4 -夢魔法-
魔法の訓練を始めて2年が経った。イメージがしやすいからか、睡眠に関する魔法の上達が早い。
相手に眠りに誘う魔法や、眠った相手の力を奪う魔法など、意外と使えそうな魔法が学術魔法にもあったので覚えておいた。
しかし、相手を眠りに誘う魔法は、本来使えるような魔法ではないらしい。
「相手の体内に直接干渉する魔法は、相手の魔力と反発して発動しないのサ」
アリー師匠はそう言っていたが、恐らくイメージの仕方が問題なんだろうと思う。
私のイメージ方法と違い、通常の《睡眠》は相手に睡眠に必要な手順を一つ一つ順番通りにさせるように促すらしい。
それによって、魔法の構築に必要な魔力が増え、相手の魔力の対抗にさける魔力が減る事が問題だった。
それと比べ、私の使う《睡眠》は相手に手順を全て思い出させるのだ。だから、私が魔法の構築に使う魔力は相手が普段している眠りへのステップを思い出させ、眠りたくてたまらなくさせるだけなのだ。
だからこそ、私の《睡眠》は多くの者に効くのだという。
そして、今日私が気付いた事をアリー師匠に尋ねた時の事だった。
「眠っている相手の魔力をよく見ると、一つ塊のような魔力があるのです。しかも、それを抜き取ると色々と使える事も分かりまして」
私がそこまで言うと、アリー師匠は私の言葉を遮り、これまでにないような真剣な表情で言った。
「待て、少し黙れ。それは国家機密であり、アリーはアーコスト王国との契約によってお前がそれを知ったことを陛下に伝える。お前は国に仕えるか、指名手配犯として私をはじめとした兵に追われる事となる」
何を言っているんだ?国家機密?塊状の魔力の事か?
訳が分からず指名手配という言葉がぐるぐると頭の中で回る。
私が呆然としていようと、アリー師匠は話し続ける。
「言ってなかったがアリーは風魔公、お前を殺すのに10秒もいらない。今ここで戦うというのはやめておいた方がいい」
魔公というのは、この世で最も強いと二国以上から認められた者だけが呼ばれる名だ。
各属性に魔公がおり、風属性の魔公は風魔公と呼ばれる。強いとは思っていたが、風魔公だったのか。
当然、そんな相手に勝てるとは私も思っていない。
「......どうしろと?」
「国に仕えてくれるのが一番早いが、隣国の名はローザル帝国、冒険者に寛大な街だと聞く。冒険者は身分証明も必要ないらしいサ」
なるほど、国を出るのが一番早いと。
「わかりました。考えておきます」
「......ちなみに、一つだけ教えておくとお前が見つけたその塊は魂というものだ。不用意に扱うものではないとだけ言っておくサ」
魂......つまるところ、寝ている時に私が見つけて引っこ抜いたりしていたのは生き物の中身だったようだ。
色々と試すうちに私独自の魔法となり、魂とやらを使った魔法を夢魔法と呼んでいたのだが、大きな面倒事に巻き込まれてしまった。
準備をして、明日には家を出られるようにしなくてはならないだろうな。
「最後にアリーの力を少しだけ見せておいてやる。全力で防げ」
「突然ですね。私が7歳の少女だと分かっているのですか?」
「この2年間で培ったお前の力が、まさか7歳とは思えない力だから言っているんだ。さあ行くぞ」
有無を言わさない雰囲気か。よし、風魔公相手にどれだけ通じるか試してみよう。
彼女がイメージしている魔法は恐らく、私を殺しかねない魔法。訓練で受けたことがあるどの魔法よりも強力だろう。
しかし、私の魔法がうまくいけばきっと防げるはずだ。
「行くぞ我が弟子よ!《嵐の矢》!」
やはり聞いたことのない風魔法だ。
まず、今まで風魔法の中で嵐を冠する名前の魔法は一つしか聞いたことがなかった。
学術上級風魔法、《嵐》だ。
あれと同じ火力が矢となって襲ってくるのであれば、間違いなく恐ろしい魔法だろう。
一見普通の風属性の矢に見えるが、あの中に感じる魔力量は間違いなく上級魔法以上、触れればその瞬間切り刻まれるだろう。
「夢魔法・冥護の章《絶一門》」
私の眼前に半透明で緑色の結界が現れる。《嵐の矢》はその結界を通り、少しずつ霧散していく。
______間に合ってくれ、あと少しなんだ。
少しずつ霧散していく矢を見るに、消滅させるには距離が足りない。
「ッ......クソが」
魔糸を生成し、私の前に細かい網を張る。
すると威力の落ちた風属性の矢が、私の網にかかって消え去る。
