自然精霊と精神精霊
大広間の一部が半壊して外の空気が流れ込んで来る。いくらかの人々が爆発に巻き込まれてしまったが、アルマとイクトリスの2人は無事だった。アルマは即座に状況判断をして城の者達に指示をし始める。イクトリスもアルマに手を伸ばすのをやめ、集めたエネルギーを維持しながらも周りを見渡して状況を確認する。人々が混乱しているなかに扉から国民や兵士達がはいってくる。どうやら城の外から来たようだった。外から入ってきた者達に気づいた人々はさっきの爆発を確認しに来たのかと思い近づいたが、突然、兵士達に腹を刺される。兵士だけではなく、武器を持たない国民までもが中にいた人々を襲い始める。大広間にいた人々は外から来た人々に襲われる状況に混乱しながら、首を斬られたり、動かなくなるまで頭を殴られていく。
狂ったように暴れている兵士がまたも人を斬ろうとするが、手が急に何かに縛られる。手元を見ると植物の蔓のようなもので縛られていた。兵士がどんなに暴れようとも蔓の縛りが解けない。周囲を見れば、他の暴れていた人間も蔓によって縛られていく。蔓が伸びてきた根本には、一本の白い花が大人と同じ背丈で存在していた。
精霊とは自分が生まれた自然エネルギーの源によって在り方や扱う力が違う。現象を発生させるほどの力を持つ精霊は多くないが、大精霊と呼ばれるイクトリスは当然自分に由来する力を扱える。ファージル大樹海で生まれたイクトリスには自然を操る力がある。広間の状況を把握した彼女は、広間に飾ってあった花瓶の中の一本の白い花に手を向けて、花瓶が中から破裂するほどに急速に花を成長させてその蔓で暴れる者達を余計に傷つかせずに縛ったのだ。
(これはどういうことなの?……)
彼女が蔓で縛ってから改めてその者達を観察すると、精霊の力の干渉を感じる。
(このタイミングで邪魔されるってことは帝国の者に間違いないはず。さらに、こんなふうに人に直接干渉できる力ってことは、噂の精神精霊に間違いない。……でも噂で聞いた帝国の精霊精霊の力は人を動けなくする力のはず。)
操つられた者たちに開放された扉の奥からこちらへと2人組がやってくる。やや前を歩くのはあまり筋肉のついていない細身の男。その男の後ろをついてくるのはローブをかぶった女。2人はこの混乱した場所へと静かに入ってくる。女のほうが口を開く。
「初めまして。ファージル大樹海に住まう自然の大精霊イクトリス。」
「初めまして。それで、あなたの名前は?」
「私はミネルリと呼ばれている。そして、隣の彼はテラと言う。」
「ミネルリ、テラ、あなた達、帝国側の精霊ってことでいいのよね?」
「ああ、本当に悲しいことだ。あなたと敵対する関係にあることは。信じてもらえないと思うが、個人的にはあなたとは戦いたくない。このような場所でも噂以上の神秘を纏うあなたは、自然から生まれる精霊のなかでも自然そのものとも言える存在だ。そんなあなたに私は敬意を抱いているよ。」
「でも戦うの?」
「ある人間に頼まれてね。最初はここまで付き合うつもりはなかったんだが。始めたからには最後まで付き合おうと思ってね。」
「そう。なら遠慮しないわ。」
「もちろん、いいとも。こちらも全力で行かせさてもらうよ。」
ミネルリは自分の右手の指輪を外し、元の大きさを無視して金属製の槍へと変形させる。彼女が狙ったのはイクトリスではなくアルマ。投げた槍は彼女が投げたとは思えない速度で護衛達に守られているアルマに迫る。護衛の1人が受けようと身構えるが、槍の先端からさらに複数の槍先が枝分かれして彼らを囲むようにして展開される。常人には正確にいくつに分裂したか分からないまま、確実に護衛達とアルマ、また周囲の人間ごと避けることできずに貫く軌道。
「さっきと同じことよ。」
冷静に告げられた言葉通り、またしても蔓が槍を絡めとる。いくつに槍が分裂しようとも先ほど人を縛った時より速く、残像がぶれるほどの速度で全ての槍先の動きを止める。
槍が投げられたと同時にイクトリスへと襲いかかったテラも簡単に抑えられてしまう。
「あなたがさっきの人達を操って暴れさせんだろうけど、精神精霊の力は人に効きやすくても私に効きにくいと思うわよ。」
「ああ、条件を満たしても俺の力はあなたには意味ないんだろうな。」
テラからミネルリへとイクトリスの視線が戻る。
「ミネルリ、まだ続ける気ある?」
「いや、やめておこう。何度やってもあなたには効かないだろう。自然がないこの場でもそこまでの力がでるとは。」
蔓がミネルリを強固に縛るが、それでも彼女は喋り続ける。
「ところで、あなたが考えている通りに精霊精霊であるテラは、私たち、自然から生まれた自然精霊が生まれた自然エネルギーに由来する力が扱えるように精霊エネルギーに由来する力が扱える。この子に由来するエネルギーは、恐怖だ。最初は恐怖感を増幅させて相手を縛る使い方しかできなかったが、成長した今では恐怖に屈した者を操れるようになったんだ。」
「……何をしようとしてるの?もしあなた達が力を使う予兆が見せたなら現象が起きる前に止めるわよ。」
「もちろん、分かっているとも。私達は今更、力を使う気はないよ。」
そう言いながら、イクトリスは喋り続ける彼女に警戒する。彼女の警戒は主にミスリルに、次にテラに注がれる。
———故にそれ以外の者に対しての行動が遅れた。
「どうして……?」
アルマの呟きは自らの首に刃を押し付ける兵士に向けられる。