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マルカ堂攻防作戦

 タクマが引き金を引いた。

 弾は追跡者の頬の辺りをわずかにかすめた。予想以上に車の揺れが激しいようだ。

 俺はバックミラーで背後を気にしながらスプリンターを徐々に減速させ、追いつかれないギリギリの距離で速度をキープしようとした。しかし、自分も所詮は初心者だ。微妙なコントロールは難しく、つい距離を離してしまう。標的と狙撃者の距離が変化すると、命中させるのは至難の業だと思う。

 タクマはというと、何も言わずただ銃の照準に集中しており、俺がスプリンターを絶妙な位置にコントロールする瞬間を待っている。だからこそ俺は努力するのだが、燃料が死にかけている事もあってなかなか思うようにはいかない。

 その時、車のエンジン音が途切れた。一瞬、俺には何が起きたかわからなかった。

 次の瞬間、スプリンターが自然に速度を落とし始めた。俺はブレーキを踏んでいない。

「くそ、ついに燃料切れか!」

 俺は絶叫した。そして、何度もアクセルを踏んだが、車の速度は上がらなかった。思わず後ろを振り返ったが、タクマは依然として照準を睨んでいた。

「ここだ!」

 タクマが引き金を引くのが見えた。

 その直後、車の背後で恐ろしいうなり声がした。見ると、追跡者が左目を押さえて身もだえしていた。命中したのだ!

 タクマは続けて2発、ヤツの頭部めがけて弾丸を撃ち込んだ。追跡者は弾が命中するたびに悲鳴を上げ、頭をかきむしった。俺は思わず息を呑んだ。車からの距離はわずか5メートルほどだったのだ。

「サクト!車を捨てよう。逃げるんだ!」

 そう言うが早いか、タクマはまだ走行中のスプリンターから飛び降りた。銃を持ったまま、アスファルトの地面に転がる。そのままなんとか体勢を整え、俺のほうを見る。

 俺は運転席のドアを開け、決死の覚悟で飛び降りた。着地時、バランスを崩して派手にすっ転んだ。痛い。肘や頭をぶつけながら地面を転がり、よろよろと立ち上がった。

「早くしろ!」

 タクマが叫ぶ。俺は力いっぱい地面を蹴った。




「おい、あれ・・マルカ堂だ!」

 俺は眼前にそびえる建物を指差した。タクマは何のことかわからない様子だった。

 俺たちは車から立ち去り、がむしゃらに町を逃げ回った。ここは車から少し離れた繁華街のような所だ。大きな電気屋やホームセンター、ファミリーレストランといった店舗が立ち並んでいる。今まで見てきた景色とはさほど変わらないように見えた。

 追跡者が追ってくる姿は見えないが、50メートルも離れたところから追ってくるようなヤツだ。油断はならない。

「さっき・・地図を見たとき、スポーツセンターの近くにマルカ堂があるのを見つけた。俺前に行ったことあるんだ・・ここがそのマルカ堂だ!」

 俺は息も絶え絶えタクマに言った。

「じゃあ、スポーツセンターはこの近くってことか!?」

「おそらくな・・いや、間違いない!」

 その時、後方であのうなり声が聞こえた。俺たちは反射的に振り返った。

 100メートルほど離れた後方の茶色いビルの横・・追跡者の姿が確認できた。こちらに向かって走ってくる。その速さはちっとも衰えていない。やはり、ガスガンだけではほとんど効果はなかったようだ。

「来た!!どうする・・!?」

 俺が聞くと、タクマは珍しく迷っていた。

「僕は・・一刻も早くスポーツセンターに・・!」

 タクマがかすかにつぶやく。

「ここからどう行くか知ってるのか!?」

「いや・・でも僕は・・。」

 追跡者はもうすぐそこまで迫っていた。もうこれ以上鬼ごっこは続けられない!

「ここは一旦、マルカ堂に入ろう!」

 タクマは顔をしかめた。

「なぜ・・!?センターはもうすぐそこなんだよ!!」

 俺には彼がなぜセンターにこだわるのかわからなかったが、強引に腕を引っ張った。迷っている暇なんか無い!こんな見通しの良い場所ではあのスピードから逃げられるわけが無い。どこか隠れる事ができる場所に逃げ込むのが一番だ。

「走れ!全身全霊を懸けて走るんだ!入り口のドアはたぶん電気が止まってて開かない・・体当たりでガラスを破るしかない!」

「・・わかった。」

 タクマは一応うなずいた。俺たちは一か八か、マルカ堂へと走った。




 マルカ堂の一階は照明が消えていて暗かった。目が慣れてくると、俺は辺りを見渡した。物が少し散乱しているようだが、歩けないほどでもない。問題は、この店内にヤツらのような化け物がいるかどうかだ。しかし、さっきから物音はせず、不気味なほどの静寂が辺りを支配している。迷っていても仕方が無い。

 俺はスポーツ用品コーナーのある二階へ続く階段へ向かおうとした。バットやテニスラケットなど、武器になるものがあると思ったからだ。しかし、タクマがそれを止めた。

「サクト・・僕に考えがある。食料品コーナーに行こう。」

 また妙な事を言い出した。こんな時に食料集めか?まだ追跡者は追ってきているかもしれないのに。

 俺は首を振った。

「頼む・・信じてくれ!」

 俺は彼の顔を見た。決してふざけているわけではなさそうだ。しかし・・。

 突然、入り口の方でガラスの割れる音がした。微かに光が漏れているその方向を見ると、あの毛むくじゃらの化け物が立っていた。ガラスがついた体を手で掃い、低くうなっている。もう追っかけてきやがった!

