5 -盗賊-
さて、地理のお勉強の時間だ。
私が住んでいたユースデクス子爵領は、アーコスト王国の東に位置する領地だ。
そして、目標のローザル帝国はアーコスト王国から見て南だ。
つまり、アーコスト王国の南東のランス辺境伯領を経由し、森を抜けて帝国領に入るルートが一般的だろう。
当然私はそうしたわけだが、それによって2つの予想外の出来事が起きた。
まず1つに、ランス辺境伯の領地でもユースデクス子爵家の追手が来た事。
これに関しては、こちらの我儘に付き合って貰っているわけだし、穏便に眠らせてあげた。
魂も取っていない。取ったら恐らく死ぬだろうしな。
そして2つ目、これが問題だ。
私が現在野営しているのは、ランス辺境伯領とローザル帝国の国境付近、森の中だ。
私の野営地から少し歩いたところに、予期しない隣人がいるのだ。
「おい、交代の時間だぞ」
「あいよ、リーダーはなんだって?」
「今日の夜は仕事があるってよ」
......見た感じ、恐らく盗賊だろう。
どうしたものか。バレずに抜けることも出来るだろうが、帝国に入ってからの路銀も必要だ。
何人か魂を実験用に貰って、他は帝国まで連れていくか。
私は闇魔法《忍び足》を発動し、足音を消す。
辺りは暗く、人気のないこんな場所。油断せず警戒しているようなら盗賊になっていないだろう。
《睡眠》を発動し、音もなく見張りを排除する。
「夢魔法・幻惑の章《夢傀儡》」
「......んぁ?」
盗賊の男は目を覚ます。私は上手くいったことにほっとする。
これは魂に命令を刻み込む魔法だ。私が刻んだのは、『起きたら私の質問に嘘偽りなく答える』だ。
「あなた達は盗賊?」
「......あぁ、そうだよ」
盗賊で間違いないようだ。では、殺しても問題ないな。
首に極細の糸を巻き、そこらの木に繋ぐ。
そして魂に『私が居なくなったら即座にまっすぐ走る』と命令を刻む。
こうすれば、勝手に自滅してくれるはずだ。
次は野営地の中心に向かう。親玉と一騎打ちをしてやろうなどと思っているわけではない。
「このあたりか......《微睡み》」
この程度の範囲なら、私を中心として広範囲で眠りを齎す《微睡み》で十分だ。
これは私が開発した闇魔法だが、この程度なら無詠唱で発動できるようになりたいところだ。
ガサガサと音が聞こえる所を見ると、誰かが出てきている。
効いてなかったのか?面倒だが相手するか。
「おい、誰も起きてねえのか!?おい!!」
まだこちらには気づいていないようなので、一息で終わらせよう。
地属性中級魔法《岩縛》を足元に展開する。
男の脚は盛り上がった岩に絡まれる。
「うお、なんだ!?魔法か!敵襲、敵襲!!」
誰も来ない。やはり、私の《微睡み》はしっかり発動している。何故こいつは無事なんだ?
