1-19 邯鄲の夢
ご愛読、ありがとうございます。
今回は小さな反乱に巻き込まれたクーヤ達のお話です。
大陸にようやく上陸したクーヤ達、上陸した煙台で勇者と出会うのだった。
〇信帝国東北部 瀋陽 転移67日目
ここは郊外にある古びた豪邸、庭は荒れており、近付く人とていない。
家の中の広い部屋の奥に一人の男が座っていた。
その男に近付く女、チャイナドレスのような服を着てる。
二人とも見かけは人間そのものだった。
「ラッソ様、勇者パーティーの間者から連絡です。先ほど、煙台に青龍国の王女が現れました」
「なに、煙台に?!王都にやったバランはどうしました」
ラッソと呼ばれた男は少々取り乱していた。
「バランはずっと連絡が付きません」
「あいつは馬鹿ですからね。王女の出発を連絡することもできませんでしたか」
「そのようですね。こちらはどうしますか?」
ラッソはフーッと大きく息を吐いた。
「今更追っても間に合いませんよ。慌てて追いかけて、こちらの狙いを見せてしまうのも愚策です」
「バランの方はどういたしましょうか?」
女は重ねて質問する。
「そちらも放って置きましょう。どうせハッチャけて人間にやられたのでしょう」
「それでは魔王様の命令はいかがされますか?」
「そうですね。私が天都へ行って帝城に潜り込む段取りをしますか」
女は驚いてラッソの顔を見る。
「いけません。真なる魔人のラッソ様が、そのような危険なことをされては」
「では変わりができる者がここにいますか?」
ラッソに言われて女は顔を伏せるしかなかった。
多くの人がお気づきのように、相撲大会を襲ってクーヤに倒された魔人がバランです。
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〇聊城 転移68日目
昨日道が良くて空いていたので、400km近く走れた。それで済南を過ぎたところで一泊し、今は聊城を通っている。
どうも町中が騒がしく速度を出せない。
カクタスを降ろして状況を確認させる。
カクタスは余裕のありそうな人を呼び止めて話を聞く。話を聞くとすぐに戻って来た。
「近くでここの行政府に対して反乱があったらしい。反乱を起こしたのはいわゆる侠客でこの街を牛耳っていた。それで反乱の首謀者が子分を連れてまだ逃げているらしい」
「この先は大丈夫なのか?」
「多分、大丈夫じゃないかと言っていたが・・・」
どうも首謀者の逃げた先が判ってないらしい。
「リョウカ様、どうしますか?」
こういう判断は上に丸投げだよな。
「決まっておろうが、真っ直ぐ進んで、あとは臨機応変でやれ」
ああ、投げ返されてしまった。
「センセー!、悪い奴らと戦うのぉ?」
「ご主人様、私にお任せください」
「ウオン!」
この子達は何で無駄に好戦的なんだろう。
後ろの席でヒイとミヤとハイジまでやる気満々ではしゃぎ始めた。
それでも犯罪者が街道を真っ直ぐ逃げるって考えにくいよね。
まあ、多分大丈夫でしょ。
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ちょっとヤバいかも、街道に人っ子一人いない。
ところどころにある村も外に誰も出てない。
ちょっと怪しい雰囲気がする。
「おいおい、大丈夫なんだろうな」
「俺に言うなよ。命令なんだからさ」
カクタスと俺は嫌な予感を感じていた。
「リョウカ様、ハンナさんとヒイ、ミヤと場所を代わってください。
ヒイとミヤは前方と側方を注意して」
この子達の眼は俺の二倍も三倍も良く見える。予兆があれば見逃さないだろう。
それは聊城を出て1時間足らずで出て来た。
自然な様子で男の子が車の前に現れて、通せんぼをするように両手を広げたのだ。
俺は車を20m手前で止めて窓を開けて叫んだ。
「退きなさい!けがをするよ」
少年が何か言う前にヒイとミヤが叫んだ。
「横に男の人が何人もいる!!」
道の両脇の草陰から武装した男がぞろぞろと現れた。
俺はギアをバックに入れると猛ダッシュで車を下げた。
相手は車が後ろ向きに走るなんて、考えてなかったんだろう。
