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女神の消失




「見事。感服致しました。剣の腕といい、獄炎を切り裂く震天動地の神技といい。ロウエン。汝、只者ではありませぬな」



 剣の女神は腹の辺りで手を組み、心底驚いたという風な面持ちでローウェンに称賛を送った。初めて魔法を見たというなら、さもありなんといったところだろう。



「そうでもないよ。どこにでもいる、ごくフツーの荒事家業のあんちゃんさ」


 

 最後の一人を捕縛し終えると、ローウェンは、野晒しになっている亡骸の方へ向かって歩き出した。



「……できれば、人死には出したくなかったんだけどなあ。まさか制圧用魔法ぶっ放してくるなんて、聞いてないよ。……って、あんたに魔法云々のことを愚痴っても仕方ないか」



 と、ため息を吐きながら、真っ二つになって惨死した屍に、布をかける。


 この後、ギルドと役人に連絡して、捕縛したならず者たちの引き渡しと死体の処理をしてもらい、事情聴取など……すべてが終わる頃には、日付が変わっている事だろう。

 


「そういえば……『マホウ』と申しましたか。この国、この時代では、『神術』にも等しき術を、誰もが扱えるようになっておるのですか」


「シンジュツ……あ、東那の人っぽい言い方。魔法を『神術』って呼んでる人、東那には結構いるらしいね。ある程度心得のある人間なら、ってところかな。使用率は」


「何と……。東那国とうなのくにでも、已にこのような……。元来、文字通り名のある神、若しくは、限られた人間のみが行使できるものだったのに」


「輸入されたのはつい最近らしいけどね。伝わったそのままのやり方で、魔法を『神術』と称して使ってる人もいれば、元々あった『神術』を改造して、独自に進化させたのを行使してる人もいるらしいよ。それより……」



 ローウェンは剣の女神の顔を見据えた。黒色の目と、赤色の目の視線が交わる。



「やっぱりあんた、女神様なのかい?」


「……左様」



 ローウェンは静かに、固唾をのんだ。教会の人間が見たら、激怒しそうなやり取りだ。



「名は、白妙雪花咲姫シロタエノユキハナノサクヒメ。戦と豊穣の神なり」



 白妙雪花咲姫は、胸元に手を遣り、凛とした口調で名乗った。

 完全に異邦の地の、聞き慣れないその響きにローウェンは顔をしかめる。



「シロタエ……ユキ、ハナ? ゴメン、もう一回」


白妙雪花咲姫シロタエノユキハナノサクヒメ。長いと思われるのも御尤も。この名で呼ばれることは極めて稀で、民からは『雪様』『雪花様』『咲姫さん』などと呼ばれておりました」


「えーと……じゃあ雪花ユキハナ……さん」


 

 おずおずそう呼ぶと、雪花は「はい」と柔らかく返事し、ニコリと微笑んだ。



「戦争と豊穣の神様……剣の中の神様ってわけじゃなくて?」


「否。剣の中の神でもあるのです。この剣は私の御神体の一つ」


「ゴシンタイ?」


「御神体とは、神が宿るとされる物体のこと。神霊の宿る場として、信仰の寄処よすがとなる物。もっと分かりやすく言えば、今の私の本体が、この剣というわけです」


「成る程……。御神体の『一つ』ということは、まだ本体が存在するってこと?」


「然り。それに関してですが……」



 だがその時だった。



「っ……!!」



 雪花の顔が曇ったかと思うと、彼女の体が光りに包まれた。それは、剣から出てきた時の眩い光ではなく、弱々しく、今にも消え入りそうな光だった。



「!! 大丈夫か!」


「……この姿を保っていられるのも……ここまでだというのか……。異邦の地ゆえ……この地では……私の名など……誰も知らぬ、通じぬ……。信仰が……存在が……」



 顔を手で覆い、苦悶の表情を浮かべながら、息を荒げる。



「ロウ……エン」


「ここにいる!! 何だ!!」


「私の……手を……掴んでいて、欲しい……。もし汝が……かの剣に惹かれたというの、なら……」


「こ、こうか?」

 


 言われるがままに、ローウェンは伸ばされた手を掴んだ。



「汝の……力を……貸して欲しい……。ほんのひと時、魂の力を……消えたく、ない……消えたく……」



 縋るような悲痛なその叫びに、ローウェンは居たたまれなくなり、両の手で、彼女の手を握りしめた。



「なんだかよくわからないけど、何でもいいから貸すよ。あんたは今は俺の剣だ。持ち主には持ち主の責任があるんだよ!!」


「ああ……有り難う。……私の目に、狂いはなかった……ロウ、エン……汝は……」

 


 言い切る前だった。雪花から伝播するように、ローウェンの体が光に包まれた。「魂の力を借りる」儀式が開始されたのだとローウェンは悟った。

 


「んんッ……」



 襲い来る倦怠感と目眩。力が吸い取られていく感覚が襲ってくる。

 そしてその時、ローウェンは妙な感覚を覚えた。雪花の手が、ローウェンの手の中で少しずつ小さく、縮んでいたのだ。



(なんだ……これは!?)



 手だけではない。

 光に包まれた雪花の体全体が、ゆっくりと、小さくなっている。



(……まさか……失敗!?)



 一瞬、最悪の光景がローウェンの頭をよぎった。このまま無限に光が収縮し、彼女の体と一緒に、最後は消失してしまうのではないか、と。


 

「くっ……そお。どうすれば……いいってんだよ……」



 月夜の下で、男の嘆きの呻きが虚しくひびいた。

 

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