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壮絶なるポジション争い

「おい、剣。お前今、何て言った?」

「え、いや、あの」

 どうしよう。自分では、心の声が漏れたぐらいの小さなものだと思っていたのに。存外、俺の戯言は皆の耳に届いてしまったらしい。

 こうなった時の事務所のメンバーの行動は、早かった。

「姫、電話よろしく」

「OK。あ、もしもし、かつ丼一丁。速達で」

「出前に速達は無いと思うな!?」

 あまりの手際の良さに、つっこみを入れて何とか妨害しようとする。

「ほう、剣。随分と余裕じゃねえか」

「本当ね。きっと、よっぽど自信があるのね」

「あたし達を誤魔化す事なんて、出来ると思ってるのかしら?」

 けれどもそんな俺の試みは、完全に逆効果だった。かくなる上は。

「て、鉄。たすけ」

 後輩に助けを求めようと、手を伸ばしたのに。

「準備終わりましたー」

「続きはあっちで聞こうか、え?」

 その手にはガシャリと手錠を掛けられ、抵抗する道さえ閉ざされる。そして、そんなに軽くも無いはずなのに、雨と鉄の手によって、俺の体はひょいっと担ぎ上げられる。あーれー。

 瞬く間に俺は、鉄が用意した小部屋に入れられていた。


 部屋の中央には、飾り気の無い大きな机。片側に俺が座らされ、その対面では雨が威圧感を放っている。壁際には鉄とクイーン。出入り口の近くにあった小さな方の机には姫が陣取り、ノートパソコンを開いている。いつでも聴取の準備は万端。全員、スタンバイは完了していた。

「で、どういう事だ、え?」

「説明してもらいましょうか」

 この二人に睨まれて、口を割らないという選択肢は、少なくとも俺には存在しない。ちょっとだけ、いつも追い詰められている側の気分が分かった気がした。

「え、えーっと、それはですね……」

 だから俺は正直に話した。思いついたきっかけから、その構想に至るまで。ある程度は端折りつつも、そこそこ詳しく語ったと思う。

 一通り供述が終った後の皆の反応は、様々だった。呆れる者、馬鹿にした目で見る者。けれども一番憤慨したのは、予想通りクイーンだった。

「ふーん、良い度胸じゃないの……。よりにもよって、この私を、非リアなんていうカテゴリで一緒くたにしてくれちゃって……」

 怒るポイントはそこなのか。てっきり、戦隊ものの配役にしてしまった事だと思ったのに。しかしそれならば、俺にも言い分があった。

「で、でもクイーン」

「何よ」

 氷のように冷ややかな眼差しにひるみそうになりながらも、俺は反論した。

「貴女は自分の今の生活が本当に充実していると、心からそう言えますか?」

「うっ」

「来る日も来る日も仕事仕事。押し寄せる依頼人をなだめ、どんな内容でも引き受ける。時には俺達と一緒に任務にも出向き、靴をすり減らし、心もすり減らす。そんな毎日で、クイーンは満たされているんですか?」

