反撃の一手
昼近く、ようやく見張りが交代した。
クリスト以外は私を警戒していないからか、基本的に私に背を向けて立っているだけなので魔法の特訓に専念することが出来る。
とりあえずあの技を試してみましょう。
私は口に手を当て誰にも聞こえないほどの声量で唱える。
「<万果>」
すると手に一粒の小さなイチゴが生成された。
色も抜けており、あまり美味しそうではない。
私は試しにそれを口に運ぶ。
「酸っ⋯⋯⋯!?」
私は思わず手で口を塞ぎ、漏れ出す言葉を無理やり飲み込む。
イチゴなんて言えないほどの酸っぱさ。最悪だわ。やはりどの魔法も最初はこんなものね。
魔法の才能なしなだけあるわ。
<万果>。
これは自身の知る色々な果物を自由に生成できる魔法。これを使えばフルーツだけはいつでも手に入るので、腹を満たすことも可能なのだ。
今のところ食えたものじゃないけど⋯⋯⋯⋯。
この魔法は食べられるくらいまでに扱えるようになれば良いわね。
もう1つの魔法はある程度形にしないとだけど。もうしばらく続きそうね、地下牢生活。
※
そうして3日、 4日と日々は過ぎていく。
自身で生成した果物もギリギリ食べれなくはない程度には仕上がったおかげで空腹問題はなくなった。本命の魔法の方もようやく扱える程度には形になった。
そろそろ頃合いね。
たまに父が地下牢に顔を出してくるが、私の余裕そうな様子を見て不機嫌な顔をして去っていく。あの憎たらしい笑みを浮かべる余裕はもうないらしい。
今日も朝から父が檻越しに私を睨んできている。
「反省する気もなければ、魔法の行使もやめない⋯⋯⋯⋯。どういうつもりだ!」
「言ったじゃありませんか。私は反省する気など微塵もないと」
父は顔を真っ赤にし、拳を強く握って無理やり怒りを収めようとする。
冷静さは保っていたいようだ。
「そうか⋯⋯⋯。この程度では足りんのだな。ならばもう良い。それほどまでに罰を欲しがるというのならくれてやる。檻を開けろ」
父は見張りをしている護衛騎士にそう指示を出し、檻を開けた。
すると父は中に入ってき。
「まさかここまで耐えるとは思っていなかった。お前を少し甘く見ていたようだ」
そう言って父は私の胸ぐらを掴み、無理やり私を立ち上がらせた後、頬を思い切り叩いてきた。
衝撃で私の体はふらつく。
壁に手を付き、私はギロリと父を睨みつけた。
「まだそんな目を向けるか? 精神力だけは付いていたようだな」
「⋯⋯⋯ええ、この腐りきった家で過ごすのに必要だったので⋯⋯⋯」
「自分が生まれた家を腐ったなどと言うとは、やはりお前はヴィルハート家に相応しくない人間だ」
「⋯⋯⋯笑えますね。ヴィルハート家を汚したのはお父様では?」
すると父は顔全体にシワが出るほどに怒り。
私の胸ぐらを強く掴む。
「いい加減しろ! お前のせいで私がどれだけ迷惑しているのか分かっているのか! 王家に近づくためお前を王子の婚約者に据えたというのに、お前はそれを台無しにしようとしているんだぞ! お前が無能なせいだ! どうせお前は学園に通っても恥を晒すだけで何も変わらない! どれだけ親不孝なんだお前は! ヴィルハート家の汚点以外なんと言える!」
「はぁ〜⋯⋯⋯いい加減にして欲しいのはこちらの方ですよ」
「何だと?」
「さっきからお父様は自分のことばかり。ただ自分が優位に立ちたいがために私を利用して、それが失敗したら親不孝だと叫ぶ。理不尽極まりない。はっきり言って迷惑です。こうして躾なんて称して自分の娘を地下牢に閉じ込めたり、暴力を降ったり、こんなことお母様は望んでいたのですか?」
すると父は冷静さなど失った獣のように、怒髪天を衝く勢いで怒る。
「―――お前が母さんを語るな!!」
そう言って父は私を壁に強く押付けた。
背中に痛みが走る。これは傷が残りそうね。
「⋯⋯⋯⋯そうやって都合が悪くなれば怒りを抑えられなくなる。それが状況を悪くすると理解できないんですか? だとするならヴィルハート家の汚点はやはりあなたですよ―――お父様」
「黙れ! 自分の無能さを他人のせいにするな! それにお前をいくら振ったところでお前は私に何も出来やしない! 私の立場が揺らぐことなど有り得ない! 自分の力を過信しすぎだ! 所詮お前は私の道具でしかないんだからな! 今すぐそれ理解し私に従うんだ!」
