婚約破棄したいって言いだしたのは、あなたのほうでしょ?
「もうたくさんだ! キャシール、お前のような女とはこれ以上一緒にいたくない! ……今日限りで、お前との婚約を破棄する!」
この婚約破棄宣言をゴードリックから引き出した時、私は思わず小さなガッツポーズをとった。……ゴードリックのことが、嫌いで嫌いでたまらなかったからだ。
彼との婚約は、私の意思によるものではない。
幼い頃に、私の父とゴードリックの父が約束して決めたものだ。二人は無二の親友であり、互いの家に男児と女児が生まれた場合、許嫁にしようと約束していたらしい。
……こんな馬鹿な話があるだろうか? 父親同士が仲が良いからといって、相性が合うかどうかも分からない自分の子供たちを、勝手に許嫁にしてしまうなんて。
お父様のことは好きだし、尊敬もしているが、ゴードリックと私を許嫁にしたことは、完全に間違った決断だ。……だって、私とゴードリックの相性は最低最悪だもの。
ゴードリックの好みは、大人しくて物静かな、自己主張をしない女性だ。気が強く、思ったことは何でも口にする私とは、まるっきり正反対である。
私の好みは、双方の価値観を尊重し、お互いに認め合える男性。……『女は男に従っていればいい』というカビの生えた価値観を押し付けてくるゴードリックとは、相容れるはずもない。
それでも、子供の頃はそれなりに良い関係を築けていたし、大人になったら、このまま自然と、ゴードリックと結婚するんだろうなと、私はおぼろげに考えていた。
……相性が合わないなりに、ゴードリックが私のことを一途に想ってくれていたならあるいは、私も自我を抑え、案外彼と上手くいっていたかもしれない。
だが、思春期も終わりに近づいた頃から、ゴードリックは露骨に私を嫌悪し、時にはあてつけるように、私の目の前で他の女を口説いたりした。……もともと好きでも何でもない男だが、その行動は私のプライドを酷く傷つけた。
その時から私は、ゴードリックとの婚約を破棄するための方法を考え始めた。
嘆かわしいことだが、いまだに時代錯誤な制度が残っているこの国では、女の方から婚約を破棄することはできない。だから、どうにかしてゴードリックに婚約を破棄させる必要がある。
しかし、彼も父親の言いつけで私の許嫁になったのだ、そう簡単に親の顔に泥を塗るようなことはしないだろう。……よほど、腹に据えかねることでも起こらない限り。
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その日の夜。
私はゴードリックをサロンに呼び出した。
ゴードリックはいつも、約束した時間から三十分は遅れてやって来る。彼の頭の中には、『女は待たせて当然』という、ふざけた常識が根付いているらしい。
私はその三十分の間に、サロンに来ていた他の男性を物色した。
少し話して、多少なりともこちらに好意を持ってくれた青年と、寄り添い、恋人のように顔を近づけ、言葉を交わし合う。その時、やっとゴードリックがやって来た。ちらりと彼に目をやると、その顔は、怒りで真っ赤になっている。
男尊女卑的思想の塊であるゴードリックにとって、自らの婚約者が、他の男とべったり寄り添う姿を見せつけられるのは、たまらない屈辱なのだろう。
私は、ほくそ笑んだ。
だって、ゴードリックに屈辱を与えたくて、わざとやってるんだもの。
どう? ゴードリック。たとえ好ましく思っていない女でも、自分の婚約者が他の男に色目を使っているのって、とても不愉快でしょう? ……あなたも昔、これと同じことを私にしたのよ。わざわざ私の目の前で、他の女を口説いたりしてね。
ゴードリックは怒りで唇をかみしめながらも、何も言ってこない。
彼が強気に出られるのは、か弱い女性だけであり、今私が寄り添っているような逞しい青年には、物申すこともできないのだろう。惨めなゴードリックに見せつけるように、私はその後も、青年との熱い語らいを楽しんだ。
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そして、最初に述べた通り、怒り心頭のゴードリックは私との婚約を破棄した。
お互いに清々した気分だが、ゴードリックは一つ忘れていることがある。
前にも言ったが、この国では、女の方から婚約を破棄することはできない。……しかし、婚約破棄できる男の方が、圧倒的に優位な立場にいるかと言えば、必ずしもそうではないのだ。
公的に決めた婚約を一方的に破棄したことは、あっという間に人々の間に広まり、『女を捨てた男』として、悪名が世間に浸透してしまう。
もちろん、女の方が不貞を働いたなどの、それ相応の理由があれば話は別だが、私はただ、遅刻の常習犯である婚約者に待ちぼうけを食わされ、小一時間ほどサロンのお客と語り合っていただけだ。それで浮気だのなんだのと言う方がどうかしてる。
案の定、ゴードリックの悪評は、もの凄いスピードで世間に広まった。
この国は、男性の立場が強い分、弱い立場の女を大切にしない男は、もう男として扱ってもらえないのだ。数ヶ月後、どんな女からも相手にされなくなったゴードリックは、私の前に手を突いて、「破棄した婚約を結びなおし、名誉を回復したい」と泣きついてきた。
……馬鹿じゃないの?
そこは嘘でも、『今になってきみの大切さがわかった』とか言うところでしょ? 『名誉を回復するために婚約を結びなおしたい』って、私はあなたの名誉回復装置じゃないのよ。
私はゴードリックを見下ろし、何の感情も込めずに言い放つ。
「婚約破棄したいって言いだしたのは、あなたのほうでしょ? 今更もう遅いわよ」
終わり