 しかし、追跡者はすぐに追いかけてくると思いきや、しばらくその場でキョロキョロと辺りを見回していた。やがて、俺たちのいる方向とは違う方向に歩き始めたかと思うと、またもとの場所に戻った。

「やっぱりだ・・」

 隣でタクマが囁いた。俺には何の事だかさっぱりわからなかった。そして、彼は俺の腕をつかむと言った。

「これなら少し時間を稼げるな・・。」

「おい!どうしたんだよ!?」

「黙って言うことを聞け!」

 タクマが俺の腕を強くつかんだ。命令口調・・。俺はやれやれと首を振り、おとなしくタクマについて行った。




 俺たちはタクマの提案で食料品コーナーに来た。周囲に気を配って敵の存在に備えたが、気配どころか、物音ひとつしない。後ろの追跡者もまだ入り口付近で躊躇しているようだった。

 入り口から近かったのもあって、俺たちは真っ先にお目当てのものを見つける事ができた。それは酢だ。すぐに全身に酢をかける。作戦とはいえ、嫌な気分だった。ためらう俺に、タクマはこれでもかというほど酢をかけ、自分も頭から大量にかぶっていた。彼によると、これは俺たちの臭いを消すためらしい。

「さっきからアイツを観察してたけど・・アイツ、僕たちの臭いに反応しているんじゃないかって思うんだ。」

「臭い・・?」

「ああ・・。僕がアイツの目を潰した後、ヤツは100メートル以上の距離があるにもかかわらず追いかけてきた。」

 そういえばそうだ・・しかし、俺は疑問をぶつけてみる。

「でも、もう片方の目は無事だったじゃん。」

 タクマは首を振る。

「そもそも、ヤツの顔は毛に覆われてて、ちゃんと前が見えているかどうかさえ疑わしい・・それに、僕たちが逃げていたとき、ヤツが居た車の近くからはマルカ堂の前は見えなかったはずなんだ。」

 確かに、俺たちが車を捨てた位置からはマルカ堂は茶色いビルに隠れて見えなかった。

「たぶん、ヤツにとって視覚はあくまでサブ的なものに過ぎないと思うんだ。本当に頼りにしているのは・・おそらく嗅覚だ!」

「じゃあ・・俺たちの臭いを頼りにここまで来たって事か?」

「そうだと思う。」

 俺は感心した。すごいな・・。あのギリギリの状況でこれだけの観察と推理をしていたとは・・。俺は苦笑いした。何の策も無しにマルカ堂に突っ込んだ自分が恥ずかしくなったのだ。

「で、それを踏まえてこれからどうするんだ?」

 俺は聞いた。悔しいが、もう俺にはこの先どうしたら良いかなんてわからない。タクマの考えに頼るしかなかった。

「確証は無いんだけど、うまくいけばヤツをここに留めて置く事ができるかもしれない。無茶な案なんだけど、サクトの協力が必要不可欠なんだ。協力してくれるかい?」

俺はニヤリと笑って見せた。

「お前が言うなら信じるしかないな。」

「ありがとう。」

 タクマは安心したようにホッと溜め息をついた。断れるわけないだろうが。お前のおかげで今の俺がいるようなもんなんだ。

「サクト、さっきはごめん‥。」

 いきなりタクマが謝った。俺は意表を突かれたのと、何の事か分からないのとでどぎまぎした。

「え‥何が!?」

「さっきだよ。僕がスポーツセンターを探そうって言った時‥君、止めてくれただろ?助かったよ。あそこで君が止めてくれなかったら、今の僕は…」

「おいおい待てよ!そんな大した事してねえって!」

 俺は慌てて手を振った。

「咄嗟に思いついたのをそのままやっちまっただけだって‥。何も考えなんか無かったんだ。なのにお前も一緒に‥こんな暗くて見通しきかない、明らかにヤバそうな場所に連れ込んじまって…。謝るのは俺の方だ。」

 俺はうなだれた。言葉にしてみると、改めて自分の不甲斐なさに嫌気がさしてくる。俺は何をしているんだ。何度も命を救ってくれた友人を巻き込んで、危険にさらして。なのに、自分では現状を打開する策なんて思いつきもしない。俺はなんて勝手なんだ。あの時‥玄関の扉を開けた時に確かに心に決めたはずじゃなかったのか。彼を救うと。この世界をこいつと生き抜くと。

