動き出した姫君
次回予告とタイトルが変わってしまいましたが、そこはご愛嬌ということでご勘弁を。
視点が変わり、雨サイドから見た、襲撃事件の一部始終です。
「ちょっと、何があったの!?」
最初に異変に気が付いたのは、二人の様子をずっと、町中の防犯カメラを駆使して追っていた、姫だった。
「どうした、姫」
そのただならぬ様子に、俺は驚いて彼女に駆け寄る。
「つるちゃんが倒れた!」
「なんだと!?」
彼女の愛機、王冠の模様が描かれた純白のパソコンの画面を見ると、確かに住宅街のど真ん中で剣が倒れている。依頼人のおろおろとした様子を見ると、こいつはただ事ではなさそうだった。
「場所は?!」
姫は弾かれたように、普段の倍のスピードでキーボードをタップすると、住所を告げた。良かった、ここからそう遠くない。これなら。
皮ジャンを羽織り、壁にかけてあった相棒の鍵を取る。
「何があったの?」
「どうしたんですか?」
俺が事務所を飛び出そうとすると、遅れてクイーンと鉄がやってきた。俺は手短に、状況を説明する。
「藤家奏さんの警護中、剣が何者かにやられた」
「なんですって!?」
「依頼人は無事?」
「ええ。……犯人、彼女には見向きもせず、その場からのんびり立ち去ったわ。まだ近くにいるかもしれない」
姫のその報告には違和感を覚えたが、しかし今は、そんな些細なことにかまっている場合ではない。
「急ごう。今ならまだ間に合う」
「じゃあ、私は一応ここに残るわ。雨、鉄、あなたたちが」
「あたしも行くわ」
すると、普段は低位置から動かない姫宮が、椅子から降りて地に足を付けていた。それも、常に身に付けている白衣を脱いだ、年相応の制服姿で。
凛と張りつめた空気、まっすぐな瞳。その気迫に、クイーンも押されたようだった。
「……鉄、私と一緒に犯人の逃走経路の割り出しを」
姫はクイーンの英断に頭を下げると、ぱたぱたと出口に向かって走り出す。
「雨、お願いね」
「はい」
俺も一つ返事で頷き、彼女の後を追った。
姫を送り迎えする時はいつもそうするように、俺は彼女を後ろに乗せた。そして、一瞬で記憶に焼き付けた地図を頼りに、道路交通法すれすれの最高速度でマシンを走らせる。
「もっとスピード出ないの!?」
普段ならもっと遅くしなさいと、風で髪が乱れるのを気にする彼女だが、今日は様子が違った。
その姿を少し皮肉って、俺はこの場の空気を和ませるために軽口を叩く。
「珍しいな。姫が前線に出てくるなんて」
「当たり前でしょう」
けれどもそれは、逆効果だったらしい。
「今回の相手、雨っちでも対処できないわ」
姫の愛らしい顔は、より一層険しさを増す。それは標的が、俺が想像しているよりも遥かに手強いことを、何よりも分かりやすく示していた。
現場に到着すると、先程までモニタで見ていた映像の通り、剣は道路の上で寝転がっているし、依頼人はおろおろとし続けているだけだった。
「藤家さん!」
「あ、皆さん。剣さんが、剣さんが!」
俺の呼び声に、彼女は弾かれたようにこちらに駆けてくる。よほど不安だったのだろう、姫に抱き着こうとするも、
「落ち着いて。つるちゃんはこう見えて結構丈夫なんだから」
そう言って、優しくかわす。そして、そこでようやく俺達は、剣の容体を確認できた。
「で、映像が汚くてよく見えなかったんだけど、つるちゃんはなんで……」
俺にはただ、彼が地面につっぷしているようにしか見えなかった。けれども姫の表情は、剣を見た途端に青ざめる。
「救急車は!?」
「あ、えと、まだ」
「雨っち!」
「そんなやばいのか?」
「この出血の多さを見ても、まだそんなことが言える?」
姫の細腕で剣の体があおむけにされると、そこには腹を己の血で黒々と染めた、痛々しい姿があった。俺は慌てて携帯を取り出し、119番をプッシュする。状況を説明する俺の後ろで、姫の弱々しい声が確かに聞こえた。
「ちょっと、まずいかもしれないわ」
