3 -優秀-
領地で一番大きな教会、集められた子供たちを眺める。私を含めて貴族は数人ほどしかいないが、この子達が父上の領地に属する貴族の子供なんだろう。
今まで家から出ることはほとんど無かったのもあり、当然全員初対面だ。
「見て、あの方がユースデクス家のルミ様よ」
「流石子爵の御息女だわ、一つ一つの所作が完璧でいらっしゃる」
あまり良い気分じゃないが、学んできた貴族としての立ち振る舞いは間違っていなかったみたいだ。私の洗礼は優先して洗礼を受ける貴族の中で最後、その位置に並ぶ。
「集まりましたね、皆様。では、貴族の皆様から洗礼を開始します」
神父が水晶玉の前に立ち、子供を1人ずつ呼んでいく。最初の子供が水晶玉に手を添えると、水晶玉は青色に光った。これは水属性の適性の証だ。
洗礼は進んでゆき、さっきの貴族の子供達が洗礼を終えれば、次は私の番だ。
「では次にルミ様、こちらへどうぞ」
水晶玉の前まで行くと、神父から僅かな魔力を感じる。恐らく水晶玉に魔力を送っているのだろうが、少し効率が悪そうだ。
私が込めても良いんだろうか。試しに手を添えてみることにする。
「少々お待ちください、今魔力を注ぎま......充填前の水晶に魔力を注ぎきった?まだその歳で何という魔力量......」
そんな呟きが聞こえる。失敗した。
恐らく、神父から感じていた魔力というのが水晶に魔力を充填する何かしらだったのだろう。それを待っていれば良かったものを、悪目立ちしてしまった。
「な、なんと!驚愕の適性数です」
その上、光属性以外の全ての適性があるようだ。闇に関しては他の属性より強く光っているし、目立つのはもう仕方ないと割り切るしかないな。
「ありがとうございます」
「いえ、とんでもございません!この結果は後ほど書面でも送らせていただきますので」
「ええ、お願いします」
こういう時は堂々と、かつ迅速にここを離れるのだ。私は式を後にした。
「流石はユースデクス家だわ、神父様も驚いていましたし」
「本当ね、将来は王国魔術師かしら?」
馬鹿を言うな、と突っ込みに戻りかけはしたが。
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教会からの遣いが母に手紙を渡す。内容はおおよそ分かっている。私のミスで魔力量が多いことが知られ、尚且つ適性属性も多い。
私が教会側なら間違いなく良い教師をつけるように進言する......待てよ?なら、私のミスは結果的に良い方向に転がった。
これで何が何でも魔法の教師をつけなくてはいけなくなったからな。ふふふ、私の心地よい睡眠への第一歩だ。
「珍しく嬉しそうね、ルミ。この手紙がその理由かしら......なるほどね。あなたはどこまで考えてるのかしら」
「何のことですか?母上。私は適性が多かった事を喜んでいるだけですよ」
母上は、たまに私の考えを見透かしたような雰囲気で話すのが怖い。
敵にならないのならいいんだが。
「こんな優秀な適性、さらに膨大な魔力量。これは、腕利きの教師が必要ね」
そう言ってニヤリと笑う母上の顔を見て、私は少し嫌な予感がした。
当然、その嫌な予感は当たることとなる。
数日後。
外に呼び出された私の前に現れたのは、私と大して身長の変わらない、荘厳なローブを纏った青髪の娘だ。
まさか母上が呼んだ先生だとは思えない。何しろ、母上が言うには、先生は母上の知人でとても有名な方だと言うのだから。
「こんにちは。私と一緒にお勉強する方かしら?よろしくお願いしますね」
「......エリアは自分の娘にアリーとの口の利き方を教えていなかったようサ。跪け」
彼女がそう言うと、私の身体がひとりでに膝をつき、頭を垂れた。
私は抵抗しようとするが、魔法か何かだろうか。まったく身体が動かない。
「アリーの名はリエスケイラ・ファールナエリア・アリエストロ。この国で最強の魔術師サ。アリーの事はアリーか師匠と呼べ。子ども扱いしたら次からはこれでは済まないと言っておくのサ」
彼女がそう言い放つと、身体が自由に動くようになる。
先程の魔法、目に見える拘束ではなかった。私が最も練習しており、使われれば気付けるであろう闇魔法でも無いとなると......。
「風魔法......ですか」
「ほう、その歳でアリーのした事が分かるのか。エリアの娘というのは嘘では無いらしいのサ」
彼女曰く、風魔法の《見えざる手》と呼ばれる魔法らしい。
「魔法はイメージが固まっていればどんなモノにもなるサ。しかし、それでは魔法を学びたての者には発動が難しいことも多いのサ。それを解決する為に体系化された魔法を学術魔法と呼ぶ。ちなみに、学術魔法に対して自由に発動させる魔法は無形魔法と呼ぶのサ」
