五人そろって
俺の相棒が火を噴くぜヒャッハー!という、自分以外の人間にはおそらく不可思議でしかないであろう謎のテンションで熱く走る事十五分。大学からほど近い所に、バイト先は存在した。隠密を絶対とする職業の割には、そこそこ堂々と掲げられている看板。注意して見なければ目立たないらしいのだが、困っている人や俺達のような人種は引きつけられるようだ。まぁ看板が大きいには、それが無ければ入る気にならない程ぼろっちいアパートの一室で営業されているから、というのが一番の原因だろうが。
どうして壊れないのか不思議なほどに崩れかけている階段を上り、“探偵事務所”と書かれているドアの一つ奥の扉を潜り抜ける。実はこの部屋、中で繋がっており、手前が応接間、奥が事務所というか作業部屋になっているのだ。
「こんにち」
「遅い」
……開けた途端、辛辣な言葉を浴びせられた。しかも、それが鈴の鳴るような愛らしい声であり、その主は後ろを向いたままであったら、落ち込み具合も段違い。いつもの事ではあるが流石に凹むので、ほんの少しだけ言い返す。
「姫が早いんじゃないかな……? 学校は?」
「何言ってるの、ちゃんと行ってきたわよ」
そういって、やっと此方を振り向いた。くるりと回った拍子に、ツインテールにした金髪がふわりと揺れる。全体的に色素の薄いこの少女は、まるで人形のような愛らしさを持っている。惜しむらくは、常に不機嫌そうな表情をしており、尚且ついつもだぼだぼの白衣を羽織っている所か。これでは、折角の美少女が台無しだと思うのだけれども。
まじまじと見ていたからか、彼女の顔が一段と険しくなる。それを誤魔化す為に俺は、話題を転換しようと先程から抱いていた疑問を口にした。
「あれ、姫の学校って遠くなかったっけ?」
「ええ。少なくとも、あんたみたいに二十分足らずで来られるほどの距離じゃないわね」
「じゃあどうして」
「そりゃ、俺が迎えにいってるからだよ」
奥から出てきたのは、男の俺でも格好良いと思うほどのイケメン。ただ残念な事に、
「ああ、流石ロリコン」
「悪かったな」
自他共に認める、ロリコンなのである。このように文句は言えど否定はしない所を見ると、相当重症なようだ。
「まぁ、そのロリコン体質のおかげで、あたしは楽出来てるからいいんだけどね」
「姫まで言うかね……」
「冗談だよ雨っち」
毎日のように迎えに来てくれる便利屋を、無下には出来ないのだろう。しかしまだいじめ足りないのか、姫は再び標的を俺に変えた。
「しっかしつるちゃん、まだそれ履いてるの? いい加減止めたら? 折角大学生になれたんだし」
俺が浪人している事も知っているこの少女は、容赦なくぐさぐさと言葉を突き刺してくる。個人情報を全て握られている分、弱みも山ほど知られている。だが、そこで屈する俺では無い。口を尖らせながら、自虐に走る。
「良いんですー。これが俺のアイデンティティなんですー。キャラの薄い俺からこれとったらただのキモオタですー」
そうまでして守りたい物、俺にとっての譲れない物、それがローラーブレードである。
しかし返ってきたのは否定では無く、紛れもない肯定だった。
「分かってるならよし」
「いつになく辛辣じゃないかな!?」
何か機嫌を損ねる事でもしただろうか。いや、よく見ると姫はとても楽しそうに笑っている。彼女なりの愛情表現、親しみの現れという事か。あるいはただ単に、気が晴れただけなのか。
……あまり考え過ぎると泣きそうになるので、もう仕事の話に入ろう。そう決心した所で、所員が一人足りない事に気付いた。
「あれ? クイーンはもうお仕事中ですか」
「いや、面接中」
そういえばそうだった。というか、面接とかそういう重要な事は、所長がやるものだとばかり思っていたのだが……。クイーンも大変だ。
「新入り君、どんな子でした?」
「あたしも直接会った事は無いけど……。でも、あんたと同じ香りがするわ、つるちゃん」
「そうっすか……」
同じ匂い、という事は彼もこっち側の人間という事だろうか。話が合うと良いんだが。
