ローラーブレーダー
今日も俺は、道という道を颯爽と駆け抜ける。自動車は勿論、自転車だって通れないような狭い場所だって楽々だ。まるで羽が生えたように、俺はすいすいと走行する。今の季節は桜が綺麗だし、入学したてだから新しいルートを開拓するのも楽しい。やっとの思いで今年度から通う事になった大学は、県内では割かし有名な総合大学だった。その為に敷地も広く、中には渡り鳥のように教室から教室へと移動する際に、自転車を使う者も多い。そうなると、俺の相棒は威力を発揮する。大学という名の新しい舞台は、明るい将来と輝ける希望に満ち溢れていた、はずだった。
初日から、否、新入生のオリエンテーションの時から、周りの奴等にどん引かれなければ。
どうしてだろう。何がいけなかったのだろうか。この、見るからにオタク臭がする見た目だろうか。確かに、俺にはファッションセンスの欠片も無いから、シャツにジーンズというありふれた格好になってしまう。それに、ご希望に違わず目も悪いので、黒縁の眼鏡をかけている。だがしかし、それだけならば同じ学科にだって他に大量に存在する。一体俺の何がいけないと……。ぼさぼさの髪型だろうか、対して高くも無い身長だろうか、猫背で陰気な所だろうか、それより何よりも顔なんだろうか! くっ、いつから世の中は、見た目で勝敗が決まる出来レースになってしまったんだぁ……っ。まぁそれはおいといて。
そんなほろ苦い回想に想いを馳せていたって、俺の足が止まる事は無い。周りの奴等はその速さについてこられないようで、時折視線を投げかけられる。……いや、それが好奇心からくるもの、嘲笑から来るものだとはなんとなく分かっている。何故なら俺の歩みが速い原因は、自転車に乗っているからでも、足が速い為でも、ましてや競歩の選手という訳でも無く、足に装着したこの靴が原因なのだから。
ブレードの代わりにホイールが連なっているこの靴。通称、ローラーブレード。
もっともこれは商標で、インラインスケートと言った方が正しいらしいが。それはともかく。何故そんな代物を、某アイドルグループの一員でもないのに愛用しているかと言えば、それはもう話せば長い事になるのだが、かいつまんで重要な所だけ端的に述べると、昔見ていたとあるアニメがきっかけなのである。そのアニメは、ローラーブレードを製作販売している会社が、自社製品を売る為だけに制作したと噂されるものなのだが、俺はその経営戦略に異常にはまった。具体的に言うと、主人公のどこにでもいそうな少年がローラーブレードを履いただけで、強大な悪の組織と戦える程の強さを手に入れた、という所にひかれてしまったのである。
……はい、そこひかない。俺だって、痛いのは重々承知の上だ。けれどもこれは仕方が無い事である。小学校低学年の男子の脳内なんて、そんなものだ。それに、ローラーブレードというのは履きこなす為には相当練習しなければならないないので忍耐と、何より運動神経が要求される。という事は、それで華麗に自由自在、縦横無尽に動き回ろうものならば、それは英雄と呼ばれてもおかしくないのではないか、と。子どもながらにそんな理屈まで考えた結果、理想を追い求め俺は練習に明け暮れた。そして――
「そうやって履きこなせるまでに成長し、ついでにその爽快感がたまらなくなってしまって、未だに乗り続けて痛い子になっている、と」
「……そういう事だ」
勿論、小学生の頃の思想をそのまま、大学生になった今にまで受け継いでいるそれこそが、最も痛いポイントである事は分かっている。もしかしたら、周囲から引かれた原因も、こいつの所為なのかもしれない。だが俺にはどうしても、この相棒を手放す事が出来ないのだ。ものすごく美化してよく言えば、俺は少年の心をいつまでも忘れられないのである。
「履き替えるの面倒じゃないのか?」
まぁ確かに、教室やら電車内やらでこれを履いている訳にはいかないので、移動中以外はスニーカーである。だから常に俺は靴を一足、どちらか持って行動している事になる。面倒かと聞かれれば面倒ではあるが、
「それよりも俺は格好良さを追求する」
という原則は揺るがないのだ。
「はぁ、ご苦労なこった」
しかし、この話をして呆れはするものの、引かなかった人間は初めてである。流石大学。広いだけあって変わり種も揃っているようだ。今話している彼らも、勿論高校からの知り合いとかいうものではなく、昨日会ったばかりである。類は友を呼ぶ。初日から意気投合した同志と話を続ける。
「なー、カラオケ行かね?」
