第4章 北へ向けて01
ガブリエルと出会ってから、サフィーの北への進行速度は大幅に遅くなった。しかしそれに反比例して旅の楽しさは倍増した。かつては孤独に凍り付いた大地を駆けていた彼女も、今では隣に一人の仲間がいた。ガブリエルもサフィーから放たれる春の陽気に守られているお陰で、凍てつく寒さにもある程度は耐えられた。二人は共に歩を進めながら、たわいもない会話をしていた。サフィーの話は森での出来事が大半だった。森の花々のことや、森に住まう動物たちの営み、そしてアリトンとの出会いと交流も赤裸々に語っていた。サフィーは存外話し上手であり、寒風吹き荒れる旅路でもガブリエルは彼女の話に耳を傾けていた。それに反してガブリエルは自分の過去を語りたがらなかった。そのどれもが悲劇的な結末に繋がってしまうからだ。サフィーもそのことを察して、無理に彼自身のことを尋ねなかった。
旅を続けて数週間、二人はすっかり良き旅仲間となっていた。食事は森でサフィーがベリーやら山芋を見つけて持ってきてくれた。そのどれもがガブリエルの舌を唸らせるものだった。そうして夜が更ければ風を凌げる場所を見つけ、火を囲んでいた。
「ほらほら、ガブリエルもこちらに……」
仄暗い洞窟の中で、サフィーが眠そうに目を細めながら蹄で手招きしていた。しかし当のガブリエルは背を向け焚火に手を翳していた。
「いや……流石にアンタの腹を枕代わりにするのは……」
「いいんですよ。私のお腹は焚火よりも暖かいですよ?」
「……」
ニッコリと微笑むサフィーの押しに負け、ガブリエルはそっと彼女の腹に頭を置いた。すると彼の体から寒気が一瞬で吹き飛んだ。
「……本当だな……」
「良かった。ふわぁ~これでぐっすり眠れますね……」
サフィーは大きな欠伸をしながらガブリエルを囲むように首を下す。一人の騎士の体温はどんどん上がっていく。
「……すまないな……アンタはこんなにも俺に世話を焼いてくれて。俺はまだ、アンタに何も与えていないというのに……」
ガブリエルは目を閉じてそう呟く。そのほどけた表情にサフィーのいたずら心が刺激される。
「うふふ。私はガブリエル、貴方に出会えた時点で大満足ですよ……」
「……⁉」
唐突に耳元でそう囁かれ、ガブリエルは飛び起きそうになる。何とかグッと堪らえて、そのまま目を力強く閉じ、早く眠りに落ちるように専念した。だが彼の心臓はしばらくの間バクバクと鼓動を速めており、中々寝付くことは出来なかった。一方対するサフィーはぐっすりと眠り込んでおり、夢の中でアリトンと再会していた。
大通りを歩き続けていると、時々通行人と出会うこともあった。そうするとガブリエルがすぐに合図をして、サフィーが付近の物陰や茂みへと身を隠した。幸い辺りは何処もかしこも銀世界。その辺の雪だまりに飛び込めば、全身真っ白のサフィーが溶け込むことは造作も無かった。
「……おい、もう行ったぞ。出てきて大丈夫だ」
「ふぅ~。流石に雪の中では凍えますね……」
サフィーは犬のように体を震わせながら体に付いた雪を振り払う。
「アンタの額にある角を隠すことさえ出来れば、一々隠れる必要も無いんだがな……何かそういう魔法は無いのか?」
「う~ん、そういった魔法はアリトンから教わっていませんね……」
「そのアリトンからは他にどんな魔法を教わったんだ?」
「えっと、『クリームをバターに変える魔法』とか、『リンゴから種を一瞬で抜く魔法』とか……あっ!『上下のまつ毛を縛る魔法』とかもありますよ!」
「……」
使いどころに困る魔法のラインナップに、ガブリエルは苦笑いをした。
「なんか……もっとこう、実用的な魔法はないのか?」
「実用的ですか……あっ!空を飛ぶ魔法なら!」
「そうそう!そういう魔法だよ!それで霜の王の元までひとっ飛びしよう!」
「確かに!その手がありましたね!では……そ~れ!」
その掛け声と共にサフィーの体は眩い光に包まれ、彼女の背中から巨大な鳥の翼が現れた。
「おぉ!コイツは凄いな!」
あまりにも美しい姿に流石のガブリエルも興奮気味だ。
「では早速霜の王に向けてーー」
その刹那、彼女の翼は光の粒になって跡形も無く消え去ってしまった。どうやら魔法の効果時間はかなり短いようである。
「……」
「……」
何とも気まずい空気が辺りに満ちる。しばらくして、ガブリエルが先に口を開いた。
「……まぁ、偉業を成し遂げる為には楽はするなって神様からの啓示さ。そう気を落とすなって」
「……ごめんなさい、変に期待させてしまって……」
ガブリエルの精一杯の励ましも虚しく、サフィーはしゅんとしてしまっていた。