「・・・」

 それは意外にも、彼女の不意を突いたようだ。あるいは、弱点か。心の隙間か。いずれにせよ、俺はクイーンを言い負かす事に成功した。

「すげえ……」

「クイーンを黙らせるなんて……。成長したわね、つるちゃん」

「いやあ、それほどでも」

 まさか自分でも、奇襲が成功するとは思ってもみなかった。称賛をありがたく受け取り、自分でも自分を褒めてやった。

 すると、ごほんごほんと咳払いが聞こえた。俺が調子に乗ったのが、よほど気に食わなかったのだろう。

「ま、まぁ、そうね。非リアに関しては、認めてあげても良いわ」

 この切り代わりの早さは、流石というべきか。若干ツンデレっぽくなっているのが可愛いなぁとは思うものの、絶対に口には出さない。

 だが、まだショックが抜け切れていなかったのだろう。クイーンは、彼女にしては珍しく、失態を犯した。

「でも重要なのは、ポジションよね!」

 あろう事か自ら、俺のおふざけを肯定するという、失態を。

『変な立ち直りのし方したー!』

 それに気が付いているのか否か、はたまた最初から乗り気だったのかは知らないが、彼女はマイペースに話を進めていく。

「まぁ私はブルーあたりで甘んじてあげるわ」

「さりげなくクール系をかっさらっていくあたりがクイーンですね!」

 クイーンがマイペースなら、姫は我が道を行く人である。似た者同士のこの二人は、暴走する時も一緒なのだ。ただ、一つ違いがあるとすれば、

「じゃあ、あたしはピンクで、鉄がグリーンねー」

姫は他人も巻き込んでしまう事か。

「あれ、僕は勝手に決められちゃうんですね……」

「他に適役があって?」

「……無いけど」

「じゃあ決定」

 そんな感じで、配役が順々に決まっていく。

「残るは、つるちゃんと雨っちかー」

 ここでようやく、基本事項の確認作業に入った。

「普通、戦隊ヒーローものって何色があるんだっけ?」

「五人の場合は、赤、青、緑、黄色、ピンクが妥当ですかね」

「変わり種で黒、白、紫、最近じゃ金色とかもあるけどね」

「普通、赤が主役よね?」

「そうですね」

『と、言う事は』

 陪審員である三人の視線が、俺と雨の間を行ったり来たりする。そして、

「……つるちゃん黄色けってーい」

主審、姫の手によって結論が下された。

「なんで!?」

 これには俺も反発せざるを得ない。

「発案者が主役に決まっているでしょう?!」

『え』

「それはー」

「えーっとー」

 途端に、目を泳がせる皆。これだけ露骨だと、逆に理由を聞きたくなってくる。

「……言いたい事があるならはっきり言って下さいよ」

「じゃあ、正直に言うわね」

 そうは言ってくれたのだが、でも何故かは知らないがその次の言葉を考えあぐねているようだった。普段ならずばんと、はっきり過ぎるぐらいに物を言う彼らが、である。

 やがて、思考がまとまったのか、姫が違う切り口から攻めてくる。

「ちなみにつるちゃん、最近の戦隊ものって見てる?」

「あんまり」

「鉄」

「かしこまりました」

 すっかり姫の下僕、じゃなかった、部下が板についてきた鉄は、押収した俺のアイパッドを器用に操作して、目的の画像を探す。

「これですね」

 程なくして見せられたのは、歴代の戦隊ヒーロー役がずらりと並べられたサイトだった。勿論それには何役かは勿論、写真も載っている。おそらく、ファンサイトのようなものなのだろう。

 そして、現実を見せ付けられた俺は、この方々が言わんとしている所を、悲しい程に理解した。

「・・・」

「分かった?」

「つまり、俺では見た目がふさわしくない、と」

「そういう事ね」

 ぐさあっと、言葉が槍のように突き刺さる。くそう、ここでも外見なのか! 結局は顔なのか! 世知辛い世の中になったものよのう!

 頭を抱えて悶絶する俺を見て、ぽんと肩を叩き、勝ち誇ったように雨は言った。

「悪いなぁ、剣。俺だって別にやりたい訳じゃないんだが」

 この余裕たっぷりの態度が、俺の闘争心に火を点けた。

「じゃあ代わって下さいよ」

「えー」

「ほら、嫌なんじゃないですか」

 ぐっと黙る雨。まぁ、彼の建前としては、俺は大人だからそんな争いには加わらないよ、という所か。しかし本音は、彼だって主役(レッド)を張りたいに違いない。男なら、一度はあこがれる存在。それが英雄である。

 だからまずは、彼を同じ土俵に下ろす所から始めなくては。少し策略をまとめ、立ち上がりながら俺は言う。

「確かに俺はビジュアル的には数枚劣りますけど」

「数十枚ね」

 姫の手厳しい指摘にも、俺は負けない。

「……数十枚劣りますけど、でも、熱意があった方が、よりヒーローっぽくありませんか」

 そして、止めを刺した。

「やる気の無いヒーローが、子どもに夢を与えられると、貴方はそんな風に思っているんですか!?」

 ガーン。

 まるで雷にでも打たれたように、雨は動きを止める。

「先輩、良い事言いますね」

「今日のつるちゃんはなんか一味違うわー」

「でしょ?」

 俺としても、何度も褒められて大分気分が良かった。

「くっ……。仕方が無い……」

 そして、どうやら俺の一言は、雨の闘志を燃すのに十分だったようだ。

 もっとも、俺の望んだ方向とは少しずれた所で、それは発揮されてしまったのだが。一筋縄ではいかないのがここの所員というものである。

「非リアレッド、只今参上! 俺がレッドだ、文句あるか!」

 なんと彼は突然、机の上にひらりと乗っかって決めポーズを繰り出してきたのである。これは紛れも無い、宣戦布告であろう。あろう事かこの俺に対し、彼はヒーローごっこ対決を挑んできたのだ。

