Mission1:迷子猫を攻略せよ【後編】
〈皆、聞こえてる?〉
俺が若干道に迷い、姫の助けを借りてやっとの思いで持ち場についたちょうどその時、クイーンの声が耳に入った。
ちなみに、何故俺がそんなに苦労したかというと、今回の作戦は隠密行動の為、相棒がお休みだからである。今回探しまわる町は舗装がいきとどいておらず、がたがたの道路も多い。だから所によってはすさまじい音を発するローラーブレードは、やんわりとクイーンに却下されたのである。しょぼん。おかげで、普段なら迷おうと遠回りだろうと、その遅れをすぐに取り戻せるのだが、今日は時間を食ってしまったという訳である。もっとも、相棒に乗っている間は、彼の声に耳を傾け、体を預けているので、迷う事すら無いのだが。
「聞こえてます」
〈おっけーよん〉
〈こっちも大丈夫だ〉
〈此方も、問題ありません〉
皆の声が無線から聞こえてきたのを確認してから、クイーンは姫に向かって呼びかける。
〈姫、皆ちゃんとポイントについてる?〉
一方、待機中の姫はと言えば、すでにその質問を予期していたのか、すぐさま簡潔に言い放つ。
〈問題無いわ。全員、指定のポイントにいる〉
けれどもそう報告してから、
〈ちなみにちなみに。つるちゃんが一番遅かったわよ~。ギリギリね〉
わざわざ俺一人に言ってくる所が、彼女らしいというかなんというか。切り替えるの、面倒だろうに。
〈むぅ〉
それにしたって、鉄よりも遅かったという事実には落ち込みを隠せなかった。移動距離は皆同じぐらいのはずなのに。だが反省する暇もなく、任務は開始される。
〈OK。じゃあ、これから先程の打ち合わせ通りにね。皆、頼むわよ〉
≪さー≫
そこからは、地道な作業が続いた。飲食店の裏やゴミ捨て場、路地裏等のにゃんこのたまり場として定番の場所を重点的に、しかしそれでいて塀や屋根の上にも気を配り、要するに担当区域をしらみつぶしに捜索する。
しかし目標(あー坊)は一向に見つからないまま、時は過ぎていく。日は傾きかけているし、そろそろ猫探しには不利な時間帯になってくる。特に、あー坊は灰色と黒の毛だ。宵闇に紛れてしまっては、発見は困難を極める。一刻も早く、彼を見つけなければ。
だがそう思えば思うほど、心は焦り、体が思うように動かなくなってくる。こりゃもう今日は無理なんじゃないかと諦めかけたその時、無線から聞こえてきた待望の声は、なんと鉄のものだった。
〈目標、発見しました!〉
数十分後、姫の的確な誘導により、我々は鉄と合流した。
「鉄!」
「目標は」
「あそこです」
彼の指差す方には、確かに全ての特徴に合致する猫がいた。間違いない。あの“一人にしてくれよ”感満載の、一匹狼特有のオーラ。あれはあー坊だ。
「見失わなかったのか……。偉いぞー」
「ありがとうございます」
新人を褒めるのもそこそこに、クイーンは早速動き出す。
「じゃあ、ちょーっと行ってくるわね」
彼女はそっとあー坊に近付くと、彼のそばにしゃがみこみ、身ぶり手ぶりを交えて何やら話を始めた。クイーンは本当に、あー坊の説得を試みているらしい。しかし。
『あ!』
何がいけなかったのか。機嫌を損ねてしまったようで、あー坊は尻尾をぶるんと振って彼女をけん制し、そのまま逃げてしまった。一方のクイーンはと言えば、腕を抑えたまま立ち尽くしている。
あー坊が完全に逃げてしまったのを見届けてから、我々は一目散に彼女に駆け寄る。
「クイーン、大丈夫ですか?」
暗くてよくは見えなかったが、近付いてみると腕に赤い線がついていた。どうやら先程のあれはけん制では無く、攻撃だったらしい。
「こんなのかすり傷よ」
「でも……」
彼女がそう言いきる以上、我々にはかける言葉は無い。それより今は、あー坊だ。
「逃げられちゃいましたね」
「ええ……」
てっきりそれで意気消沈しているのかと思いきや、彼女の眼にはまだ強い光が灯ったままだった。その証拠に、彼女の口から飛び出したのは、
「けど、何とか発信機は付けられたわ」
という、思いもよらない言葉だった。
『発信機!?』
「ぎりぎりだったけどね」
あの動きのどこにそんな余裕が、とも思ったが、彼女の怪我で我点がいった。おそらくあの時に、あー坊の一瞬の隙をついて取り付けたのだろう。だから彼女は傷を負ったのだ。全く、抜け目が無いというか、自分の身を顧みないというか。
「姫、どう?」
〈ばーっちり。あれが取れない限りは、こっちで動きを追えるわ〉
おおー、と歓声を挙げる雨と鉄。誇らしげに笑うクイーン。マイク越しの姫だってきっと、流石と感心したに違いない。
しかし俺は、嗚呼、この人はやっぱり氷の女王だと、そんなずれた事を思っていた。