「嫌ですよ。私はあなたの道具になんてなるつもりありません」
すると父は呆れた表情を浮かべ、私の胸ぐらから乱暴に手を離した。
「⋯⋯⋯そうか。ならば一生ここで過ごせ。お前に少しでも期待した私が馬鹿だったようだ」
「フフフッ。勝手に期待して、勝手に失望して⋯⋯⋯お父様は本当に自分勝手ですね。そろそろその性格も治した方がよろしいかと。でないと近いうちに後悔しますよ」
「それで私を脅しているつもりか? ここにお前を閉じ込めてもう一週間近く経つ。これだけの時間があったというのにお前はここを出なかった―――いや、出られなかったのだろう? 今になって何を警戒するというのだ。そうやって凄んでいるだけでここを出られるなんて甘い考えなど捨てろ」
そう言って父は地下牢を去って行った。
そんな甘い考え、この家で過ごしてきた私が持つ訳ないでしょ。ただの反抗期とか思ってるのかもしれないけど。親なら娘の企みくらい少しは分かるべきじゃないのかしら⋯⋯⋯⋯。
※
その夜、ようやく見張りがクリストに交代した。望んだ時ほど来ないのは私の運の悪さなのかしら。
見張りの交代の際は大抵、私の飲み水を持ってくる。
私はクリストから水を受け取る。
「旦那様が随分とお怒りでしたが、何かされたのですか?」
「いいえ、事実をそのまま伝えただけよ」
父の怒りに納得がいったのかクリストは笑う。
「アセロナ様の言葉は切れ味がすごいですからね。旦那様も怒るわけです」
「それは褒め言葉として受け取っていいのかしら?」
「どっちとも言えますかね⋯⋯⋯⋯」
⋯⋯⋯貶してもいるのね⋯⋯⋯。
素直さにも限度というのがあるみたいだわ。
さて、お喋りがこれくらいにして―――。
私は水をほんの少し口に運ぶ。
そして―――それを吐き出した。
「何よ。この水⋯⋯⋯飲めたものじゃないわ。クリスト変えてきてくれないかしら?」
「申し訳ありませんが、そのようなことは出来かねます。我慢して飲んでください」
でしょうね。
「そんなことを言うなら、あなたも1口飲んでみたらどうかしら? こんな水飲めたものじゃないってすぐに分かるから。ただでさえ喉が乾いているのに、こんなもの持ってこられたら溜まったものじゃないわよ 」
怪しさ満点。だけどそれでいい。
ただ確かめたいことがあるだけだから。
「分かりやすい嘘をつくのはおやめください。水はいつもと同じ場所からお持ちいたしましたし、アセロナ様の手に渡った水を私が飲むはずがありません。アセロナ様の持つ<花の魔法>には毒を扱う技があるのですから」
私は企みの笑みを浮かべる。
「フフフッ、護衛騎士ともなればやっぱり魔法のことには詳しいのね。ありがとうクリスト」
「どういう事ですか⋯⋯⋯⋯?」
クリストは警戒心を剥き出しにする。
「<薔薇棘>」
私は注射針のように細い棘を作り出す。
そして―――。
「<毒花の雫・殺>」
その棘の中に少量の毒を含ませて彼に放った。
毒を含んだ棘は彼の着る鎧の隙間を縫って刺さり、体内に入り込む。
「ッ⋯⋯⋯⋯!!」
クリストは驚愕の表情を浮かべる。
「何をなさるのですか! アセロナ様!」
そう言いクリストは腰にかける剣を抜いた。
「あまり暴れない方がいいわよ。毒で死にたいなら別だけど」
私がここ数日磨いていた技。
それこそが<毒花の雫・殺>である。毒の液体を作り出す魔法。殺す以外にも催眠をかけるものとか別の効果を使うこともできる。
今回は脅しに使うために殺傷能力のある毒にした。だから最低な行為なの。
催眠効果のある魔法の方は強制的に言うことを聞かせられるけど、完全に仕上げないと独特な動きでバレてしまうからやめておいたわ。
この毒の最大威力は確か⋯⋯⋯キョウチクトウを倍にしたくらいとかゲームで説明されてたかしら。
クリストは深呼吸をし、気持ちを落ち着かせて口を開く。
「<花の魔法>に毒を扱う技があることは知っていましたし、警戒もしていました。ですが私の知っている中でのアセロナ様はそもそも毒の技があることすら知らない様子でした。まるで人が変わった今のアセロナ様であればそれを知っていてもおかしくはありません。ですがそう簡単に会得できる技とも思えない。脅しのための嘘という可能性だって十分にあります」
