選択
「なぁ、本当に大丈夫なのか?」
フールの城の中を歩く女と男。男が女に心配そうに話しかけている。
「大丈夫だ。」
「でもそのイクトリスっていう大精霊は俺達でも敵わないって言ってなかったか?それに今はその精霊が一ヶ所に精神エネルギーを集めているせいで、ここまで来るために人間を操ったのも大変だったんだ。今は同時に数十人で限界になるぞ。」
後ろから2人に付き従う数十人の人間達の方を見る男。ただの国民、城の使用人、兵士、付き従っている人間の身分はバラバラだったが、唯一全員に共通していたのが全員が恐怖に怯えた顔をしていることだった。
「無理だと思うがあまり心配するな。それにいくら人間の兵士を集めても彼女には意味がない。確かに純粋に戦えば勝ち目はないが、私たちの目的は彼女の弱点となる人質を得ること。城の者たちを操って襲わせた方が彼女にとっては効果的だ。」
「いいか?テラ。私達はこのまま城の中を進み、操れるだけの人数を操って城の者を襲わせる。大事なのは、操られてる人間が他にいるかもしれないと思わせることだ。大精霊なら、他に操られてる人間がいるかどうか感知できる。探しても精霊の力の影響を受けた人間がいなければ、あとは私達だけに集中するだろう。操った人間と私達は囮だ。本命は1人だけ。1人が女王を人質にとる。それまでの間私達は気をひくだけでいい。」
「その1人ってさっき送りだしたやつか?」
「そうだとも。私が爆発させて混乱している間にあの光の中心地に潜り込んでもらう。」
「そいつのことを信用していいのか?だってその人間は———。」
「だからこそあの人間なのだ。……話しはお終いだ。早く行かなければ儀式が始まってしまうぞ。」
剣先を首に押し当てられながらも言葉を絞り出すアルマ。
「まさか、あなたも操られて……。」
だが、その予想をイクトリスが否定する。
「違うわ。テラの力を見てから、他にもテラの力の影響を受けた者がいないか探してみたけど誰一人いなかった。……多分だけどその子は———。」
言葉の続きを遮り、ほんの少し笑みを浮かべたミスリルが答えを告げる。
「そうだ、そうだとも。その人間はテラによる力の影響を受けていない。では何故だと思う?何故、操られてもいないのに自らの国の王に剣先を押し付けているのか?その人間な、テラが力を使う前にこう言ったのだ。『私に出来ることはできるだけするから、殺さないでくれませんか。』とな。
」
「そもそも最初から操る気だったから、殺すことはなかったんだけどな。そいつはエルマールとの戦争中にな、援軍としてきたくせに隠れていてせいで、他の連中が殺されずに操られていたことを知らなかったんだ。」
「イクトリスよ。頼むよ。どうか動かないでくれ。女王に突きつけられている剣は、私が創ったものでな、ある程度の刺激で爆発する銀でできた剣だ。もちろん、私の意志でも爆発する。あなたが私たちを止めるのか、私達が女王の命を奪うのか、どちらが結果になるのか試すことはやめてほしい。」
フール側が言葉を出さないのに対して、ミスリルが長年の障害の排除したかのように、今までと比べて饒舌になる。事実、一番の障害が帝国と敵対するフールについたイクトリスだった。彼女が人間への損害を気にしなければ、帝国という一つの国など簡単に滅びた。だが、彼女は人間を気遣い、特に女王を大切に思っていた。だからこその隙。だからこその弱点。最初から自然の大精霊とまともに戦うことを諦めて、女王だけを狙ったミスリルの勝利。ミスリルにとっての勝利条件はイクトリス打倒することではなく、イクトリスと戦わなくてすむようにすること。
(冷静になると恐ろしいことをしたものだ、私。)
女王アルマを人質にするということは、イクトリスの弱点を手にしたと同時に、大精霊の怒りを買ったと同じ意味。先程から無言で自分を見つめる彼女の視線に恐ろしさがふつふつと湧き上がるミスリル。
「よければ、私とテラを蔓から解放してくれないかい?」
無言で蔓のしばりが解かれる。
「私の要求は二つ。一つ目は、帝国と敵対しないでくれ。ただ戦わないでくればそれでいい。二つ目は、この儀式で集めたエネルギーを消してくれ。」
「そんなことしては駄目——。」
悲痛な叫びを無視して言葉を続ける。
「要求を飲んでくれたら、女王やこの場にいる者達に一切の手出しはしない。約束する。」
「イリス。……私のことより優先すべきものがあるわ。ねぇ、そうでしょ。」
今こうやって直接見て、精霊と戦うには精霊と共に戦わなければいけないと改めて分かったアルマには、ミスリルの条件は呑めるものではない。イクトリスが戦おうとしなかったら。新しい精霊を生み出すのをやめたら。人を操る精霊が帝国側にいる時点で、人間だけで勝利することは難しい。もうアルマは、自身のことは二の次に考えている。とにかく、帝国に対する勝ち目だけを考える。人を守るために。
「……ごめんなさい。私はあなたに死んでほしくないわ。」
アルマは、国を、人を、なるべく多くの命が好きに暮らせる未来を選んだ。そして、イクトリスはアルマを選んだ。