まだ糸は切れていない。これで形勢逆転、満塁逆転ホームランが狙えるかもしれない。ところが、そんな俺達の淡い希望は、あー坊の思わぬ行動――否、考え付く限り最悪の手段によって、ぶち壊される事になる。
「それで、姫。あー坊は今どこにいるの?」
「それが……」
いつもは自信を持って即答するはずなのに。姫は気まずそうに、彼の居場所を告げた。それもそのはず。何故なら彼女が挙げたのは、ここから最も近い駅の名前だったのだから。
「ま、まさか……」
嫌な予感が、メンバーの脳裏をかすめる。
「い、いやそんなはずはない」
「兎に角、百聞は一見にしかず。現場に急行するわよ!」
『さー!』
その五分後、駅員から目撃情報を得た我々は、そのあまりにも非現実的な事実に打ちひしがれていた。
「こ、こんな事があって良いのか……」
「何かの間違いであってくれ……」
皆、真実を知った途端、放心状態になってしまい、それ以上言葉が出てこなくなっていた。だが、認識しなければ始まらない。雨が代表して、事実を述べた。
「猫が電車に乗った、だと……!?」
口に出してしまえば、それだけの事。だがそれだけに、改めて形になってしまうと、何とも言い表せない重みがあった。
「そ、そんなメルヘンな事があってたまるか……」
「事実は小説より奇なり。私達が想像できる事が日常で起こったって、なんら不思議ではないわ……」
何ならいっそ、もっと奇妙なものだったら良かったのに。だって、考えてもみてほしい。電車に乗れるという事は、彼は俺達と同等、あるいはそれ以上の知能を持っている可能性だってあるのだ。そんな相手に勝てる訳が無い。絶望が皆の心に巣食いつつあった。
その暗い雰囲気を打ち壊してくれたのは、鈴の鳴るような愛らしい声。
〈ほら、鉄! あんたの仕事よ! あー坊が行きそうな所、片っ端からピックアップするから、手伝って!〉
「んな事言われたって……」
突然の指令に戸惑う鉄。俺も、彼女の意図する所が分からなかった。
〈あの電車から考えられるルート、それだけで良いわ! 後はこっちでやるから!〉
「それなら……」
けれどもそこは真面目な少年。少し考えるそぶりを見せてから、彼は全てのルートをそらんじた。それは普通に考えられる乗り換えからバスや徒歩を織り交ぜた、おそらく検索では上位に上がってこないだろうものまで多岐に亘っており、鉄の能力の高さを垣間見せた。こいつ、なかなかやりおる。
一方の姫はと言えば、何やら怒涛の勢いでキーボードを叩いているようだった。マイク越しにでも、その速さがうかがえるキータッチ速度である。
数分後、全員の携帯にメールが届いた。……勿論、この携帯電話は個人の物であるし、彼女にアドレスを教えた覚えも無いのだが。そんなもはや当たり前の事はさておき。
「これは……」
そこには、あの電車の行き先とこれまでの経験則から叩き出された、彼のアジトらしき場所の地図が添付されていた。成程、姫も考えたものだ。あの可能性を導き出してくるとは。
〈これでどうよっ。文句ある? クイーン〉
「やれば出来るじゃない、姫」
資料を見て、雨も気が付いたらしい。彼も姫を称賛する。
「成程。アジトか……。良い線いってるんじゃないか?」
「俺もそう思う」
だがここで一人、頭にクエスチョンマークを付けている男がいた。なんと、今回の功労者が話に置いてけぼりだったのである。
「鉄は……。ああごめん、説明する」
「いえ、そんな時間は無いわ。移動しながらにしましょう」
「でも」
「私は、姫の勘を信じる」
クイーンの鋭い眼光に射抜かれてしまっては、我々としてはもはや選択肢は無い。
「公園へ急行!」
『いえっさー!』
交通機関を乗り継ぎ、行き先への目処が立ってから、鉄は切り出した。
「で、どうしてアジトがあると思ったんですか?」
考える時間は十二分にあったので、てっきり自分で結論を出したのかと思っていたら、そうではなかったらしい。まぁ、これは経験値の問題でもあるので、先輩である俺と雨は、後輩に説明を始める。
「簡単な事だ。家出少女の理屈なんだがな」
「もし仮に、お前が家出するとする。そうしたら、とりあえずどこに行く?」
「んー、まず、誰にも見つからず、かつ安全な所。あと、出来れば生活がきちんと行える場所が良いですね」
「そう。だから普通は友達の家とか、恋人の家とか、親戚の家なんかに行くよな?」
ここまで言って、彼もようやく納得がいったらしい。
「それで、飼い主さんのお母さんの家、その近くの公園が怪しいと」
「そういう事だ」
「あのご主人はかなりあー坊を可愛がっていらっしゃるからね。きっと、実家に戻る時も一緒だったんだろう」
「だから土地勘があると」
「尚且つ、いざとなったら実家に潜入すれば雨露もしのげるからな」
