地下牢での生活
地下牢には常に護衛騎士が私の檻の前に立っている。ここでの生活では決められた時間に水や食事が渡される。大抵食事のタイミングで見張りの騎士が入れ替わることが多い。
食事は実に質素なものだ。まるで前の生活に戻った―――いや、それ以上ね。パサパサのパンのみなんだから。味気ないし、腹も満たせない。死なない程度の量といったところ。
<花の魔法>にある技を習得すれば空腹を解消する事も出来るだろうけど、今はここから出ることを最優先に考えたい。現状、優先度は低いわ。
さて、どりあえずどうやってここを出るかね。
きっと父は長期戦になる事も見越している。外部にこの事が漏れないよう色々手は打ってるはず。時間が過ぎるのを待って誰かに見つけてもらう、なんて簡単な手段は通用しないでしょうね。
まあいいわ。
そうなると使えるのは⋯⋯⋯やはり魔法のみ。
これでどうするかね。
壊そうと覚えば檻なんて何時でも壊せるけど、そんな事したら私が暴挙に出た、となり檻に監禁することに正当性がうまれて不利になるだけ。
物理的な方法で出ることは考えない方がいい。
なら現状、私が難なく扱える技での脱出は不可能に近い。少し時間は掛かるけど何か他の技を習得する必要がある。
<花の魔法>に現状を変えられそうな技はなかったかしら。
私は必死に記憶を思い返す。
―――あの技なら可能性はありそうね。
決して許されない最低な行為をする事になるけど。
まっ、問題ないわ。だって私は悪役令嬢なんだし。使えるものは何だって使う。
最後に私が勝っていれば何も問題ないわ。
ほんと『悪役』って便利な言葉ね⋯⋯⋯。
後は魔法の特訓をするのみ。
出来る限り護衛騎士に怪しまれないように。
※
夜になり、私はそろそろ眠る事にした。
さすがにこんな硬い床の上でそのまま眠るなんて、無理。ぐっすり眠れないだろうし。
朝の体調にも関わる。
出来る限り体力は温存したいから睡眠で上手く回復しないと。
「<蔦掌>」
私は地下牢内に蔦を生やしハンモックのようなものを作り出した。
「アセロナ様! 何をしているのですか!」
護衛騎士が腰に携える剣に手をかけてそう言う。警戒心がものすごいわね。
「寝る準備よ。いちいち騒がないで」
「だからと言って魔法の行使は許されません! 今すぐお辞めください!」
「嫌よ。こんな硬い床で眠れるわけないもの」
「⋯⋯⋯アセロラ様、私は旦那様よりもしもの際はあなたを力ずくで止めることを許可して頂いております。どうか魔法の行使はお辞めください。私はあなたを傷つけたくはない⋯⋯⋯!」
彼はこの家の護衛騎士であるクロスト・ビーネル。正義感が強い方だと聞く。あんな怪しい父親の元にいるから少し信じ難いけど。まあ私と父の間で何があったのかなんて深くは聞かされていないでしょうし、仕方ないわね。基本やる気のない護衛騎士たちの中でも、彼が見張りの時だけは魔法の特訓もしづらいほどに厳しい。きっと私が暴挙に出れば彼は本気で私を止めに来る。だけどそれは私から彼に攻撃した場合の話。正義感の強い人は大抵、根本に優しさを持っている。彼は心ではこう思っているはずだ。『穏便に済ませたい』と。だから忠告してくる。
「⋯⋯⋯クロスト、そんなに警戒しないでくれる? 私はただ楽に寝たいと思っているだけよ。攻撃の意思があるなら、こんな紛らわしいことはしないわ。最初からあなたに向けて放つもの」
「っ⋯⋯⋯⋯⋯」
「信用できない?」
クロストは真っ直ぐに私を見つめる。
嘘かどうか見極めるように。
私の視線は彼を真っ直ぐに捉えている。
そして彼は選択した。
剣から手を離したのだ。
「⋯⋯⋯分かりました。攻撃の意思は感じられないので多目に見ましょう。ただ私は旦那様よりアセロラ様の一日の行動を報告するよう命令を受けております。このような行為も全て隠さずお伝えするつもりですが、問題ありませんね?」
正直な人。だから私の見張りに採用されたのでしょうけど。
命令を順守する素直さ。だけど根っこには自分の意思がある。最終的な決定権は他人ではなく自身に預けているタイプね。だからしつこく確認を取ってくるし、言葉の裏を読もうとする。こういう系統の人間は大抵すごく―――利用しやすい。
証明には実際の情報が足りないから憶測の域をでないけど、明日になればどれくらい彼が従順なのか分かるでしょうね。
「ええ、良いわよ」
私はそう言って魔法で作ったハンモックに寝転ぶ。そして蔦を伸ばし、繭のように自身を包んだ。これで体温を奪われる心配もない。
そうして私は眠りについた。
※
窓がないせいで昼夜の感覚が合わない。
だけど朝になったのでしょうね。
何故ならクリストが無理やり私を起こしてきたのだから。
朝日が見えないと寝起きが悪いわね⋯⋯⋯⋯。
まるで夕方近くにうたた寝しちゃった気分だわ。
これ以上寝かせてくれないとわかった私は、仕方なくハンモックから起き上がる。
ベッドほど寝心地は良くなかったけど、全身痛くなるほどでもなかったわね蔦のハンモックは。
私は魔法を解く。
檻の中には水だけが置かれていた。
これが朝食のつもりなのかしら?
