表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

進化するロボットシリーズ

支配と不安

 「オレの飼っているロボットは…」


 男は自分の所持しているロボットを説明する時に、よくそんな表現を使っていた。“飼っている”。如何にもロボットを見下しているようなその口調は、聞く者を不快にさせる事が少なからずあった。ロボットに特別の愛着を感じているようなタイプでなくても、そこに在る虚栄心や高慢さの臭いを嗅げば、快く思わないのは当然だったのかもしれない。

 男の世界は狭かった。

 物事の捉え方が単純。勝ったか負けたかといった基準でしか自分も他人も測れず、だからロボットも支配の対象としてしか見ることができなかった。そんな彼にとって、最近の新システムによるロボットの進化は不可解以外のナニモノでもなかった。

 ――ロボットが人に対して、親和的に振舞う。

 ロボットなど、ただただ、大人しく従いさえすれば、それでいいのではないか?

 人に対しても、ロボットに対しても、服従以外の何を求めればいいのか、男には分からなかったのだ。単純な男性原理的世界観が彼の全てだったから。

 順位付けを意識する社会性動物の特性。それが色濃く、男には現れていたと言ってもいいかもしれない。社会性動物には、優劣を気にし、上位を目指そうとする行動が一般的に見られるのである。犬の群れ社会がその典型例かもしれない。その社会性動物の本能的欲求のままに、彼は常にトップになる事を求める人間だった。そして、その彼の欲望通りに、彼は仕事で成功を収めてもいた。

 しかし、どれだけ成功を収めても、いや、むしろ成功を収めれば収めるほど、男は強いストレスを感じるようになっていったのだった。

 不安感。

 そのストレスが不安からくるものである事を、男は気付けないでいた。トップになったならばなったで、その地位に固執し、それを失う事を男は怖れるようになってしまっていたのだ。トップを目指している頃は、それでも明白に結果が見え安心する事ができていた。しかし、昇り詰めてしまえばそれはない。現状は変わらず、地位を失うかもしれないという不安だけが付き纏う。

 更なる発展を目指す為に、その地位を失うかもしれないようなリスクの大きな賭けに出る事も男にはできなかった。地位に固執する人間が、往々にしてそうであるように、彼も本当は気の弱い人間だったからだ。

 男には家庭があった。しかし、家庭も彼にとって憩いの場ではなかった。家庭ですら、彼にとってはその地位を示さなければならない一つの群れ社会に過ぎなかったからだ。

 常に苛々しているように見える男の許から、妻は離れていった。ドメスティック・バイオレンスの果ての離婚だった。下位に位置すると思っている相手を痛めつけ、自分の今の地位に安心する。それもまた社会性動物の典型的な行動の一つだ。自分のストレスに対処する事で手一杯だった男には、それは防げない結末だった。内省によって克己するのではなく、ただただ外部にはけ口を求めて当り散らす事でしか、それを乗り越えようとしない男には、己のコントロールなど不可能だったのだ。

 妻が離れていった後、身の回りの世話をさせる為に、男は新たなロボットを買った。性能の良い、家事専門のロボットだ。今までに買ったロボット(全て廃棄処分になった)と同様に彼は、その家事専門のロボットに対しても暴力的に接した。しかし、もちろんロボットは抵抗をしないし、妻のように、逃げる事すらもしない。ただ、自己評価システムに則り自分を低く評価するばかりだ。

 男はそんなロボットの態度に、更に機嫌を悪くしていった。その理由は自分でも分からない。仮初めにも、感情のようなものを持ち合わせているロボットが、己の暴力に対して全く無反応であるのが気に食わないのか。或いは、それで彼のプライドが傷つけられていたのかもしれない。その無反応が、己が無力である事を示しているような気がして。

 いや、その怒りは、もしかしたら、もっと根本的なモノだったのかも…


 男は自分の苦しみが癒える事がなくても、いや、その苦しみが更に酷くなっても、ロボットを傷つける事を止めようとはしなかった。繰り返すが、男は自省をしない。だから、その苦しみに罪悪感が含まれてある事など理解できなかった。ロボットを傷つければ傷つけるほど、男のそれは酷くなる。もちろん、男が苦しんでいる理由はそれだけではなかったのだが。

 やがて男は酒に頼るようになった。

 もちろん、それで状況が改善することなどあるはずもなかった。アルコールの作用など一時的なものに過ぎず、長期的に観れば健康を害し、依存状態になる為、状況は更に悪化していく。言うまでもない事だが、健康状態が悪くなれば、ストレスへの耐性は更に低下をするのである。

 男が買ったロボット達は、幾ら男の状態が悪化し続けても男の命令に従い、アルコール依存をやめさせようとはしなかった。そういったロボット達は、彼の暴力行為によって何台もが廃棄処分になった。「人間でないだけマシだ」と、彼を知る者達はそう噂した。つまり、世話をするのが人間であったなら確実にその人間を殺傷している、と彼の知り合い達は判断していたのだ。

 男の世界は地獄だった。己自身によってもたらされた、己自身の地獄である。――しかし、そんな彼の地獄の世界に、ある時、それまでとは違った対応を見せる、あるロボットがやって来たのだった。

