第3章 新たな出会い04
ある青年が大樹の根の下に力なく座り込んでいた。もう野垂れ死ぬ寸前のようだ。薄汚れた黒く美麗な甲冑を身に着けているが、それを覆い隠すように頭には薄汚いフードを被り、鎧はボロ布で覆われていた。おそらく自身の素性を隠すためのものだろう。その腰には直剣が差されてはいるが、もう長いこと引き抜かれてはいないようだ。そして腹部は銃撃を受けて、赤く血に染まっていた。おそらくこれが致命傷となっているのだろう。彼の名前は『ガブリエル』。とある小国に仕えていた騎士だった。しかしその小国は大国に攻められることとなる。ガブリエルたち騎士は懸命に戦うが、結局は叶わず小国は滅ぼされ、騎士たちも次々と首を刎ねられた。だが、彼だけは唯一生き残り、火の海と化した小国から逃げ出すことに成功した。しかし、これは彼にとっては死よりも辛い現実だったのかもしれない。何せ彼は守るべき国も、家族も、仲間たちも、全てを失ってしまったからだ。ボロ布を纏い、各地を転々とする生活が続く中、とうとう彼にも限界がやってきた。それは彼にとっては救いであったのかもしれない。
「……あぁ……ようやく迎えが来たのか……みんな……待っていてくれ……お前達が天国にいようが地獄にいようが、俺はお前達の元へ逝くぞ……」
ガブリエルにはもはや神に祈る気力も体に積もる雪を払う気力すら残されていなかった。だが彼はゆっくりと目を閉じ、自身にやってくる死を受け入れていた。今の彼にとっては、死んだ仲間たちの元に行くことこそが望みだった。しかし死よりも先に、彼の元にやって来た者がいた。
ふとガブリエルが目を開くとそこには小さな雌馬が立っていた。だがその額から金色の角が伸びているのを見て、彼はそれがユニコーンであると直ぐに理解した。
「フッ……そうか……あの世では美しいユニコーンが出迎えてくれるのか……神様も粋なことをしてくれているじゃないか……」
次第に意識が遠のいていくガブリエルに、ユニコーンはそっと自身の角を当てる。すると眩い光が一帯に立ち込めた。
「⁉な、なんだこれは……⁉」
ガブリエルの体に積もった雪は次第に溶け落ち、彼は温かい光の奔流が身体中を駆け巡るのがハッキリと感じ取った。そうして光が収まると、ユニコーンはニッコリと微笑んだ。
「……ふぅ、良かった~。間に合ったみたいですね!」
「間に合った……?一体どういう……」
目を丸くしていたガブリエルだったが、ふと自分の体中に力が漲るのと同時に、腹部の深い傷が治っていることに気がついた。彼は大層驚いてスッと立ち上がる。
「こ、これは一体……⁉」
驚きを隠せないガブリエルは目の前のユニコーンにそう問いかける。
「驚くのも無理はありませんよね。でも、そうしていられるのなら、私の『傷を癒す魔法』が効いたってことですね!」
「ま、魔法……?まさか、お前は本物のユニコーンなのか⁉」
「えぇ、私の名前はサフィーです。どうぞよろしく」
サフィーは軽く会釈をする。ガブリエルもなされるがままに同じく頭を下げ、自分の名前を告げた。
「お、俺はガブリエル……礼を言う……ぐふッ……」
「わぁ!だ、大丈夫ですか⁉」
サフィーはふらつくガブリエルを支える。
「あぁ……だ、大丈夫だ……ただ少し腹が……」
「えっ⁉もしかしてまだ傷が治っていませんでしたか⁉」
「い、いや……腹が減ってるんだ……」
微妙な空気が一瞬流れる。だが直ぐにサフィーが笑顔で切り返した。
「な~んだ!お腹がペコペコなんですね!でしたらここで少しお待ちください。人間でも食べられる木の実を探してきますから!」
「あ、あぁ……」
サフィーは直ぐに茂みの中へと消えていった。その後ろ姿をガブリエルは呆然と眺めていた。
「夢じゃない……よな?」
彼の目の前に現れたユニコーンは、確かに息をし、言葉を話していた。かの一角獣は確かにガブリエルの目の前に存在していたのだ。
「ははは……全てを失った俺の前にユニコーンが現れるなんてな……」
今更やって来た幸運に、亡国の騎士は力なく笑っていた。
