完璧主義者による断罪
三人称視点です。
ミーネルがシャーロットと出会ったのは、学園に入学するよりも前の事だった。
家同士の付き合いで、親に付き添い、挨拶に行った時の事だ。
短気で負けず嫌い、そんな気難しい性格のミーネルは人付き合いが苦手だった。ちょっとした事で感情的になり、周りが見えなくなる。気づいた時には取り返しのつかないことになっているということが度々あった。
―――だがシャーロットだけは違った。
彼女に対してはそんな気なんて一度も起きたことがなかった―――いや、起こせなかったという方が正しい。
単純にミーネルを刺激しない言葉をシャーロットが選んでいただけなのかもしれない。
だがミーネル自身は何かを感じ取ったのだ。言い知れぬ気配というものを。
シャーロットにだけは死んでも逆らえない、そんな気がしてならなかったのだ。
※
「ミーネル、そろそろ起きなさい」
アセロナのそんな言葉で、催眠は解かれてミーネルは目を覚ます。
窓からは眩しいくらいの朝日が入り込んでおり、ミーネルは目を細める。催眠中の記憶は彼女にはない。だが昨晩の出来事に関しては鮮明に覚えており、彼女は。
「あんた⋯⋯⋯こんなことしてただで済むと思ってんのか⋯⋯⋯!」
「ええ、だって毒なら消したもの。証拠は残ってないわよ」
「それで言い逃れできるとか思ってんのかよ。不自然すぎるし、<花の魔法>が使えるってだけで十分怪しまれんぜ」
「別に怪しまれてもいいわよ。だって悪評ならすでに広まっているもの。あなた達が噂を広めてくれたおかげで」
「なら、もっと悪評を広めてやるよ」
「果たしてあなたの言うことを信じる人は今も尚いるのかしら?」
「あぁ? 何言ってんだよ」
アセロナの言葉の意図がわからず、ミーネルは首を傾げる。
「あなたは飼い主の指示を無視して独断でここに来た。そしてあろうことか返り討ちにされ、大失敗に終わった。完璧主義なあなたの飼い主―――シャーロット嬢は許してくれるのかしら?」
アセロナは不気味な笑みを浮かべてそう言い、ミーネルを見つめる。
シャーロットは完璧主義者。
ゲーム本編の記憶があるアセロナが知っている彼女の根本とも言える性格だ。
そんなシャーロットの性格とゲーム本編の展開を照らし合わせると自ずと見えてくる。これからミーネルの身に起こる最悪が。
ミーネルは目を見開いて驚くと同時に、息を飲む。
「⋯⋯⋯あ、あんた、あたしに何を聞いたんだよ⋯⋯⋯⋯?」
「あなたの知ってる全てよ」
ミーネルはそれを聞いて我に返る。
そして気がつく―――取り返しのつかないことをしてしまったと。
彼女の顔は見る見るうちに青くなっていく。
「どうしたの? 顔色が悪いみたいだけど」
「⋯⋯⋯う、うるせぇ!」
そう言うとミーネルは立ち上がる。
そして玄関の方へとスタスタと歩みを進めた。
(シャーロット様は優しい方だ。怒ったところなんて見た事ねぇ⋯⋯⋯。大丈夫なはずだぜ⋯⋯⋯)
それでもミーネルの胸にはわだかまりができ、収まることを知らない。
「出るなら早くした方がいいわよ? 授業に遅れてしまうから」
今の時間は多くの生徒が寮を出て学園へと向かう頃。廊下に出れば誰かとすれ違うこともあるかもしれない。もしこの部屋から出るところを誰かに見られたとしたら⋯⋯⋯面倒なことになるのは確実だ。
だがミーネルは胸のわだかまりを取りたいという気持ちのせいで落ち着くことができず、すぐにここを出たいという考えになっていた。
(アセロナ嬢の部屋から出たところなんて見られても言い逃れはできなくねぇ。何ビビってんだ)
「⋯⋯⋯これで終わりだと思うんじゃねぇぞ。あたしはあんたを許さねぇ」
「そう。⋯⋯⋯⋯次があればいいわね」
アセロナは何か確信めいたようにそう言う。
ミーネルはその態度に腹が立ち、舌打ちをする。
そしてミーネルはアセロナの部屋を出た。
(⋯⋯誰もいねぇ⋯⋯)
廊下には人の気配がなく、静まり返っていた。不気味なくらいに。
だがミーネルにとっては都合がいい。
このまま平気な顔をして自分の部屋に戻ればいいんだから。
そして廊下を歩いていき、階段が見えてきたところで。
上の階から顔見知り程度の生徒たちが降りてきた。
(A組のやつらか。一足遅かったら危なかったかもな。シャーロット様と登校してるの見たことあるし)
