女神降臨
武運長久。
――と、墨で達筆に書された掛け軸を、ローウェンは鼻歌交じりで飾る。
ここはローウェンの住家。港町から少し離れ、大海を一望出来る断崖をのぼった先にある、森の入り口にポツンと建つ屋敷である。
一人で住むには些か大きすぎないかと皆言うが、そのいきさつを教えた者は、二度とこの屋敷を訪れなくなる。そんな、いわゆる「曰くつき」の物件だ。
鞘から剣を抜く。欠けや錆一つない白い刃を、ランプ型の魔法式照明の昼白光が照らす。この煌めき、何度見ても、ため息が出るほど美しい。
「憑いてるの、女の亡霊じゃなくて、女神様だったりして」
ローウェンは腕を組み顎を撫でながら、その神々しいまでの煌めきに改めて見惚れた。剣で祀られる女神だとしたら、他国の神話などを見るに、やはり戦いの女神か何かなのだろうか。
それにしても、もし女神が憑いているというのなら、流れ流れて辿り着いたのがこの国というのは、何という皮肉だろう――。
そんなことを思いながら、鞘と抜き身の宝剣を、ガラスケースの中に飾った。
一際大きく刃が煌めいたように見えた、その時だった。
眩い光が迸った。
「うわっ!!」
眩しさに、反射的にのけぞりながら、手を顔に翳すローウェン。
光の奔流が絶え間なく宝剣から流れ出る。その光源から、何かがゆっくりとせり出てきた。
(……なんだ? まさか、本当に)
人だ。人の型だ。全身が出たと同時にふわり、と羽根のように軽く地に足をつける。
光の放出が止み、放たれた中空で粒子となる。それらは人型の周囲を回りながら収斂し、雪が降り積もるように、新たな姿を形作っていく。
光が和らぎ、わずかに残った光の珠がふよふよと宙を舞う。
そこには――。
「んん……」
息を呑むような、純白の美がそこにはあった。再度、目が眩むかと思った。
そこに立っていたのは、白くゆったりとした装束を纏った女性だった。まるで長い長い眠りから覚めたように、ゆっくりと、長い睫毛の瞼を重たそうに持ち上げようとしている。
纏っているのは東那国の民族衣装、着物の一種であることは間違いない。が、設えられた装飾や銀糸の刺繍で彩られる厳かさは、今まで見てきた他のどれよりも格式が高いように見える。
そして極めつけに、まるで絹糸のように白く、そして艶やかに流れる白い髪。
まさに、白でもって白をコーディネートした極致とでもいう美に、思わず背筋がぞっとするようだった。
「……何てこった。本当に、女神様が憑いてたみたいだ」
ひゅう。と軽く口笛を吹きながら、衝撃を隠そうとするローウェン。
それに気付いたのか、女性がこちらの方を向く。顔をしっかりと見据え、物怖じする気配は欠片も見せない。
「……汝。名は?」
少し古風な言葉遣いで、短く聴いてくる。
「……ローウェンだ。あんたは?」
「ロウ……エン。ロウエンと謂うのですか」
「いや、ローウェン、ね」
そんなに発音しにくい名前かな? と、愛想笑いを浮かべながら頭を掻くローウェン。確かに東那国においては馴染みのない名前かもしれないが。
こちらの質問には答えずに、女性は続けて言った。
「ロウエン。仔細は後ほど訊き、話します故。――今はこの危急を脱しましょう」
「え? 何?」
思わず聞き返すも、彼女は窓の外を睨むように眺め、険しい声音でローウェンに告げる。
「館が、狼藉者に囲まれています」