その後、姫の的確な応急処置により、剣はなんとか息を保ったまま、病院へと搬送された。出血の量は多いが致命傷ではないから大丈夫という話だったが、もう少し搬送が遅ければかなり危ない状況だっただろう、とも言っていた。本来ならば逃げた犯人を追うのが定石だが、防犯カメラによる捜索を引き継いだクイーンから、足取りを見失ったという連絡が入ってきていたので、俺達は剣の身の安全に全力を注ぐことができた。これだけは、後手に回り続けたこの事件の中では、本当に良かったと心から思う。
この事は流石に、依頼人には告げられなかった。だが、自らが血に染まることもいとわず、彼の命を救おうとしたこの少女は、どうしても一言言わずにはいられなかったようだった。
「奏さん」
知らせを聞いて駆けつけてきたクイーンと鉄もそろった、病院の待合室で、姫は話を切り出した。
「どうして救急車を呼んであげなかったの?」
「その、それは、気が動転しちゃって」
「でも、あたし達が到着するまで、大分時間があったと思うんだけど」
「それは……」
言葉を詰まらせる依頼人。それはそうだろう。一般人があんな現場に居合わせるなんてことは滅多にないだろうし、それに剣を刺したのは彼女を狙っていた男なのだ。恐怖に体が支配されてしばらく動けないなんて、ざらにある話だ。
「姫」
彼女の気持ちは分からないでもないが、藤家奏はあくまでも依頼人。責め立てる対象ではない。俺の考えは、ちゃんと姫に届いたようだ。彼女は詰問口調と鋭く吊り上った瞳を正し、改めて依頼人に向き合う。
「……まぁ、仕方ないでしょうね。でも、今度こんなことが、ないとは思うけど、もしあったら、ちゃんと呼んであげてね」
しかし、再び開かれた瞳に浮かんだ色はどこか寂しげで、後悔と自責の念に駆られているように、俺には見えた。
「助かるものも、助からなくなってしまうんだから」
自分自身に言い聞かせるように放たれたその言葉は、病院の冷たい床の上に影を落とした。
「それはそうと……。藤家さん」
「はい」
重たくなってしまった空気を最初に破ったのは、やはりクイーンだった。
「こうなってしまった以上、その彼のことについて、嫌でも話してもらわなくてはならなくなったわ」
今まで、俺達は彼女に配慮して何も言えなかった。男の事を詳しく尋ねるというのは、イコール、彼女の傷を抉ることになるからだ。けれどももう、そんな悠長なことを言っている場合ではない。
「……それは、分かっています」
彼女もそれは覚悟していたようで、ゆっくりと噛みしめるように同意する。これで許可は取れた。
先陣を切ったのは鉄だった。
「そもそも、剣さんを刺したのって、本当にその人なんですか」
「それは、間違いないと思います」
「どうして言い切れるの?」
やけに彼女がきっぱりと断言するので、俺達は逆に不安になった。というのも、俺達が監視していた限りでは、男はフードを目深に被り、顔を隠していたので、判断は難しいのではないかと思ったのである。
「背格好とか、歩き方とか、あと、声が彼のものだったと思います」
それでも彼女は、尚もはっきりと明言する。その言い方が妙にひっかかったが、微かな疑惑は次の言葉によって消し去られた。何故ならば、俺達が今最も求めている情報が、あっさりと提示されてしまったからだ。
「その彼、今何しているか分かる?」
「さぁ……。まだ大学に籍を置いているとは思うんですけど」
そういえば、男は彼女と同じ大学に通っているんだったか。どうしてこんな重要かつ簡単な事に気が付かなかったのか。気が動転しているにも程があるなと苦笑しつつ、念の為、彼の学部と学科を控えておく。どうやら、明日はこれがメインの仕事になりそうだ。
その後、彼について色々、根掘り葉掘り尋ねてはみたのだが、あまりこれといった収穫は得られなかった。これ以上質問を重ねたところで、もはや意味がないと見切りをつけたのだろう。
「ご協力に感謝します。藤家さんも疲れたでしょう、うちの雨に送らせますから、今日はもうお帰りになっていただいて大丈夫ですよ」
クイーンが幕引きを宣言した。……さりげなく俺に仕事を割り振ってくるところは、流石の一言に尽きる。
「あ、はい。お役に立てず、すみませんでした」
「いえ、こちらこそ」
