儀式前
よろしくお願いします!
マルソスという世界には、自然のエネルギーから生まれた存在である精霊と言われる者達がいる。彼らは、時には崇められ、ある時は恐れられていた。この人ならざる力を持つ精霊を人工的に生み出し、他の国々を攻め落として暴威をふるっていのがミカルド大帝国である。本来ならば自然的に発生して主従関係を持たないはずの精霊が、帝国では、帝国の命令に従うように人工的に発生させられていた。精霊を従えている帝国に多くの国は成す術もなかった。だがそんな状況で、帝国に対抗するために人工的に精霊を生み出そうとする国があった。
フール王国の王都の中心に純白の城がそびえたっている。この城こそが帝国に対抗するために同盟を結んだ国々の中心国であるフールの城、フール城であった。城壁や門前、いたるところで兵士が警備している中で、フール城の城内ではまさに精霊を生み出そうとする儀式の準備中であった。この城で一番広い大広間へと続く道を歩く二人の女性がいる。そのうちの一人である金髪赤眼の王冠の主は、脚を床につけずに宙を進む神秘的な女性に話しかける。
「ついに帝国に対抗するための精霊を生み出すことができます。改めて感謝を、大精霊イクトリスさま。」
「なにいってるの!まだ儀式は始まってもいないわよ!それにあなたの感謝の言葉は何回も聞いたし、どうせ、儀式が終わった後も言うつもりでしょ。」
イクトリスと呼ばれた小柄ながらも神秘的な魅力を発する女性は、自分に感謝を告げた相手に言い返す。
「それでもです、イクトリス様。本来、精霊には関係のない人類同士の戦争に巻き込んでしまったのですから。」
「そんなこと気にしなくてもいいのよ!本当に嫌だったら断るもの。私が自分に正直なの知ってるでしょ。」
「ふふっ、そうでしたね。……でも、それでも、ありがとうございます。」
またも自分に感謝を告げる女性に呆れてるような笑ってるような表情を向けるイクトリス。
「あなたも相変わらずね、アルマ。あなたが幼い頃から、私に会いに森に来てくれた。そんなあなただから、あなたの助けになりたいのよ。それにね……、精霊の私には関係ないといったけれど、以前も話した通り、人工的に精霊を生み出すにはどうしても精霊の助けがいるわ。」
表情を変えて真剣な目になるイクトリスにこの国の若き女王であるアルマも先程からの柔らかい笑顔をやめて真剣な表情にかわる。
「……それはやはり、帝国にも精霊が協力しているということでしょうか。」
「ええ、私が思いつかないないような方法がない限り。ほぼ、私と同じくらいの力を持つ精霊が帝国に協力していると考えてよさそうね。」
「大精霊が帝国に……」
「どちらにせよ、あちらに対抗するためにはこちらも強い力を持つ精神精霊を生み出す必要があるわ。」
「精霊は本来、自然のエネルギーから生まれるもの。でも人の祈りや願い、思念、感情といった精神エネルギーも精霊を生み出すに値するエネルギーがあるわ。人の精神エネルギーを自然エネルギーの代わりに使って、精霊を生み出すことで、人に友好的な精霊が生まれるはず。どんな生物だって、自分が生まれた母体に対しては愛着がわくものだしね。」
話しがなら、二人は大広間の扉の前についた。イクトリスは改めてアルマに話す。
「帝国に対する感情は、帝国が暴れるほどに高まってきているわ。精霊を生み出すのに必要な精神エネルギーを大きく超えるほどの精神エネルギーが今、この国に集まってる。でも、ただ精神エネルギーが集まるだけでは精霊は生まれない。そこにエネルギーに干渉できる精霊が、精霊エネルギーを一ヶ所に集合させ、最後にそのエネルギーの土台に核となるような強い感情があれば、精霊が生まれる。」
イクトリスの視線とアルマの視線が重なり合う。
「集まった精神エネルギーとその核になった精神エネルギーによってその精霊の在り方が決まる。あなたが持っている、帝国と戦おうとする意志は、充分に核になり得る。でも、それは精霊を戦いのためだけに生み出すということ。自然から生まれた私たちと違い、もしこの戦いに勝ったとしても、帝国に対する感情がなくなれば、その精霊のエネルギーが尽きて消滅してしまう。それが精霊の死よ。あなたは、精霊を戦いのために生み出し、そして戦いが終われば精霊のためにどうすることもできずに、死んでいくのを眺めるだけ。あなたはきっと、そのことに傷つく……。——あなたにそれを受け入れるだけの覚悟はあるの?」
大精霊がアルマに問う。自分の都合の為だけに精霊を生み出して、死んでいくことを受け入れる覚悟があるのかと。この戦いに勝つということは、帝国に対する感情も薄れていくということ。すぐに死ぬことはないだろうが、寿命で死ぬことがほとんどない精霊にとって、それはあまりに短い命。
(それでも……)
だとしても、アルマの意志は変わらない。帝国に勝つためには、人工的に精霊を生み出すしかない。この国の女王として、同盟国達の代表として、それは既に決めたこと。
だから、帝国と同じように自分の都合のために精霊を生み出して戦争をする、その覚悟は既にできていた。
「——覚悟なら既にできています。」
ずっと悩んだすえに出した結論。今更、アルマの覚悟が揺らぐことはなかった。
「なら私も同胞を生み出し戦ってもらうことを受け入れるわ。ただ約束して。道具のように扱わずに一つの命として接すると。」
「ええ、もちろんです。」
「では、始めましょう。」
アルマの答えを聞くと、イクトリスは宣言するように言葉を返して、大広間へと続く扉を開ける。大広間には、多くの人々が二人を待っていた。