偽善のヒーロー
「クリスト、紙とペンを持ってきてもらえるかしら」
「紙とペンですか? 何のために⋯⋯⋯」
「すぐ分かるわ。それまで待っていなさい」
「⋯⋯⋯承知しました」
そう言いクリストは見張りを続ける。
この作戦は父に怪しまれないよう行わなければならない。だからこの指示が遂行されるのは次、クリストが見張りの交代で私の前に現れた時。まあ焦らなければ確実に勝てる作戦ではあるのだから。別に良いわ。
「<万果>」
私はそう唱えてリンゴを生成した。
「その魔法も使えたのですか⋯⋯⋯!?」
「ええ、そうよ」
「道理で体調を損なわないわけです。旦那様も相当お怒りでしたよ。誰かが食事を持っていってるんじゃないかって⋯⋯⋯。認めたくなかったのでしょうね。愛していた妻と同じ魔法を使いこなす娘なんて」
「でしょうね⋯⋯⋯」
自我の塊だものお父様は。
「それはそうと⋯⋯⋯護衛騎士としてアセロナ様の愚行を見逃していたのは騎士として失格ですね⋯⋯⋯⋯」
そう言い落ち込むクリスト。
「安心しなさいクリスト。あなたの前ではこの魔法は使ってないわよ。他のやる気のない護衛騎士たちの時だけだったわ」
さすがに音のするリンゴなんて食べれなかったけど。
「安心できませんよ⋯⋯⋯。そこまで護衛騎士のやる気がないのは⋯⋯⋯呆れてしまいます。なぜこうも騎士としての精神が掛けたものがこの家には多いのでしょうか?」
「そんなの決まってるでしょ。ヴィルハート家の汚れた空気を吸いすぎたからよ」
「それだと私もいつかは怠け者騎士になってしまうわけですか⋯⋯⋯? 憂鬱ですね⋯⋯⋯」
「そうね。だから早めに辞めることを勧めるわ」
※
そうして時間は過ぎていき、眠気を感じる夜になってきたとき。
「アセロナ様、紙とペンお持ちしました」
再び見張りの交代でクリストが来た。
彼は私の言った通り紙とペンを持っており、それを私に差し出してきた。
私はそれを受け取る。
「ありがとう」
父は自信満々に対策をした、と豪語していた。
だけど父は必ず見落としている。1人だけ父では手に負えない相手がいることを。
その相手は最悪なことに私の近くにいる存在であり、利害が一致している。
もう会いたくなかったけど仕方ないわね。
今は父を黙らせる方が最適だわ。
手段を選んではいられない。
私はペンを走らせてある人宛に手紙を書く。
そしてもう一人―――ルーナにも伝言を。
『ルーナ、この手紙を送っておいて欲しいの。送ったらクリストに報告してちょうだい。それとあの人が来たらヴィルハート家のことを話しておいて欲しいの。きっと必要になるから。従ってくれたらお礼はちゃんとするわ。でも従わなかったらあなたのせいでクリストが死ぬ。あなたも無事では済まないと思って』
こんな感じでいいわね。
「クリスト、この手紙と伝言をルーナに渡しておいてもらえる」
「承知しました」
後は時間が解決してくれるはず。
のんびり待てば良いわ。
※
あれから二日と少しが経過した。
クリストによればルーナはちゃんと手紙を送ってくれたらしい。すでに彼の元には届いているだろう。
さっさと来てここから出して欲しいわね。
あの遅刻癖、直っているかしら。
期待しない方がいいわね。
そうして地下牢の中で過ごしていると、近頃聞いていなかった足音が私の元へと近づいてきた。
「アセロナ、まだこんな所にいたのか」
「お兄様⋯⋯⋯何の用ですか?」
私がボコボコにしてついた大体治ってきている。
兄様の負けず嫌いな性格とプライドの高さから考えると、何をしに来たのかは手に取るように分かるわね。
「なぜ未だに父上に反抗するんだ? 死にたいのか?」
「これがただの反抗だと本気で思っているんですか?」
「どういう意味だ⋯⋯⋯?」
兄様は不機嫌な顔をしてそう言う。
「私はこれ以上、自分の生活の邪魔をされたくはありません。ですからお父様には少し大人しくなってもらおうと思いまして」
「戯言を。お前にそんなことできるはずがないだろ。これ以上、父上の機嫌を損ねて俺の負担を増やすのはやめろ!」
「嫌です」
「―――お前に拒否権などない! なぜなら俺がどんな手を使ってでもお前に言うことを聞かせるからだ! そのために俺はここに来た!」
そう言うと兄様から殺意ともいえる感情を感じ取り、戦闘態勢に入った。
「はぁー⋯⋯⋯お兄様も懲りないですね。この間、私に負けたばかりではありませんか」
「ああ、確かに俺はお前に負けた。油断もしていたし、お前を甘く見すぎていた。だが二度も同じ轍を踏むつもりはない。あんな屈辱もう味わいたくはないからな。俺はここでお前に勝ち、威厳を取り戻す!」
面倒なことになったわね。
これだと計画が⋯⋯⋯⋯。
―――ガチャ
地下牢に入るドアが開く音がした。
足音が近づいてくる。嫌になる足音が。
私は企みの笑みを浮かべる。
「⋯⋯⋯もういいですよ。私はお兄様との戦いに興味はありませんし、する必要もない」
「何故だ―――!!」
「だってもう私の勝ちなんですから」
「はっ?」
兄様は困惑の表情を浮かべる。
そんな兄様の元に足音の張本人が姿を表した。
「!? 嘘だろ⋯⋯⋯どうやって⋯⋯⋯!? お前が⋯⋯⋯呼んだのか? 嫌われていたはずのお前が!! なぜだ⋯⋯なぜここにユリクス殿下がいる!?」
兄様は瞳が飛び出てしまいそうな程に見開き、驚きを隠せない様子だ。
そう、私がわざわざ手紙を書いてまで呼んだ相手。自分のことしか考えていない偽善なヒーロー、ユリクス・バルハルトよ。
「やはりここにいたのだなアセロナ」
「あら、思ったよりも早かったですね。遅刻癖のあるあなたにしては珍しい。そんなにも私が提示した餌が魅力的でしたか?」
ユリクス王子は私を睨みつけて言う。
「お前、俺を利用したな?」
「あなたもそれくらい分かっていたでしょ」
「フンッ、相変わらずだな。まあ良い。お前の覚悟を知れたしな。まさかここまで手段を選ばないとは思わなかったぞ、父親を黙らせるのに俺を使うとはな」
「これが手っ取り早くお父様に首輪を付ける方法だっただけですよ」
学園入学までは嫌でも婚約者ごっこを続けておいた方が変な噂も流れないし、私にとってもユリクス王子にとっても都合がいい。
学園に入学すればしばらくはこの家から離れられる。この首輪は学園入学までの2年間有効になっていれば問題ない。
それと同時に先に布石を打っておくことで、婚約破棄を進めやすくする材料にもなる。
彼が好む条件ばかり。利用しない手なんてない。
―――バンッ!
突然、地下牢に続くドアが勢いよく開き、焦ったような足音がドスドスと地下牢内を木霊する。
そして私たちの前に姿を表す。
「どうしたんですか? お父様。そんなにも焦って」
私は父を嘲笑うような笑みを浮かべる。
それに対して父は目を充血させるほどに怒り、拳を強く握り震わせ。
「お前ぇぇぇッ⋯⋯⋯⋯!」
父はまるで威嚇するオオカミのように、静かに唸った。




