情報収集
催眠状態に入ったミーネルは無表情で、瞳には全くの輝きがない。先程までのやかましい声も上げず、ただ虚空を見つめるばかり。
こうなってしまえば私の思うがまま。学園に来るまでの2年間で磨いておいて良かったわ。今では普通の人と変わらずに歩かせる事だって容易だし、本人の実力以上の戦闘スキルを見せることだってできる。
まっ、私の目的には沿わないからやらないのだけれども。
まずは分かりきっている質問からしてみましょうか。
「あなたの飼い主はシャーロット・ハーネルであっているかしら?」
するとミーネルは表情も変えず、口調もそのままで口を開く。だけどその言葉には何の感情も載っておらず、まるで機械のように。
「⋯⋯その通りだぜ⋯⋯」
ここはゲーム本編と変わりようないわよね。何もしていないのだし。
「エルナに嫌がらせをする理由は?」
「⋯⋯⋯平民風情のくせにユリクス殿下と親しくしているのが、腹立つから。嫌がらせを始めたのはシャーロット様の指示だぜ⋯⋯⋯⋯。エルナなら直接圧をかけるだけで追っ払えるってな⋯⋯⋯⋯」
これもゲーム本編と変わりないわね。
じゃあ本題よ。
「私の噂を流したのはどうして?」
「⋯⋯⋯シャーロット様の指示だ。アセロナ嬢は勘がいいし、強ぇ。だから直接的な嫌がらせは悪手だからって、噂で評価を落とそうとしてんだよ⋯⋯⋯」
「その目的は?」
「⋯⋯⋯深くは知らねぇ⋯⋯⋯。ただ噂の情報源である『協力者』の願いだって言ってたぜ⋯⋯⋯」
「その協力者ってのは誰?」
「⋯⋯⋯知らねぇ⋯⋯⋯。教えられてねぇんだよ⋯⋯⋯」
まっ、漏れると困るから教えないでしょうね。
だけどこの噂だけは本編にはない展開。だから協力者は兄様である可能性が十分に高い。私を貶めようとくるなんて兄様がやりそうな事だしね。
⋯⋯⋯⋯でも厄介だわ。シャーロットだけでも面倒なのに、兄様と繋がりを持たれると。
2人は私に一体何をしたいのかしら。
「⋯⋯⋯シャーロットの考えてる計画は何が目的なのかしら?」
「⋯⋯⋯アセロナ嬢の息の根を止めることだぜ⋯⋯⋯⋯。学園でのアセロナ嬢の評価を地に落とし、ユリクス殿下に捨てられる⋯⋯⋯。そうなりゃ、悪評は学園内では収まらねぇ⋯⋯⋯⋯。貴族としての立場も危うくなるって事だよ⋯⋯⋯。どうも協力者の恨みが強ぇみてぇだな⋯⋯⋯」
「はぁ〜⋯⋯面倒なことを考えるわね⋯⋯⋯」
兄様の言った「どんな手を使っても勝つ」というのは、嘘じゃなかった訳ね。
中々悪どい手を使うようになったじゃない。
「じゃあ最後に1つ質問するわ。シャーロットはこうして私があなたを部屋に呼び込むことまで予測し、計画に入れていたかしら?」
「⋯⋯⋯いや、入れてねぇ⋯⋯⋯⋯。シャーロット様の計画じゃ、アセロナ嬢とエルナの友情が本物かを確認するだけで終わってたはずだぜ⋯⋯⋯⋯」
つまり、ミーネルは独断でこの部屋に来たというわけね。
シャーロットはそのリスクがあるから彼女をなかなか私に近寄らせなかった。そして彼女の暴走を止めるために付き添い2人を付けた。多方私の予想通りだったわね。
「その目的の意味は?」
「⋯⋯⋯もし2人の友情が本物だった場合、計画変更って話だったよ⋯⋯⋯」
「あなたはその計画、どこまで知ってるのかしら?」
「⋯⋯⋯1つは学園内でアセロナ嬢とエルナを2人だけにし、周囲から孤立させることだぜ⋯⋯⋯。噂が広まる2人に近づくやつなんていねぇだろ⋯⋯⋯? おまけにあたしがエルナに嫌がらせを続ければアセロナ嬢はエルナを気にして彼女から離れられねぇ⋯⋯⋯。自然とユリクス王子との距離は離れてくって算段だ。もう1つはシャーロット様がエルナに近づくための足掛かりにするつもりだったってとこだぜ⋯⋯⋯⋯。そこまでしか知らねぇ⋯⋯⋯⋯」
エルナだけを先に潰す計画を私が邪魔した。だから彼女は2人まとめて潰す計画に変更したってとこらかしら? 分からないわね。
