傲慢な自我の末路
それは二日ほど前のこと。
王宮にユリクス宛の手紙が届いた。
差出人はアセロナ。
不思議に思ったユリクスはその手紙を開いた。
『ユリクス・バルハルト殿下
拝啓
学園入学までもう会うつもりはなかったのですが、それまでに1つあなたにヴィルハート家の現状を見せておいた方が良いと思いまして、この手紙を書きました。来るも来ないもあなたの意思で判断して頂いて構いません。ただ、来ることでこの婚約の解消に優位に働く事はお約束しましょう。そろそろお父様に首輪をつける必要がある頃合だと思いますし。私は現状、自由に動ける身では無いのでご判断はユリクス様に委ねます。賢い選択を期待しております。
アセロナ・ヴィルハート』
「実にアセロナらしいな⋯⋯⋯」
手紙を読んだユリクスはアセロナが自分を利用しようとしている、とすぐに分かった。
分かっていながらも彼は決断した―――利用されてやろうと。
なぜならアセロナの提示してきた情報はユリクスにとって喉から手が出るほどに欲しいものだったから。
婚約破棄が簡単なものではないことは彼も理解している。それを優位に進められる方法があるというのなら知る以外の選択肢など彼にはない。アセロナの父親がどんな人間かはある程度知っている。彼女の手紙が嘘でないことはすぐに分かった。
そうして彼はヴィルハート家へと向かうことを決めたのだ。
二日後、ヴィルハート家についたユリクスはすぐに違和感を覚えた。
なぜならヴィルハート家の護衛騎士が警戒しながら彼の乗る馬車へと近づいてきたからだ。
(俺がここに来ることを知らないのか?)
ユリクスは馬車の客室から出る。
護衛騎士は彼の姿を見て驚いた表情を浮かべた。同時にどこか焦っているようにも見える。
「ユリクス殿下、どのようなご要件でここへ?」
「アセロナに呼ばれて来た。ここを通してもらえないか?」
「アセロナ様から⋯⋯⋯? 失礼ですがそれは本当のことなのでしょうか?」
「ああ、ほんとのことだ。こうして手紙をもらっているのでな。屋敷にいるのだろ? 早く通してくれないか?」
ユリクスは少し高圧的な態度でそう言い、歩みを進めようとする。
そんな彼を護衛騎士はどこか必死で止める。
(何か隠しているな)
ユリクスはそれを確信した。
「アセロナ様は現在屋敷には居られません。お戻りになられる時間もはっきりしてない故、長らくお待たせするのも失礼かと存じます。ですから本日はどうかお引き取り頂けますでしょうか?」
「アセロナが俺に予定を取り付けておいて、それを忘れるなどという無礼をするとは思えないのだが? 一体何を隠している?」
護衛騎士は言葉を詰まらせる。
ただユリクスを通さないようその場から動かないのみ。
膠着状態に入った彼らの元に1人の護衛騎士が姿を表した。その護衛騎士は若く、瞳から力強い何かを感じ取れる。
ユリクスはすぐに察した。
彼が何かを知っていると―――そしてアセロナ側の人間だと。
ユリクスの侵入を拒む護衛騎士が彼の存在に気づくと。
「クリスト⋯⋯⋯いいところに来た! 少し手伝―――」
「ユリクス殿下、ここをお通り頂いて構いません」
「お前、なにを!」
「アセロナ様から招待を受けているのです。拒む理由などないと思いますが」
クリストは護衛騎士を強く見つめてそう言う。護衛騎士はバツの悪そうな表情を浮かべて言葉を詰まらせる。
クリストはユリクスに近づき耳元で囁く。
「アセロナ様は地下牢にいます⋯⋯⋯」
それを聞いてユリクスは笑みを浮かべ、ヴィルハート家へと入った。
入ってすぐにユリクスは見覚えのある女性を目にした。アセロナの専属メイドであるルーナ・マゼンタだ。
