25 -またたき-
______暖かな微睡みの最中。
この宿屋の枕は、日の光をふんだんに浴びた香りがする。
絹のような肌触りと、何かしら上等な魔物の羽毛を使っているであろうこの硬さは、寝苦しい夜にも絶妙なバランスで私を眠りへと誘ってくれる。
布団はと言えば、この宿の店主であるアルノーに掛け合い、かつて不満だった頃よりは改善されているが未だ少し硬い。
強くなるのに必死で、睡眠環境の改善に使う時間が無さ過ぎたのだ。
「んぅ......目が覚めてしまった。アヤメ、起きてるか?」
かつて一人用の部屋を借りていた頃よりは、随分と金を稼げるようになった。
アヤメも魔石から出したまま、ベッドを使うことが出来ている。
今度からはもう一つ広い部屋を借りる事になるのだろうか......しかし、これ以上広くなっても仕方ないしな。
ベッドだけ運び込んでもらえないか、それとなく聞いておくか。
「おはようっす、ルミさん」
彼女の言葉に、何か少し引っかかったような気がした。
______まさか、正気か?
自分でもこんな事を感じるようになるとは全く思っていなかったが、どうやらそういう事らしい。
「ルミで良い。命を救って貰ったしな」
「......ルミさん、いつもと枕違うっすか?もう夢の中じゃないっすよ?」
少し優しくしてやったら、これだ。
やはり、私らしくなかったな。
彼女の関節を糸で締め上げ、汚い悲鳴をBGMに、新たな住人になるノワールを魔石から呼び出す。
「起きろ、洗いざらい喋ってもらうぞ」
「隠し事をする気は無い。マ......ルミの指示に従う」
10歳相応の姿をしている私を見て、何故マザーと呼びそうになってしまうんだ、こいつは。
まあいい、今はそこは重要では無い。
「まず、例の魂を変化させる魔法は使えるようだな。他はどうだ?ヴェンを呪い殺しかけたアレは使えるか?」
闇魔法の派生系、呪い。
対象の機能を衰弱、ないしは停止させる事を主とする。
夢魔法の訓練に夢中だった私は、正直言ってその程度のことしか知らない。
しかし、非常に厄介なものだというのは目にしたからこそよく分かっていた。
「ヴェン......呪い......剣士の男?アレなら使える」
私の発言から、何の事を言っているのか察する能力もあるようだな。
これは、出会った頃のアヤメよりよっぽどコミュニケーションが取りやすいぞ。
「それ関連で、後で話があるが一旦置いておく。お前の武器は魔物特有の膂力、魂を変化させる魔法、呪いという珍しい魔法。他にあるか?」
「糸。ルミの糸捌きを見て敵わないと感じたから使わなかった」
そういえば、アラクネは蜘蛛と人間の合いの子のような魔物だ。
糸が使えないはずがない。
とはいえ、転生してから最も頻繁に使っており、レベルが8まで上昇している私の糸には敵わないらしい。
「そうか。で、やりたい事とかあるか?アヤメのように腹一杯食べたいでも、私のように至高の睡眠を追い求めても良いが......」
欲求の無い生など無意味だ。
私がかつて辿り着いた真実、そして私の道標だ。
だからこそ、睡眠という欲求には一切妥協をしない。
アヤメの影響で少しだけ食にも興味が出てきたし、自分の欲を追い求めるこの感覚は甘美極まりない。
私の庇護下に入るのなら、趣味の一つや二つ、見つけてもらわなくてはな。
「否定する。私の目標は人間のようになる、だった。そうだとすれば、私の目標は既に達成されている」
随分達観した魔物だと思っていたが、人間になりたかったのか。
知性のある魔物の方がよっぽど、生きやすい気がするがな。
しかし、ノワールにはさらに上を望んでもらいたいところだな。
「ノワール、我ら人間の真髄とは何か分かるか?」
私が敢えて使った“真髄”という言葉に、彼女は惹かれたらしい。
心なしか目が爛々と輝いている気がする。
「群れ、営むこと」
「美味しい料理を作ることっす!」
アヤメに聞いた覚えは無いが......まあ良い。
「そのどちらも、成長することを辞めないからこそ出来ることだ。分からない事を知りたがり、出来ない事をやりたがる。それが今に繋がっている」
「......私は、人間として、不完全?」
私の言いたい事を、僅かな情報から汲み取る。
既に一部の人間よりまともだ、と言ってやりたいが今は発破をかけてやる方を優先する。
「成功した人間の中に、欲求無く成功した者は居ないだろうな。その欲求通りに成功したかは兎も角」
「理解した。私は私の中の欲求を見つける。これが目標」
ひとまずは、生きる理由を見つけたようだ。
となれば、次は物の調達だ。
宿屋に人が増える事を伝えなくてはいけないし、街を紹介してやらなくてはならない。
私が眠った時に、目的地を伝えただけでそこまで運べなければ私の仲間として不完全だ。
△▼△▼△▼△▼△
「美味しいっす〜!」
「肯定する。味付けという概念は革命的」
私たちは、モズーのとある酒場で昼食を嗜んでいる。
しかし、そのメンバーには件の彼女がいた。
「1人増えるだけ......とは言ったけどねぇ、こんな大食漢がもう1人増えるなんて聞いてないよ白肢!」
私を不満気に睨む赤髪の女性、アリアンナだ。
アラクネをどうにかしたら好きなだけ奢るという宣言をアヤメが忘れるはずもなく、現在彼女の腹の中にはオーク2頭分の肉が収まっている......筈だ。
本当に、この細い身体何処に入っているんだ?
プニプニと腹を突いてみるも、その答えは返ってこない。
「ひゃ、何するっすかルミさん!間違えて食べちゃうっすよ?」
全く繋がりの無い文章だったが、食事中の彼女と問答を繰り返しても仕方ないので早速本題に入る。
「アリアンナさん、ヴェーロンさんの容態は如何ですか?死んではいないようですが」
そう、アラクネの呪いを直に喰らったヴェン改めヴェーロンの容態を確認したかったのだ。
まあ、アヤメに飯の話をされるまでは忘れていたのだが。
「街の教会では、進行を止める事で精一杯だと。馬鹿みたいな額の喜捨を求められた上、ヴェンの身体も治らないんじゃ商売あがったりだよ」
あの呪いを受けたヴェンの身体の崩壊を完全に止めているのであれば、かなりレベルの高い光魔法使いであることは間違いない。
ひとまず取り返しがつく段階にいる事がわかり、安堵で細い息が漏れた。
「恐らく治せます。ヴェーロンさんの元へ案内してください」
不思議そうな顔をしながら、何かしらの幼虫系魔物を食べているノワールをと目が合う。
彼女は不思議そうな顔をしたが、私がニヤリと笑うと、それを真似するようにニヤリと笑った。
週3(くらい)投稿継続中です。
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