 これに対する他の面々の反応は、以下の通りである。

「うわっ、イケメン」

「このポーズは即興にしてはよく出来ていると思いますが、いかがでしょう鉄解説員」

「そうですね。一般的なヒーローポーズを自己流にアレンジしていて、これはポイントが高いです」

 どうやら彼らも、勝負の幕開けを感じ取ったらしい。そこまで舞台が整っているなら上等。俺も、本気が出せるというものだ。

 この勝負は基本的に、どちらがよりヒーローらしいかによって勝敗が分かれる。

「ま、負けてたまるか……」

 自他共に認める厨二病患者である俺が、こんな所で負ける訳にはいかなかった。

「我こそは非リアの星。全てのリア充を爆発させる為に、この地上にやってきた!」

「おおー、決まったー!」

「これが所謂“決め台詞”という技ですね」

「そうです。普段から厨二病患者である剣選手だけに、非常に違和感無く発せられました」

「これは、勝負が分からなくなってきましたね」

「はい、この後の展開が非常に楽しみです」

『レッドは俺だ!』

 その後も、どちらも一歩も引かぬ攻防が続き、徐々に戦いはエスカレートしていった。


 持てる技を出しつくし、拳と拳で語り、そして競い合う。そんな激戦を仲裁したのは、コンコンという乾いた音だった。

「はーい、どうぞー」

 この場に見ず知らずの他人が入ってくる。その気配を察した俺達は、急いで椅子に座って背筋を伸ばし、何も無かった感を演出した。一時休戦である。

「ちわーっす、かつ丼お持ちしやしたー」

 ドンッ、と器を置く店員。ちらりと横顔を見ると、まだ若い女の子のようだ。しかし、岡持ちを持つ姿は意外と様になっている。

 そういえば、こうなる前にカツ丼を頼んでいたという事を、この時俺はやっと思い出した。

「冷めないうちに、どうぞ」

「じゃ、じゃあいただきます」

 配達してきた少女があまりにも可愛らしく微笑むので、俺は言われた通り箸を取る。

「あ、おいしい」

「ありがとうございます」

「おっと、お代お支払いしないと……。ちょっと待ってて下さいね」

「はーい」

 頼むように指示したはずのクイーンですら忘却の彼方だったらしく、彼女は慌てて財布を取りに事務所へと戻った。

 部外者が配達員であった事で、安心したのだろう。その姿を見送ってから、雨は俺にだけ聞こえるように、小声で囁く。

「さ、それ食ったら話しの続きな」

「いやだからですね」

 勝負は俺の勝ちですよ、そう言い返そうとしたのだが。

「でも、私もお兄さんがレッドだと思いますよ」

 予期せぬ雨の見方の存在によって、かき消されてしまった。しかもその声は、なんと丼屋の店員さんから発せられているではないか。いや、それよりも。

『お兄さん!?』

 その単語の方が引っ掛かって、俺は雨と少女を交互に見る。

 すると、同じように二人を見ていた鉄が、彼女の正体に気付いた。

「って、なんで君がいるの? 梅里さん」

「バイト先が丼屋さんなんです」

 どうやら二人は知り合いらしい。だが、

「お久しぶりね。朔ちゃん」

まさか姫とも顔見知りだったとは。世の中広いようで案外狭い、という事だろうか。

「久しぶり。姫ちゃん」

「あれ、二人も知り合いなんだ」

 そういえば、さっき驚いていたのも、俺と鉄だけだったか。となると、姫はよっぽどこの少女と親しい事になるが。

 だが、少女から発せられたのは、友好的な雰囲気とはかけ離れた、不穏な空気だった。

「ええ。そうじゃなかったら、お兄さんの近くにこんな可愛い女の子がいる事を、この私が容認するはずないじゃないですか」

『え?』

 これには思わず、疑問を持つ俺と鉄。

「朔ちゃんを説き伏せるのには、苦労したわ……」

「な、懐かしいな……」

 一方、雨と姫は、当時を振り返ってしまったようで、非常に苦い顔をしていた。どうやらこの兄妹、相当深い事情があるようだ。厄介事に巻き込まれるのはごめんである。雨の方も状況を説明する気は無いようで、話をすり変えにかかる。

「それはそうと、なんで鉄が朔の事知ってるんだ?」

「同じクラスなんですよ、私達」

「あー、成程」

 実はひそかに、その可能性が一番高いと思っていた。年の頃が同じ二人では、自然とその関係は限られてくる。

 しかし雨は、何故だか妙な方向に頭を働かせてしまったようだ。

「って、お前、朔に色目使ってたりしないだろうな……?」

 これが、妹を心配する兄心という奴なのだろうか。でもそれにしては、何かが違う気がする。

 まぁそれも、雨の圧倒的威圧感の前では、無に帰してしまったが。

「してない。してないです!」

「嘘付け! こんな可愛い子がいたら、男なら放っておかないだろう!」

「言ってる事が矛盾していませんかー!」

 鉄が耐えきれなくなって、渾身の叫び声を上げた、その時だった。


「皆、馬鹿騒ぎはそのぐらいにして」


 クイーンがいつもの真面目な顔に戻って、帰ってきた。

「事件よ」

 彼女の後ろにいたのは、どこにでもいそうな、強いて言えば可愛らしい部類に入るであろう、普通の女の子。いや、年の頃は俺と似たり寄ったりに見えるから、女性と形容すべきだろうか。

 まさかこの女性が、俺の運命を狂わせていくなんて。この時点では考えもしなかった。


結局、ポジション争いには決着がつかず仕舞い。

けれども更なる厄介な事件が、彼らを待ち受ける……。

次回「狙われたのは誰だ」

頑張れ、僕らの非リア戦隊お邪魔虫レンジャー!

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