そして、学術魔法の中でも発動の難易度に応じて低級・中級・上級の3種類に分かれるらしく、《見えざる手》は中級風魔法だという。
というか、もう授業が開始しているな。先が思いやられる。
「さて、説明もすんだ事だし、お前の魔法を見せてみるサ」
「ええと、私はまだ学術魔法は......」
「馬鹿者、アリーが見たいのは好きなイメージで発動する無形魔法サ。エリアから家で魔法を発動したと聞いたぞ」
ううむ、目立つ可能性がある事はしたく無いんだが......仕方ないな。
私は闇魔法を発動し、辺りを暗くする。これは、私が寝る時眩しかった場合に使うつもりの魔法だ。
「これは......中級闇魔法に似た魔法の《暗闇》があるが、この魔法は随分と視界がクリアだ」
「ええ、お昼寝の時に眩しく無いようにしているだけですから」
私がそう言うと、アリー師匠は驚いたような表情を浮かべた。
「魔法を見せろと言われて、お昼寝の為に作った魔法を披露するのか。どうも今回の生徒は大物らしいのサ」
私にとっては昼寝は最重要項目だが、彼女にとってそうで無いことくらいは分かる。
しかし、似た魔法があったようで安心だ。過剰に目立つことを避けられそうだ。
「その年齢でその魔力量、更に中級魔法クラスの魔法を発動出来る技術を持つのか、期待大サ。明日から本格的に授業を始めるから、心しておくように」
......まあ、少し目立つのは仕方ないだろう。私の最高の睡眠のためなのだからな。
翌日、早速授業が開始された。私が感覚だけでやっていた、魔力を扱う感覚というのをしっかり習っていく。
「まず魔力というのは、物理的に干渉できるものではない。なのに何故、身体の中に留まり続けるのか。それは、生まれた時から無意識的に張っている魔力の膜が、魔力が身体から出ていくのを防いでいるからサ」
つまり魔法を発動している時は、その膜を破っているという事なのだろうか。
「良い着眼点だ。しかし、それは違うサ。魔力というのは、イメージの力で動かすモノ。我々が魔法を使う時、魔法の発動に使われた魔力は膜から分離しているのサ」
イメージの力で、離れた自分の魔力に電波のようなものを送っている、という考えでもよさそうだ。しかし、空気中にも魔力があると聞く。それを使う事は出来ないのだろうか?
「それが出来る者もいるサ、アリーとかな。効率はそこまで良く無いが、呼吸によって空気中の魔力を己の魔力にしているサ。使った魔力が少しずつ回復するのも、それが理由サ」
なるほど、では私の《超睡眠》スキルは、空気中の魔力の変換率を上げているということか。
「空気中の魔力をそのまま使う事は、普通の人間には出来ることでは無いサ。何故なら、魔力には人それぞれの波長があるからサ。空気中の乱雑な魔力の波長を、自らの波長に合わせるのは、正直言ってバケモノの技サ」
確かに、牛の血を輸血しても問題ない人間はいない。だからこそ肉を食べて糧とするのだから。
そう考えると、私のスキルには無限の可能性が秘められているな。
「さて、ここからが本題サ。魔力を感じること、それがイメージ力を固める第一歩サ」
魔力を感じることはできていると思うが、まだ足りていないのだろうか?私は身体の中の魔力を動かしてみせる。
「体内の魔力を感じるのと、他人や空気中の魔力を感じるのは全くの別物サ。魔法の発動方法を教える時に魔力が視えていないと不便なので、先に教えておく」
私は魔力を感じられるように集中する。自分の中を流れる魔力と、その他に目の前に大きな魔力の塊がある。これが師匠の魔力だろうか。
「アリーの魔力が視えているようだな。これは魔力を垂れ流している状態。そして......こうすると体内で循環している通常の魔力になるのサ」
アリー師匠のその言葉の後、明らかに魔力を探るのが難しくなった。これを瞬時に感知するのはかなり骨だな。
「ちなみに、感知に集中している者はこういう攻撃に弱い」
「ぶッッ!?」
アリー師匠が何をしたのか知らないが......いや、おそらく魔力を体内から一気に放出したのだ。小さな音を聞き分ける為に集中していたところに、拡声器で話しかけられたような衝撃を受けた。鼻を擦ると血が滴っている。
「ふふ、悪い悪い。《治癒》。ほら、これで大丈夫サ」
そう言って笑うが、この鼻血の原因は彼女だ。
......まあ、いい。この衝撃に慣れる方法も聞きながら慣れていくか。
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