数分後、サフィーはガブリエルの元に戻ってきた。その横には念力で大きな葉が浮いており、その上には沢山の木苺が包まれていた。
「お待たせしました~!目一杯の木苺を持ってきましたよ!」
葉に乗せられた木苺は座り込んでいたガブリエルの前にそっと置かれた。
「……すまない、アンタにここまで世話を焼かせてしまって……」
「気にしないでくださいよ。私は好きでやってるんですから。さぁ!食べてください!」
サフィーの女神のような微笑みに、ガブリエルの張り詰めた気を緩めた。
「あぁ……頂こうか……」
ガブリエルは大きめの粒の個体を手に取ると、そっと口に運んだ。甘酸っぱく、粒々とした触感が口内に広がる。次から次へと口に放り込みたくなる味だ。気づけばガブリエルは葉に乗せられていた木苺を一心不乱に口へ運んでいた。サフィーも腰を下ろし、その様を微笑みながら眺めていた。
「フフフ、よく食べますね。一体いつから食べていなかったんですか?」
「……一週間ぐらいだな……木苺も食べようとしたんだが、どれも不味くて食べられたものじゃなかった。……だが、どういう訳かアンタが持ってきた木苺はどれも美味しいんだ」
「うふふ、木苺摘みにはちょっとしたコツがあるんですよ。良かったらお教えしましょうか?」
「……聞いてみようか」
サフィーの語るコツというのは最初の内は『触っていて柔らかいもの』といったありきたりだが分かりやすいものだった。だが、次第に彼女のレクチャーは『透視してみて中身が詰まっているもの』『耳を澄ませてみて虫の声が聞こえてこないもの』といったようにユニコーンであることが前提のものとなっていった。しかしガブリエルはそのことに一々茶々を入れずに相槌を打っていた。彼にとってはこうして落ち着いて話し合える相手など久しくいなかった。なのでここで下手なことを言って、サフィーとの間に禍根は作りたくなかったのだ。
「……といった感じです!参考になりましたか?」
「あぁ、俺も今度“出来る範囲で”試してみよう」
ガブリエルは僅かだが口角を上げる。
「改めて礼を言わせてくれ。こんな死にぞこないの俺を助けてくれて……」
「いえいえ、それはそうと貴方のお家は何処ですか?宜しければ私が送りましょうか?」
「俺の家、俺の家……」
その言葉を聞いた途端にガブリエルは顔を顰めた。
「俺の家はもう……ないんだ」
「えっ……」
サフィーは目を丸くするが、彼の表情から事情を察した。
「それは……大変でしたね……」
「ははは……すまない、変に気を遣わせてしまったな」
ガブリエルの口から力のない言葉が零れ落ちる。
「…………」
サフィーはふとガブリエルの膝の上に顔を置いた。
「……?」
「貴方の苦しみは私には到底理解出来ませんが……こうして寄り添うことは出来ます……」
サフィーはまるで自分がガブリエル本人であるかのように、胸にズキズキとした痛みを感じた。彼女は彼が失ったものが、魔法では決して治すことが出来ないものなのだと直感で理解していた。
「ありがとう……ありがとう……」
その瞬間、ガブリエルの感情の堤防は決壊した。まるで滝のように涙が流れ、生まれたての赤子のように声を上げて号泣していた。そのそばでサフィーは言葉を発せずにただ彼の傍にいた。
「……すまない、はしたないところを見せてしまった……俺は騎士失格だな……」
ガブリエルは涙を手で拭いながら詫びる。
「いえ、これで貴方の心が少しでも軽くなったなら幸いです」
サフィーは優しく微笑む。今彼女に出来るのはこうして彼に優しく接することだけだった。
(こんなにも苦しんでいる方を仲間には出来ませんね……彼はリサの元に連れて行きましょう。彼女ならガブリエルの介抱も任せられます)
その刹那、静寂の森を裂く爆音が辺りに響いた。
「⁉マズい!賞金稼ぎだ……!」
ガブリエルは咄嗟に身を屈めた。
「しょ、賞金稼ぎ?」
「俺を追ってる連中だ!」
そんな二人の背後に、馬に跨りマスケット銃を手に持った黒づくめの賞金稼ぎ達が迫っていた。




