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2と2/3章『酒神の宴一日目(とあるホストの場合)』

 看板の光に照らされた夜の歌舞伎町を、三人組がのんびりと歩く。時刻は二五時を過ぎた頃。歌舞伎町の夜空は人工の強い光に照らされて、黒と白が混ざっているのに灰じゃない、不思議な色をしていた。


 三人組の真ん中を歩く小柄な男が上を見上げた。

 青空快晴は、青空を見たことがない。


「秋葉ちゃん、何食う?」


 快晴は小柄な体、真っ赤でふわふわとした髪型、かわいい系の顔立ちというルックスを、サンローランのタイトなファッションで武装したホストである。生意気そうな顔を傾け、隣を歩く大柄な男に話しかけた。


「なに食べるー?」

 隣を歩く地雷系ファッションの若い女の子が、それに便乗した。


「なんで僕が決めなきゃいけないんですか?」

 秋葉と呼ばれたのは、刈り上げた短い黒髪と、鍛え抜かれた長身を持つ精悍な男だった。真面目さと厳しさが同居した顔つきは、快晴のような浮ついた男とつるむには不似合いである。


「当たり前やろ。俺もみょんこもあんま食わへんし。秋葉ちゃんデカいからめっちゃ食うやろ」

「デカいから食べるは偏見だ。普段はゆっくり食べる時間がない。カップ麺ばっかりだ」

「何食ってんの」

「ペヤング超大盛り」

「アメリカから来たんか?」

「出身は神奈川だ」

「へー、みょんこと一緒!」


 快晴の腕にしがみつきながら、女の子がへらへらと笑った。無邪気な様子に、秋葉は困ったように眉を寄せる。


「誇れ、秋葉ちゃん。一緒やて。よかったな」

「よかったねー」

「お、おう……?」


 秋葉は不思議そうに首を傾げた。何が楽しいのか、みょんこと呼ばれた女の子はケラケラ笑い、厚底のスニーカーを振り回すように足を上げた。ぺかぺかの黒い合皮が、安っぽく光を反射する。


「この辺で食事ってどこ行けばいいんだ? こんな時間でもやってるのか」


 秋葉は無骨なカシオの腕時計を見た。時刻は日付をまたいだ一時を示している。


「せやなぁ。中華とラーメン、そば、定食、海鮮。あとは、そうめんやら雑炊にインドカレーってとこやな。居酒屋と焼き鳥もあるで」


 快晴は指折り数えるが、途中から全く数が合っていない。結局四本しか指を折らずに、満足げに頷いた。


「秋葉ちゃんの居心地悪ければ、ここから歌舞伎町を出てもかまへん」


 指さす先は区役所通り。靖国通りから、無数のタクシーがこの繁華街に出入りしていた。


「出るか」

「秋葉ちゃんの言うとおりってな」

「今日の主役だねー」


 秋葉は少しだけ安堵の表情を浮かべた。

 区役所通りは、歌舞伎町という魔境と、靖国通りという表を繋ぐ道。だが真夜中になると、もっとも今の歌舞伎町らしい姿を見せつける。


 けたたましく音を奏でる、ホスト広告の電光掲示板。気怠そうに立ちながらも、通り過ぎる男性に向けて声を張るガールズバーやコンカフェの女の子。それと、一〇年間で急速に数を増した黒人キャッチだ。


「ヘイブラザー。楽しんでる?」


 三人の前に黒い拳が突き出された。警戒するように、秋葉が身を引く。


「ただのキャッチや。グータッチは無視してスルーでええ」

「いや、違法行為だろ。ただ声を出すのと違って、通行の妨害だ。迷惑防止条例に違反している」


 秋葉がジャケットの懐を漁る。その手を快晴が押さえ、小さく首を振った。


「手帳出してもどうにもならんで。こんだけ巡回やっとる街で、一向に減らないどころか増えてるんや。意味を考えや」


 二人のやり取りを見たキャッチが真っ白な歯を見せる。


「なにー。ポリスマン? どこのひと?」

「……杉並だ」

「スギナミ。ワタシの故郷より遠いよ」


 まだ若く、ボクサーのように引き締まったドレッドヘアの男は、何が面白いのかゲラゲラと笑った。


「どこやねん」

「新宿生まれ新宿育ちの純ジャパよー」

「うっそだぁ」


 みょんこが笑った。その袖を快晴が引っ張る。


「あかん、無敵のギャグや。ツッコんだ方が負けや。逃げるぞ秋葉ちゃん!」

「えぇ、いいのか?」

「色んな意味でギャグが強すぎるわ!」


 足早に離れる三人を、キャッチの男は生暖かい笑顔で見送った。

 靖国通りまで出てから、なんとなく三人は西武線の方に向かって歩みを進める。


「なぁなぁ、秋葉ちゃん」

 快晴が少しだけ背伸びをするように、上を向きながら秋葉に囁いた。

「なんだ?」

「さっきの黒人、痩せてたな」

「痩せてたというか、鍛えられた体だった」

「ありゃ金あるで」

「そうなのか?」


 秋葉は不思議そうに快晴を見た。


「そうや。貧乏人は炭水化物と油しか食えんからな。腹がぽっこりしよる。まだ若い――新参のはずなのに、金があるのは変やな。ああいうのは、歴が浅いほど絞られるはずや」

「なんの話ー?」


 みょんこが快晴の腕を引く。快晴はおどけた調子で笑った。


「どっかに一億円くらい落ちてへんかなって」

「欲しいねー。一億円拾ったら、快晴に九〇〇〇万円使ってあげる」

「全部使えや」

「こわ」


 急に低くなる声に、みょんこは口をへの字に曲げた。それから、不思議そうに鼻をひくひくさせる。カラオケ屋の店前、鏡のように磨かれた金属の柱を前に立ち止まった。


「なんか、変な匂いするかも」

「そう? わからん。どんなん?」

「うーん、なんかね。正露丸みたいな匂い!」

「よう知っとるなー」


 快晴は感心したように、みょんこの頭を撫でた。

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