クリストがそう思うのも理解はできる。
だって私が前世の記憶を思い出したのなんて、ここ最近の話。<花の魔法>の全てを知っているとは予測できないでしょうね。それに知っていたとしてもイメージが出来なければ魔法を扱うのも難しい。尚更ハッタリだと思う。
だから本当に扱えるようにした。
「そう。なら少し試してみる?」
私はそう言い彼の体内へと入った<薔薇棘>からほんの一滴毒を出した。
その直後―――。
「ヴッ⋯⋯⋯!?」
クリストは突然平衡感覚がなくなったかのようにグラつきその場に伏せる。
吐き気があるのか口元を抑え、顔色なすぐに真っ青になった。
「これでわかったってくれたかしら?」
クリストはコクリと頷く。
私は彼の身体に巡る毒を消した。
「プハァー⋯⋯⋯ハァハァ⋯⋯⋯⋯」
症状が落ち着いたのかクリストは立ち上がる。
「⋯⋯⋯本気という訳ですか。まさかとは思いますが、見張りに背を向けていたのは魔法の特訓をするため⋯⋯⋯?」
「さあ、どうでしょうね⋯⋯⋯?」
クリストの私を見る目からは何かを確信したような真っ直ぐな感情が読み取れた。
これで彼は私が本気であることを完全に理解した。
まあ彼が見張りの時だけはさすがに魔法の特訓は出来なかったけど、怪しませるくらいのことをしておいて正解だった。
「⋯⋯⋯何が望みですか?」
「私に協力して」
「⋯⋯⋯お断りします」
「死にたいの?」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
クリストの顔に迷いが生じる。
「⋯⋯⋯旦那様に向けて魔法を使ったとお聞きしました。ずっと疑問に思っていたんです。旦那様も話を盛っていたのか嘘を感じ取ったので。ですがようやく事実だと確信しました。他人に平気で毒を使ってしまうような危険な人に協力など出来ません!」
そう言うクリストの瞳には正義とも呼べる光が灯っている。
「本当にそれでいいのかしら? もう少しよく考えなさい。私に従わなければどうなるかを」
クリストの表情に警戒の色が浮かぶ。
「⋯⋯⋯仮に私がアセロナ様に従わなかった場合、どうなさるおつもりですか?」
「⋯⋯⋯そうね⋯⋯⋯。あなたを殺してしまうわけだし、魔法で無理やりこの家を出てどこか遠くに逃げてしまおうかしら。もちろん―――あなた以外の人の命だって危険に晒してしまうかもしれないけれど」
「⋯⋯⋯⋯私が死ぬ方が状況を悪化させてしまうわけですか」
「ええ、そうね。でも残念なことに最適解なんてあなたにはないわ。だってどちらかの悪と手を組まなければならないんだから。⋯⋯⋯あなたならどちらを選ぶかしら? お父様に従い続ける道具のまま死ぬか、それとも自身の『正義』のためにお父様を裏切って私に協力するか。あなたに決めさせてあげるわ」
私がそう言うとクリストは諦めがついたかのように頬を緩める。
「⋯⋯⋯アセロナ様にはかないそうにありませんね。選択肢があるように見えて私には1つしか選ぶものがない。⋯⋯⋯道具になるさがり、目の前の悪を見逃すなど護衛騎士である私には出来ません。それに『薄っぺらい嘘』をつく旦那様にも少しうんざりしていましたし。良いですよ。アセロナ様に協力しましょう」
クリストには相手の嘘を見抜く才能がある。だからか相手をすぐには信用しないし、良く相手の言葉の本質を読み取ろうとする。そんな彼が自分のために悪質な嘘をつく父を好むはずがない。
クリストが1番に信用できるのは自分自身。だからこそ最後は自分の意思を最優先にする。
なら私がすべきことは1つ。分かりやすい善悪を見せて、彼の意志を煽ること。
彼の正義はただ自分の意志を押し通すためにある―――仮初の正義なのよ。
「ありがとう、クリスト。毒は全てが終わった後に抜いてあげるわ」
その言葉を聞いてクリストは何か感じ取ったかのような反応をし、小さく笑みを浮かべ口を開く。
「⋯⋯⋯⋯承知しました。アセロナ様」
それじゃあ反撃開始よ。
お父様を黙らせるためなら、私はどんな手だって使う。それを分からせてやるわ。




