優秀な兄と弱い私
その夜、私は夢を見た。
「⋯⋯⋯さん。この仕事変わりにやっといてくれる?」
「⋯⋯⋯さん。ごめん、今日急用ができて。残りの仕事片付けておいてくれない?」
そうしてデスクに置かれる大量の仕事。
白くどこか無機質なオフィスで毎晩のように残業をして家に帰る。
いつも夢に出てくる光景。
そして目が覚めれば忘れてしまっている。
見慣れないはずなのに全て理解できるし、どこか懐かしいとさえ思う。
そしてこの夢はいつだって家でPCを開いたところで終わるのだ。
「お嬢様! 起きてください!」
ルーナのその声で私は目を開ける。
彼女は呆れ顔で私を見つめ口を開く。
「はぁ〜⋯⋯。毎日毎日、ほとんど何もせず屋敷で過ごしているのに、どうしてこんなにも目覚めが悪いのか⋯⋯⋯。ほんとみっともないですね」
「⋯⋯⋯ごめんなさい、ルーナ⋯⋯⋯」
ずっと前からだ。
色々考えて不安になるせいで夜はすぐに寝付けない。そのせいで寝覚めは悪く、疲れが全く取れていないのだ。
「こんなんだから殿下に愛想つかれるんですよ⋯⋯⋯⋯」
そう言ってルーナは部屋のカーテンを適当に開けると忙しそうに早足で部屋を出て行った。
少しして再びルーナが朝食を持って部屋に入ってきた。
「朝食、ここ置いておきますので食べてくださいね」
そう言ってルーナは朝食の乗ったおぼんを部屋にある机に乗せて、すぐに部屋を出て行った。
ルーナは最初から私にあんな態度を取っていた訳ではない。きっと嫌われたのだろう。
なぜこうも私は関わる人皆から嫌われてしまうのだろうか。朝から私は憂鬱な息を吐き、ベットから立ち上がる。
そして朝食の置かれた机に向い、椅子に座る。
私は父や兄様とダイニングルームで食事することを許されていない。
だからこうしてルーナが私の部屋まで食事を持ってきてくれるのだ。
だがその食事も父が一言言っているのかあまり良いものではない。
「まるで残飯ね⋯⋯⋯⋯」
適当に千切られたパンに形の揃っていない野菜で作られたスープ。
湯気なんて出ておらず、料理は既に冷めきっている。
「味気ない⋯⋯⋯」
それでも食べるしかないのだ。
これしかないのだから。
朝食を終えしばらく経った時のことだ。
部屋をノックもせず、誰かがドアを開けた。
そこには兄様の従者が立っていた。
「アセロナ様、ハイゼン様がお呼びです。動きやすい服装で来いと」
「分かったわ」
兄様からこう呼び出される時、何をするのか嫌でも想像がつく。
私は言われた通り、動きやすい服装に着替えて庭の方に出た。
「遅いぞ。いつまで待たせるつもりだ」
「申し訳ありません⋯⋯⋯⋯」
「まあ良い。すぐに始めるぞ」
私は兄様の向かいに立つ。
すると、
「<烈火弾>」
合図もなしに兄様から放たれたのは、丸い炎の球。反応の遅れた私はそれをもろに食らった。炎の球は小さな爆発を起こし、その衝撃で私は後方に飛ばられ地面を転がる。
「何をぼさっとしている。さっさと構えろ」
兄様に呼び出される時は大体こうして魔法の特訓が始まる。
この世界には火、水、風、土、花の5つの魔法と光という特別な魔法がある。
兄様は父と同じく<火の魔法>の使い手だ。
そして私は亡くなった母と同じ植物を操る<花の魔法>の使い手。
私は起き上がると、兄様に向けて魔法を放つ。
「<蔦掌>」
すると兄様に向けて細い蔦が勢いよく伸びる。
「<烈火弾>」
だがその蔦は兄様に届く前に燃やしつくされ、塵となった。
「こんなものか⋯⋯⋯。まるで成長していないな⋯⋯⋯⋯」
兄様は私を睨みつけながらそう言う。
魔法には相性というものが存在する。
私の使う<花の魔法>は兄様の使う<火の魔法>に滅法弱い。
どう足掻いたって私の魔法が兄様に届くはずがないのだ。もっと上位の魔法を使えれば話は変わるのかもしれない。だが私はこんな初歩的な魔法しか知らない―――教えられていないのだ。魔法について書かれている本は全て兄様が持っており、私は読ませて貰えない。
つまり兄様は私が魔法を上達する事なんて望んでいないのだ。
「<烈火弾>」
「カハッ―――!」
私は兄様の魔法に吹き飛ばされる。
「<烈火爆裂>」
兄様がそう唱えると、私のいる地面が赤く光る。そして爆発が起きた。
私は空に打ち上げられ、地面に背中を強くぶつける。
痛みで立ち上がることが出来ない。
「立て」
そんな私に兄様は容赦なくそう言う。
私は必死に立ち上がろうとするが、痛みで再び地面に戻される。
それでも私は必死に立ち上がろうとする。
だが兄様はそんな私を見て深くため息をつき。
「や、やめて⋯⋯⋯⋯」
「<烈火爆裂>」
再び魔法を使った。