まあでもその計画もミーネルの暴走によっておそらくは潰れた。
これからどう攻めてくるのかは予測できないわね。
知りたかったことは一先ずこれくらいね。
「もう良いわミーネル。眠りなさい」
私がそう言うとミーネルはテーブルに顔を突っ伏して眠った。
シャーロットの目的はゲーム本編とさほど変わりない。私やエルナからユリクス王子を奪い取るという一点のみ。それについてははいどうぞ、と渡したいところなのだけど。
そうもいかないのが面倒なところね⋯⋯⋯⋯。
おそらく協力者の兄様とシャーロットの目的が重なったせいで、ユリクス王子を奪い取られる=私の破滅となってしまった。ユリクス王子との勝負もあるし。
片方だけでもどうにかしないと⋯⋯⋯⋯。
「はぁー⋯⋯⋯」
原作アセロナとは違う志を持って行動し、破滅を回避したはずだったのに、返って別の破滅フラグが立つなんてやってられないわね。
そうしているとコンコン、と玄関のドアを誰かにノックされた。
「⋯⋯⋯あの、聞こえますでしょうか? アセロナ嬢。わたくしです⋯⋯⋯。シャーロットですわ⋯⋯⋯⋯」
その言葉には心配と焦りのような感情が読み取れる。
シャーロット? なぜこんなタイミングで。
私は眠りこけるミーネルをチラリと見つめる。
⋯⋯⋯⋯まあいいわ。
私は玄関へ向かい、ドアを開ける。
ドアの向こうには心配で顔を引きつらせたシャーロットの姿があった。
「どうしたのかしら? 来なくて良いって言ったわよね」
「⋯⋯⋯申し訳わけありません⋯⋯⋯。ですが何度か怒号が聞こえてきまして⋯⋯⋯⋯いてもたってもいられず⋯⋯⋯⋯」
あくまで心配しての行動というわけね。
「心配してくれていたのには感謝するわ。でももう大丈夫よ。ミーネルなら怒り疲れたのか眠ってしまったもの」
私は体を横に寄せて、シャーロットにテーブルに突っ伏して眠っているミーネルを見せる。
シャーロットは驚いた顔をする。その驚きからは単純な疑問と安心が感じ取れた。
決して自身の策略が失敗して悔しがっているというものではない。
これくらいじゃ、シャーロットの裏の顔は拝めないか。多分、ミーネルが暴走した時点でこうなる事も予測していたんだわ。
シャーロットは私がミーネルにどんな手を使ったのか勘付いたのかそれ以上の追求はしてこなかった。
「⋯⋯⋯一先ずミーネルさんとの件は一件略着と言ったところでしょうか?」
「まっ、そうなるわ。でももう勘弁して欲しいわね。⋯⋯⋯⋯彼女の飼い主は何を考えているのかしら。もう少しちゃんと躾て欲しいわね」
私はシャーロットに見透かしたような視線を送る。
シャーロットは一切の表情を変えず。
「飼い主なんて⋯⋯⋯もしかしてミーネルさんに付き添っている2人のことでしょうか?」
「ええ、その通りよ」
するとシャーロットは私の部屋を覗き込み、ミーネルを見て言う。
「ミーネルさんはどうするおつもりですか? 起こします?」
「良いわよ。このまま眠らせておくわ。朝まで起きなかもしれないけれど」
するとシャーロットはクスクスと笑う。
「アセロナ嬢もなかなか悪どいですね。ミーネルさんを公爵家のご令嬢のお部屋に寝泊まりさせるなんて⋯⋯⋯⋯。ただでさえ他人の部屋に泊まることは禁止されているというのに、これはこれは大変失礼なことを⋯⋯⋯⋯」
「そうね。起きたらきっちり罰を与えるつもりよ」
「それも必要なことかもしれませんね」
私はシャーロットに別れを言う前に1つの約束を持ちかけた。
「シャーロット嬢、この事は他言無用で頼むわよ。エルナさんのためにも」
「ええ、もちろんお約束しますよ。わたくしとアセロナ嬢の仲ですし」
模範解答のような完璧さを好むシャーロットなら、今は私を刺激しない選択肢を取るのは必然よね。
「助かるわ。じゃあ失礼するわね」
「はい。ではまた学園で」
そして私は玄関のドアを閉じるのだった。