そんな生徒たちはすれ違いざまに、ミーネルを不思議そうに見つめていた。
ミーネルはそんな生徒たちを無視して自身の部屋に戻る。
そして準備を済ませ、再び部屋を出た。
※
少し遅れて学園に着いたミーネルはB組の教室に入る。すでにアセロナは教室におり、エルナと親しげに話しているのが見て取れた。その2人の輪にユリクス王子の姿も見える。
(懲りねぇ奴らだな⋯⋯⋯⋯)
ミーネルは少しの苛立ちを覚えるが我慢し、彼女はいつも連んでいる2人の元へと向かう。
「よぉ⋯⋯⋯」
そう声をかけるが2人は反応しない。まるで聞こえてないかのように。
「おい、無視すんじゃねぇよ」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
それでも2人は反応しない。彼女たちはわざとミーネルを無視しているのだ。
「チッ、だから無視すんじゃねぇよ!」
朝から苛立っていたミーネルの沸点は低くなっており、少し声を荒らげてしまう。
その声に驚いた2人はさすがに無視できず、ミーネルに視線を向ける。
その瞳には不快や嫌悪、といった負の感情ばかりが読み取れる。
「⋯⋯⋯何だよ」
ミーネルは困惑し、そう口にする。
「⋯⋯⋯もう私らに話しかけてこないでよ⋯⋯⋯」
「ほんと、迷惑だから⋯⋯⋯⋯」
2人は何かに怯えているかのようにそう言った。
「は? 何言ってんだよ」
その答えを聞こうとも2人は行こ、と言いミーネルから逃げるように別の席に移った。
「こっわぁ〜」
「ちょっと聞こえるよ」
「あっぶなぁ〜。暴力振るわれちゃう〜」
明らかにミーネルに向けての嫌味が聞こえてきた。
「おい!」
ミーネルはその言葉の主たちを睨みつけてそう言う。
「うわ〜感じ悪」
「そんなに怒らなくてもいいよね」
「ほんと、衝動だけで生きてる獣みたい」
昨日まではなかった、クラスメイトからの嫌味にミーネルは困惑することしか出来ない。
「やっぱあの噂ほんとじゃねぇ?」
「あぁ。―――シャーロット嬢の部屋に押しかけて泊まったって話?」
「そうそう」
「見た人いるんでしょ。朝、シャーロット嬢の部屋の方から来たって」
身に覚えない噂にミーネルは「何だそれ⋯⋯⋯」と疑問の声をあげる。
だが誰も聞いてはいない。それぞれで盛り上がり、ミーネルを攻める。
その異常な状況にミーネルは居心地が悪くなっていく。その時、不意にアセロナと目が合う。
彼女はこうなることを予測していたかのように驚きもせず、ただ無表情にミーネルを見つめるのみ。
アセロナは瞳で訴えてくる。蔑みと嘲笑。
今まで噂を流す立場だったミーネル自身が、噂の対象となった。
噂の影響力というものはミーネル自身よく分かっている。
ここで反論しようと無駄だと。一度流れた噂はたとえ嘘であろうと事実に変わる。
(アセロナはこうなる事を読んでいたのか⋯⋯⋯⋯?)
だとするならば化け物だ。シャーロットに近しい、決して敵に回してはいけない存在。
ミーネルは怒りに任せてアセロナに何か言葉を吐き出そうとしたが、それに気づき寸前で口を閉じた。
そして教室の隅でひっそりと1人席に着くのだった。
※
授業が終わり放課後。
ミーネルは噂によって居心地の悪い一日を過ごした。たったの一晩、それだけでここまで噂が広がっている。そんなことできる人物なんてミーネルの知る限り、一人しかいない。
ミーネルの胸のわだかまりは現実となってしまった。
彼女は一人不安な気持ちを抱えながら寮へと戻る。
そこで彼女は―――声を掛けられた。
「ミーネルさん、ちょっとお話よろしいでしょうか?」
友人に話しかけるように自然に、怒りも敵意もない真っ直ぐな笑みで。
シャーロットはミーネルの肩に手を置き、そう言った。
「⋯⋯⋯は、はい⋯⋯⋯」
ミーネルは何かを悟ったかのようにそう言い、顔を一気に青くする。
「ミーネルさんのお部屋にお邪魔しても?」
「も、もちろんです⋯⋯⋯」
ミーネルはシャーロットを連れて自身の部屋へと向かう。震える手で玄関のドアを開け、中に入った。
「椅子に座ってもよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
シャーロットは椅子に座ると、ふぅーとため息を吐く。
「他人であっても部屋に入ると落ち着きますね」
「⋯⋯⋯あの、シャーロット様。お話というのは?」
