漆黒の魔女と暴風のエルフ―番外編―ミミ
漆黒の魔女と暴風のエルフの番外編です。
ミミとの出会いのお話です。
本編は下記URL
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夕日が空を橙色に染め、丘の上を覆う穏やかな光が、二人の女性の影を長く伸ばしていた。
ひとりは、20代後半、抜群のスタイルを誇る美女。
腰まで届く長いストレートの黒髪、肩を半ば露わにした黒いドレスに、黒いミニスカート。
人形のように透き通った白い肌がより際立って映える。
金色の瞳に深紅の唇が妖艶さを醸し出していた。
その姿は貴族の令嬢のようでもあり、一流の娼婦のようでもあった。
もうひとりは、18歳くらいの少女。
短い金髪に翠の瞳、健康的な白い肌を持ち、細身で、細長い手足が特徴的なエルフだ。
上はタンクトップ風、下はミニスカートにショートパンツ風の、白地に金の織り込みが施された服を身に纏う。
銀のティアラと腰の金色の剣が彼女の高貴さを物語っていた。
金髪の少女は、上目使いで黒髪の女性に囁いた。
「ゼノアお姉ちゃん、今日は野宿じゃなくてベッドで寝たいよ」
「そうね。次の町で宿に泊まりましょうか、シリル」
「やったぁ!」
シリルは小さく飛び跳ね、両手を掲げて歓声を上げ、目の前の小さな町に向かって走り出した。
金髪が夕日の中で煌めき、その姿はまる精霊のようだった。
ゼノアは、その無邪気な反応に自然と笑みを浮かべていた。
ボルダイン王国、ダドン辺境伯領のバステト、何もない辺鄙な田舎町には宿は一軒しかなく、すぐに見つけることができた。
「ゼノアお姉ちゃん、魔物の素材をギルドで売ってくるね」
「なら、お願いするわ。でも喧嘩しちゃダメよ」
「分かってるよ!」
シリルは元気に冒険者ギルドへ走っていき、ゼノアは宿に入っていった。
冒険者ギルドは、狩りや仕事を終わった冒険者たちで賑わっていた。
奥のテーブルでは食事をしたり、明日の打ち合わせをしている者がたくさんいた。
シリルがギルドの重たい扉を勢いよく開け入っていくと、その場にいた冒険者たちは、一様に彼女を見つめた。
田舎町には似つかわしくない、貴族のような気品がある、金髪の美少女の登場に誰もが驚いた。
そんな事など御構い無しに、彼女は受付に直行し魔物の素材を出した。
「これらを換金して欲しいんだけど」
「畏まりました」
そう言うと受付嬢は奥に消えていった。
すると背後から声がかかった。
「お嬢ちゃん、見ない顔だな? ここは初めてか? 俺たちがいろいろ教えてやるぜ」
シリルは振り返り、にっこり笑った。
「奢ってくれるなら、考えてもいいよ」
「おう、いいぜ!」
男は奥のテーブルを指さした。
そこには四人の男たちがにやついた顔をして、彼女を眺めていた。
「まずはエールで乾杯だ!」
「乾杯!」
「いい飲みっぷりだな! もっとエールを持ってこい!」
エールが何杯も空になるころ、男たちはすっかり酔い、シリルに寄りかかってきた。
「なあ、これからもっと面白いことをしないか?」
シリルは笑顔を崩さず、彼らを挑発した。
「飲み比べで勝てたらね。ただし、ボクが飲み干したら、あなたたちも同じように飲むこと。飲めなかったら、負けね」
「面白え、勝負だ!」
「もちろん。さあ、エールをどんどん持ってきて」
1時間後、男たちはテーブルに崩れ落ちていた。シリルは涼しい顔で立ち上がり、軽く手を振った。
「ありがと。奢ってくれて。それじゃ、さようなら」
エルフは精霊のお陰で泥酔しなかった。
だからシリルは、同じような手で過去に、ただ酒を何度も楽しんでいた。
彼女は涼しい顔をしてギルドを出ていった。
「可愛い顔して、なんちゅうウワバミだ」
ギルドの中は騒めきが止まらなかった。
宿屋の前に戻ってくると、ゼノアが腕組して待っていた。
その顔は明らかに怒っていた。
「シリル、またお酒で賭けをしたわね」
「えへへ、ちょっとね」
シリルはバツが悪そうに舌を出して誤魔化そうとした。
「喧嘩していないでしょうね?」
「もちろんさ。してないよ」
ゼノアはシリルの目を見つめて、嘘はついてないと感じ、安堵した。
「それならいいわ。でも程々にしてね」
「は~い」
翌朝、素材のお金を受け取るため、二人は冒険者ギルドに足を運んだ。
受付の前で、ひとりの男が必死の形相で受付嬢に詰め寄っていた。
「お願いします。急がないと村が危ないんです」
「依頼は受け付けますが、すぐに依頼を受ける人が現れるか分かりません」
「コボルトの群れがいるんです。お願いします」
周りに何人も冒険者がいたが、誰も見てるぬ振りをしていた。
シリルは周りの冒険者を睨みつけて叫んだ。
「コボルトごときにビビって、情けなぁ」
すると冒険者のひとりが、彼女に言い返した。
「そいつの村は馬車で三日かかるんだ。今から行っても間に合わねえよ」
その言葉に村の男は、崩れ落ち泣き出した。
たぶん冒険者の言った事は間違っていないのだろう。村の男も気づいていたのだ。
