新しき精霊
「イリス、考え直して。イリス——。」
アルマの叫びはイクトリスに届いても、彼女の考えは変わらない。
「そっちの要求を飲む前に、一つ条件があるわ。」
「できる範囲で聞こうとも。」
「その男を私に殺させて。」
彼女はアルマに剣を突きつける男を指差す。指差された男はより震えを抑えれなくなる。
「何を言ってるんですか。そのようなことをしても無駄です。」
アルマは彼女がそのようなことを言ったことに驚く。対してミスリルは納得する様子を見せる。彼女は自然の化身。自然は人に恵みをもたらすと同時に簡単に人の命を奪い去る。あの人間は私と同じく自然の大精霊の怒りを買ったのだと。
「いいとも。それで要求をのんでくれるなら。テラ、その男の代わりに女王を頼む」
男の代わりに銀剣をテラが持つが、変わらず女王に剣先が突きつけられる。テラに銀剣を取られた男は動こうとしもない。
「君、私のところに来るんだ。早く。」
呼ばれても震えるだけで他に反応を示さない。男の反応に煩わしく思ったのか、蔓が彼の四肢を縛るとイクトリスの正面へと引っ張られる。
「君は、こんな状況になっても何も喋らないのね。」
また話しかられても言葉を話さない男。正確には、何か話そうと口から音が出ているが全く言葉にはなっていなかった
。
「少しは落ち着きなさいよ。」
優しく声がかけられる。この彼女の優しさがこれから命を奪うものへの最後の慈悲なのだと、周囲の者たちは思う。だが意外にも、男は本当に落ち着きを取り戻しつつあった。荒かった呼吸は前と比べて規則的になり、どこを見ているか分からなかった目線はイクトリスへと定まり始める。いつもの彼なら、自分を殺そうとする者から落ち着くようにと言われても余計に恐ろしく感じるはずだったが、不思議と彼女の言葉に恐ろしさを感じなかった。
「あなたの名前は?」
「……」
「早く言いなさい——」
「ガ、ガル…です……。」
「ガル、あなたは自ら国を、多くの人を、裏切った。多くの命がこれからも帝国によって散らされるでしょう。なら、その罪の清算の方法はただ一つ。」
ガルも分かっていた。死を望まれているのだろうと。あるいは、死より惨い罰か。この広間中の人間が自分のことを睨んでいるように感じる。実際には恐ろしくて周りの状況に目を配る余裕がなくても、そう感じる。
(……俺は…死ぬべきだったんだ…)
そう、あの時、エルマール国でテラとミスリルに出会ってしまった時、自害するべきだった。そうしていれば、このような状況にはならなかった。どうせ死なのなら今ではなく、あの時死んでいれば、どれほどよかっただろうか。今更遅くても、自分の犯した罪を償なわなければいけない。
「…ごめんなさい。」
自然と言葉がでる。
「ごめんなさい」
先程まではいくら言葉にしたくても言葉にならなかったのに。今は止まらなかった。
イクトリスは彼の言葉に返事は返さずに、彼の胸にへと自分の手を向ける。ついに、ガルの命を奪うのだろう。ガル本人も、周囲もそう思う。今この場の音は、ガルの謝罪の言葉とアルマ女王のイクトリスへ考え直すように訴えかける声だけ。
「……」
「何か言いたいことが言いなさい。」
アルマが問いかける。
「ごめんさい。」
まだ謝る。
「……ごめんさい。最、低だって自分でも分かってます。でも、———死にたくないです。助けたください———。」
「……はっ…」
誰が呆然とした声をだした。声を出したのはひとりだけだったかもしれないし、同時に数人が声を出したのかもしれない。この状況になっても自分のことだけ。なんて男なんだと多くの民が思う。
でもイクトリスはそうは思わなかった。ガルの目の前にいる彼女だけが感じる。この男はちゃんと周りのことも考える良識がある。だがそれよりも自分が無様に死ぬのが嫌なのだと。他の者がこのことを知れば余計に腹立たしく思うに違いない。周囲より自分を優先した結果がこのどうにもならない状況なのだから。
彼女もガルに対して思うところはもちろんあった。ああ、だが、他にどうしようもなかった。今、できる最善がこれしかないと思ってしまった。
故に、彼女は愚かな一人の人間の望みを受け入れる。
(理性が正しき道を教えていたとしても、それ通の道を行かない者がいる。それを、人は愚かと言うのよ。)
いつの間にか、彼女の両手のひらには二つの球。
ガルへと向けた右手には、小石程度の小さな球。
そして、反対の手には儀式でこの国中の莫大なエネルギーを球の形へと圧縮させたエネルギーの塊。
「まっ、まて——」
ミスリルの静止の声より早く、大精霊イクトリスの両手が、二つの球が、莫大な精神エネルギーの塊と愚かな男の愚かで正直な願いから発生したエネルギーが合わさる。
国中から集めたエネルギーが全てアルマと同じような戦おうとする意志だったわけでなはない。帝国に恐怖を感じ、逃げたしたいという思いももちろんあった。だからこそ、ガルの願いとの相性は悪くなかった。
エネルギーの塊に核となるガルの思いが入ると、そこから光が溢れて誰もの目を奪ってゆく。光が城を包み込んで、一気に一点に収縮される。
そこにいたのは、ガルに似た男。髪色だけがガルの茶髪と違いイクトリスのように真っ白。今誕生した彼こそが新しき精神精霊。