「あなた、ここの頭領ですか?」
突然現れた私に、男は驚きつつも長剣を構える。
そういえば、私には武器も必要だ。糸があるとはいえ、取り回しの良い短剣くらいは欲しいところだ。
「誰だ、お前!」
「質問は私がしています。ここの頭領は、あなたですか?」
極細の糸を両手と首に巻き付ける。
男の頬に汗が伝う。やっと立場を理解したようだ。
「......そうだ」
「自分の立場を理解して、端的に発言する。良い心がけです。では、次の質問です。あなたは、睡眠を妨げる何かしらの装備を着けていますか?」
そう、こういった精神に作用する魔法は、装備やらなんやらで防げるとアリー師匠に教わった。
私が警戒すべき相手は、こういう輩だけなのだというのもその時に理解した。
「......言えば、命は助けてくれるのかあ、あ、あ、わかった、言うから糸を緩めてくれ。右手の人差し指だ。その指輪が精神異常を防ぐらしい」
なるほど。アクセサリーか。
糸で人差し指の付け根を縛り、その先を切り落とす。
「あが、あぁぁ!!何故、ちゃんと喋っただろう......!」
「まずあなた方は、盗賊です。殺されても文句の言えない存在。そして、どんな武器を持っているかわからない相手に不用意に近づくなんて危なくて出来ません」
理由を説明してやり、《睡眠》で眠らせる。
そして、ある程度情報を集め、野営地の全員に《夢傀儡》を掛け______これが一番面倒だったのだが______3人の雑兵から魂を抜き取り、帝国に向かった。
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お、森を抜けたな。
踏み慣らされた道も見えた。
20人ほどの盗賊を連れ、街まで歩く。
「街までは遠いんですか?」
「いや、1時間も歩かないと思うが」
「そうですか」
頭領の男だけは、こういった会話の為に口を利けるようにしてある。
他のやつらは、面倒なので『黙って付いて来い』と命令を刻んである。
しばらく歩くと、本当に街の壁が見えてくる。
意外としっかりとした作りの壁だ。魔物の攻撃から街を守るためだろう。
街の名はモズー。ゴルドー辺境伯の領地で最も大きい街らしい。
......ここまで来たか。街に入る前に、ステータスを確認しておこう。
名前 : ルミ・ユースデクス
種族 : 人間
称号 : なし
スキル : 《魔糸使いLv6》《超睡眠Lv3》《魔導Lv2》
《魔糸使いLv6》:魔力で出来た糸を生成し、操作する。
現在使える糸の種類:通常・粘着・細・極細・属性耐性
《魔糸使い》はLv5では属性に対する耐性を付与できるようになり、Lv6では単純に取り回しが良くなった。
このレベルアップがなければ、頭領の指を切り落としたような繊細な動きは出来なかっただろう。
《超睡眠Lv3》:睡眠中の体力、魔力の回復が早くなる。
現在優先されているステータス:魔力
周囲:敵性反応有
《超睡眠》はLv3で、自分の近くに敵性反応があった場合、自動的に目が覚めるようになった。
これがもしもオンオフ不可だったら、私は神を呪いながら自決していただろう。
なにせ、気持ちよく寝ている時に、壁越しに敵意を持たれるだけで目が覚めるわけだからな。やってられん。
《魔導Lv2》:魔法の威力、魔力量が上昇する。
《魔導》は、文は変わらないが、上昇する量が増えたように感じた。
アリー師匠との訓練中に、急に大分威力が上がったからな。
「止まれ。モズーの街に、大勢で何用だ」
丁度確認を終えたところで、門の前に着いた。
大きな槍を持った兵士の男が、頭領に問いかける。
「いや、俺じゃなくてこっちだ」
「な、何?失礼した。それで、何用か」
お、意外とすんなり受け入れたな。
あぁ、アーコスト王国と違って人間以外にも寛容だから、人間以外の種族だと思われたか。
まあ、なんでもいいので手続きを進めていく。
「冒険者になる為に来ました。この人間達は森に巣くっていた盗賊達です」
「......は?盗賊?拘束も無いように見えるが」
あぁ、そうだった。魂に刻んであるから危なくないと言っても伝わらないしな。
どうしたものか。
「この娘っ子があんまりに強いんで、完全に降伏したのさ。逃げようとすら思えない。その証拠に、他のやつらはまだショックで喋れもしない」
頭領の男、グッジョブだ。
こういった機転が利くのはとても助かる。
最悪今から襲ってもらおうかとも思っていたので、面倒が少なくて済んだ。
「......そうか。では、全員盗賊として処理しても良いな?」
「あぁ」
「ありがとうございます」
盗賊の手続きが終わり、私の入国の処理がされる。
正直、こちらの方が面倒そうなので少し不安だ。
「身分証などはあるか?」
「いえ、特には」
「どういった理由でこの国に?」
「他国の事情で、と言えば伝わりますか?」
身分証明が無くとも冒険者になれると聞いたので、他国から逃げてきたのだ。
そういった事を暗に伝える。男は目を細める。
「本来は入国に金が必要なんだが、盗賊たちを捕まえた代金から引けばいいしな。冒険者になるなら門をくぐってまっすぐのところ、剣のマークが描かれた建物に向かえ。これが仮身分証と、盗賊討伐の分の金だ」
「ありがとうございます」
私は頭を下げ、言われた建物に向かう。
自由な睡眠への道を、着々と歩いていくのだ。
読んでいただき、ありがとうございます。
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