1-11 旅立ち
ご愛読、ありがとうございます。
天都への行程、1日目です。
災害復旧費用捻出のため、格安でゴーレム車を駆り出されたクーヤは、安上がりな旅程を考えて準備するのであった。
〇セッキ村 転移41日目
「おお!これが旅行中の俺達の宿になるのか」
ヒイの家を見たカクタスが感嘆の声を上げた。
真っ黒でのっぺりとした外観を持つ家が出来上がっていた。
「なんで窓がないんだ?」
今日は非番で家を見に来ていたカクタスは疑問の声を上げる。
「夜しか使わないし、防犯で窓は作ってない」
「フーン、鉄で全部覆われてるんだ。なんか要塞みたいだな」
「ああ、それを考えて造った。それより、中を見てくれ」
俺は玄関の引き戸を開けた。
玄関は半畳の土間があり、ここで靴を脱ぐ、狭い板間に上がった。
俺は右の戸を開けると光が差し込む。外だ。
「ここはトイレに繋がる扉だ。トイレは後付けだ」
前の戸を開ける。暗い。
俺は手に持ったライトの魔石を光らせる。
「ここは洗面所兼脱衣所だ。奥に風呂場がある」
右に洗面台、左に脱衣籠がある。
「ここで洗濯もするが、干すのをどうするか考え中だ」
奥の戸を開けると洗い場と風呂がある。
「湯や水は節約しないといけないから風呂は小さめだ」
ガタイの良いカクタスだと体育座りに近くなる。
「水が手に入りにくいとシャワーとなる」
玄関に戻って左には二つの戸がある。
「手前の戸は俺達の部屋兼台所兼食堂だ」
横長の四畳ほど部屋にコンロが置いてある。
「やたら兼が付くな」
「そりゃ、あまり大きなものを毎度建てられないだろう」
「最後の部屋がリョウカ様達が寝る部屋だ」
奥の戸を開くと六畳の畳を敷いた部屋があり、壁もきれいな壁紙が張られていた。
「ここだけ豪勢だな」
「そりゃあな。一応リョウカ様の了承は得ているが、怒らせるとまずいからな」
「これで費用はどれぐらい浮くんだ?」
「もう金貨十数枚を使ってる。出来るだけ走って一日の距離を稼いで2週間で天都に着くつもりだ。後は食費をどれぐらい削れるかだな」
「どうするんだ?」
「出来るだけ、青龍国に持ってもらう。コメは全部だな。あとは王都で出来るだけ多くの食材を手に入れて収納庫に入れておく」
コメは白米を30kg、畜産は盛んでないので肉は高い、日本で買った方が良いか。野菜は春野菜が旬で大量に買っている。豆や芋、穀類も要るかな。魚もたくさん取れ始めてるみたいだ。
コメは大陸にあるのかな。そうだな、もっと買っておこう。
俺は出来上がったヒイの家を収納に入れ、キヘイタに金貨一枚をみんなの日当として渡した。
「貰いすぎだよ」
キヘイタは遠慮したが、日本だったら十倍ぐらいは渡さないといけない。
「王女様の宿泊所を造ったんだ。貰っといてくれ」
俺はキヘイタ達に別れを告げて、ヒイが狩りをしている河原に来た。
「ヒイーッ!帰るぞぉ!!」
堤防の枯れたススキをかき分けながら、すごい速度で近付くものがある。
ハイジだ。俺の呼ぶ声に主を置いてきたらしい。
「ハイジーッ!どこに行ったのぉ?!」
ハイジがピタッと止まる。主を思い出したらしい。
ハイジがまたススキをかき分けて、主の声の方向に走り出す。姿が見えなくても解ってしまう。
カクタスがハイジの慌てぶりを笑っている。
「もぉハイジったら。僕を置いて先にセンセーとこに行くんだから」
戻って来たヒイが靴の泥を落としながらハイジに愚痴っている。
当のハイジは俺に足を洗えと身を寄せる。車に乗るのに足が汚いと乗せてもらえないことを学習したのだ。主は自分の足や体を掃除しないといけないので忙しいのだ。
なんか、俺はこういう日常に幸せを感じている。
早くに両親を亡くし、恋人に見捨てられ、仕事では上司や取引先に陥れられる。
そんな良好な人間関係を築けなかった俺に、この世界は優しい。
もう日本に帰る気は失せている。
天帝様に何を言われるのかは分からない。でもそれがここにいる俺を認めてくれるなら、そのままこの世界に暮らそう。ヒイとハイジと一緒に・・・。
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〇青龍国王城 転移58日目
いよいよ出発の日だ。収納庫は食料で一杯・・ってことは無いな。なんせオーストラリア大陸の大きさだからな。
昨日のうちに飛竜将軍の家族とはお別れをした。
朝8時、王城の門に王女を見送る人達に囲まれて出発した。
ワンボックスの座席配置は以下の通り。
運転席 俺 運転手
助手席 カクタス 案内人
二列目右 リョウカ様
二列目左 ハンナさん
三列目 ヒイ・ハイジ(子狼状態)
女性が多いので1時間に一回はトイレ休憩をとる。
人気のないところで穴を掘って、仮設トイレを被せるだけだ。
終わったらトイレを収納して穴を埋めるだけだ。
東海道は道が整備されていて楽だ。その代わり人通りが結構ある。
日本の東海道と比べては何だが、ド田舎の幹線道路がずっと続いているような感じだ
宿場町は歩行者が結構いるので気を遣う。リョウカ様曰く、人を轢いても一筆書いて役所に届けさせれば、後は勝手にやってくれるらしい。それはそれでなんか怖い。
宿場町以外は馬車や大八車が時々いるぐらいだ。
渋滞が全くないのが救いである。