社交辞令的な挨拶を済ませてから、私達は先に事務所に戻っているから、とクイーン達は去って行った。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい」
残された俺達は、彼女の家に向かって歩き始めた。
「今日は、大変だったでしょう。ごめんなさい。俺達がついていながら……」
「いえ、私は大丈夫です。それよりも、剣さんが」
「あいつなら問題ないですよ。ああ見えて、結構丈夫なんです」
そう。剣はあれでも、姫に武術を仕込まれているから、元々身体能力が高い俺ほどではないとはいえ、そこそこ戦えるはずなのだ。その剣がああもあっさりやられたということは……。
「もうここで大丈夫です。ありがとうございました」
標的の脅威について思いを巡らせていると、どうやら彼女の家の近くまで来たようだ。期待はしていなかったが、それでも彼女と二人きりというこの絶好の機会に、有力な情報を引き出せなかったことは悔やまれる。考え事にふけり始めると周りが見えなくなるのは、俺の悪い癖だった。
「気を付けて、くださいね。外に出る時とかは、なるべく一人にならないように」
「はい」
こんなことがあったのだ。おそらく無いとは思うが、一応注意しておく。彼女の方も、当然とばかりにうなづいた。
去り際に、くるりと振り返り、彼女は言った。
「犯人、捕まえてくださいね」
ぺこりと頭を下げて走っていく彼女。その後ろ姿に、俺はまたもや奇妙な感覚を味わった。
あの依頼人、何か隠しているのかもしれない。
色々気にかかることはあるが、探偵たるもの憶測で物を言うべきではない。疑念は頭の片隅に追いやって、俺は今まで手で押していた相棒にまたがり、事務所に戻った。
帰宅早々、緊急ミーティングは始まった。
「これからどうしましょうか」
そう言いつつ、鉄もなんとなく、これからやる事は分かっているのだろう。形式的な聞き方だった。
「まぁ、今日動くのは難しいから、明日から、ということにはなってしまうけれどもね」
だからそれに答えるクイーンもまた、皆の意見を確認するような口ぶりである。
「そうでしょうね」
時刻は午後八時を回っている。これから動き始めるというのは、学生が多いこの事務所では、しかも中学生と高校生がメンバーの一員とあっては、どう考えても難しかった。
「そうね。あたしは後でつるちゃんのお見舞いにも行きたいし」
姫も同意を示すが、ちょっとばかり余計な事を言った。おかげで、
「え、でも面会時間過ぎて」
と鉄に食いつかれてしまう。彼女にしては珍しく間が抜けている。きっと、それだけ剣のことがショックなのだろう。
「まぁまぁ、それはおいといて」
見かねたクイーンが華麗に流し、てきぱきと今後の指示を出した。
「私と雨は明日、朝一で大学へ聞き込み。姫と鉄は学校から帰り次第、ネットで情報を探してちょうだい」
『さー』
これで奴の足取りが分かればよいが……。いや、今から弱気になってどうする。俺達の手で見つけ出すのだ。そうでなければ、剣に顔向けができない。俺は決意を新たにした。
ミーティング終了後、俺は姫を乗せ、再び病院へと舞い戻った。
剣の手術はとうに終わっていて、命に別状はないとのこと。ただ、まだ意識は戻らないということだった。
特別に彼の病室に入れてもらい、剣の顔を見ることができた。まだ顔色は悪かったが、規則正しく上下する胸を見て安堵する。今回の任務、剣の役割が一番重かったのは確かだ。不謹慎ではあるが、この際しっかりと休んでくれと、俺は密かに微笑む。
姫も容体を見てほっとしていたようだったが、去り際にはきりりと顔を引き締めて、剣に宣言するように、そして自らを奮い立たせるようにこう言った。それは奇しくも、先程俺が心に誓ったことだった。
「つるちゃん。敵は取るからね」
そして彼らは、友のために動き出す。
地道な捜索、高度な情報戦、弾ける推理、うなる拳。
残されたレンジャー達は果たして、主役不在のまま、犯人を捕まえることが出来るのか。
次回、今度こそ「Mission2:友のために敵を討て」
頑張れ、僕らの非リア戦隊お邪魔虫レンジャー!