「本当、まともなのは雨っちだけだよね。ビジュアル的な意味だけだけど」
「どういう意味かな姫よ」
「そのまんまよ」
確かに、内面的には雨は俺より残念かもしれないな、などと恐れ多い事を考え、あまつさえそれを口に出そうとしていた。すでに雨は姫に噛みつく気満々で、このままではショートコントから大喧嘩に発展するだろう。
そこで、噂をすれば何とやら。話が流れる前にタイミング良く、応接間のドアが開いた。
「皆、集合」
『クイーン!』
颯爽と登場したのは、いつ見ても麗しい女性だった。鴉の濡れ羽色をしたセミロングの髪は風にたなびき、絹のようななめらかさを誇っている。漆黒の瞳も相まって、雪のように白く輝く肌の美しさを強調している。
うかうかすると見蕩れてぽーっとしてしまいそうになるので、首をぶんぶんと振って頭を切り替える。
「面接終わったんですか?」
「ええ。紹介するわ。彼が新しい仲間よ」
「初めまして」
その彼女の後ろから、いかにも気の弱そうな少年が現れた。学ランを着ている事から、おそらく中学生か高校生だろう。一応校章は外しているが、俺の記憶が正しければあのボタンは近隣の高校の物だったはず。ふっ、新入り君。まだまだ詰めが甘いな。
「渾名は何になったの?」
姫が早速尋ねるが、そこはつっこまざるを得ない。新入り君に誤解を与えない為にも、俺は律儀に注意した。
「コードネームと言いなさい、姫」
「あと、私の方が年上でしかも正社員なんだから、敬語ね」
俺の訂正には不服そうだったが、クイーンに言われては彼女も逆らえないようで、姫は大人しく返事をした。
「はーい」
「で、今度は所長、どんな名前を付けたんですか?」
話が脱線しないうちに、今度は雨が話を先へと促した。なんだかんだいって、やはり皆気になるらしい。俺も興味を少年へ向ける。すると、その彼の口から飛び出したのは、あまりにも分かりやすい自己紹介だった。
「あ、はい。鉄と言われました」
『今度は鉄オタか……!』
雨と姫、そして俺の声はシンクロした。成程、そりゃあ姫が俺に近いというはずだ。今回は所長も、実に分かりやすい名前を付けたものである。
「え、なんで」
困惑する彼をよそに、俺達は内輪で話を進める。
「そんな気はしてたんだけどなぁ……」
「良かったわね、あんたと気が合いそうじゃない」
「あはははは……」
「え? え?」
「ほら、鉄が困ってるじゃない。あんた達」
そんな事、言われてましても。
『クイーンの説明不足が悪いと思います』
やはり三人でハモった。俺の時もそうだったが、この人は基本、必要最低限以外の事は話してくれない。先にややこしすぎる事情を説明してくれれば、ある程度の混乱は防げるというのに。
彼女もそれを分かっているからか、眉間にしわを寄せて渋い顔をしたものの、諦めたように、でもとてもめんどくさそうに話し始める。
「む……。仕方ないわね。一気にいくから、頭に叩き込みなさい?」
「はい」
「まず、この探偵事務所は、別れさせ工作が業務の大半を占めている事は、知っているわよね?」
「はい。それもあって、こんな地味な所に建っていると」
「その通り。で、別れさせ工作屋っていうのは、基本毎回偽名を使うし、その正体がばれてはならない」
「復讐されてしまうからですか?」
「その通り。それもあって、普段から皆本名を呼ばないようにしてるの。全員の本名知ってるのなんか、私とそこのお嬢ちゃんと、所長ぐらいなものじゃないかしら?」
ここで、これまでのてきぱきはきはきとした口調から一変し、溜息をついてぼそりと呟く。
「秘密主義なのに、なんでかバイトの面接に来る子がいるんだけどね……」
『あははははははは』
これには鉄も含め、全員苦笑するしかなかった。いやだって、あれだけ目立つように看板が掲げてあれば、近所の住民なら気付くと思う。もっとも、姫と雨は例外であるが。
その気まずくなった雰囲気を元に戻すべく、鉄が気を利かせる。
「っと、なんでその子は知ってるんですか?」
「それは、あたしが情報担当だからよ」
「ええ!? ……お嬢ちゃん、いくつ?」