その衝撃で私は更に後方に飛ばされて地面を転がる。全身がヅキヅキと痛む。
同時に兄様への恐怖が増大した。
「もう立てないのか。やはり失敗作だなお前は」
私は知っている。
兄様は私と魔法の特訓がしたい訳じゃない。私を痛ぶり、貶して日頃のストレスを発散したいだけ。
「不出来な妹を持つ俺の気持ちがわかるか?」
「⋯⋯⋯申し訳ありません」
私がそう言うと兄様は私の腹を蹴り上げた。
「カハッ―――! ゲホッゲホッ!」
衝撃で一瞬息が出来なくなる。
涙で視界が歪む。
「またそれか。謝れば何でも済むと思っているだろ」
謝って許されない事なんてもう痛いほど分かっている。
だが謝らなければもっと酷いことをされる。
そもそもこんな理不尽、謝る以外の選択肢なんて最初からないのだ。
「魔法は一向に上達しない。毎度の如く父上をイラつかせる。俺が父上の機嫌を取るのにどれだけ手を焼いていると思ってるんだ。ただでさえ使えない役立たずなのに、不利益しか生まないなお前は」
「⋯⋯⋯申し訳ありません⋯⋯⋯!」
「それはもういい。早く立て。特訓はまだ終わってないぞ」
「⋯⋯は、はい⋯⋯」
私は手足に力を入れ体を起こす。
「遅い!」
そう言うと兄様は「<烈火爆裂>」と唱え私に向けて炎を放った。
爆発音が庭中に響く。
その音が落ち着いた頃。
パチパチと誰かが拍手をしながら私たちの元へと近づいてきた。
「さすがなハイゼン。⋯⋯⋯素晴らしい魔法だ」
「ありがとうございます。父上」
ご機嫌な様子で兄様に駆け寄る父。
兄様も父の前では良い顔をする。
そして父は私にゴミでも見るような視線を送って言う。
「それに比べてお前はなんて有様なんだ。母さんの魔法を略奪して産まれたというのに実力は並以下ではないか。本当にお前は何も出来ないんだな。まるで周りを不快にさせるために産まれてきた呪い子のようだ」
私は確かに魔法の扱いが下手だ。
それに亡くなった母と同じ魔法を持ってる。でも母から略奪したなんて事は有り得ない。親の持つ魔法を子も得るなんて珍しい話でもないのだから。
呪い子だなんて言わなくてもいいじゃない⋯⋯⋯⋯⋯。
反応のない私を見て父は舌打ちをした後、ハイゼンの方に視線を送る。
「ハイゼン、話がある。少し来てくれ」
「はい。父上」
すると兄様は痛みに耐える私を見て、ニタリと笑みを浮かべ。
「無様だな」
そう言って父上と共に私の元から去って行った。
私は一人涙を流す。
どうして私はこんなにも不器用で、何一つ上手く出来ないのだろう。
どうしてみんなして私を嫌うのだろう。
どうして私はそれでも兄様や父を諦められないのだろう。
私は痛みに耐え、立ち上がるとトボトボと屋敷の中へと戻っていく。
服は汚れ、体は傷だらけ。
メイドたちの私を見る目は冷たい。
屋敷を汚してごめんなさい⋯⋯⋯⋯。
みすぼらしくてごめんなさい⋯⋯⋯⋯。
部屋の前に着くと、窓拭きをしているルーナが見えた。
「ルーナ⋯⋯⋯水とタオルを貰えないかしら⋯⋯⋯⋯」
「えぇー⋯⋯⋯⋯⋯」
あからさまに嫌そうな顔をするルーナ。
「⋯⋯はぁ〜⋯⋯これでいいですよね?」
そう言うとルーナは窓拭きように汲んできた水とタオルを乱暴に渡してきた。
「⋯⋯⋯ほんと邪魔しないで欲しい」
そう独り言のように呟くとルーナはそそくさと私の前を去って行った。
「⋯⋯⋯ありがとう⋯⋯⋯⋯」
誰いない廊下で私はそう口にした。
窓拭きに使っていた水⋯⋯⋯⋯。でも汚れている訳でもない。
―――もう、どうでもいいや。
私は水とタオルを部屋に運ぶ。
タオルに水を染み込ませて汚れた体を拭く。
「冷たッ⋯⋯⋯!」
掃除用で汲んできただけに、バケツの水は息が詰まるほどに冷たい。
そして傷に染みる。
そうして体を拭き、服を着替えた私はベットに倒れる。
瞳から自然と涙が溢れた。
『はっきり言って不快だ』
『だから愛想つかれるんですよ』
『呪い子のようだ』
『無様だな』
脳裏に浮かぶのはこれまでに言われた言葉の数々。その全てが私の心を抉っていく。
もう限界だ。
ユリウス王子には嫌われ、ルーナには面倒くさがられ、父には邪魔者扱いを受け、兄には見下された。
誰も私を愛してくれない。
好いてくれない。
理不尽に怒られ、暴力を振られ、それでも私は何も言えず従い続ける。
自分の意思を持たない道具。
ユリウス王子の言う通りだ。
「自分が嫌い⋯⋯⋯」
親に見捨てられる勇気がない。
他人に口出す勇気がない。
状況を悪くしているのは自分自身だ。
私がただ弱いだけ⋯⋯⋯。
―――もう弱い自分には疲れた。
もっと強い人間になりたいな⋯⋯⋯⋯。