「バイト」
口を開けばカラオケだ遊ぼうだ言ってくるんだから、周囲が思っている程、俺達の間に差異は無いと思う。……違うな、訂正しよう。この軽いノリの男は、俗に言う一般人偽装が上手いのだ。俺も、見習わなければいけないかもしれない。
「なんだよ今日もバイトかよー」
「ああ。というよりも、まだお前らと会ってから二日しか経っていない訳だから、そこまで幻滅させていないと思う」
「その幻想を、俺は打ちくだ」
「なぁ、お前って何やってんの?」
一方、こちらのややクールな奴も偽装が上手い。くっ、今時ありのままの自分をさらけ出す事が、こうも難しくなってきているとは。嘆かわしい。だがそんな事を言うと、お前はお前のままでいてくれと馬鹿にされそうなので、口が裂けても言うものか。
「無視かよ」
俺がいくら空気を読めない奴と言えど、流石に実の弟が無視した事に対し、深く突っ込むような無粋な真似はしない。自分から何か行動するのは苦手だが、人にならうのは得意なのである。っと、質問は何だったか……。ああ、バイトの内容か。
「んー、そうだな。一言で言えば」
少しためを作り、悩むようなそぶりを見せてから、人差し指を立てて言った。
「世直し、かな」
『世直しぃ?』
お前、そういう事ばっかり言ってるから痛い奴なんだよ、という視線を送られたが仕方が無い。
「だって、偽りのリア充を爆発させる仕事って世の為人の為になると思わないか?」
決まった。バイトを始めた時からずっと考え続けていた台詞を、ようやく言う事が出来た。そんな事を言うと、これまでは尋ねてくれる友人もいなかった、と暴露しているようなものだが、今更傷付いたりはしない。自爆など慣れている。はっはっは。
『はいはい』
「流すなよおい」
そんな俺の熱い魂を聞いておいて流すとは。失礼な奴らだ。しかも、こういう時だけ息ピッタリだから腹が立つ。やはり双子か。嗚呼、言い忘れていたが、彼らは双子である。見分けは案外簡単。お調子者なのが兄で、冷静なのが弟だ。もっとも、クラスでは兄の方が猫を被っているので、会ってそこそこの同級生は判別出来ないらしい。
まぁそんな感じで、ただでさえ三浪しているしょうもない俺にだって、隠れキリシタンのように友が存在するのである。どうして、そのような高尚な志を持つバイトに、他に人員がいない訳があろうか。
「同士だっているんだぞー」
仲間の存在をアピールし、反論を試みる。
「じゃあいっその事、戦隊ヒーローっぽくしちゃえよ」
「名付けて、“非リア戦隊お邪魔虫レンジャー”」
「あ、良いなそれ」
『そこはつっこめよ……』
自分達で言い出した事なのに。それよりも、たかだか日常会話にさえ、ボケに対してはツッコミを要求してくるとは……。最近の若者は恐ろしい。俺にはそんなコミュニケーション能力は無い。
というか、ヒーローなんて格好良いじゃないか。マスクを付けるから、どんなに醜男でも問題無いし。英雄万歳。ただ一つ問題があるとすれば、
「しかし今、四人なんだよな」
人員不足に尽きる。誠に残念だ。無念でならない。
「あー、一人足りないのか。残念」
「三人だったらそれはそれでありだっただろうがな」
ありなのか。普通、戦隊ヒーローと言えば五人じゃないのだろうか。まぁ、これはあくまでも所長を除いた人数なので、彼を入れれば見事に出来上がるのだが、流石にそういう訳にもいかないだろう。
そんなくだらない事を考えていたら、ここで良い知らせを思いだした。
「あ、いや、もしかしたら今日参入するかもしれないんだ」
「じゃあ始動だな」
「決めポーズでも考えておけよ」
「どうしてそうなった」
『ノリ?』
「はぁ……」
いやでも、折角だし。あまり付き合いが悪くても期待を裏切る事になりそうだし、こいつらの冗談に乗ってやろう。
「まぁ、それも良いかもな」
大サービスで、シャッキーンと定番ポーズまで決めてやる。ふっ、我ながら甘い。甘過ぎるのう。
『いや冗談だからっ、冗談だからっ』
「俺も本気じゃないから」
傍目から見ればきっと、例えこの兄弟がどんなに見目麗しくあっても、俺達の会話はやっぱり痛々しく映っているだろう。しかし本人達にとっては愉快な会話を終え、涼やかなチャイムと共に昼休みは終了した。
そうして午後の授業を片付けた俺は、ノリの良い双子に別れを告げ、事務所へと弾丸のように一直線で向かった。
今回は名もなき主人公の現状をお伝えしました。
次話からは、では一体彼らは何をしているのか、具体的な内容に入っていきたいと思います。