相手は驚いて道に出て追ってきたが、追い付くはずがない。
なにか叫んでいるが知ったことではない。
このまま聊城まで下がって別の道を行こう。
「リョウカ様、逃げますよ」
俺はUターンをするつもりだったが、リョウカ様は俺の考えが違った。
「犯罪者を見つけて放って置くわけにもいくまい。民草のためやっておしまい」
カクタスと顔を見合わせる。二人してため息を吐く。
俺達から見て本来リョウカ様は雲の上の人だ。
そこまで命令されてはと思うのと、ヒメジでの盗賊退治でいい気になっていたのだろう。
後で考えると甘い判断だった。
まあ、反乱者と盗賊に違いはあるまい。男の子も仲間だろう。
相手は8人で距離は100mほど開いている。
「ミヤは運転席に、俺達に何かあったらリョウカ様を連れて戻って救援を呼べ」
「ご主人様、私も戦います」
「ダメだ!お前がいないとリョウカ様達はどうする!」
ミヤは悔しそうな顔をするが理屈の判らない子じゃない。
ミヤとヒイにも運転は教えてある。ヒイは体が小さく足が届かないので、運転させるのは怖い。
ヒイには弓矢を渡した。
「逃げても追ってくる奴がいたら使え。やられるつもりはないから安心しろ」
ヒイとミヤが泣きそうな顔をするので、気休めを言っておく。
「ご主人様、刀をください」
ミヤが手を伸ばすので一瞬迷ったが、念のための布陣なので、渡しておく。
「いざという時だけだぞ」
ちょっと怖いので注意をしておく。
俺とカクタスが車から降りると、ミヤが後ろの席からから運転席に移ったようだ。
ぁるく走っていた相手は俺達が自分達に向かってくるのを見て、安心して歩き始めた。
俺の横に並ぶ者がいた。ハイジだ。ミヤが降りた時に一緒に降りたらしい。
「お前も戦ってくれるのか?」
「ウォン」
ハイジは頭がいい。俺達の言葉も理解できるみたいだ。
俺は刀を抜いた。カクタスも続く。
俺達は相手と20mくらいで止まった。相手も同じく停止した。
「ゴーレム車と女を置いていけ。そうしたら命だけは助けてやる」
一番年上の男が偉そうにほざいた
幸い、飛び道具は持ってないようだ。
「お前達は反乱の生き残りだな。俺達が悪に屈することは無い」
カクタスが静かにそう言った。
彼もかなり慢心していた。
「なんだと!!てめえらぶっ殺してやる!!」
「ハイジは俺達の後ろに行くやつが居たらやっつけろ!」
ハイジは後ろに下がる。こいつ、本当に賢いな。
「このやろー!!」
これは街のチンピラレベルだな。上段に振りかぶってくるのを前に出て間合いを外し、胴を抜く。
横にいたやつをすれ違いざまに頸動脈を斬る。
もう一人に斬りかかると最後の一人が後ろに抜けていく。
しまった!!
こいつは少しできる。俺の斬りかかった奴がつばぜり合いを仕掛けてくる。
ち、後ろに抜けられた以上、時間は掛けられないのに。
ハイジ頼むぞ。
回って視線を後ろにやる。
絶望した。・・・車に向かうのは3人、カクタスの方も後ろに二人逃していた。
一人が倒れる。足に矢が生えている。ヒイがやったのか。
ヒイは窓から射てるらしく、後の二人に射角が取れないらしい。
もう一人に牛並みに大きくなったハイジが飛び掛かる。足が太ももから食いちぎられる。
あと一人だ。
俺はつばぜり合いをしてる相手を力で跳ね飛ばし、唐竹割に斬って落とす。
振り向いて走るが相手の方が早く車に着く。どうする。
車の運転席のドアが開く。だめだミヤ!危険だ!。
ミヤはすでに鞘を抜いていた。迫りくる男が振り被った剣をミヤ目掛けて振り下ろした。
運転席のドアが閉まるがそこにミヤは居ない。
ミヤは車より高く飛び上がっていた。そのままミヤを見失った男の元へ落ちていく。
男の首が飛ぶ。男の後ろに降り立ったミヤは当然無傷だ。
カクタスを見ると相手の胸を斬って盛大に返り血を浴びている。
そのまま最後の一人を斬ろうとした時、最初に出てきた少年がその男の前に飛び出て両手を広げる。
「お父さんを殺すなあ!」
俺は躊躇したがカクタスはそれぐらいでは怯まない。
上段に構えて威嚇した。
「ぼうず!そこをどけ!退かないと一緒に斬り殺す」