「十四。中学三年生よ」
『えええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?』
これにはもう、驚くしかなかった。何故ならばこの目の前で頬を膨らませてお怒りのこの少女は、その正確無慈悲な情報処理能力を刺し引いたら、どう考えても制服よりランドセルが似合ってしまう外見を持っているのだから。
「って、なんであんた達まで驚くのよ。雨っち、つるちゃん」
「いや、なんというか……」
「てっきりまだ小学生なんじゃないかと……」
「そこまで馬鹿にされてた!?」
馬鹿にしていたというよりは、幼く見えると言った方が正しい。が、そんな事を言っても火に油を注ぐだけなので、姫の怖さを身に染みて知っている俺達は黙っておく。
けれどもまだ彼女の恐ろしさを知らない鉄は、普通に素直な感想を口にする。
「僕と一歳しか変わらないって……。世の中怖い」
「じゃあ君は」
「高校一年生です」
「そうかそうか」
やはり、俺の推理は間違っていなかったらしい。それに上手い事話題をすりかえる事も出来た。これで、姫が新入りに牙をむく事も無いだろう。……多分。
流れが変わった事で、ちょうど良いからついでに、といったふうを装い、クイーンが主導権を自分に戻す。
「ん、じゃあついでだから、自己紹介しちゃいましょうね。私はクイーン。さっきも言ったけど、ここの唯一の正社員。主にターゲットと接触し、私の方に興味を向かせる相手役、所謂落とし役ね、をしているわ」
クイーンが始めてしまえば、俺達はそれにならうしかない。同じように順番に、自己紹介をする。
「俺は雨。君の次に新入りだよ。唐歌とか花とか付けられかけた時には、俺は中国ですかってつっこんだけど、まぁ次期にこの渾名制度にも慣れるさ。俺も前はクイーンと同じ落とし役をしてたんだけど、色々あって今は引退。今は姫のサポート役をしてる」
「で、あたしが姫。主に情報を専門としているわ。ターゲットの好みから普段の生活まで、ありとあらゆるデータはあたしに任せなさい。ま、裏方の花形担当って所ね。そのデータを生かすもう一人が、こっちのつるちゃん」
「つるちゃん、って言われてるけど、正式名称は剣ね。止めの一撃担当。逃げ脚にはそこそこ自信があるものでね。ターゲットが見事にこちらのエージェントに引っ掛かり、その証拠を突きつけさせる役目さ」
俺達の話を、鉄は成程といった顔で頷きながら聞いていた。メモを取らない所を見ると、記憶力には自信があるのだろう。
そんな感じで邪推をしていたものの、一向に確証は得られない。そこで、今後の業務にもかかわる事であるしはっきりさせようと、大人しくクイーンに尋ねる。
「ところで、彼は何を担当するんですか?」
「まぁ鉄って名の通り、交通関係詳しいみたいだから、主に私達の足になってくれるわ」
「じゃ、あたしの部下が増える訳ね♪」
「部下って……」
まぁ、情報関連の総司令官は姫だ。実力もさることながら、彼女はこの年にしてすでに、人の上に立つというのはどういう事か、きちんと心得ている。最初は俺も良いように使われるのははっきり言って面白くなかったが、彼にもいずれ、姫のすごさが分かる事だろう。
大体の話が終わり、俺はふと例の件を思い出した。
「そうか。ゴレンジャー、そろった……」
『何か言った?』
「いえ、なんでも」
まだその時では無い。これを話すのは、もう少し鉄がここに慣れて、打ち解けてからだ。だが、何故だろう。何だか楽しくなってきた。突然にやにやと笑いだす俺を、クイーンは完全に視界の外に置き、雨はいつもの事だと苦笑し、姫は溜息をつき、鉄は引いていた。それでも良い。いずれ、本当の仲間になる時が来るのだ。
その日は雑務だけだったのでささっと終わらせ、俺は帰路へとついた。
家に戻ったら早速、決めポーズを考えなくては。
さて、ようやく頭数がそろいました。
次話ではそんな彼らの初任務。チームワークが試されますが、果たして結果はいかに。
頑張れ、僕らの非リア戦隊お邪魔虫レンジャー!(ぇ