彼女もユリクスが来ることを知っていたかのような反応をし、頭を下げる。
そして彼の元へと近づいた。
「アセロナの専属メイドだな。何か用か?」
「はい―――」
※
〜アセロナ視点〜
「グレイ殿、これはどういう事だ?」
ユリクス王子は父を睨みつけてそう言う。
父は必死に言葉を探しているような焦った様子で。
「こ、これはですね⋯⋯⋯アセロナがこの私に向けて魔法を放ってきたので、危険と判断し一時的に地下牢に閉じ込めたまでです」
「そうなのか? アセロナ」
「ええ、事実ですよ。⋯⋯⋯だけど少し違います。先に私を攻撃しようとしたのはお父様の方です。私は身を守るためにお父様を拘束したまでですよ」
「お前、嘘をつくんじゃない!」
「⋯⋯⋯⋯」
ユリクス王子は見定めるかのごとく、私と父を交互に見る。
「―――ユリクス殿下、発言よろしいでしょうか?」
そんな中に兄様が入ってきた。
「ハイゼン殿か⋯⋯⋯。良いだろう」
「嘘をついているのは―――アセロナの方でございます。その証拠に私の頬にはアセロナに付けられた傷跡がまだこうして残っているのです。父上はアセロナの暴挙を止めるため、仕方なくアセロナをこの地下牢に閉じ込めたまで。どうかお許し頂けないでしょうか?」
「⋯⋯⋯アセロナ、これは本当か?」
もう全部予想は着いているでしょうし、回りくどいことをするわね。
彼のやり方はやっぱりヒーローらしくないわ。
「いいえ、お兄様の傷は私との魔法の特訓でついたものです。少しやり過ぎたと自覚していますが、誰かに止められるほど冷静さをかいていたわけでもありません。その証拠などこの家にいるメイドに聞けばすぐに分かります。下手な嘘をついて場を乱すのはやめて貰えますか? お兄様」
兄様はバツの悪そうな表情を浮かべる。
「だ、だとしても! お前が私に魔法を使ったことには変わりないであろう!」
父は焦りながらもそう叫び。
ユリクス王子に対してこう続けた。
「アセロナは魔法を私たちに向けました。それは攻撃の意思があったということです。野放しにしていればまた傷つけられるかもしれない。地下に閉じ込める理由に正当性があるとは思いませんか? ユリクス殿下」
「ああ、確かにアセロナが一方的に魔法を使いグレイ殿やハイゼン殿を傷つけたのであれば、多少は理解出来る。だが本当のことでなかった場合、これは立派な虐待だ。王家としてそのような行為は看過できない」
それを聞いて父は少し顔を青くし額に汗を滲ませる。
「そんな証拠あるわけが⋯⋯⋯⋯」
「いいえ、ありますよ。忘れたのですかお父様」
「な、何のことだ⋯⋯⋯!?」
「これですよ―――」
私はそう言って服を少しはだけさせ背中を見せた。そこにはどこかに強くぶつけたような大きなアザが出来ていた。
少し前にクリストに確認しておいてもらってよかったわ。
父は私の傷を見て思い出したのか、目を見開いて驚く。
「⋯⋯⋯そんな傷が何の証拠になるというのだ!」
「証拠にならなりますよ。だって私を傷つけるような人が、私に一方的にやられたなんて誰が信じるのでしょうか?」
父は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
「⋯⋯⋯何を言う! 魔法も使えるんだ! 自分でつけるのも容易だろ! なんの確証もなしに証拠になどならん!」
その通り。こんな傷程度じゃ何の証拠にもならない。
でもねお父様、残念ながらここにいる王子様は私たちの親子の仲裁に来たわけじゃないのよ。
するとユリクス王子は私の肩にある傷を見ながら口を開く。
「⋯⋯⋯わざわざ自分で傷の確認ができない背中を選ぶものか? 故意につけたとは到底思えないが」
