3-5 ジュレイ
嘉峪関で軍部の汚職と思われる事件を調査したクーヤ達は、天都への帰路に就いた。
〇武威周辺 転移95日目
俺達は武威に入る手前で夜営することにした。
ここいらには林がないので、街道からちょっと離れた丘の影にヒイの家を建てる。
もう人通りもないので見つかって騒ぎになることもないだろう。
最近は転移組が夕食の用意をしてくれるので俺は暇になっている。
ヒイはハイジの散歩というか、大きくなったハイジの背中に乗って駆け回っている。
ミヤは風呂の準備だ。
アオイは家事が苦手らしく、食卓の用意をしている。
「クーヤ殿、剣の稽古を付けてくれないか」
いきなりジュレイが暇そうな俺を捕まえて要請してきた。
「え、俺が君に剣を教えるの?」
だって俺の実力は見せてないし、かろうじてミヤが大男を投げ飛ばしたぐらいだ。
「クーヤ殿のヒメジでの盗賊退治や邯鄲での反乱者の討伐が、私の耳に入っている」
こんな西の端にも噂は流れてるんだ。おそらくこの子は商人が通るたびに噂話を聞いてたんだろうな。
そんなことまで知られているなら、今暇だし良いか。
俺は収納庫から木剣を二本出す。
「あなたの収納庫と言う異能はとてつもなく便利だな」
ヒイの家を出すところも見られているので、特に隠したりしない。
「これでいいか?」
木剣の一本をジュレイに渡す。
木剣を見もせず、構えた。
「これでいい」
武器の確認をしないことを窘めようとも思ったが、弟子にするわけでもないし、良いかと思い直した。
「まず君の力を見よう。掛かってきて」
「行くよ!」
上段に振りかぶって、俺の頭目掛けて振り下ろした。
俺は右足を引き、ジュレイの一撃を紙一重で避ける。
当たるか受け止めると思っていたジュレイは、俺の横をドドドと駆け抜けていく。
「そんな攻撃じゃあ、受けてやれないなあ」
ちょっと煽ってやる。ちょっと顔を赤くしたが、深呼吸して落ち着いたようだ。
感情をコントロールできるだけの素養はあるな。
構え直すと、今度は切っ先が小さく揺れている。
いきなりの大技は通用しないと分かったらしい。
中段に構えた俺の剣を弾くような攻撃を放ってきた。
なるほど反対方向に押す俺の反応を逆手にとって、小手から面打ちに繋げたいのだな。
俺がなぜ相手の攻撃が読めるのかと言えば、俺がインストールしている明治初期の剣豪井倉さんが幼少の時から稽古して来た記憶があるからだ。
俺は剣をひょいと上げて攻撃をすかし、軽く面を撃った。
「いて!」
え、そんなに強く打ってないはずなのに。ジュレイは頭を抱えて蹲った。
「大丈夫?」
俺はジュレイの頭を覗き込んだ。
多少赤くなっているが大したことは無い。
「ふう、大丈夫そうだな」
「痛かったよ」
頭を押さえながら立ち上がるジュレイ。
「フー、全然かなわないよ。これでも兵隊さん相手には強かったんだけどな」
うん、王女相手にまともに戦える相手が居なかっただけだと思います。
「君は経験が圧倒的に足りないな」
まあ、そう言っとけば納得するだろうと考えていた。
ジュレイは下を向いて思いに耽っている様だ。
ヒイがハイジの散歩から帰って来た。
木刀を持った俺達を見て、寄って来た。
「センセー、僕にも剣を教えてよ」
そういや最近は教えてないな。
ヒイの声が聞こえたのかミヤも家から出て来た。
「私もお願いします」
そう言って腰にへばりつく。
すると負けじとヒイが反対側に引っ付く。
二人の娘に甘えられた俺の顔は相当緩んでいたようだ。
「クーヤ殿?」
ジュレイが俺の顔を見て、クエスチョンマークを頭の上に浮かべていた。
もう日が陰って来たので家に入るように言う。
決して照れ隠しではないぞ。
******
〇ヒイの家 女子寝室 ジュレイ
食事はカレーライスと言うものを食べた。
クーヤ殿のいた世界の料理だそうだ。
辛いのだが、おいしいのだ。
彼と居ればこんな不思議な料理を食べられるのだろうか。
その後、お風呂に入ったのだが、マシロ殿に教えてもらいながら一緒に入った。
湯舟を汚さないようにまず体を洗う。
魔力を注ぐと水が湯になって出てくる。
最初は温度を合わせるのに苦労したがすぐに慣れた。
その後はスポンジに石鹸を付けて体を洗う。
驚いたのは石鹸の泡立ちの良さやフローラルな香り、頭を洗うシャンプーやリンス。
まるで違う体になったような錯覚が起きるような体験だった。
もっと驚いたのはマシロ殿の美しさだ。
私の自慢の白い肌、それを超えるきめ細かな吸い付くような肌、美しい胸やお尻の膨らみ。
まるで大理石の彫刻のようだ。
私の他の女性に対する優越感を粉々に砕いた。
「ねえ、どうしたらそんなに美しい体になれるの?」
私は食い気味にマシロ殿に聞いてみた。
「これは、クーヤさんの身体強化のおかげなんです。自分の嫌だなと思ってたところが、全部改善されたんです」
「クーヤ殿に頼めば、私も美しくなれるのか?」
「いいえ、従者にならないと無理です」
「そ、そうか」
私は白虎国の王女だ。帝国相談役とは言え、平民の従者には成れない。
風呂を上がってしばらくするとアカネが寄って来た。
「髪を梳かしておこう。乾くと爆発するぞ」
ピンク色の小手のようなものに針がいっぱい生えたものを手に私の頭に当てようとしてきた。
「なんだそれは?」
「これはブラシと言って髪を梳かすものだ」
「馬鹿を言え、そんなもので髪を梳かせる訳があるか!」
髪を梳かすにはメイドが櫛で少しずつ溶かしていかないと絡んで仕方ない。
「おまえ、リンスをしたんだろう?」
マシロ殿にリンスと言うものはしてもらったが、それがどうしたと言うのだ。
「なら大丈夫だ」
私の頭にブラシを当てて、髪を梳かし始める。
「やめろ!痛いじゃないか」
「え、痛かったか?」
アカネ殿は私の抗議を気にすることなしに作業を続ける。
「いや?」
痛くない。引っ掛かることもなく髪が整えられていく。
「ああ、リンスをするとそうなるんだ」
彼女らはこんな小さな家に住んでいながら、王女の私よりはるかに進んだ生活をしている。
天都ではこんな生活が当たり前なのだろうか?
