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天使の羽を広げ…

「聞こえますか・・?」

 少年は呟いた。周りには誰もいない。冷たい風が吹く殺風景な丘に、少年はたった一人で立ち尽くしていた。

 ポケットに手を突っこみ、mp3プレーヤーのボタンをいじる。お目当ての曲はすぐに見つかった。

「過去の砦に 白く淡く・・・。」

 口ずさむと、少し気分が良くなった。

 丘の緩い斜面を登り、頂上のベンチに腰掛けた。見上げると、空はどんよりと濁っていた。雨でも降りそうな、そんな気配だ。少年は腕に顔をうずめた。静かに目を瞑る。

 こうしていると、嫌なものは全部見えない。自分を取り巻く汚い世界からも一線を画していられる気がした。しかし、少年の胸の鼓動は次第に早く刻むようになっていった。

 今、街には地獄がそっくりそのまま存在しているだろう。人々は恐れおののき、360度から迫り来る非現実的光景に翻弄されているはずだ。でも、それでも中には、いつかはこの地獄が終わるのではないかと期待しているヤカラもきっといる。心底可笑しい。

「目を閉じ 静かに飛び立つ・・。」

 少年は夢想した。目の前で逝った家族を、昨日まで隣にいた友達を、断末魔を洩らした名も知らないたくさんの人たちを・・・。今も目の奥にしっかりと焼きついて消えない。もうずいぶん時間が経過しているはずなのに、あの時の衝撃はまだ鮮明に感じられる。

 慢性的な胸の痛みは、少年の心を蝕んでいった。原因は、大切な人たちとの思い出だ。それらを思い出してしまうから、悲しみがやってくるのだと少年は考えていた。忘れたくても忘れられない綺麗な記憶。これが生き残った人間皆が背負うものだとしたら、あまりにも重い。

「先に君が歌うから・・・。」

 少年は今にも泣き叫びたい気分だった。しかし、彼の涙はとっくの昔に枯れ果てていた。代わりに耳障りな咳払いが出た。強く握りしめた両手の拳が虚しかった。敢えて形容するなら、自分には何も出来ないと誰かに言い聞かされているような感覚だった。

 誰かに傍にいて欲しかった。身勝手かもしれないが、少年はもう孤独に耐えられなかった。人間に会いたかった。その姿を見て、目の前の光景が全部嘘なのだと信じたかった。

「息は尽きる 僕をも誘う 天国の時・・・。」

 やがて、曲が終わった。少年はmp3プレーヤーの電源を切り、ポケットにしまった。今日も何も変わらなかった。同じ景色の前で、代わり映えの無い気持ちで現実逃避をしているだけだ。自分が嫌になる。あと何度、こんな事を繰り返せばいいのだろう。あと何度問いかければ、、答えを見出せるのだろう。いや、はなっから無理なのかもしれない。

 少年は顔を上げた。いつしか、少年は大きなケヤキの木の前に立っていた。葉がすっかり落ちた枝は太く、それを支える幹はどっしりと力強く地面に足を踏ん張っている。

 昔と少しも変わっていないな、と少年は思った。めまぐるしく変わりゆく世界の中で、この木だけは昔と同じ姿を守り続けている。春になれば、この枝も青々とした美しい葉を茂らせるだろう。そして、この街をずっと見守り続けるのだ。

「ふふっ・・。」

 少年は笑った。

 悪くない。この木のようにただずっと生き続けるのも良いかもしれない。

 そうだ。確固たる目的が無くても、ただ愚直に生き続けよう。

 それが自分の責任だ。

 少年は微笑した。

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