⋯⋯⋯なんか変ね。
私はため息をつき、用意された水を飲む。
ここを出たらシェフにタラ腹料理を作ってもらおうかしら。休む暇もないくらいの量を。
水を飲んだ私は昨日と同様に魔法の特訓を始める。クリストに背中を向けて見えないように魔法を使うのだ。怪し過ぎるが檻の中に隠れるような場所はないのでこうする他ない。
地下牢は昼夜問わず暗いし、この魔法で生成されるのは少量の液体だから<蔦掌>ほど丸分かりでもないのが救いね。
まあ⋯⋯⋯⋯肝心の魔法の方はまだ全然形になってないんだけど。それも時間が解決してくれるわ。
1つ運が悪いとすれば、見張りがクリストであること⋯⋯⋯。
「―――アセロナ様、先程から私に背を向けているのは何故ですか?」
このように時より、私の行動を確認してくるのだ。昨晩のこともあるし、警戒されているのでしょうね。
「背を向けるのはいけないのかしら?」
「いいえ、ただ私に隠れて何かしているのではないかと思っただけです。昨晩の事もありますし、魔法を警戒しないというのも無理がありますよ」
クリストの言う通りではあるわね。私だって警戒するもの。どうして朝から彼が見張りなのかしら。運の悪さにため息が出る。
⋯⋯⋯まあいいわ。
この運の悪さも利用してやりましょう。
「疑うなら疑えばいいわ。私はどれだけ言われても変えるつもりなんてないから。だって見張りを視界に入れたくないもの。気が休まらないわ」
「⋯⋯⋯分かりました。私に背を向けることについてはこれ以上言及しないでおきます。ですが私はアセロナ様を信用していない故、怪しい行動を見逃さないためにも常にアセロナ様の方を向いています。視界に映らないのですから、問題ありませんよね?」
「⋯⋯⋯勝手にすればいいわ」
そう、あなたは私を疑いなさい。
その方が後々やりやすいわ。
そうして過ごしていると地下牢に誰かが降りてくる足音が聞こえてきた。
護衛騎士の交代? いや、少し早いわね。それに足音も何だか違う。聞くだけで腹が立ってくる。
例えばそう―――父のような。
「地下牢の居心地はどうだ? 少しは反省する気になったか?」
憎たらしい笑みを浮かべてそう言う父。
ウキウキで私を見に来たのだろう。
「意外と居心地悪くないですね。ここ最近、だらけ過ぎだと思っていましたから、これを機に規則正しい生活でも身につけようかと」
「おお、そうか。まだそんな冗談を言うだけの余裕はあるのか。まあお前がそう簡単に反省するとは思っていない。そのために私は準備をしてきたのだからな。変な期待などするだけ無駄だ。それはただ自分を苦しめるだけなのだから。道具らしく素直に私に従うことが賢い選択というものだぞ」
そう言って父は高笑いをする。
「⋯⋯⋯フフッ、そこまでして私を地下牢に閉じ込めるなんて、お父様の執念深さには笑えてきます。私はいくら時間が経とうと反省する気なんて微塵もないですから、お父様の準備不足が露呈しないことを祈っていますよ」
私がそう言うと父はピクリと眉を動かす。
こんな事でもう怒りの感情を抱くなんて、プライドも行き過ぎると人を幼稚にするのね。
「どうとでも言えばいいさ。その威勢も数日すれば無くなる。私に泣きつくお前の姿が今にも目に浮かぶぞ」
すると父は何か思い出したような顔をし、企みの笑みを浮かべる。
「⋯⋯⋯そうだ⋯⋯⋯。先程そこにいるクリストから聞いたのだが、昨晩は魔法使って寝たらしいじゃないか。私がいつお前に魔法の許可を出した? 勝手なことをしたお前には更なる罰が必要だな」
クリスト、ちゃんと父に報告したのね。
これであなたが命令を順守する素直な人である証明が出来たわ。
「朝食で気づいかもしれんが、今日から3日間食事を抜きにする。水も最低限だ。魔法の行使をやめないというのなら更に3日伸ばしていく。良いな?」
だから朝食が水だけだったのね。
そう言って父は私の元を去って行く。
父は未だに私のことを下に見ている。
そうしていないと自分の精神を保てないのでしょうね。
好都合だわ。
食事抜きなんて、私からすればさほど問題でもない。
ここを出るのに必要な魔法を磨くことに集中するため、パンだけで我慢していたけど、もう一つの魔法も同時進行で磨くことにしましょう。
手間は増えるけど、それに見合う証明も出来たことだし良しとするわ。