「少し待っていただけますか? あと2人呼んでいますから」
その声には初めて怒りのような、身をよだたせる圧が感じ取れた。
まずい、と思ったミーネルはすぐさまシャーロットに向けて頭を下げた。
「申し訳ありません! シャーロット様の指示を無視して、あたし⋯⋯⋯⋯」
「だから待っていただけますか? もわたくしは言っているのです」
シャーロットの言葉の圧にミーネルの喉元は閉じ、声が出せなくなる。
少しして部屋を誰かがノックした。
「わたくしが出ます」
そう言いシャーロットは玄関へと向かい、残りの2人を迎えた。
部屋に入ってきたのはミーネルの一味であるあの2人だった。
「お前ら⋯⋯⋯⋯」
彼女たちはミーネルに何の言葉も掛けず、視線も合わせず座る。
「さて⋯⋯⋯。あなたたちがここに呼ばれた訳、分かりますか?」
「あたしが指示を無視したことですか⋯⋯⋯⋯?」
「ミーネルを止められなかったからでしょうか⋯⋯⋯⋯?」
「はい。その通りです。皆さんちゃんと自分のミスを自覚していらっしゃる」
シャーロットはそう言い拍手をして見せた。
その後、拍手を止めたシャーロットは口を開く。
「ミーネルさん、わたくしはアセロナ嬢の挑発には絶対に乗らないようにと忠告しましたよね? なぜそれが守れなかったのでしょうか? お2人もどうしてミーネルさんを止める役目を遂行できなかったのでしょうか?」
3人はそれぞれ言い訳でも探すかのように視線を泳がせる。
「わたくしは怒っているのですよ。なぜ自身の役割すらも完璧にこなせないのですか? なぜ独断で行動した上に失敗までするのでしょうか? 答えてください」
普段は温厚で気の休まるほどに柔らかい声で話すシャーロットは、今や相手の精神を直で抉るような鋭い声に変わっている。
彼女たちはその声に怯え、恐怖する。
「「「申し訳ありませんでした⋯⋯⋯⋯」」」
彼女たちはとにかく謝ることしか出来なかった。言い訳なんてする度胸すらも簡単に折られてしまったから。
「謝って許されることではありません。なぜならあなたたちは完璧な行動ができていなかったのですから。まあお2人は役割を果たそうとする意志だけはありましたから、まだ道具としての利用価値はあるかもしれませんけど⋯⋯⋯⋯。ミーネルさん、あなたはもう要りません」
「えっ⋯⋯⋯⋯」
シャーロットのその言葉にミーネルは全身から血の気が引くのを感じた。
「当たり前です。あなたのせいで、アセロナ嬢にわたくしの目的が完全にバレてしまったのですから⋯⋯⋯⋯。計画もまた別のを考えないといけなくなりましたし⋯⋯⋯⋯⋯。指示すらもまともに聞けない上に失敗までする方など要りません」
「お、お待ちください⋯⋯⋯! 指示を無視してしまったことについては反省しています。もう二度としないと誓います。⋯⋯⋯それに次は絶対失敗しませんから⋯⋯⋯! あたし頑張りますから⋯⋯⋯! だから―――」
ミーネルは顔を上げてシャーロットを直視する。
「えっ⋯⋯⋯⋯」
シャーロットは不愉快といった表情を浮かべ、ミーネルを睨みつけていた。
ミーネルは悟った。噂を流したのはやはりシャーロットだったと。信じたくなかった。だが信じざる負えない。
これがシャーロットに見捨てられたものの末路。
失敗者の断罪だということを。
「お話は以上です。それでは―――」
そう言いシャーロットはミーネルの部屋を去る。
シャーロットは完璧であるために、容赦はしない。要らないものは捨て、慈悲など与えず、恨むことすらできないよう徹底的に相手を追い込む。
だからこそ無理のない範囲で、ミーネルが悪に見えるよう噂を流して見せた。
アセロナとシャーロットは隣室、部屋1つの差など余程の人間でない限り気にしない。
噂が広まればそれも嘘になり、噂が事実に変わる。現にミーネルは噂に苦しめられ、もはや彼女の味方をするものなどいない。
シャーロットがそういう人間であることを知っていたからこそ、アセロナは大胆な策略でミーネルを追い払うことができた。
ミーネルは喧嘩を売ってはいけない相手に喧嘩を売り、無視してはいけない相手の指示を無視した。
その結果、彼女は全てを失ったのだ。
お読み頂きありがとうございます。
話のストックが切れてしまったのと、テスト直前なので1週間ほど更新頻度落ちるか空きますm(*_ _)m




