一番乗り
街道から少し外れた岩陰に未発見のダンジョンがある。
その知らせを持ってきたのは用を足しに行っていたトッドだった。
仕事にも慣れてきて、そろそろ冒険者を名乗っても恥ずかしくないレベルの実力が付いてきた俺達は、ダンジョン発見の知らせに沸き立った。
今回の仕事は隣町への荷物の輸送で、その帰り道を中程まで進んだところだ。
『行き』の時にも立ち寄ったが岩陰にダンジョンは無かったはずだから、まず間違いなくここ数日中に出来たものであり、入り口の様子からも俺達が一番乗りである可能性が高い。
出来立てのダンジョンはその内部構造が単純で魔物が少ない場合が多くて攻略し易い場合が多い一方で、ダンジョン最深部のダンジョンコアは非常に高値で取引されるため一攫千金夢見てダンジョン攻略に乗り出す冒険者はかなりの人数いる。
出来たばかりで難易度の低いダンジョンであるとはいえ、ようやく一人前になろうかというパーティが未発見ダンジョンからコアを持ち帰ったとなれば、これからの冒険者人生にハクがつくというものだ。いやそれ以前にコアの代金だけで冒険者家業から足を洗える可能性すらある。
つまり並みの冒険者では手に入れられない程の金と名声を得る絶好のチャンスが目の前に転がっているというわけだ。
攻略に反対する意見は一切上がらず、俺達は誰かに先を越されない今の内に攻略してしまおうという結論に至った。
地下への階段を下りると、直ぐに小さめの広場のような場所に出た。
石造りのその部屋は、地下とは思えない程明るく、壁一面に木製の掲示板のような物がかかっている。
「カイン、ダンジョンってこんな感じなんですか? もっと不気味で不衛生なのを想像してたんですけど……」
不安そうに声を掛けて来たのは第一発見者のトッドだ。
彼は少々気弱な性格で、近接戦闘は苦手だからと弓と投げナイフを主に使う、我がパーティで唯一遠距離攻撃ができる人材である。
機転が利き、後方から戦局を冷静に判断できる彼は、血の気の多い他の奴等が先走らない様に目を光らせる役割も兼ねており、残り二人のメンバーからの信頼も厚い。
ダンジョン初体験の俺達が引き際を間違えないように、細かなところまで気をまわしているのだろう。
「いや、入っていきなり明るいダンジョンなんて聞いたことがない。まだ何とも言えないが、唯の出来立てのダンジョンと侮らない方が良いかも知れないな。まずはこの部屋から調べよう」
四人で固まって部屋の中央まで進んだが、特に罠があるようではなかった。
部屋には地上への階段以外に二つの出口があり、そのうち一つは更に地下に続いているようだ。
「よし。手分けして部屋を調べる。部屋からは絶対に出るなよ。あと怪しいものには絶対に触るな。」
そういって俺は入り口近くの壁に向かった。
トッドは下り階段付近、あとの二人は残りの通路側の壁を調べるようだ。
ちなみに、残り二人のであるダルトンとレックスはどちらも片手剣と皮製の安い盾を扱う前衛で、攻撃に比重を置いた戦い方を得意としている。
俺も獲物は両手剣だからこのパーティは少々攻撃重視な編成になってしまっているが……まあ今まで何とかなって来たのだから大丈夫だろう。
そんなこんなで壁際まで来ると、本当に酒場やギルドにある掲示板のようだった。
【ようこそいらっしゃいませ】
これが一番入り口に近い側に書いてあるメッセージである。
……これをどう解釈すればいいのか誰か教えてほしい。ダンジョンマスターが人語を話すなんて話は聞いたこともないし、場違いにも程があるメッセージだ。
その隣には更に意味不明な張り紙がある。
【地下一階は公衆浴場となっております。男性の皆様、覗きは厳禁です。地下二階以降はダンジョンとなっております。命を大切にしましょう】
……本当に、これはどういうことなのだろうか。公衆浴場というのが何を指すのかはイマイチ分からないが、不特定多数の人間を対象とした何らかの施設なのだろう。不用意に近づきたくはない。
そしてさらに分からないのは、命を大事にしろという言葉だ。ダンジョンが出来る理由やダンジョンマスターの目的については解明されていないが、侵入者を殺そうとする点においては共通する性質であると知られている。
もちろんこの言葉は侵入者を惑わせるためのものなのかも知れないが、唯のダンジョンとは一味違うと思わせる要因がまた一つ増えてしまった。
その後も注意深く調べたが、壁には目的不明のメッセージが貼り付けられた掲示板があるだけで妙な仕掛けは見つからなかった。
仕方が無いので他のメンバーを集めて情報交換をすることにする。
「………とまあ、こんな感じで正直訳が分からん。お前達はどうだった?」
俺からの報告が終わり、話すように促す。
最初に口を開いたのはレックスだ。
「俺は奥への通路付近を調べたんだが、妙な仕掛けは無かったし掲示板に書いてあることもあんたが言ってたことの続きというか詳細みたいだ。奥には公衆浴場ってのがあって、突き当たりを左に行くと女用で右に行くと男用らしい。あと左には男を通さないためにガーディアンがいるらしいな。大体こんな感じだ」
男女を別々に分断することの必要性は何処にあるのだろうか。残念ながら俺の頭脳程度ではエロい方向にしか想像出来そうにない。他の面子に聞いてみても特に考えが浮かばないようなので、公衆浴場が何なのかについては保留とすることになった。
「じゃあ次はダルトン。なにか分かったか?」
「いや、特に役に立つ情報はなかったな。ただ、ダンジョンマスターは人間の食べ物に興味があるみたいだ。帰る時に余った食べ物を置いて行ってくれると嬉しいという様なことが書いてあった」
またも判断に困る情報だ。
「どういうことだ? ここのダンジョンマスターは本気で冒険者を生きて帰すつもりなのか?」
「分からんが、どのメッセージからも好戦的な印象は受けなかったな」
「はあ…、これも一先ず保留だな。じゃあ最後、トッド頼む」
そうしてトッドに話を振ると、少し戸惑ったような表情をしたが直ぐに話し出した。
「僕は階段付近を調べました。地下2階以降はダンジョンになっていて、危ないから近づかないでほしいって内容のメッセージがあるだけでした。階段の上からでは下の階の様子は分かりませんでしたが、罠はなさそうでしたね」
「結局進んでみないと分からないか。俺としては無駄な体力を使わないで進みたいから一階は探索しないで次に進もうと思うんだが。なにかあるか?」
「賛成だ。のんびりしていては他の冒険者に先を越されかねないし、さっさと先に進むべきだ」
ダルトンの言葉に反対意見は出なかった。
「そうだな、若いダンジョンは多くても5階層程度で、各階層も広くはないとの事だ。一気に片付けてしまった方がいいだろう」
ダンジョンマスターの目的が不明で少し不気味だったが、不思議と上手くいく様な気がしていた。