ユリクス王子は父を怪しむように睨みつける。
その威圧感に父は戦く。
「⋯⋯⋯もう良いか⋯⋯⋯。グレイ殿がどれほどの嘘つきか分かったのでな」
「えっ⋯⋯⋯?」
その言葉を聞いて父は困惑する。
そして顔を青くし、恐る恐る口を開く。
「⋯⋯⋯ど、どういう意味でしょうか?」
「フンッ、気づかないのか? 俺はヴィルハート家の親子喧嘩の仲裁しに来たわけでない。最初からアセロナ側だったということだ」
父は悔しそうな表情を浮かべ私を睨みつけてくる。そんな父に対してユリクス王子は続ける。
「グレイ殿、地下牢に来るまでにあるメイドから色々話を聞かせてもらった。アセロナが暴挙に出たなどというのは真っ赤な嘘ではないか。それに薄々勘付いてはいたが、アセロナへの日頃のあたりも普通ではないな。嫌がる彼女を無理やり俺の婚約者に仕立て上げたのも俺は許せはしない。この件は全て父上に報告させてもらう」
「へ、陛下に報告を―――!? お、お待ちください殿下!!」
父上は縋るようにそう言う。
「黙れ! 自身の欲望のために平気で嘘をつくやつなど王家には必要ない! ヴィルハート家との今後の関わり方についても少し考えることになるだろう。婚約についても覚悟しておいてもらいたい。全てはグレイ殿、あなたの責任であることを忘れるな」
その言葉の重みを理解したのか父は膝から崩れ落ちる。
「⋯⋯⋯ウソだ⋯⋯⋯ウソだ⋯⋯⋯。あぁ、あああああああッ⋯⋯⋯⋯!」
父は絶望の表情を浮かべ、手で頭を抑えながら絞り出すかのごとく潰れた絶叫を上げる。
ユリクス王子はそんな父にまるでゴミでも見るような視線を向けた後、興味をなくしたのか、ため息を着いて私の元へと歩み寄ってきた。
「はぁ〜⋯⋯⋯回りくどいことをしますね。さっさと私ここから出たいんですが」
「フンッ、何を言う。回りくどいのはお前の方ではないか。⋯⋯⋯ルーナと言ったか、お前のメイドにこうなった経緯を全て聞いた。それで俺は些か疑問に思った。なぜこうなるまでグレイ殿を放置した? お前ならグレイ殿の怪しい行動などすぐに気づけたはずだ。わざわざ地下牢になど入る必要もなかったのではないか?」
ユリクス王子は私の真意を読み取るように強い眼光を向けてくる。
「買い被り過ぎですよ。⋯⋯⋯でもまあお父様のやる事などたかが知れていましたが」
私は父を嘲笑うようにそう言う。
父は悔しそうな表情を私に向ける。
「俺の行動も全て計算ずくで手紙を送ってきたのだろう? ⋯⋯⋯底が知れぬな⋯⋯⋯」
そしてユリクス王子はすぐさま護衛騎士に指示を出して檻の鍵を開けさせた。
私はすぐさま檻から出る。
お腹も空いたし、お風呂にも入りたいわね。
私はスタスタと地下牢から出るため歩き出す。
「⋯⋯⋯どうやった⋯⋯⋯?」
そんな私に対して父がそう口にした。
「この家には誰も来ないよう色々手は打ったつもりだ⋯⋯⋯⋯」
「そうですか。でも王家には何もしていないですよね?」
「ッ⋯⋯⋯⋯!」
図星のようね。
まっ、王家には何かしていた方が逆に怪しまれるから賢い選択ではあるけど。何も言わなければユリクス王子が自主的にこの家に来ることなんて有り得ないもの。前の私なら言っても来なかったでしょうけど。
「お父様は私を下に見すぎなんですよ⋯⋯⋯。プライドのせいか知りませんけど、色々甘過ぎました。きっとユリクス様が来るなんて微塵も想像していなかったはずです。少しは私を見るべきでしたね。もう婚約者1人動かせないような人間ではないんですよ。お父様はただ己の傲慢さで自滅しただけ。やりやすくて助かりました。ありがとうございます」
「ぐぐぐぅぅぅッ⋯⋯⋯⋯!」
