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婚約破棄したいって言いだしたのは、あなたのほうでしょ?

作者: 小平ニコ
掲載日:2026/02/20

「もうたくさんだ! キャシール、お前のような女とはこれ以上一緒にいたくない! ……今日限りで、お前との婚約を破棄する!」


 この婚約破棄宣言をゴードリックから引き出した時、私は思わず小さなガッツポーズをとった。……ゴードリックのことが、嫌いで嫌いでたまらなかったからだ。


 彼との婚約は、私の意思によるものではない。


 幼い頃に、私の父とゴードリックの父が約束して決めたものだ。二人は無二の親友であり、互いの家に男児と女児が生まれた場合、許嫁にしようと約束していたらしい。


 ……こんな馬鹿な話があるだろうか? 父親同士が仲が良いからといって、相性が合うかどうかも分からない自分の子供たちを、勝手に許嫁にしてしまうなんて。


 お父様のことは好きだし、尊敬もしているが、ゴードリックと私を許嫁にしたことは、完全に間違った決断だ。……だって、私とゴードリックの相性は最低最悪だもの。


 ゴードリックの好みは、大人しくて物静かな、自己主張をしない女性だ。気が強く、思ったことは何でも口にする私とは、まるっきり正反対である。


 私の好みは、双方の価値観を尊重し、お互いに認め合える男性。……『女は男に従っていればいい』というカビの生えた価値観を押し付けてくるゴードリックとは、相容れるはずもない。


 それでも、子供の頃はそれなりに良い関係を築けていたし、大人になったら、このまま自然と、ゴードリックと結婚するんだろうなと、私はおぼろげに考えていた。


 ……相性が合わないなりに、ゴードリックが私のことを一途に想ってくれていたならあるいは、私も自我を抑え、案外彼と上手くいっていたかもしれない。


 だが、思春期も終わりに近づいた頃から、ゴードリックは露骨に私を嫌悪し、時にはあてつけるように、私の目の前で他の女を口説いたりした。……もともと好きでも何でもない男だが、その行動は私のプライドを酷く傷つけた。


 その時から私は、ゴードリックとの婚約を破棄するための方法を考え始めた。


 嘆かわしいことだが、いまだに時代錯誤な制度が残っているこの国では、女の方から婚約を破棄することはできない。だから、どうにかしてゴードリックに婚約を破棄させる必要がある。


 しかし、彼も父親の言いつけで私の許嫁になったのだ、そう簡単に親の顔に泥を塗るようなことはしないだろう。……よほど、腹に据えかねることでも起こらない限り。



 その日の夜。

 私はゴードリックをサロンに呼び出した。


 ゴードリックはいつも、約束した時間から三十分は遅れてやって来る。彼の頭の中には、『女は待たせて当然』という、ふざけた常識が根付いているらしい。


 私はその三十分の間に、サロンに来ていた他の男性を物色した。


 少し話して、多少なりともこちらに好意を持ってくれた青年と、寄り添い、恋人のように顔を近づけ、言葉を交わし合う。その時、やっとゴードリックがやって来た。ちらりと彼に目をやると、その顔は、怒りで真っ赤になっている。


 男尊女卑的思想の塊であるゴードリックにとって、自らの婚約者が、他の男とべったり寄り添う姿を見せつけられるのは、たまらない屈辱なのだろう。


 私は、ほくそ笑んだ。


 だって、ゴードリックに屈辱を与えたくて、わざとやってるんだもの。


 どう? ゴードリック。たとえ好ましく思っていない女でも、自分の婚約者が他の男に色目を使っているのって、とても不愉快でしょう? ……あなたも昔、これと同じことを私にしたのよ。わざわざ私の目の前で、他の女を口説いたりしてね。


 ゴードリックは怒りで唇をかみしめながらも、何も言ってこない。


 彼が強気に出られるのは、か弱い女性だけであり、今私が寄り添っているような逞しい青年には、物申すこともできないのだろう。惨めなゴードリックに見せつけるように、私はその後も、青年との熱い語らいを楽しんだ。



 そして、最初に述べた通り、怒り心頭のゴードリックは私との婚約を破棄した。


 お互いに清々した気分だが、ゴードリックは一つ忘れていることがある。


 前にも言ったが、この国では、女の方から婚約を破棄することはできない。……しかし、婚約破棄できる男の方が、圧倒的に優位な立場にいるかと言えば、必ずしもそうではないのだ。


 公的に決めた婚約を一方的に破棄したことは、あっという間に人々の間に広まり、『女を捨てた男』として、悪名が世間に浸透してしまう。


 もちろん、女の方が不貞を働いたなどの、それ相応の理由があれば話は別だが、私はただ、遅刻の常習犯である婚約者に待ちぼうけを食わされ、小一時間ほどサロンのお客と語り合っていただけだ。それで浮気だのなんだのと言う方がどうかしてる。


 案の定、ゴードリックの悪評は、もの凄いスピードで世間に広まった。


 この国は、男性の立場が強い分、弱い立場の女を大切にしない男は、もう男として扱ってもらえないのだ。数ヶ月後、どんな女からも相手にされなくなったゴードリックは、私の前に手を突いて、「破棄した婚約を結びなおし、名誉を回復したい」と泣きついてきた。


 ……馬鹿じゃないの?


 そこは嘘でも、『今になってきみの大切さがわかった』とか言うところでしょ? 『名誉を回復するために婚約を結びなおしたい』って、私はあなたの名誉回復装置じゃないのよ。


 私はゴードリックを見下ろし、何の感情も込めずに言い放つ。


「婚約破棄したいって言いだしたのは、あなたのほうでしょ? 今更もう遅いわよ」




終わり

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― 新着の感想 ―
女性が蔑ろにされるだけじゃなくて女性を大切にしない男は男として扱ってもらえない救済措置がある世界観はなんか地域や時代によってはありそうでリアルだなー。 でもキャシールは多分この国には合わなそう。国を…
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