第一話:鳴り止まない不協和音
その雨は、空から降る灰のようだった。
煤けた街の路地裏。響奏多は、古びた楽器ケースを抱え、荒い息を吐いていた。
彼の首筋には、不気味な青白い輝きを放つ「結晶」の紋様が浮かび上がっている。
「ハァ……ハァ……。ったく、運がねえな……」
背後から迫る、重苦しい金属音。
巨大企業『モノリス』の私設軍隊――「調律班」の追手だ。彼らが手にする銃口は、灰化病を発症した「変異種」を、慈悲もなく粉砕するためにある。
「……見つけたぞ。登録番号000。デバイスを返還し、大人しく心臓を差し出せ」
追手の放った電磁警棒が、カナタの背中を打つ。
地面に転がったカナタの視界に、ケースからこぼれ落ちた「銀色のデバイス」が映った。
音叉を模した、鈍く光る無機質な機械。
数年前、砂となって消えた親友――零が、最期に彼に託したもの。
「……返せだと? 笑わせんじゃねえよ」
カナタは、震える手でデバイスを掴み、自らの胸に強く押し当てた。
それは心音と同期し、残酷な警告音を鳴らし始める。
「これは……あいつが、俺に遺した唯一の『音』なんだよ!!」
カナタがデバイスのトリガーを弾く。
――キィィィィィィィィン!!
空気を切り裂くような高周波が爆発し、カナタの全身を結晶の装甲が包み込んでいく。
『銀の反逆者』。
装着者の寿命を戦闘エネルギーへと変換する、禁忌のシステムが起動した。
「……ぐ、ああああああッ!!」
激痛。肉体が内側から削られる音が聞こえる。
だが、カナタは止まらなかった。突き出された銃弾を銀色の腕で弾き飛ばし、一歩、また一歩と追手へと踏み出す。
その時だった。
路地裏の奥から、さらなる「異音」が響いた。
それは、カナタの奏でる音よりも、もっと冷たく、機械的で、完璧に制御された「死の旋律」。
暗闇の中から現れたのは、漆黒の装甲を纏った一人の戦士。
モノリスが誇る最強の処刑騎士――『白夜の騎士』。
「……ターゲット、確認。……排除を開始する」
その声を聞いた瞬間、カナタの心臓が激しく跳ねた。
聞き間違えるはずがない。
数年前、自分を庇って砂に還ったはずの、あの男の声。
「……レイ? ……嘘だろ……お前、レイなのか!?」
問いかけに、漆黒の騎士は応えない。
ただ、赤く光るバイザーの奥で、無機質な殺意だけが膨れ上がっていく。
降り続く灰の雨の中。
再会した二人の「音」が、最悪の形で混ざり合おうとしていた。