これは本気だ。庶民の命の安い世界だ。俺は止めることができない。
カクタスは前足をずいと進める。
「お父さんは皆のためにやってるんだ。なんで殺そうとするんだ」
「俺達を殺そうとしたんだ。殺される理由は十分だ」
男の子は目を思い切り瞑って体を固くする。
「わあああ!!」
男は逃げだした。
子供をすてて逃げるとはな。
俺は男の前に回って切り下げた。
男は糸の切れたマリオネットのように崩れた。
今回は危なかった。ミヤがあんなに戦えるようになってなかったら、犠牲者が出たかもしれん。
障害物の無いところで、相対したのが失敗だったな。反省しよう。
かろうじて息のあった二人は止めを刺した。生きてると面倒になるかもだからな。
俺達は死体を道の脇に並べた。
あとは邯鄲の役所に連絡を入れておけばいいだろう。
問題はだ・・・。
返り血で真っ赤になったカクタスに桶の水と着替えを出してやり、小綺麗にしろと言う。
さてこの子をどうしよう。
「お父さんは正義のために働いていたんだ」
「そうか良かったな」
こんな眉唾な話に付き合うつもりはない。
「そんな奴が官憲に追われる訳はなかろう」
ああ。カクタスが反応しちゃったか。
「なぜあなた達はお父さんを殺したんだ」
「俺の家族を危険にさらしたらどんな奴でも許さんよ」
俺は静かにそう言った。少年は俯いたがまた顔を上げた。
「でもお父さんは正義のために、やらなきゃいけなかったんだ」
「そいつにとってどういう理由だとしても、俺の家族には手は出ささない。それが俺の正義だ」
「そ、そんな・・・」
どうも父親に洗脳されてたみたいだな。
いずれにせよこのままこいつをここに置いとく訳にもいかんか。
「お前の名前は?」
「盧生と言います」
「君には行くところはあるのか」
「邯鄲に叔父がいます」
「では俺達と邯鄲にいくか?」
「はい」
少年には感情が見えなかった。目の前で父親が死んだのにな。
俺達が車に戻るとリョウカ様がご立腹だった。
「リョウカ様どうかしましたか?」
「どうもこうもあるか!、今何時だと思っておる。ワシは腹が減ったのじゃ」
さっきまで俺達は斬った張ったしてたのにわがままだなあ。
「わかりました。ここは血塗れで良くないので、もう少し行ってから昼食にしましょう」
「おにぎりは飽きたから別のものにせい」
「はいはい」
船に乗ってる間は昼食はおにぎりばっかりだったからなあ。
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少し走って草原に車を乗り入れた。
草の上にシートを広げて携帯コンロで湯を沸かす。時間がかからないようにレトルトのカレーだ。
その間にカクタスはトイレを設置してる。
あまり辛いのはまずいな。子供たちはカレーのプリンスでいいか。
「辛いの苦手な人いますか?」
いないようだが念のため〇ンカレーの中辛で良いだろ。
カレーは概ね好評のようだ。
「これなら毎日でもいいぞ」
「毎日食べてたら体が黄色くなってしまうのじゃ」
カクタスにリョウカ様が突っ込む。
「僕も毎日食べたい」
「私もお」
ヒイとミヤの援護が入る。
全員が大声で笑った。
ふと見ると盧生が泣いていた。
「そんなに辛かったか?」
「そうじゃないんです。この中で一番偉いリョウカ様の言うことを庶民のヒイさんやミヤさんが否定する、それを笑ってすます。僕がいた世界とは違いすぎます。お父さんの言うことは絶対でした。たとえ間違ったことでも。僕の見ていた世界は色のない世界でした。でも今は色がある。物の数だけ色があっていいんですね」
盧生は今まで夢を見ていたんだ。まあ、悪夢だな。
中国の昔話に邯鄲の夢とか言う話があったことを俺は思い出した。あれは立身出世を夢見た男が簡単に来て一生の栄耀栄華の夢を見て、それがかゆが煮えるまでの短い時間だった。夢に虚しさを感じて田舎に戻る話だったか。
盧生は逆に長い悪夢がカレーで覚めたのだが、邯鄲の街にはそんな力があるのかも知れんな。
面白かったですか?何かで評価して頂けると参考になります。
次回は天都に着く予定です。




