンの様な少し硬そうなパンと干し肉ひとかけらを置いて行ってくれた。掲示板でのお願いを聞いてくれたみたいだ。
なぜ食べ物を欲しがったのかというと、人間的な生活を忘れたくなかったからだ。食欲も睡眠欲もない体になってしまったが、だからこそ、人間だったころの習慣を続けていないと心まで人間でなくなってしまう気がするのだ。
まあ、生地の縫い方や組成を知らないはずのタオルが生み出せたのだし、見た目や味さえ想像できれば食べ物も作り出せるはずなのだが、それが体内で正常に機能する確証はないし、そもそも何処からともなく現れた食べ物を口にするのはどうにも気が引ける。
というわけで、今手元にはパンと干し肉がある。
異世界初の食事なわけで中々感慨深い。
などと思いつつ、早速パンに思いきりかぶりついた。
……のだが、あまりの硬さに歯が通らない。角度を変えてなんども噛み付くも、千切れる様子は無かった。ただ少しずつ唾液が染み込んでふやけて来たのか、記憶どおりのパンの香りと少しの苦味が口の中に広がってきた。
日本に居た時なら迷わず捨ててしまっていたであろうが、こんな環境に居たからか、はたまた此方に来てから何も口にしていなかったからか、驚くほど美味しく感じる。
次に干し肉も食べてみた。これもまた歯が欠けるかと思うほどカチカチで、おまけに塩の塊とかでも食べているかのように塩辛い。ビーフジャーキーやカルパスの様なものを想像していたのだからたまらない。一口分のしょっぱさを中和するためだけでご飯一杯は食べられそうだ。
表面が削れて少しはマシになったパンと干し肉をちびちびと食べながら、今後のことを考える。
まずは彼女達からの魔力回収についてだ。
やはり生きたまま返してしまうと得られる魔力は微々たる物だった。それでも三人パーティなら週に一回風呂に入っていってくれるだけでダンジョンを維持する程度の魔力は集まるらしい。
もちろん現状ではダンジョン完成とは程遠いし、人が集まるようになればそれだけ問題も上がってくる。少しでも多く魔力を回収する仕掛けや施設を考えないと不測の事態に対応仕切れなくなる。自由に出来る魔力をいつもストックしておく必要があるだろう。
ダンジョン運営が軌道に乗ったら、カプセルホテルのような小部屋を作るのもいいかも知れない。一晩ダンジョン内に拘束できれば随分違うだろうし、安全快適な野営地として流行らせることが出来れば週一で冒険者や旅人を引き込む位は達成できるかもしれない。
風呂に関しては問題なさそうだ。
タオルも、彼女達が持ち出して数分で再配置されたし、冒険者の汗や垢・髪の毛なども彼女達がダンジョン外に出た直後に分解されてそれなりの量の魔力になった。
美容室のようなものが作れれば、髪という形で魔力を効率的に回収できるかもしれない。…まあ、どんな方法で実現するかは全く考えついてないから当分先のことになると思う。
ただ冒険者が持ち込んだ泥やゴミは分解されずに残ってしまう。これについては、人が居ない間にこっそり掃除するしかないだろう。そのための裏口や隠し通路もつくっておく必要があるかも知れない。
あとは、風呂の水の安全性についてだが、今になって懸案事項が浮かび上がってきてしまった。
魔力で作った飲食物は少なくともダンジョン内では本物と同じ様に作用すると仮定して、重要なたんぱく質や細胞、あるいはDNA(この世界でもDNAを解した生殖が行われているのかはしらないが)の生成に関与し取り込まれたダンジョン産の原子が、ダンジョン外に出て消えてしまった時に体にどんな悪影響があるかわからない。
たんぱく質やDNA複製の失敗は、日常的に少しずつ起こっているだろうから、それを修復する機構も体に備えられているはずである。少量の原子が体から消えても重大な欠陥になることは少ないと思うが、多量の水や体組織が一気に消えるようなことがあれば命に関わってくる……かもしれない。
現段階では、掲示板で風呂の水を飲まないように喚起するしかない。あとでやっておこう。
一先ず冒険者を受け入れる最低限の準備は整っただろう。あとは様子を見ながら防衛用の魔物を強化していけばいいだろう。
そういえば食べ物は消滅しなかった。食べ物と死んだ生き物の違いは何だろうか?