父は顔全体にシワを生やし、自身の歯を噛み砕きそうな程に歯を食いしばり心底悔しそうな表情を浮かべた。
私はそんな父をさらに追い込む事にする。
「⋯⋯⋯でもまあ私も鬼ではありませんから。ここは1つお父様に慈悲を与えましょう」
「お前から慈悲だと⋯⋯⋯? 笑わせる」
「あら、そんな口を聞いてもよろしいのですか? ヴィルハート家の存亡が関わっているというのに」
私がそう言うと父は興味を示す。半信半疑といった様子で。
「ユリクス様、1つお願いしてもよろしいでしょうか?」
私とユリクス王子は瞳を合わせる。まるで示し合わせるかのように。
「⋯⋯⋯良いだろう。言ってみろ」
「今回の件、国王陛下に報告するのはやめていただけないでしょうか?」
それを聞いて父は驚いた表情を浮かべる。
「何故だ?」
「今、ヴィルハート家が無くなってしまえば私も路頭に迷ってしまいます。お父様の行為は私としても許し難いのですが、これを機に反省していただけると信じてもいるのです。ですから1度考え直してはいただけないでしょうか?」
ユリクス王子は悩むような振りをする。
その間、父は祈るような、希望をだぐり寄せるような、必死な顔つきで今か今かと彼の返答を待つ。
そしてユリクス王子は口を開く。
「⋯⋯⋯⋯良いだろう。当の本人が許すと言うのであれば俺が拒む理由もない」
ユリクス王子のその返答を聞いて、父はまるで天国でも見たかのような幸せそうな表情を浮かべる。
「アセロナ⋯⋯⋯! ユリクス殿下⋯⋯⋯! 心より感謝を」
そんな父の言葉をわざと遮るようにユリクス王子は口を開く。
「―――だが少し納得がいかん。アセロナ、グレイ殿に罰を与えなくて良いのか?」
私は不気味な笑みを浮かべて言う。
「無論、このまま許して終わりだなんて有り得ませんよ。⋯⋯⋯さすがに理解していましてよね、お父様も」
それを聞いて父の表情から幸せは消え失せる。
「今回の件を水に流す代わりに⋯⋯⋯お父様、私に謝罪してください。今まで私にしてきた数々の悪事を反省して、ここで誠心誠意謝ってください。そして誓ってください。もう二度と私に手は出さないと。私の自由を認め、私が何をしようとも一切の反論はしないと」
ユリクス王子との婚約破棄に動き出した時、絶対に面倒になるから、今のうちに対処しておかないと。
すると父は私への憎しみが帰ってきたかのごとく顔を歪ませる。
「そんな条件呑めるか⋯⋯⋯!」
「発言には気をつけてくださいお父様。下手なことを言えば本当にヴィルハート家が無くなりますよ」
「っ⋯⋯⋯⋯!」
父は黙り込み、ただ私を睨むだけ。
プライドの高い人間は、今まで下に見てきたものへ頭を下げることを心底嫌う。
ヴィルハート家の命運が掛かっていようとも、父はまだその頭を下げようとしない。父のプライドの高さが目に見えてくるわね。
「グレイ殿からの誠心誠意の謝罪と自由の保証⋯⋯⋯。最初からこれが目的か。考えたものだな」
私を賞賛するようにそう言うユリクス王子。
「面白い。証人は俺が務めよう」
これでいいんだな、と言うようにユリクス王子は私に視線を向けてくる。
私は肯定の意味を込めて視線を送る。
それを受け取ったユリクス王子は口を開く。
「⋯⋯⋯グレイ殿、早くアセロナに謝罪をするのだ。あまり長くはここにいたくないのでな」
そう言いユリクス王子は力強い眼光を父に向け、謝罪を急かす。
その圧に戦いた父は、座り込んだままの状態で私の方に顔を向ける。
口に力を入れ、必死に謝罪の言葉を吐き出そうと葛藤しているのが見て取れた。
「お父様、何を黙っているのですか? 早くしてください」
私がそう言うと父は顔を真っ赤にし、その勢いのまま口を開く。