成程、と鉄は話の全てを理解する事が出来たようだった。良かった良かった、と俺達も胸をなで下ろす。
そして、話が一段落したのを聞き届けてから、今まで沈黙を保っていたクイーンが口を開いた。
「さて、お話はここまで」
指揮官はくるりと身をひるがえし、俺達に向かい合う。
「いよいよ、彼との最終決戦よ。これを逃したら、もう打つ手が無いわ。発信機だって気付かれない保証は無い。だから、これがラストチャンス。確実に仕留めるわよ」
『イエッサー!』
ふわりと微笑んで、彼女はブザーを鳴らした。まぬけな音が、車内にこだました。
バスを降りるや否や、俺達は全速力で駆けだした。そうして、のんびりと公園のベンチの上で毛づくろいしているあー坊を発見する。
「いた!」
俺達、否、クイーンを見た途端、彼の顔が強張ったのが俺にも分かった。
「にゃっ」
勿論、危険を察したあー坊は逃げようとするが、そうはいかない。後ろには雨が控えている。これで彼の行き場は無い。腹をくくったのか、どっしりとその場に座った。
【あー坊、探したのよ!】
【クイーンか。別に、探してほしいって頼んで無いんだけど】
【そんなつれない事言わないで。さぁ、一緒に帰りましょう? おうちの人も心配してるわ】
【えー】
とまぁ、大体こんなところか。逃げる意思は無いと見て、雨も此方側に合流し、遠くから二人を見守る。
しばらくして、二人が近付いてくるのが見えた。
「お、こっちに来るぞ!」
「成功した、のか……?」
【おい、小童共】
『はいっ』
「ああ、ごめんね。私じゃないのよ。今のはあー坊の言葉を翻訳したの」
「成程」
「こんな感じで、あー坊が皆に言いたい事があるみたいだから、私が声色を変えて通訳するわね」
『はーい』
【返事はもっとしゃきっとせんか!】
『はい!』
どうやら、俺の想像力不足だったらしい。あー坊はかなり厳格で、礼儀正しい猫であるようだ。まるで、昔の先生みたいだ。それにしてもクイーンのこの演技力……。まるで、目の前でふんぞり返っているお猫様が、本当に喋っているみたいだ。いやはや恐れ入った。
彼女の抜群の演技力による、あー坊の説教は続く。
【全く、ちょっとした小旅行をいちいち咎めおって……。貴様らには一人になりたい時というのは無いのか!】
「まぁなくはないですけど」
【じゃろう?】
「でも、飼い主さん心配しま」
【そう、あやつもあやつなのだ!】
あー坊が声を荒げるのに合わせて、クイーンの音量も上がっていく。
【私が喋れないからと、良い気になりおってからに。仕事から帰るや否やわしゃわしゃ撫でるわ抱きつくわ接吻するわ……。良い迷惑じゃ】
尚も彼の独白、いや愚痴は続く。よっぽど鬱憤がたまっていたのだろう。仕舞いには涙ぐみ、クイーンがすかさずハンカチを差し出した。
一通り話を終え(その間、何故か俺達はずっと地べたに正座をしていた)、すっきりしたのだろう。最後にあー坊は顔をぷいっとそむけて、ぼそりと呟いた。
【……まぁ、今回はお前らの顔を立てて、戻ってやるとしようかのう】
「という事は……?」
クイーンが流麗な英語で、幕引きを告げた。
「Mission complete!」
歓喜に湧く俺達。今回の戦いは長かった……! 早く相棒と祝勝会をあげたい所だが、それは一先ず置いといて仲間達と喜びを分かち合う。
【たーだーし、これからも一週間ぐらいの遠出は認め……】
だから、あー坊が付け加えるように何やら喋っていたが、俺達の耳には届かない。
【聞け! おい私の話を聞け!】
唯一ダイレクトに彼の言っている事が分かるはずのクイーンも、完全無視だ。
【おい小娘!】
【おーい……】
残念ながら俺の耳には、にゃーんとしか、聞こえなかった。
その後、あー坊は無事、依頼人である飼い主の元へと帰っていった。だがその際に、はちきれんばかりのむちむちボディでぎゅうぎゅうと抱きしめられていたので、俺も流石に同情した。いやはや、可愛い可愛いとちやほやもてはやされるお猫様であるが、彼らも大変である。
そうして、ようやく仕事が一段落着いたので、我々はしばしまったりと休憩。雨が用意してくれた反則級のお手製クッキーに舌鼓を打ちつつ、今回の任務を振り返る。
「いやー終わった終わった」
「相手があのあー坊だと聞いた時にはどうなるかと思ったけどな!」
しかし、久々の大仕事から解放され、リラックスしすぎたからだろうか。ぽろっと、今まで内に秘めていた思いをこぼしてしまった。
「流石、非リア戦隊お邪魔虫レンジャー」
『……え?』
その一言で、周囲の空気が凍りついた。
さて、とうとう考えが他のメンバーにもれてしまった鉄。
果たして、戦隊ものは彼らに受け入れられるのか。
次回、「壮絶なるポジション争い」
頑張れ、僕らの非リア戦隊お邪魔虫レンジャー!