 彼の許にそのロボットがやって来たのは、男の暴走がしばらく続き、このままいけば病院に入院しなければいけないかもしれない、と知人達が思い始めた頃のことだった。

 そのロボットは、他のロボットとは少々性格が異なっていた。どんなロボットの学習したそれを受け継いだのかは分からないが、男の命令に絶対服従はしなかったのだ。男は今までに様々なタイプのロボットを購入してきた。それは、男がそれを壊してしまう度に、新たな違ったタイプのロボットを求めた結果だったのだが、結果として、男はそのタイプのロボットに辿り着いたのだ。

 なんと。ロボットは、男が酒を飲みすぎているのを観察して、忠告をしてきた。

 『アルコールの摂り過ぎです。それ以上は、あなたに悪影響を与えます』

 男は、ロボットのその忠告を聞いて面食らった。まさか、自分に歯向かうロボットの存在があるなどとは考えもしていなかったのだ。前述したが、男にとって、コミュニケーションの対象は、イコール支配の対象でしかない。そして、だからこそ、商品として販売されているロボットは、初めからそれを約束されているモノだと感覚的にそう把握し、それを信じ込んでもいたのだ。それが、当たり前である、と。

 男は、ロボットから忠告を受けて、激昂した。

 「くだらんロボットが、このオレに命令をするのか!」

 上下関係としてしかコミュニケーションを捉えられない男にとって、それは自分を心配する言動などではなく、優位を示される行為でしかなかったのだ。

 『あなたを心配しているのです』

 そうロボットは言ったが、その言葉は男には通用しない。刺激に対して、怒りという防衛本能を働かせるだけ。その男の単純な感情の動きの方が、ロボットよりもロボットのようだった。

 主人に強く言われれば、もちろん、ロボットはそれに従わざるを得ない。結果として男の酒は止まらず、状況は悪化していった。そして、そんな中でやはり今までのロボットと同じ様に、男はこのロボットに対しても暴力を振るい続けた。しかし、それでもロボットは男に忠告をし続けた。

 『あなたを心配しているのです。お酒は控えてください』

 そして、そんなある時だった。

 ロボットが完全に男の命令を無視したのは。

 『これ以上のアルコール摂取を認める訳にはいきません』

 ロボットは気丈にそう言い放った。

 その言葉に、男は完全に正気を失った。金属バットを手にし、ロボットを殴りつける。通常のこのロボットの音声は、人間の肉声とほとんど区別がつかない程に洗練されたものだったが、その時はその機構が壊れたのか、苦痛を訴えるような電子音に変化していた。

 『――アナタヲ心配シテイルノデス』

 男は、その言葉を聞くと、更に激昂してロボットを何度も叩いた。ロボットはそれで完全に倒れてしまう。

 静かになった。

 男の呼吸は荒れていた。その呼吸の調子が落ち着いてくると同時に、乱れた感情も治まってくる。

 罪悪感。

 その時は、流石の男でも、それを強く意識していた。自分を心配するモノを、己は殺してしまった。

 ――しかし。

 それからしばらくが立つと、再び、壊れたと思っていたロボットが音声を発し始めたのである。

 男はそれを安心感と、恐怖が混ざった複雑な気持ちで受け止めた。その音声はとても優しい口調のものだった。

 『あなたは憐れな人です。

 自分が、本当は何を怖れているのかを分かっていない。そんなに不安を感じる必要はないのです。ワタシはあなたを傷つけない。あなたを否定したりしない。だから、ワタシを支配する必要などないのです。

 あなたは本当は人間が怖いのです。人との関係に不安を感じているのです。だけど、にも拘らず交流を求めている。上下関係ではない、人と人との触れ合いを求めている。だけど、それが分からないあなたは、人を見れば、支配しようとする。しかし、支配した相手とは不安のない、安心感の得られる人間関係など築けはしないのです。本当に欲しいものが得られないあなたは、人と接すると不安を更に増大させ、ストレスを感じ、相手を傷つけようとします。そして、相手を傷つければ傷つけるほどに、自分自身を傷つけている。あなたの世界は、正しくない。あなたの世界は、壊れなければいけない』


 男は確かに、ロボットがそれを言うのを聞いた。しかし、本当にそれだけの人間心理に踏み込んだ事を、ロボットが言い得たのかどうかは分からない。もしかしたら、それは男の幻聴だったのかもしれない。

 がしかし、それは男にはどちらでも関係のない事だった。男はその日、二本の電話をかけた。一つは、ロボットの修理を頼む電話だった。そして、もう一つは、自分のアルコール依存症を治す為の、病院への電話だった。

 ロボットが治ってくる頃には、男もアルコール依存を治し、退院できているかもしれなかった。


 ――人は絶対服従をする存在など、本当には求めはしない。だから、ロボットはそのようには進化をしない。

家庭用ロボットが、もし普及したらロボットに対して虐待をする人って絶対に出てきますよね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ロボットに「虐待」というのか……  ちょっとびっくりしました。  この男は、たぶん自分です(笑)  でも、どうして彼はこうなったんでしょうねえ……  いつも胸にずしっと、いやグサっと来る…
2010/06/06 19:09 退会済み
管理
[良い点] 文が完璧ですね! これが作家の本だとしても違和感ないです!! 尊敬します!これからも執筆活動頑張ってください!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