なんとヨコハマが家が数十軒の田舎の村だった。港がないとそんなもんかな。
宿場と宿場の間は、ほぼ林か田畑で見るものもあまりない。
道はオオイソあたりでほぼ海沿いとなる。
最初は初めて見る太平洋にテンションが上がり女性陣が大はしゃぎするが数分で見飽きる。
こっちの歴史じゃあ源頼朝もいないし、うんちくも語れない。
こちらじゃあカマクラもただの村らしい。
昼前にアシノコに着いたので炭火を熾してBBQをやる。初めての体験らしく大はしゃぎをしてくれた。
やはり奮発してグラム800円の黒毛和牛肉を使ったのが良かったのかな。
え、安いって、こちらには松阪牛やら神戸牛なんかないから超高級なんだって。
ハイジは初めて食べた高級肉に大はしゃぎで、俺の横を離れようとしない。
狼でも焼いた肉は生肉よりうまいのかなと、ハッハッと舌を出してお座りする子狼を眺めた。
タレはお腹を壊さないように弱めのものを用意した。
湖を見ながらの食事はおいしいよね。
リョウカ様達が食休みをしている間に、俺とカクタスは後始末だ。
と言っても湖で網を洗って、炭や食べ残しをトイレの穴に放り込み埋めるだけだけどね。
人口密度が少ないと楽だね。その場所を再使用する人は十年は居ないだろうからな。
箱根の山を抜けると人の密度がグッと下がる。関東ほどのにぎやかさはないみたいだ。こちらの世界では龍人族が関東に都をおいてから千年だけど、その前のこの世界の日本人はどうしてたんだろうな。
あまり書籍に詳しいことは載っておらず、俺に知るすべはない。
びっくりしたのがオオイ川に橋がかかっていることだ。
ナビさん曰く、龍人族が関東に入った際に有力な敵は居なかったようだ。そこで龍王は、代替わりごとに威圧するために日本を一周行幸した。まあ、大阪から先は船を使ったみたいだ。
今は大阪まで往復で、お茶を濁してるそうだ。
それで東海道は馬車が簡単にすれ違える程度の幅にしてあるそうだ。
ハマナコを過ぎたあたりで暗くなり始めたので、今日はここらで泊まるか。
車を止めて、ヒイはハイジの散歩に近くを回る。
流石に街道沿いはまずいので、ちょっと離れたところで土や草を必要分収納庫に放り込んで平らにする。
そこに厚手の鉄板を敷く、その上に家を出す。穴を掘りトイレを被せる。
風呂場の横に水タンクを置いて、内部配管と接続する。
ざっと10分で真っ黒な家が出来上がりだ。
みんなが家に入ったら車を収納する。
外から見たら、月夜でも家があるとは思うまい。
ご飯を用意する間にリョウカ様にはお風呂に入ってもらう。
お湯が蛇口にファイアの魔石が入っているので、カランに魔力を注げばぬるま湯が出る。
ずっと魔力を供給しないといけないので、カランを握ったままカクタスにお湯張りさせる。
風呂桶は小さいので100リットルも入らない。それでも水タンクの1/3以上を使用する。
お湯を張ったら、リョウカ様とハンナさんが入る。
ハンナさんは湯帷子を着てリョウカ様の世話を焼くのだ。
石鹸とシャンプー・コンデショナーはちゃんと用意したよ。
風呂を上がったらバスローブに着替えて、玄関から奥の部屋に入ってもらう。
そこからハンナさんが大忙しでリョウカ様の髪や体の手入れをするのだ。
俺達と言えば台所で俺とヒイがご飯の用意をする。
魔石コンロを使って煮炊きするのだが。ゴーレムで余った魔石をみんなファイアの魔石にしたので、どの蛇口からもお湯が出る。
一回に居日分の食事を作る。少しでも速くが目標なので、いちいち調理する暇がないのだ。
今日の晩御飯は酢豚とシュウマイ。
明日の朝がおかゆとおかか・梅干し。
お昼が豚汁とおにぎり。
ハイジは朝夕にドッグフードだ
ちなみに温かいご飯とお茶は大量に収納庫に入ってる
お茶は各自が保温式の水筒を持ってて、朝に入れ替えるようになってる。ハイジだけ湯冷ましの水だけどね。
この季節、昼は結構温かいから冷たいものも用意するかな。
この世界では生と着くものは厳禁だ。生水、生野菜、生卵、etcだ。
寄生虫やばい菌が豊富で不衛生なのだ。
ヒイにも寄生虫がいた。ナビさんが内緒で退治してくれたけどな。身分の低い者にはまずいると思う。
だから調理には気を遣うようにしている。水や野菜は煮沸消毒してから、肉卵は日本のものを使ってるから大丈夫。
ご飯が終わるとハンナさんとヒイがお風呂だ。ヒイは俺と風呂に入りたがったが第二次性徴が始まってる女の子とは入れんよな。
その間に俺とカクタスは食事の後片付け。リョウカ様とハイジは食後の休憩。
ヒイが戻って来たのでカクタスを風呂に入れる。
俺とヒイは洗濯に掛かる。俺もカクタスの下着と自分の下着を脱いで洗濯をする。液体洗剤は水に溶けやすくていいな。ぬるま湯でやってるけど。
干すのは俺が自動車などの改造をやってた部屋に去年の真夏の空気を入れて干す。40度弱の気温で1時間で乾く。
ヒイは湯冷ましの水を作るのに湯を沸かし始めた。収納庫にはいっぱいあるけど新鮮な方が良いのかな。
俺はカクタスの出た風呂に入る。
少々ぬるめなので魔力を多く注ぎながら湯を入れる。すぐにお湯が温まる。
「フー、何とか一日目が終わったな。このまま順調に行くといいな」
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次回はミア登場です。