風属性に耐性のある網がうまく作用してくれたな。上々だ。
「驚いたな。アリーの嵐シリーズを、低火力の矢とはいえ防ぐとは」
あれで、低火力といったか?魔公というのは規格外の化け物らしい。
私の今の本気の防御が、低火力の魔法すら消しきれなかった。
あれでもかなり自信があったんだがな。
「どういう仕組みだ......?構築に使うあの魔力使用量、大した構築難度でもないはずだ。しかし、それがどうやって私の魔法を......」
考えだしてしまった。この魔法は、結界内での魔法の存在を1属性だけ消し去る魔法なのだが、当然言うつもりはない。
こうなったアリー師匠はしばらく反応がないので、この間に逃げ出す準備をしておくとするか。
△▼△▼△▼△▼△
アーコスト王国・玉座の間。
《風魔公》、リエスケイラ・ファールナエリア・アリエストロが膝をつく。
「王、私の生徒が魂の存在に気が付きました」
「......それは真か」
「はい。恐らく国に付くことはないでしょう。彼女は自由を何より欲していましたから」
王は少し考えるように俯く。
「では、念の為の確認だけして殺害しろ。確かユースデクス家の令嬢であっただろう?」
「ええ、エリアの娘です」
それを聞くと、王は鼻筋をつかんでため息をついた。
「......ふむ。あそこの魔法使いは昔から優秀だが、我が強い者が多いな」
「優秀な者というのは、多かれ少なかれ何処かおかしいのですよ」
「貴様もか?葬嵐の魔女よ」
「当然です。でなければ魔公である私が国に付くなどありえませんよ」
彼女の皮肉に、王は特に気にした風でもなく笑う。
彼にとって、彼女とのこういった会話には慣れ切っているのだ。
「まあいい。さっさと兵を連れていけ」
「御意に」
△▼△▼△▼△▼△
私はユースデクス子爵家のメイドです。昨日ルミ様が訓練を終えてから、様子がおかしいのです。
......いえ、不敬ではありますが、ルミ様の様子は普段からおかしいのです。
なので、おかしくないのが、おかしいと言いますか......。
普段であれば、絶対に必要な用事以外は無視してお眠りになられるのですが、昨日は些末な用事まで全てこなしてからお眠りになられました。
かと思えば今日は、部屋から一度たりとも出てきていません。
何度か呼びに行ったのですが、返事すらないのです。
とはいえ、ラインス様かエリア様の許可がなければドアを勝手に開けることは出来ません。
「開けていいわよ」
「きゃっ!......エリア様。畏まりました。」
突然背後にいたエリア様が、私に話しかけました。
いつもこんな事をする悪戯っ子な所が、エリア様らしいといえばエリア様らしいですがね。
「ルミ様、開けますよ......あら?」
ドアを開くと、誰もいないのです。いつもの部屋のまま、殺風景な部屋があるばかりです。
強いて違う所を挙げるのであれば、机の上に置手紙のようなものがあります。
「まぁ、いないでしょうけど」
エリア様は部屋の中を見ずに、ルミ様がいないことを悟っていたのでしょうか。
私の横を通り過ぎ、手紙を拾って封を破りました。
「......ふふ、これ読んでみて?」
エリア様は機嫌良く私に手紙を渡してくださいました。
丁寧に綺麗な文字で書いてあります。
______父上、母上。
私は、知ってはいけない魔法を知ってしまったようです。
こうなると、国に仕えるか、国から逃げるかの2択だといいます。
申し訳ないですが、国に仕えるなどまっぴらごめんです。
この国とは、おさらばとなります。
国を相手取っても問題ない力を付けたら、たまに顔を出すかもしれません。
では、また会える事を楽しみにしております。
ルミ・ユースデクス改め、ルミより______
「こ、ここここ、これは......」
「こういう事らしいわ。さあ、そろそろ王国兵が来るだろうから、準備して」
確かに、ルミ様の手紙の内容が本当なら、もうすぐ兵が来てもおかしくありません。
は、早く準備をしなくては......!
この日、ルミ様はこの家から姿を眩ませました。
そして、ローザル帝国に幼い子供の凄腕冒険者が現れたとの一報が届くのに、時間はかかりませんでした。
読んでいただき、ありがとうございます。
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