第4章 北へ向けて04
北に歩き続けてから早一カ月。周囲には民家も人気も無くなり、真っ白に染まった痩せこけた木々が点々と見えるだけになった。この凍てつく大地にはまるでサフィーとガブリエルの二人だけしかいないかのように感じさせられる。
「……」
ガブリエルは手に息を吹きかけて真っ赤に染まった手を何とか暖めていた。
「大丈夫ですかガブリエル?」
「おかげさまでな……にしても本当に北に霜の王がいるのか?いや、アンタを疑っているわけじゃない。アンタの言ってた不死鳥がでたらめを言ったんじゃないかって疑ってるんだ」
「う~ん、私自身も彼女の言葉を鵜呑みにしてしまったのかと思いましたが、冬を齎している寒風は確かに北から流れてきています。この風が吹く方向に向かえば、必ず霜の王に出会える筈なのですが……」
「そうだと良いんだがな……」
ガブリエルは不安げな顔を浮かべる。それを察してかサフィーは優しく微笑んだ。
「大丈夫ですよ。もし霜の王なんてものが存在しなかったとしたら、ちゃんと貴方を人が住める場所まで送り届けますから」
「ふっ、そいつはありがたい話だ。問題は俺に帰る家が無いってことだが」
「その点に関しては大丈夫ですよ。私に考えがありますから」
「……?何だ一体?」
「旅の途中でリサという名の少女と出会ったんです。彼女なら、きっと貴方を受け入れてくれますよ」
「……いや、遠慮しておくよ。その子も俺みたいな敗走騎士の扱いには困るだろうからな。アンタは俺を少しでも暖かいところに送るだけでいい」
「そうですか……」
サフィーは親切心でリサを紹介したので、彼女は耳を下げてしょんぼりとしてしまった。彼女の好意を馬鹿正直に無下にしてしまったことをガブリエルは胸の内で後悔した。しかしその刹那、彼の目にはこの白い世界には不相応なものを見つけた。
「……ん?何だあれは?」
ガブリエルが指差す先には、氷のブロックで作られた家だった。俗にいうイグルーというものだ。
「あら?こんな寒いところにも人が住んでいるのかしら?」
「いや……人が住むには小さすぎると思うが……」
ガブリエルの言う通り、家の高さは人の住むそれの半分以下であった。
「言われてみれば確かに……では一体誰が……?」
サフィーは小さな家の玄関から中を覗き込む。しかしその刹那、中から黒い影が飛び出してきた。
「サレ!タチサレェ!」
それは人間の子供よりも小さいペンギンであり、彼は先が氷でできた槍でサフィーの鼻をツンツンと小突
いた。しかし彼女には大したダメージは与えられず、少々鼻をくすぐる程度の威力だった。
「わぁっ!」
「な、何だコイツ……?」
ガブリエルは困惑しながらも咄嗟に剣を引き抜いた。しかしサフィーがそれを宥めた。
「刺激してはいけません。この様子からして、彼は怯えているだけなんです。ここはお話して誤解を解きましょう」
「え?……ま、まぁその方法でも問題は無いか……」
ガブリエルは荒ぶるペンギンを横目にすっと剣を鞘に戻した。
「サレ!サレェ!コワイウェンディゴメ!ボクノカゾクニハテダシハサセナイ!」
ペンギンはそう騒ぎながら、やたらめったら槍を振り回して奮戦しているつもりだったが、その攻撃はサフィーにもガブリエルにも掠りもしていない。
「え~っと。貴方、お名前はなんというのですか?」
「エッ⁉ナマエ⁉ナンデソンナコトキクノ⁉」
「言葉は通じるみたいだな……。あ~落ち着けって。俺達はウェンディゴじゃない。寧ろそいつらの親玉を退治しに来た者だ」
「ウェンディゴヲ……タイジシニキタ……?」
ガブリエルの言葉にペンギンの動きが止まった。いや、厳密には俯いてプルプルと震えていた。
「お、怒らせちゃったのかしら?」
「お、俺のせいなのか……?」
しかしその懸念は杞憂に終わり、ペンギンは興奮した様子でイグルーの中に籠っていた仲間たちに呼びかける。
「ヤッター!ツイニチョウロウサマノイッテイタ“ユウシャサマ”ガヤッテキタゾ!」
その鶴の一声で、イグルーの中から大小様々なペンギンたちが続々と飛び出し、サフィーとガブリエルを取り囲んで騒ぎ、踊り始めた。
「ユウシャサマ!ユウシャサマ!」
「カレラノオカゲデセカイガスクワレル!」
「ハヤクチョウロウサマノモトニオツレシヨウ!」
そうしてペンギンたちはサフィーとガブリエルを神輿の如く持ち上げ“長老”の元へと連れて行き始めた。
「お、おい!どこに連れて行く気だ!」
「ま、まぁ特段悪意はなさそうですし、このまま彼らに任せてみましょう……」
「行先が鍋の中でも知らないぞ……」
そうして“勇者がやって来た”という言伝は、あちこちのイグルーにあっという間に伝わった。何時しかサフィーとガブリエルの後ろには何十匹ものペンギンたちが列して歌ったり踊ったりしながらついて来ていた。