「そんな事ないよ。」

 タクマが静かに言った。俺は激しく首を振る。しかし彼は続けた。

「サクトはいざという時に正しい手段を見つける事ができるじゃないか。スプリンターで死体の群れを蹴散らした時とか、僕じゃ咄嗟に思いつかないような奇策を君はやってのけた。」

「あれはなんとなく滅茶苦茶やってみただけで‥。」

「関係ないよ。とにかく、君が僕を救ったのは事実だ。変に罪悪感を感じる事ないよ。」

「おお・・・。」俺はとりあえず頷いた。なんだか上手くごまかされた気がするが。

 タクマは立ち上がり、食品棚の隙間から追跡者のいた方向を見ていた。そして、小さく頷くと、俺の方を向いた。

「じゃあ、これから作戦の方法を説明するよ。」

「おう、頼むぜ。」

 タクマは静かに話し始めた。

 



マルカ堂入り口、小規模食事スペースに、追跡者はいた。獲物を見失ってしまったのだ。ここは非常に暗く、追跡者の視力では近くに何があるかを理解するのがやっとだった。発達した嗅覚に頼ってみたが、様々な匂いが混在していて今ひとつ目標を定められない。しかし、一度見つけた獲物を逃そうとは思っていなかった。追跡者は昨日から何も食べていなかった。

 すると、どこからか甘くうっとりするような匂いがしてきた。追跡者は瞬間的に理解した。これは血液と生肉の匂いだ。思わず追跡者は匂いのする方向に歩き出した。しかし、同時にある事に気づく。これはわずかに腐肉の匂いが混じっているような気がする。追跡者は迷った。しかし、現在その頭を悩ませ続けている空腹感には耐える事ができなかった。多少腐っていようが構わない。一刻も早く生肉を貪り喰いたいという衝動が追跡者の脚を前へ進ませる。口内に獲物の血液が流れ込むあの何とも言えない感覚。もう止まれない。追跡者はだらだらと涎をたらし、匂いのする方向へとひたすら走った。

 そこは、もといた場所からそれほど離れていなかった。地面に生肉がぶちまけられている。追跡者はその匂いに恍惚とし、やがて取り憑かれたかのように肉を喰らい始めた。手掴みで肉の塊を口に運び、呼吸する間も惜しいほどの速さで咀嚼していく。至福の時だった。





 俺とタクマはその一部始終を物陰に隠れて見ていた。どうやらタクマの作戦は上手くいったようだ。

 あの後、俺たちは生鮮食料品コーナーに向かった。異変からかなりの日にちが経過しているとはいえ、棚にならんでいる食品は見た目的にはそこまで腐っているようには見えなかった。パック詰めされた肉を種類に関わらず片っ端から開封しては床にばら撒いた。早くしなければ匂いに感づいた追跡者が来てしまうため、俺たちはとにかく急いだ。

 うまくいったとはいえ、追跡者が肉を喰らっている光景は衝撃的だった。自分たちがああなっていたのかと思うと恐ろしい。かすかに身震いする手を無理に握り締めた。

 その時、

「やばい・・!」

 タクマが押し殺した声で囁いた。俺にもそれが何を意味するのかわかっていた。しかし、恐怖のあまり声が出なかった。

 俺たちのすぐ近く、せいぜい5メートルの距離にある棚。俺たちの隠れている棚より一つ追跡者側の棚の影から、動く死体が2体、突然現れたのだ。両方ともこちらに気づいている様子は無く、歩く先には追跡者がいる。

 俺たちは思わず息を呑んだ。ここで音を立てたらまずい!しかし、本音を言えば、今すぐここから逃げたい!俺はさっきの腕の震えが全身に広がっているのに気づいた。あまりの恐ろしさに目から涙がこぼれそうになる。逃げたい。逃げたい。しかし、目はカッと見開いたまま死体たちに釘付けられてしまっている。視線を逸らしたくても体が言うことを聞かない。

 やがて、さらにとんでもない事態が起きた。店内からゾロゾロと死体の群れが集まってきたのだ。さっきまでは気配すら感じなかったのになぜ?理由なんてわからないが、俺たちは明らかに絶体絶命の状況だった。タクマでさえ唇を噛みながら震えている。さすがにこの状況では彼もどうしようもないといった様子だ。

 追跡者のいる場所に近づく死体たちは増え続け、その数は約10体ほどになった。その時だった!

 追跡者はうなり声を上げて立ち上がったかと思うと、そばにいた死体に襲い掛かったのだ。周りにいた死体も影響されたのか、次々に追跡者に喰らい付いていく。

 俺はタクマと顔を見合わせた。タクマは信じられないというような表情をしていた。

 追跡者は死体に噛み付き、その皮や肉を引き裂いていく。しかし、周りの死体たちも束になって追跡者の体を囲み、ついには押し倒した。両者は恐ろしい声で吼え、激しい乱闘を繰り広げていたが、やがて追跡者は死体たちに埋もれて見えなくなった。

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