S07 -魔法における属性の考察・基本属性-
大変お待たせしました。筆が完全に止まっておりました。
こちらは、ルミがエクソーバーになってからアーコスト王国に向かうまでの数日間のお話です。
必ずそこに在る"魔法"というものを考察する回で、読まずとも本編に影響はありませんが今後のお話が分かりやすいかもしれません。
次話もこういったものが続くと思います。
鬱陶しかったらコメントください。割愛します。
そういえば治療をしていたある日、ナァナ様からとある本を貰った。
その本は『魔法における属性の考察』と題されており、要するに魔法の属性を学ぶ為の教本として使っている本との事だった。
王国と帝国の教え方の違いなども気になったので、写本したものを頂いたのを思い出した。
「読んでみるか......第一章・基本属性」
『基本属性とは、火・水・風・地・光・闇の6つからなる、魔法の性質を現す状態の一種である。
何故この6つが基本属性と呼ばれているか。
それはこの属性に適性がある者が多く、イメージがしやすく習熟が比較的容易であるためだ』
最後の、基本属性と呼ばれる理由は初耳だ。
基本属性というのは、こういうものだ......という教本だった気がする。
こういった細かいところから、王国と帝国の差を感じるとはな。
私はぱらりと頁をめくる。
『つまり、基本属性の適性があろうとなかろうと、魔法を使う事になんの問題もないという事だ。
私としては“適性”という言葉を使う事から異議を唱えたいところではあるが、本書は属性についての考察故割愛する』
大分、現代の魔法の体制について思う事がある筆者のようだ。
しかし、筆者の意見には私も同意だ。
適性というと、まるでその属性以外が使えないかのような印象を与えてしまう。
イメージが大切な魔法という概念において、それは致命的ではないかと思うのだ。
『更に言うのならば、属性というもの自体が魔法使いのレベルを落とす事の一助になっている気がしてならない』
かなりぶっ飛んだ暴論だ。
曰く、属性という枠に囚われる事で本来当人が持つイメージを損なう可能性があるとのこと。
確かに当人が持つ独自のイメージが崩れると、最も適した魔法を撃てない可能性がある。
しかし、大したイメージ力を持たない者からすれば、魔法というものを咀嚼するのにちょうど良いものになっている。
つまり、著者は1000人の平均的な魔法使いより1人の天才魔法使いを大切にしたいようだ。
当然、国にとってはそんなものは看過できないだろう。
だからこそ私はこれを暴論と言ったし、これを教本として使うファーリア侯爵にも驚きが隠せない。
『だが私は1つだけ、属性という概念に利点を見つけた。ただ現代魔法に文句を言うだけの盆暗ではないのだぞ、私は』
当然だが、著者が盆暗であろうとなかろうと、私には関係ない。
私はその利点とやらを述べているところまで読み飛ばす。
『つまり、属性の適性は本来の魔法適性を見抜くのにも役に立つということだ。火属性と風属性に適性がある者と、水属性と地属性に適性がある者の本来の魔法適性が同じはずもない』
一般的に、火属性や風属性は積極性に富んだ人間や攻撃的な魔法を好む人間が多いとされる。
逆に、水属性や地属性は温和な人間、物静かな人間か多いとされている。
血液型診断のような、眉唾のようなモノだと思っていたが。
しかし考えてみれば、魔力というのは己の根幹である魂から出ているのだからおかしな話でもないのかもしれない。
今までそう見えていなかったのも、心の奥底に潜む感情や自分でも理解していない自分が魂には眠っているからなのだろう。
『火属性に適性を持つ者の本当に得意な魔法というものは、恐らく攻撃的で苛烈な魔法なのだ。当然、そこまで開花し魔法として昇華出来る人間など一握りもいないだろうが』
ふむ。
となると私の《睡眠》が人間に効くのは、圧倒的な睡眠系魔法への適性と見ていいだろう。
私の《睡眠》の使い方を誰に説明しても同じことが出来なかったのは、そういう事だったのだろうか。
『その証拠にかの炎魔公に話を聞いたが、あやつの使っているのは正確には火属性ではなかった。故に火魔公ではなく炎魔公なのだともな。あやつの火へのイメージは余りにも強く、火力がどうしても強くなりすぎるのだと』
それが著者の言う、本当の魔法適性か。
凡人なら火属性で終わっていたところを、イメージの強さだけで違う属性とまで言わしめるのだから。
つまりは、アリー師匠のあの嵐の魔法も風属性に近い何かなのだろう。
アレは風属性というにはあまりにも重すぎたからな。
そう思いながらページをめくると、表のようなものと、その上に1文だけ記されていた。
『これから魔法を学ぶ新たなる学徒の為に、各基本属性に適性がある者の傾向をここに記す』
火属性 苛烈で直観的、魔法に求めるものは攻撃力であることが多い。
水属性 慎重で温和、魔法に求めるものは適応力であることが多い。
風属性 腕白で楽観的、魔法に求めるものは効率であることが多い。
地属性 真面目で保守的、魔法に求めるものは堅実さであることが多い。
光属性 闇属性と本質に大差はない。光と闇、どちらに快不快の感情を覚えるかで適性が違うようだ。
闇属性 光属性と本質に大差はない。光と闇、どちらに快不快の感情を覚えるかで適性が違うようだ。
上の4つは良いとして、光属性と闇属性はどういうことだ。
次のページをめくると、ありがたいことに注釈の記載があった。
『光属性と闇属性。イメージしやすいものでもないのに何故基本属性に入っているか気にならないだろうか。それは、元来より生き物に必ず刻まれているものだからだ。光属性も闇属性も苦手な者はおらず、いるとしたら魔法が使えない者だけだ』
適性を見定める水晶玉が認識できない程度だとしても、どちらかに必ず偏るということだな。
『つまり、生き物の本来の魔法適性というのは、”光属性か闇属性のどちらか”プラス”何かしらの魔法”なのだ。闇属性が刻まれた者は光属性を無意識的に避ける傾向があり、その逆もしかりだ。私はこれを非常に面白い現象として見ている。この現象について説明しようとすればこの本の3倍の厚さでも足りないので割愛させていただくが、まとめると光属性と闇属性は必ずどちらかの適性が多少なりともあるため、基本属性として記載されているという訳だ』
非常に興味深い考察だが、確かにこれ以上は魔法初心者の教本で語ることでもないだろう。
というか、既に随分教本に必要ないことを書いている気がするが。
そんなことを思いつつページをめくる。
『第二章・派生属性』
週3(くらい)投稿継続中です。
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