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3と1/3章『酒神の宴2日目(とある半グレの場合)』

 歌舞伎町の奥半分はラブホ街だ。

 愛ある者達、経済的合意に至った者達、強引なやり取りを経た者達。様々な二人組が、値段やサービスの書かれた看板を眺めながら歩く。

 そんな男女の間を、するりするりと灰色の影が通り抜ける。ポケットに手を入れ大股で歩く木枯に気づく者はいなかった。


 この乱暴者はおそらく、新宿の誰よりもよく歩く。軽いフットワークで、どこにだって姿を現す。金の匂いがすれば首を突っ込み、争いが起きれば必ずそこにいる。

 木枯はラブホ街を抜け、区役所通りまで出た。彼を知るスカウトの男が、顔を引き攣らせる。見えなかったように装い、興味もないくせに寿司屋の看板に顔を寄せた。


 くっちゃくっちゃとガムを噛む音。彼とすれ違ったサラリーマンが、音の正体を探すように立ち止まってきょろきょろとした。しかし見つけられなかったのか、首を傾げながら歩き出す。

 そんな木枯の前に、拳が突き出された。


「ヘイブラザー。元気?」

「よーー、山田太郎君。お前を探してた。探してたんだわ」


 ドレッドヘアの黒人キャッチは、木枯の凶相を前に、にかっと明るい笑顔を見せる。


「コガラシさんがタロウに用事? 珍しいね!」

「そうだなーー。ちょっとばかし手が要る。デカイ案件だ。そういうときのための、お前だろ。なにせ、デカイんだ」

「タロウ、立ち話嫌いだよー。お店で話そう! キャバとオッパイ、どっちいい?」

「俺を引いて稼ごうとするなんて、良い度胸してるなーー。死にてえか?」


 木枯は太郎のスニーカーを踏んで動けないようにしながら、折りたたみナイフを腹に押しつけた。太郎はヘラヘラした態度を崩さない。


「コガラシさん悪い人。悪い人お金持ち。タロウはビンボー。オーケー?」


 木枯は毒気を抜かれた顔で、ナイフをポケットにしまった。


「怖いものなしか。何も怖くないんだなーー」

「タロウ、テクニカル怖い」


 テクニカルとは、ピックアップトラックなどの荷台に機関銃や無反動砲のような武装を取り付けた、簡易的な戦闘車両のことだ。アフリカで民兵や武装組織が多用し、地域によっては恐怖の象徴となっている。


「太郎、お前って出身どこだっけ?」

「新宿だよー。純ジャパ純ジャパ!」


 木枯は閉口した。


 一切の間を作らず音を鳴らし続ける、爆音のEDM。数メートル見通すのも難しい薄暗い店内。要所要所に置かれた小さなインテリアが、所在なく小さな光を放っていた。

 目を凝らせば、男性客の膝の上に座る薄着の女性達のシルエットが映る。ときどき席に灯るライターの光に、黒服が駆け寄ってオーダーを受けていた。


「オッパブなんて、コガラシさんスケベねー!」


 太郎が笑う。木枯は舌打ちを返した。


「ここなら会話が漏れねーー。いい具合にうるせぇ。ちょーっとうるさすぎるか。腹立つな」

「だから女の子いないの! 面白くないね!」

「遊ぶ気でいるんじゃねーー。仕事の話って言ったよな。遊びじゃねーー」

「そうだった! 仕事の話!」


 太郎はぽんと手を打ってから、ビールを一息に飲み干した。グラスを置くと、ジッポの火を揺らして黒服を呼ぶ。


「キャッチの仕事してんじゃねえ! セコい単価の上げ方してんじぇねえよ!」


 まなじりを吊り上げた木枯は、黒服にベル・エポックを頼んだ。この店ではサービス料込みで一八万円だ。


「これで満足しろ」

「タロウ、コガラシさん大好き!」


 木枯の苛立ちは募る。それでも太郎をもてなしてやるのは、木枯にとって代えがたい価値があるからだろう。


「もういいか。いいな。仕事の話だ。ダンジョン、探すぞ」

「ダンジョン?」

「お前もこの街の住人だ。さわりくらいは知ってるだろーー」

「知ってるよー」

「そうだよなあ。知ってるよな。だって、お前さ」


 木枯は太郎の肩に腕を回した。冷たい指が、太郎の太い首に絡みつく。


「自称精霊のガラ確保してるだろーー?」


 太郎の肩が跳ねた。目が泳ぐ。


「シラナイヨー」

「おい?」

「ニホンゴワカラナイ」

「教えてやろうか。なあ」


 指が耳の下のくぼみに深く食い込んだ。激痛に太郎は顔を歪める。


「大変申し訳ございません。存じております。ご指摘にありましたとおり、当該人物の身柄は私が確保しております。この街で起きていること全てを把握していらっしゃる木枯様のご慧眼には敬服するばかりです」

「ペラッペラじゃねえか」


 木枯は深く溜息をついた。太郎の丁寧なのかふざているのか分からない態度に、心底げんなりした様子だった。


「雇い主に報告せず攫ってんじゃねえよ。雇い主だぞ。誰のお陰でこんなもん付けてられるか考えろーー?」


 太い首にかかった二四金のチェーンを手でぐるりと巻き取って締め上げた。太郎は顔をしかめつつも、抵抗せずに膝の上でぐっと拳を握り耐える。大人しく従う様子に、木枯は手を離した。


「分かりゃあ良いんだよ。筋を通すなら、稼がせてやる。稼がせてやってきただろーー」


 丁度そのタイミングで黒服がフルートグラス二脚とベル・エポックを持ってきた。床に片膝をついて、音を立てずにそっと栓を抜く。注ぎ終えるととシャンパンペールにボトルを挿し、すぐに立ち去った。


「じゃあ、乾杯?」

「俺は飲まねえよ。酒を飲んだら体がくせえ。くせえのは嫌いだ。全部お前が飲め」

「コガラシさん大嫌い!」


 太郎は思いきり舌を出してから、一気にフルートグラスを傾けた。

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