運命
「待っていた?」
「そうだ。私は君たちを送り出してから、この時をずっと待っていたんだ」
カイは俺の頭に触れた。
「だいぶ擦り切れているな。やはり記憶の定着がよくなかったようだ。だが定期的に補完は受けている。頭痛に悩まされていたろう?」
「……どうしてそれを」
こいつには何でもお見通しだとでも言うのだろうか。七号にも解らなかった頭痛の正体を、こいつは知っていると言うのだろうか。
「君はじゅもっこに選ばれた存在なのだ。九瀬サクトの遺伝子から作られた君たち複製は、急ごしらえで量産せざるを得なかったがために粗悪品として産み落とされた。それゆえに、脳には九瀬サクトとしての全記憶を定着させるだけの容量がなかった……」
カイは淡々と喋り続けていたが、俺には彼の言っている事を理解することは愚か、口を挟む余裕さえなかった。
「君が目覚めた時、覚えていたのは最低限の情報だけだった。しかし、君が運命の筋書きに沿って行動するにつれ、じゅもっこから新しい情報が第六感覚の電気信号によって送信され、君の脳に蓄積されていった。その時にかかる脳への負担が頭痛という形で顕れていたんだ」
カイはそこまで言うと、「わかるかい?」と微笑んだ。
「何を言っているんだ。じゅもっことは何なんだ」
俺にはもはやそれ以外に尋ねる事がなかった。
「質問が二つ。まず一つ目の答えだが、君はじゅもっこに作られた複製人間だ」
「バカな事を言うな」
「ふざけてはいないさ。君は九瀬サクトではない。君の記憶の中にある七号の呼称を真似るなら、複製種とでも言うべきか」
「俺は俺だ。九瀬サクトだ。お前に何がわかる!」
「では、なぜ自分が九瀬サクトだと言い切れる?記憶など容易く操れるのに。君が九瀬サクトであると何をもって証明すると言うんだ?」
怒りで唇がねじ曲がるかと思った。食いしばる歯ががちがちと鳴った。この生意気な少年の顔面を今すぐ殴り飛ばしてやりたいが、手足の自由がきかない。
「そんな事を話して何になる。俺はこのまま殺されるのか」
「いいや」
「腹が立つ。殺す気がないなら、さっさと解放しろ」
「まあ待て。私の話を最後まで聞いたら帰してやる」
「もうお前の話は聞きたくない」
「ならば永遠に帰す事はできない。私にはもはや話す事しかできないのだから」
そう言うと、カイは静かに目を閉じた。そして、服を捲り上げて上半身を露出した。目を背けたくなるような無残な傷跡が目に飛び込んできた。胸元から下腹部にかけて、三つの筋が赤く腫れていた。
「じゅもっこから逃げてきたときのものだ。もはや長くは持つまい。その前に、どうしても君に出会わなければならなかった……」
「誰にやられたんだ」
「その事はまだ、今は知らなくてもいい。いずれ必ず知る事になるがね。……さて、サクト。君に問うておくべき事がある。それは、君自身が何者でありたいかということだ」
カイの目には鋭い光が宿っていた。
「俺は九瀬サクトだ。複製だとか、そんなものは知らねえ。仲間がいるんだ。あいつらは俺の助けを必要としてる。だから俺はこんな所で油を売ってるわけにはいかねえんだ」
誰が何と言おうと曲げられないものがある。タクマや七号が信じてくれた俺が本当の俺なのだ。
「お前は人間ではない。記憶も、何もかも偽りだ」
「でもあいつらの信じる心は本物だ。だから俺は九瀬サクトを名乗る」
「では改めて問う。真実を知りたいか、九瀬サクト」
「ああ。俺の記憶がこの異変に関わっているというなら、全て知りたいと思う。知るべきだとも思う」
「ここから先は生と死の間にある細く険しい道のりを進む事になるぞ。仲間の事を守ってやれる暇などないかもしれない。それでも行くか」
「行くに決まってる。だから早くここから出せ!」
「……いいだろう。お前の覚悟、しかと受け止めた。ここに来るまで、お前は仲間を失い、自らも危険な目に遭いながら、それでも自分の信じる道を選んできた。お前の選んだ答えがこの先もお前を人間たらしめるだろう」
カイは右手を上げて俺の額に人差し指を当てた。
「行け。そして世界を救え。ひかりのゆうしゃよ……」
次の瞬間、俺の中に記憶の濁流がなだれ込んできた。