ゼノアの顔色が変わった。そして彼に近づき手を差し伸べた。
「詳しく話を聞かせて下さい」
男は村長の息子だった。
一週間前に村人が森でコボルトに襲われた。
コボルトが村の近くに来ていることは間違いなく、村が襲われるのは時間の問題だった。
ゼノアは彼に告げた。
「間に合うか分かりませんが、私たちが行きます」
ゼノアはシリルと顔を見合わせ、すぐにギルドを出ていった。
「シリル、全力で飛んで行くわよ! 遅れないでね」
「姉ちゃんこそ、ボクに付いてこれるかな?」
二人は競うように飛んで行った。
村に近づくと、ゼノアは眉間にしわを寄せた。
そこには多くの魔物の気配と、人の血の匂いがしたのだ。
「間に合わなかったか……」
彼女の胸の中に、失望と無力感が広がった。
「シリル、生きている人を探して。私は魔物を片付けるわ」
「分かったよ、姉ちゃん」
風のように駆け抜けるシリルと冷徹な目で敵を睨むゼノアは魔物の群れに突撃した。
コボルトが一斉にゼノアの方を振り向き、牙を剝いた。
「ドレイン」
ゼノアが唱えると、コボルトは、叫び声を上げることなく、次々と命を吸われて絶命していった。
コボルトのボスは何が起こったのか分からなかったが、漆黒の女に思わず恐怖して逃げ出していった。
「逃げても無駄よ」
彼女はボスを睨みつけ、威圧を放った。
その圧倒的重圧に、ボスは地面に叩きつけられ気を失った。
「ドレイン」
倒れたボスは、あっという間に命を削り取られた。
「漆黒の魔女」と呼ばれる彼女は、瞬く間にコボルトの群れを片付けてしまった。
一方、シリルはコボルトを瞬殺しつつ、生きている人を探していた。
「暴風のエルフ」と呼ばれる彼女の素早さに、コボルトは全くついていけなかった。
彼女に襲いかかろうとしても、軽く躱されて蹴られて死んだ。
逃げようとしても、すぐに追いつかれ剣で切られて死んだ。
まるで竜巻が吹き荒れた後のように、コボルトの死体の山ができていた。
ゼノアが周りを見回していた時、赤ん坊の泣き声が聞こえた。
すぐに泣き声のする方に飛んで行くと、家の中で赤ん坊を抱いた母親が血を流して倒れていた。
「……ミミ……」
母親は、ひと言呟くと息を引き取った。
ゼノアは、怪我した赤ん坊を抱きかかえ、その血の匂いに驚いた。
「まさか勇者の血筋?」
その血を舐めて確認した。
「間違いない。勇者の血筋だわ。シリル、シリル! 急いで来て!」
そこにシリルがやってきた。
「姉ちゃん、生きてる人はいなかったよ」
「シリル、この子、ミミに癒しをかけて怪我を治して。早く、早く!」
「う、うん。分かった。いま癒しをかけるね」
シリルの手から金色の光が溢れると、赤ん坊の傷は治り元気な泣き声を上げた。
ゼノアは大切そうに赤ん坊を抱きながら、涙を流していた。
シリルは、いつもは冷静なゼノアの慌てぶりに驚きを隠せなかった。
「ゼノア姉ちゃん、その赤ちゃんに何かあるの?」
「ミミちゃんはね、古い友人の子孫。かって魔王を倒した勇者の血を継ぐ者なの」
「へぇ、勇者の子孫ねぇ」
「久しぶりに見つけたので、感激しちゃった」
ゼノアはバステトに戻って、村長の長男に村が全滅したことを伝えた。
彼に赤ん坊を託そうとしたが、彼は育てられないと言って去っていった。
「どうしましょう」
ゼノアが困っていると、四人の男たちがやってきた。
「おい、そこの金髪の女、一昨日はよくも恥をかかせてくれたな!」
彼らは酒の賭けでシリルに負けた男たちだった。
シリルが何食わぬ顔で返事をした。
「ああ、酒を奢ってくれたオジサンたちか。ご馳走様でした」
「オジサンじゃねえ、おにいさんだ! こいつ舐めやがって」
男たちはシリルを囲んだ。
「もう遅いぞ、謝っても許さないから覚悟しろ!」
「やれるものなら、やってみろ!」
ゼノアは呆れた顔をして、ため息をついた。
「シリル、殺してはダメよ。手加減を忘れないようにね」
「わかってるよ、姉ちゃん」
「どこまでも舐めやがって! やれ!」
男たちが一斉に飛びかかった瞬間、シリルの姿が消え、男たちは空中へ舞い上がった。
そして地面に叩きつけられて、悶え苦しんだ。
ゼノアは男のひとりを片手で持ち上げて尋ねた。
「赤ん坊を育ててくれるところを知らないかしら?」
男は、町のはずれの丘の方を指さした。
「教会の……孤児院……」
「ありがとう。助かったわ。シリル、行きましょう」
ゼノアは男を離すと、孤児院へと歩いて行った。
「シリル、しばらく、この町で過ごすことに決めたわ」
「その赤ちゃんのため」
「ええ、そうよ。勝手に決めてごめんさいね」
「別に構わないよ」
「ありがとう」
ゼノアは赤ん坊を抱きながら、シリルと共に教会へ歩いて行った。
その後、二人はこの町で「漆黒の魔女と暴風のエルフ」と呼ばれるようになる。
これが、後に聖女として覚醒するミミとの出会いであった。
本編は第2章開始です。
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