「本当にすまなかった! もう二度とお前に手を出さんと約束する! だからどうか許してくれ!」
プライドのせいか、父は頭も下げず形だけの謝罪をする。
「ふざけているのですかお父様? そんなので私が納得すると本気でお思いで?」
「なんだと⋯⋯⋯⋯!!」
父は私に不満げな目を向けてくる。
「まったくもってその通りだ。今までアセロナにしてきた行為を考えれば地に頭をつけるべきではないのか?」
「ち、地に頭を⋯⋯⋯⋯? 失礼ですが殿下、それは⋯⋯⋯」
するとユリクス王子は父の胸ぐらを強く掴む。
「この期に及んでまだ自分を捨てきれないのか? そうやってプライドを守るのは勝手だが、それで破滅するのはグレイ殿、あなただということを忘れてはいないだろうな?」
その言い彼は父の胸ぐらを掴む手を乱暴に振り払う。
「最初から分かっていましたよ。お父様が頭を下げないことくらい。ですがそんな甘えはもう通用しない。自分の立場をもう少しちゃんと見てはどうですか? 私とお父様、今どちらが上か言わずとも分かりますよね?」
父は確かめるように、自身の視線をスライドさせ私やユリクス王子を見る。
「⋯⋯⋯⋯⋯」
そして父は顔をハッとさせた。何かを理解したように。そして浮かべた父の表情は絶望という文字が相応しいほどに死んでいた。
ここまで何とか守ってきたのであろうプライドは無惨にも引きちぎられ、父は自身の置かれている状況をやっと理解する。
今まで下に見てきたものにいつの間にか抜かされていた、なんて父が受け入れられるはずがない。
そのまま絶望すればいい。
「お父様、今どうするべきですか?」
私は父を威圧するような鋭い眼光を向ける。
父はそんな私の眼光に抵抗するような視線を向けてくるが、その抵抗もすぐに静まる。
すると父はぎごちない様子でその場に正座をし、抵抗してくる自身の腕を無理やり動かし床に手をついた。
唇を噛み締め、怒りの衝動を無やりねじ伏せ、屈辱という文字を全身で感じながら、父はゆっくりと頭を下げていく。床に頭が近づいていくことに抵抗は増していき、なかなか下がらない。
「ぐぐぐぅぅぅ⋯⋯⋯⋯ぁぁぁぁぁッ⋯⋯⋯⋯!」
父はそんな唸り声を上げて何とか頭を床に付ける。
そして勢いに任せ父は叫ぶ。
「―――本当に申し訳なかった! 全て⋯⋯私が悪い! もう二度とお前に関わらないと約束する! だからどうか、許してくれ! ⋯⋯⋯頼む!」
そう言い父は顔を上げる。
その顔は真っ赤になっており、瞳は充血していた。
「アハハハハハッ!」
私はそんな父を嘲笑う。
父は悔しさの余り、歯で自身の唇を噛みちぎり血を滴らせる。
「滑稽ですねお父様。まあお父様を許すなんてことはこの先絶対に有り得ませんが、今は良しとしましょう」
私はユリクス王子に視線を向ける。
「ユリクス王子も納得していただけましたか?」
「ああ、恥晒しもいいところだ。だが満足した。今回の件はとりあえずは胸に度止めておくとしよう。グレイ殿も大人しくしていることだ」
「⋯⋯⋯⋯温情に感謝致します」
父は屈辱をいっぱいにゆっくり頭を下げた。
ヴィルハート家が今消滅すれば、私だって路頭に迷うことになる。
それに婚約者という関係上、ユリクス王子にだって飛び火して変な噂を流されかねない。
利害が一致しているからこそ彼を選んだ。
思った通り彼は私の策略に載った。私だけでは父に首輪をつけるのは難しかったけど、彼の力を借りれば容易だったわ。時限爆弾付きでもあるわけだし。その方がお互い得をする。
やはり『悪』を打つのは『善』の役目だわ。彼の場合は『偽善』だけれども。
傲慢な自我は自身の身を滅ぼす。
よく分かりましたよねお父様―――。