私は手鏡を与えられ、自分の顔を見る。前髪を降ろしたいつもの状態だ。
こんな短い時間で私の髪を整えたのか?
「アカネお姉ちゃん、私も梳かして」
ヒイちゃん、ミヤちゃんが部屋に入って来た。
「あなた達どこに行っていたの」
風呂に入っていたのなら長すぎた。
「私達は洗濯してたんだよ」
「洗濯?」
「そう、今日は私達の当番だからね」
ヒイちゃんは胸を張った。
ヒイちゃんとミヤちゃんはクーヤ殿のお世話係として同伴しているとのこと。
私の事はクーヤ殿のお客様だからお世話することに抵抗はないそうだ。
二人を見ていると私もほっこりする。
マシロ殿達三人はこれからクーヤ殿がやる大規模プロジェクト”産業革命”の指導者として、活躍が期待されているそうだ。
産業革命が起きると人々の生活が劇的に豊かになるそうだ。
良く解らないがこの人達がただものでないのは分かる。
もしかして私にも出来るのだろうか。
私は成人して天都に帰る。
恐らく、天都では母上が貴族の宿命として、私の配偶者を探しているのだろう。
さっきまでそれが私の運命とも受け入れていた。
でも彼女達を見てその宿命が、受け入れられなくなってきた。
なんでだろう。王女の私が彼女達を羨ましく思っている。
彼女達の生活はおそらく、待っていれば私も享受できる。
でも私は与える側になりたがってる?
分からない、解らない、判らない。
布団が畳と言う床に敷かれている。
ヒイちゃんとミヤちゃんは布団をかぶって寝る体制だ。
「ちょっと聞いて良いか?」
ヒイちゃんとミヤちゃんとは離れた場所に、小さく明かりを灯して4人が座っている。
「なあに?」
マシロ殿が優しく聞き返してくれる。
「あなた達はクーヤ殿をどう思っているのだ」
「ひえー、ストレートだな」
「まあ、アタイ達の中でも揉めてるところだ」
「クーヤさんの中では、私達は別の男を捕まえて、離れていくと思われてる」
「そうだな、ヒイやミヤのことも、結婚の約束はしていても離れていくと思ってるな」
「無理やり、娘と思おうとしてるよ」
「私が聞こうとしているのはあなた達のことだ」
「私達は迷っているわ。私達の世界では一人の男は一人の女としか結ばれないのよ」
「そうね倫理的にも私達も簡単に割り切れる問題じゃないのよ」
「それで迷っている。そう言うことか」
「私達には、この世界で生きていくためには彼の従者でいるしかないわ。そして彼も私達の配偶者として十分な資格を持っていると思うわ」
「でもなんでそんなこと聞くんだ?お前には関係ないだろ」
「私もあなた達を見ていて、貴族として生きていくことに疑問を持ったんだ。立ち入ったことを聞いて、すまない」
「いいわよ。私達も堂々巡りになっていたからね。少しは気持ちも整理できるわ」
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〇西安付近 転移97日目 ジュレイ
明日は天都に着く、私にとって彼女達と過ごす最後の夜になるかもしれない。
今夜もヒイちゃんミヤちゃんを起こさないように、隅っこで4人が話し合った。
私の中で女の幸せが貴族に嫁ぐことではなくなっていた。
彼女達と話し合ったこの三日間は、私の中の価値観が大きく変わったことは間違いない。
後はその価値観に沿った行動が出来るかどうかだ。
これからこの国は変わる。一人の男によって。
産業革命で庶民が豊かになれば相対的に貴族の力は弱くなる。
マシロ殿が言っていたのは貴族が庶民を弾圧すれば市民革命が起きる。
貴族は弾圧した復讐を市民から受けることになる。
マシロ殿が言うにはクーヤ殿が平和裏に進める道を示すだろう。
私はその道を行きたい。クーヤ殿を支えたい。
でもその道を進めるのだろうか。なんの力も持たない女の子に何が出来るんだろう。
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〇天都 転移98日目 ジュレイ
もうすぐ天都の私の家である白虎府に到着する。まだ全然考えがまとまってない。
ただこのまま貴族に嫁ぐのは、私の幸せに繋がる道ではない気がする。
ああ、だれか私に道を示してくれる人はいないのか。




